第106話 廃坑の魔物
翌朝。
ルーチェはドレステルの冒険者ギルドを訪れていた。
中は素朴ながら活気があり、受付カウンターではいくつかの依頼が掲示されている。
「えっと……これかな」
掲示板の一角に、ルーチェの目当ての依頼があった。
───【廃坑周辺に出没する中型魔物の討伐】。
対象の魔物は「鉱喰いムカデ」や「スレートワーム」といった、岩を砕いて進む習性のある地中性のものが主だ。
「……Cランクの依頼だね、よしっ」
ルーチェは受付に足を運び、手元の冒険者カードを差し出した。
「こちらの依頼、受けたいです」
「確認いたしますね……あら、Dランクの方ですね。問題ありません。ただし、いくつかご注意を」
受付嬢は微笑みながら、淡々と告げる。
「依頼対象外の魔物、特に“地竜種”に関しては、討伐・捕獲ともに原則禁止となっています。以前、許可なしで討伐に踏み切った者が事故を起こし、街に被害が出たことがありまして」
「……はい、気をつけます」
「あと、廃坑に入る場合はこの通行許可証を。討伐区域は《坑道B区画》の一帯です。それ以外の区画にはくれぐれも入らないように」
ルーチェは通行証を受け取ると、深く頭を下げた。
「ありがとうございます!」
ギルドを出ると、ちょうど通りにキールとテオがいた。
「無事に受けられましたよ!」
「よかった。じゃあ、準備して行こうか」
テオがルーチェと話している。
(──でも本当の目的は、“討伐”じゃなくて、“確認”だ。この依頼の裏で、僕たちが探るのは別の“何か”だ)
キールはそう心の中で呟いた。
***
廃坑入口に併設された管理所。
ルーチェはそこへ一人で向かい、受付にいた中年の男に通行許可証を差し出した。
「おや、冒険者のお嬢ちゃんかい……?」
男はルーチェを上から下までじろりと眺める。警戒というより、訝しむような視線。
「はい、Dランクです。依頼を受けてきました」
「……ふん、まあ通すけどな。いいか、区域外には絶対出るなよ? 違反が発覚すりゃ、罰金もあるからな」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
男の不機嫌な態度にも、ルーチェはにこりと微笑み、ぺこりと頭を下げて廃坑への道へと進んでいった。
道中には木製の立て看板がいくつも立てられている。
「坑道A」「資材庫方面」「立入禁止区域」……。
(昔は盛んに使われてたんだろうな……)
『ええ、採掘量が減ってからは、別の区画を掘り進めているようですから。フェリクス様の資料にあった地竜は、鉱物を生み出す力があるようですから、しばらく経てば、またここも採掘場として稼働するのやもしれませんね』
「そうだね。……あ、これだ。“坑道B区画”。」
ルーチェは小さく深呼吸をひとつして、足を踏み入れる。
中は薄暗く、空気もひんやりと冷たい。数分ほど進んだ先――誰の気配もないことを確認し、ルーチェは小声で呟いた。
「───ノクス」
影が波打ち、ノクスがひょっこりと現れる。その後ろからキール、テオの順に影から這い出るように姿を現した。
「……影の中って、意外と静かなんだね。居心地は悪くなかったけどさ」
テオが冗談めかして言う。
「ルーチェさん、何事もなく一人で入れたようですね」
キールがうなずく。
「でも……これ、結構強引なやり方じゃないですか……?」
「調査のためだよ、仕方ないって。最悪バレたら、頭どついて記憶消せば──」
「テオ、あんまり物騒なこと言わないでよ……」
呆れたようにキールが溜め息をつく。
「……で、依頼内容はなんだっけ?」
「えっと、廃坑に出る鉱喰いムカデやスレートワームを、合計10体は討伐して欲しいって」
「ムカデかあ……。ゴルザガルムの時に嫌ってほど見たのにな……」
テオが肩を竦める。
「まあ、依頼だしね。ちゃんと片付けないと」
キールが静かに頷くと、ルーチェも前を向く。
「行きましょう!」
三人と一匹は、薄暗い坑道の奥へと足を踏み入れた。
テオが足を止めて、坑道の天井を見上げながら言う。
「……坑道の通路はある程度広く作られてるけど、あんまり魔法をぶっ放すと崩れたりするかもね。ルーチェ、今回は剣か──そっちの棍杖、エーテリオンだっけ? 使った方がいいよ」
「分かりました。魔法は控えめにします」
ルーチェがうなずくと、キールがノクスに視線を向けた。
「あと、ノクスには周辺の警戒をお願いしたいんですが……」
「ノクス、いい?」
ルーチェが尋ねると、ノクスは力強く吠える。
「ワフ!」
「誰かが来たり、怪しいものを見つけたら、すぐにルーチェさんに知らせてくださいね」
「ワフ!」
ノクスは尻尾をぶんぶんと振り、やる気満々だ。
「ふふ、今回はノクス大活躍だね。干し肉、あげるから、もうちょっとだけ頑張って」
「ワフ!!」
干し肉を器用に咥えると、ノクスは尻尾を振りながらあっという間に周囲の影へと溶けていった。
「……ま、とりあえず依頼から片付けよっか。あんまり人目につく場所だと、誰かとかち合うかもしれないし」
テオの言葉に頷き、三人と一匹はさらに奥へと進む。
やがて坑道の先に開けた空間が現れる。分かれ道が複数あり、それぞれに古びた木の看板が掲げられていた。
──“坑道B南区画”、 “旧採掘坑”、 “倉庫跡”──
(道は示されてるけど、なんか……迷路みたいだなぁ)
ルーチェは看板を見上げながら、二人の後をついていく。
「そういえばテオ。昨日はどうだったの? 帰ってきてからすぐ寝ちゃってたし、報告聞いてないよ」
キールがふと思い出したように尋ねる。
「あー……それね」
テオはため息をつきつつ、腕を組んだ。
「見ちゃったんだよ。おばちゃんが言ってた“大きな荷物を抱えて運び込んでた連中”を」
「え、本当にいたんですか!?」
ルーチェが二人の間から顔を出すように。
「うん。でも、荷物の中身までは分からなかった。用心棒みたいな奴らが四、五人いたから、さすがに近づくのはやめといたよ」
「それは……かなり警戒されてますね」
「お宝でも運んでるのかな……」
ルーチェの呑気な一言に、テオとキールが顔を見合わせた。
「……ルーチェって、時々ほんとに子供っぽい発想するよね」
「恐らくですが、運び込まれているのは禁制品かと。
──魔法薬や違法な香料、あるいは……」
「……あんまり深く考えたくないけど、嫌な予感しかしない」
テオが吐き捨てるように言ったその時──
坑道の奥から、ごそごそと土を掘るような鈍い音が響いてきた。
「とりあえず、話は後にして、先に依頼を済ませましょう」
キールが静かに言う。
「うん。魔物退治、だね」
三人と一匹は、音のする方向へと、さらに足を踏み入れた────
「──《水流剣》」
テオが呟くと、その剣身に薄く水がまとわりつく。流れるような剣筋で斬りかかり、ワームの体をまるで紙のように細切れにしていく。
「《付与魔法・風》──!」
風の渦が槍の先に集中する。キールはすかさず踏み込み、風の勢いに乗せて突きを放つ。風切り音とともにムカデの体が貫かれた。
ルーチェは棍杖の先端に魔力を集中しながら、突っ込んでくるムカデを睨んでいた。
(キールさん達みたいに……付与するイメージを……!)
「《輝突槍》───」
魔力を槍のようにとがらせる。棍杖を構え、突き出した──
ズッ!
(まだ浅い……! キールさんはもっと深く刺してた……!)
「──てやぁっ!」
もう一撃、棍杖を叩きつけるように突き出すと、ムカデは長い体を折りたたみ、動かなくなった。
「ふぅ……」
「お見事でしたよ、ルーチェさん」
「槍術って、難しいんですね……」
息を整えるルーチェに、キールが少しだけ腕を組んで考え込むようにした。
「でも、かなり筋は良かったと思います。ただ──」
言いながら、キールはルーチェの背後に回り、そっと彼女の棍杖を一緒に握る。
「もう少し腰を落として……腕だけじゃなく、体全体を使って。体重移動と膝の動きで、こう──踏み込む」
彼の動きに合わせて、ルーチェの体も自然と突きの姿勢になる。
「あ、あの……!」
慌てて見上げると、キールも我に返るように手を放した。
「す、すみません……!」
照れ隠しに顔をそらすキール。
その様子を、やれやれといった顔で見ていたテオがぼそりと口を挟んだ。
「ねえ、人が真面目に戦ってる時にさぁ、イチャイチャするのやめてもらえる?」
「「してません/してないよ!!」」
テオは辺りを見回しながら言う。
「とりあえず、依頼分は倒したね」
「《召喚》───ぷるる。ごめんね、これを《異空間収納》に入れてくれる?」
『いいよー』
召喚されたぷるるは《巨大化》の魔法で体を大きくすると、倒したワームやムカデの上にぷるりと覆いかぶさる。そして、ぷるるの身体に吸い込まれるように、魔物たちは《異空間収納》の中へと消えていった。
「ビッグスライムの名に恥じない大きさですね……」
「いつもは《縮小化》を使って、進化前の大きさのままでいてくれてるんです」
『あるじー、おわったよー』
元の大きさに戻ったぷるるが、ぴょんぴょんと跳ねて戻ってくる。
「わぁ、もう終わったの?ありがとう、ぷるる」
「じゃあ、ここからは───」
先に進んだ三人が辿り着いたのは、少し幅の広い通路。その入口には古びた看板が立てかけられていた。
《危険区域につき、この先立ち入りを禁ずる》
「……ノクス」
ルーチェは影に向かって呼びかけると、ノクスがふわりと姿を現し、すぐさま影の中へ潜って前方の様子を探りに行く。
───しかし、ほどなくしてノクスが戻ってきた。
「……クゥン……」
伏せるように地面に身体を落とし、耳も尻尾も垂れた状態。普段の元気な様子からは考えられない、明らかな異常。
「ノクスが行けない……?」
「ルーチェさん、ノクスに何があったんですか?」
心配そうなキールの問いかけに、ルーチェが屈んでノクスに問いかける。
「えっと……。ノクス、何かあったの?」
『マモノ、コノサキ、ススメナイ。カゲノナカススム、キモチワルクナル……』
『……お嬢様、通路の壁に掲げられたあのランタン、《鑑定》の結果、どうやら魔物除けの効果があるようです』
ノクスとリヒトの言葉に、ルーチェは静かにうなずく。
「……えっと、どうやら、強力な魔物除けのようなものがあるみたいです。影の中でも具合が悪くなるって……。《柔癒》」
ルーチェは、ノクスに癒しの魔法をかける。
「人を入らせないようにして、魔物すら近づけないようにしてるってわけか……」
「───どうやら、当たりみたいですね」
「ノクス……大丈夫? 一旦《魂の休息地》に入る?」
「……クゥン……」
ノクスは光となってルーチェの胸元へと吸い込まれていく。
(思えば、ノクスを入れるの初めてかも───リヒト)
『はい、お嬢様』
(ノクスのこと、見てあげてくれる?)
『かしこまりました』
「──どうしますか?」
「これだけ厳重ってことは、人を感知する仕掛けがあってもおかしくないよね?」
「……確かに。その可能性はあるかもしれません」
「あっ、じゃあ、こういうのはどうですか?」
ルーチェが二人の耳元にひそひそと何かを囁く。
「え……うーん、まあ出来そうではあるけど、流石にリスク高くない……?」
「じゃあ……こっちは?」
もう一案をそっと耳打ちする。
「それなら、行けそうな気はしますね」
「……トチったらここまでのお膳立てが全部パーだからね。やるなら──気合い入れなよ、ルーチェ」
「───はい!」
ルーチェは棍杖を強く握りしめた。




