第104話 ドレステルへの道
キールとテオは数日間の旅路を経て、王都の城門をくぐった。荷台には巨大なゴルザガルムの頭部が鎮座しており、馬車の半分以上を占領している。
「やっと、これとおさらばできるな……」
テオが大きく息を吐く。
「あはは。夢に出そうだったもんね」
キールは苦笑しつつ、安堵をにじませる。
「ルーチェはいい子にしてたかな」
「僕たちがいない間に、また妙なことやってそうな気がするけど……」
「……ま、その前に謁見とか色々こなさなきゃか。めんどくさ……」
「これが終われば自由だよ。頑張ろう」
二人はそのまま王城へと向かい、謁見の準備のため控え室に通された。国王は宰相たちと会議の最中だという。
そこへ、静かに扉が開き、ルーチェ付きの使用人ピーターが姿を見せた。
「キール様、テオ様。ご帰還を心よりお待ちしておりました」
「ルーチェは?」
テオが真っ先に尋ねる。
「はい。ギルドマスターのクリス様の依頼を受け、魔物討伐に出立されました。ご帰還は、早くとも明日か明後日かと」
「そうでしたか……」
キールは少し寂しげに目を伏せる。
テオは腕を組み、じっとピーターを見た。
「……ちなみに聞くけど、妙なことになってないよね?」
その問いに、ピーターは淡々と答える。
「いえ。お変わりなく元気に過ごされておられました。ただ、変わったことと申せば……魔物のお友達が増えられたのと、冒険のお召し物が一新されたのと、エステル様とご友人になられたことくらいでしょうか」
「めちゃくちゃ妙なことになってる……」
テオはがっくり肩を落とす。
「ルーチェさんらしいと言えば、らしいのかもしれませんね」
キールが苦笑すると、ピーターは小さく会釈した。
「そのあたりは、ぜひご本人の口からお聞きくださいませ」
……そう言い残し、ピーターは控え室を去っていった。
そして、国王エルガルドとの謁見が始まる。
「討伐の功、大義であった。キール、テオ、そなたら二人──何か望みはあるか」
その問いに、キールが姿勢を正し、深い決意を込めて口を開く。
「陛下、僭越ながら……褒美ではなく、我らの望みをお聞き届けいただけませんでしょうか」
続いてテオが、やや砕けた口調で意を表す。
「俺たち……いえ、私たちは、セシ騎士団を辞め、冒険者になりたいんです」
「冒険者に……その理由を聞こう」
キールは一呼吸置き、言葉を選びながら語り始める。
「冒険者となり旅をすること──それは、私が幼い頃から抱いてきた夢でございました。セシ騎士団に所属する中で、テオと出会い、彼と友となったことで、その夢は『二人で旅をする』という形へと変わっていきました。そして今は……ルーチェさんと共に歩みたいと、心から願っております」
「キールの意思は理解した。テオ、お前はどうだ」
テオは冗談めかした表情をしつつも、声は真剣だった。
「キールは私の無二の親友です。それに──ルーチェは、目を離すと何をしでかすか分からない、突拍子もない行動を取る。だから誰かがちゃんと見張ってないといけない。私はそう思っています」
「……だが、そなたらがルーチェと出会ってから、まだひと月ほどしか経っておらぬのではないか」
キールは静かに首を振り、王の問いに毅然と答えた。
「関係ございません。時間の長さではなく、想いの強さこそが人を動かします。ルーチェさんには、人を惹きつけ、誰よりも愛される魅力がおありです」
「だからこそ、あの人には守るための仲間が必要なんです。俺たち、いや……私たちはその役目を果たしたい」
王はしばし黙考したのち、ゆるりと頷いた。
「……一理ある。元より、余はルーチェを国に縛り付けようとは思っておらん。よかろう。そなたらが望むならば、騎士を辞し、冒険者となることを許そう」
その時、控えていたキールの父カイルが一歩前に進み出た。
「陛下。私の愚息キールは、愚兄に似て外の世界への好奇心が人一倍強うございます。かつて申し上げましたとおり、騎士として功を立てることで冒険者の資格を得るつもりでございましたが──」
「無論、覚えている。だが、そなたらは我の想定よりも早く、そして大きな成果を示した。……キール、テオ。そなたらは冒険者となっても、決して騎士の誇りを捨てず、他者を助け、守るためにその力を使うと、ここに誓えるか」
二人は顔を見合わせ、力強く答えた。
「「誓います!」」
「うむ。ならば、これよりそなたらは正式に冒険者として励むが良い。その勇気と誠実さを、国は認めよう」
「「はっ!」」
謁見を終えたキールとテオは、王子エミルの執務室へと通されていた。
「……では、これで王都での手続きは全て完了です。あとはこの書類をセシの街の騎士団へ提出してください。認可が降りれば、晴れてあなた達は自由の身となりますよ。──よかったね、キール」
最後のその言葉は王子としてではなく、キールのいとことしての温かな口調だった。
「ありがとう、エミル」
テオは視線を窓の外へと向けたまま、ずっと気になっていたことを口にする。
「……そういえば、王都の騎士団って今ほとんど出払ってるよね?」
エミルはうなずきながら答える。
「ええ。今は王都近郊の平原で、第一騎士団と第二騎士団との合同演習を行っています。姉上もそちらへ向かわれました」
「一応聞くけど、エドワード兄さんは?」
その問いに、エミルは困ったように小さくため息をつく。
「兄上は……『土で汚れたくない』とか『枕が変わると眠れない』とか言って、演習には参加していません。今日も街で遊び呆けているはずです」
「……それって、本当に第一王子なの?」
テオの問いに、エミルは複雑そうな表情を浮かべる。
「僕たち家族も、正直、変わってほしいとは思ってるんだけどね。第一騎士団を預かる立場としての自覚が、どうにも薄くて…」
キールは少し俯き、懐かしそうに呟いた。
「でも、小さい頃の兄さんは、あんな風じゃなかったんだけどな……」
エミルも静かに頷く。
「ああなったのは、多分……姉上が“あの槍”に選ばれてからだと思う」
テオが目を細める。
「槍……? あの、ルーチェと謁見した時に王女様が持ってた、白くてやたら神々しいヤツ?」
キールもうなずく。
「うん。王家に伝わる、特別な武器だよ。正式には、《白雷槍ラグナ=ヴォルテクス》っていうんだ」
「へぇ……」
「あれは古代の遺物、《十の武器》と呼ばれる特別な力を持つ武器だからね」
「...あれがそうなんだ。でも何で王女が選ばれたからって、王子が堕落しちゃうわけ?」
「...あの槍は、意志を持っている。姉上曰く、精霊のようなものが宿っているらしい。そしてその宿っている精霊は、とても気難しい性格をしているんだ。己の使い手を見定めて、認めないものには触れさせることは無い」
エミルの言葉に、キールが続ける。
「そんな槍がエドワード兄さんではなくエステルを選んだ。それでエドワード兄さんは酷く落ち込んでしまったんだ」
(あのボンクラも一応の苦労はしてるんだな...)
テオは何も言わなかった。
***
「無事に帰ってきてくれてよかったよ、二人とも」
ギルドへと向かったキールとテオは、ギルドマスターのクリスと再会していた。
「叔父上。セシ騎士団に書類を提出した後、こちらで冒険者登録をさせていただきます」
「あ、何なら先にカードだけ作っちゃおうと思うんだけど。戻ってきてからだとめんどくさいだろう?」
クリスがカード作成用の石盤を探していると、テオが口を挟む。
「で、ギルマス。ルーチェはどこに行ったの?」
クリスは少しだけ困ったように笑う。
「南西にあるナガレノ村の近くの川の上流さ。大量発生した水棲魔物の討伐依頼があってね。今はそれを頼んでる」
「……一人で行ったの?」
「いや? 先輩冒険者と組ませたよ」
「まさかとは思うけど男?」
「……まあ、そうだね。...無口で、人との距離感を掴むのが苦手な男の子だよ。でも実力は確かで、ルーチェ君ならうまく打ち解けてくれると思って、ね」
「まさか……二人きりで行かせたの?」
テオがクリスを睨む。
「ん、大丈夫。君が心配してるような展開には、天地がひっくり返ってもならないと思うよ。──多分ね?」
クリスが笑う。
「“多分”って言ったよね、今」
テオがじとっとした目で見ると、キールが宥める。
「まぁまぁ……」
***
「──まあ、そんなこんなで今に至るって感じ?」
テオがそう締めくくった。
「でもさ、冒険者になって最初の任務が鉱山の街の調査って……面倒事押し付けられた感、すごいよね」
テオは窓の外を眺めながらぼやいた。
「まあまあ。期待されてるってことだよ、僕たち」
キールが嬉しそうに笑い、馬車の中に少し明るい空気が戻った。
整備された街道を、荷馬車はゆっくりと進んでいく。春の陽気が残る中、ルーチェたちはドレステルへ向けた道中を順調に進めていた。
そんな道中、荷台の影からひょっこりと現れた黒い影が一つ。
「ノクス…!」
ルーチェは嬉しそうに、その影──影狼ノクスの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「ルーチェさん、とりあえず金銭の流れに関する調査の方はリィナさんたちに任せて、僕らは街周辺で怪しい動きがないかを調べましょう」
キールが手元の地図を見ながら言うと、ルーチェは「はい、分かりました」と素直に頷いた。
だがその横で、テオがやや心配そうに眉を寄せる。
「でもちょっと心配なんだよな……」
「えっ、何がですか?」
「ルーチェがトチって全部パーにしちゃうとか」
「ひどい! 私、ちゃんと言うこと聞きますよ!」
拗ねたように唇を尖らせるルーチェに、テオは肩をすくめた。
「でも突拍子もないことしだすの、今までで分かってるし…。今回は国が関わってることなんだから、一人で勝手な行動は禁止だからね?」
「はぁい……」
しょんぼりとした声で返事をすると、ノクスが心配そうに顔を擦り寄せてきた。
「……ワフ」
「大丈夫だよ。ルーチェさんは、悪いことなんてしないんだから」
キールが穏やかにフォローする。ルーチェがノクスを抱き上げて笑った。
しかし、すぐにテオが再び口を挟む。
「でも、目立ちすぎると調査できなくなるんだからね。ノクスも、しばらくは影に隠れておとなしくしてなよ?」
「……ワフ……」
ノクスは不満そうに耳を伏せたが、言うことは理解している様子だった。
春風に吹かれながら進む馬車の上。
まだ任務は始まったばかりだったが、三人と一匹の空気は、どこか旅慣れた信頼感に満ちていた。




