第103話 砂漠の街を去る
「──しかしまあ、ネルフィのサポートがあったとはいえ、俺たちよく二人で倒したよな」
テオが空を見上げながらぽつりと呟く。
「……それは、本当にその通りだね」
隣で座っていたキールも、深く頷いた。
「これで、お前の夢も叶えられんじゃん?」
「うん、ありがとう、テオ」
「よせって。つーか、お前の夢はお前だけのもんじゃないだろ?」
キールの目が僅かに見開かれたあと、穏やかな笑みに変わる。
「……分かってるよ。二人の──いや、三人の夢だもんね」
キールの言葉に、テオも「ふっ」と小さく笑った。
「んで、思ったんだけど──アレ、どうすんの?」
テオが顎でゴルザガルムの巨大な死骸を指す。
「ゴルザガルム……僕らじゃ到底運べないよね」
「多分、ティリカさんやシフさん達が見てたはずっすから、運ぶための人員を連れてくると思うっすよ。なにせ、砂漠の大きな脅威は消えたっすからね!」
ネルフィがにこにこと笑う。
「……そっか。よし、じゃあ後のことはギルドに丸投げってことで」
「テオってば……ほんともう……」
キールは呆れたように笑った。
ふと、キールの視線が遺跡の入口へと向けられる。
「ねぇ、テオ」
「ん?」
「あれって、“遺跡”なんだよね?」
「話によればなー」
「中にも、セシの遺跡みたいに──ルーチェさんが起動できる、あの文字とか……書いてあるのかな」
「さあな。本人に見てもらわないと分かんないことを、俺らだけで考えてもしゃーないだろ」
「……それもそうだね」
風が遺跡の奥から、ひやりと吹き抜ける。
砂と古びた石の匂いが混じり合い、三人の前に新たな物語の扉が、そっと開かれるように揺れた。
キールも地に背中を預け、青空を見上げた。
「おーい! アンタたちーっ!!」
砂漠の向こう──砂塵を巻き上げながら、ティリカが爆走してくる。
「「っ!?」」
男二人が驚いて飛び起きた。
「あ、ティリカさんっす!」
ネルフィは慣れた様子で手を振る。
「いやいやいや、あの人何してんの!?」
「ギルドマスターって、もしかして超人じゃないとなれないのかも……?」
二人が困惑している間に、ティリカは砂を跳ね上げながら広場へ滑り込むように到着した。
「やっと着いた! いや〜、やっぱ遠いねぇ!」
ティリカは額の汗を拭いながら、まるで朝の散歩でも終えたかのような顔をしている。
「あ、アンタ、何してんの……」
「ん? 何って、アレの解体に来たんじゃないか。あとはアタシに任せな!」
言うが早いか、ティリカは背中から大剣を引き抜いた。ギラリと刃が太陽を反射する。
「あー……うん。もう驚く方が間違ってた気がしてきた。よし、街に帰ろう」
「いいのかな……?」
「大丈夫っすよ。ティリカさん、超強いっすから!」
三人はバイク──砂ゾリへと乗り込む。
「どうせ、解体した部位を運ぶ人員もこっちに向かってるところさ。気にせず戻ってゆっくり休みな! 夜は宴会だよ!!」
「はいはい、じゃあ行くよネルフィ」
「は、はいっす!」
「それじゃ、ティリカさん。後のことはお任せします」
「任された!」
ティリカが大剣を軽く振って笑う。その姿を背に、キールたちは砂ゾリのエンジンをかける。
やがて風の轟きとともに、砂を巻き上げながら三人の乗ったゾリが街へ向かって走り出した。
──太陽はまだ高く、砂の海を照らしていた。
***
夜、ザフラの街の酒場や食事処では「ゴルザガルムが倒されて平和が戻った」ということで、大宴会が行われていた。
そしてキールとテオも、サンドシャーク料理を食べた例の店へ足を運んでいた。
ちなみにネルフィは、二人に変わってギルドへ報告をしに行った後、両親の待つ家へと帰ったそうだ。
「あー、生き返るー!」
酒の入ったグラスを飲み干して、テオが言った。
「テオ、流石にペース早すぎない?」
「いいじゃんか、砂漠の危機は去ったんだからさ」
「まあそっか…そうかもね」
「すいませーん、ミード二杯追加でー!」
「はーい! 少々お待ちくださーい!」
テオの隣でキールもグラスを傾け、ほんの少しだけ顔を赤らめながら呟いた。
「僕ら、ちゃんと倒したんだよね」
「うん、倒した。二人でよくやったよ」
新しいグラスが二つ来て、二人はまた乾杯した。
「...キール。良かったな」
「ん?」
「これで、ようやくじゃん。冒険者になって、旅ができる」
「そうだね。ようやくだ……」
キールが噛み締めるように言う。
「俺と、キールと...」
「そしてルーチェさんと、三人で……」
キールがそう言うと、テオがニッと笑った。
その時、近くの席から声が上がる。
「おい、この子たちがゴルザガルムを倒した英雄だぞ!」
途端に、酒場中から「おーっ!」と歓声が広がった。笛の音が響き、太鼓が打ち鳴らされ、子どもたちが外から駆け込んできて「ありがとう!」と笑顔を見せる。
豪快に肉を頬張る者、陽気に踊り出す者。店は一気に熱気に包まれた。
テオは店の奥に向かって両手を上げる。
「料理もっとくださーい!」
「うおーっ!」
周りの客たちも声を合わせ、さらに場が盛り上がった。
キールはその隣でグラスを掲げながら、胸の奥で小さく呟く。
――本当に、倒したんだ。ようやく、ここから始まるんだ。
店中に笑い声とグラスの音が響き、ザフラの夜は祝福と熱気に包まれていった。
***
翌朝。ザフラの街の入口で。
「アンタたち...ほんと、ありがとね」
ギルドマスターのティリカが二人の肩を優しく叩いた。
「ま、俺らなら楽勝だって」
テオがニッと笑う。
「あんたはほんと、調子のいいやつだね!」
ティリカは手を大きく開き、テオの背中をバンッ!と叩いた。
「いっっ...!?」
テオは自身を抱きしめながら屈み込む。
「て、テオ...大丈夫?」
キールが心配そうに覗き込むと、テオは脂汗をにじませながら小声で言った。
「やっぱ、この人一人で倒せた気がする...」
「それにしても、あれは大丈夫なんすかね?」
ティリカの隣に立っていたネルフィが、馬車を指さした。
馬車の中をほとんど占領しているのは“ゴルザガルムの頭部”だった。
「仕方ないね、討伐の証拠として国王に献上しないとなんだから」
ティリカが、微妙な顔で馬車を眺めている。
「……あれと数日顔を突き合わせながら帰るのやだなぁ」
痛みが落ち着いたテオが立ち上がりながらぼやく。
「仕方ないよ。最後の大仕事と思って頑張ろうよ」
キールがテオを励ます。
ティリカが小さく笑って、改めて二人に向き直る。
「王都のギルドマスターには連絡しとくよ。砂漠を救った騎士が帰還するよってね」
「ありがとうございます、ティリカさん」
キールが深々と頭を下げた。
「ネルフィ、今回はありがとね。助かったよ」
テオが真面目な顔で礼を言う。
「いやいや、自分は何もしてないっすよ! 倒したのはお二人じゃないすか!」
「ネルフィさんのサポートが無ければ、もっと苦戦していましたし、負けていたかもしれません」
キールの言葉に同意するように、テオがうなずく。
「ありがとね、ネルフィ」
「えへへ...なんかそうやって改まってお礼言われると、くすぐったいっす...」
ネルフィは少し俯きながらも、耳まで赤くして笑った。
「さて、引き止めて悪かったね。そろそろ行きな」
ティリカは母親のような穏やかな顔で言った。
「ええ、では我々はこれで」
キールが馬車に乗り込む。
その時、テオはティリカ……ではなく、その後ろに立っていた受付の青年シフの前に歩み寄り、ティリカを一瞥しながら小声で囁いた。
「多分、本人は1ミリも気がついてないぞ」
シフの顔がみるみる赤くなる。
「なっ...!?」
「あの手のタイプはちゃんと準備してしっかり伝えないと信じてくれないと思うよ。じゃあ、年の差恋愛頑張って」
ヒラヒラと手を振って戻っていくテオを、シフは呆然と見送るしかなかった。
やがて御者が手綱を鳴らし、馬車はゆっくりと街の門へ向かい走り出す。
見送りに集まった人々が口々に「ありがとう!」と声を上げ、子どもたちが駆けながら手を振る。
ザフラの街が徐々に遠ざかる。
夕焼けに照らされた砂漠の地平を見つめながら、二人は静かに息をついた。
まだもう少しだけ回想は続くんです、もうちょいでルーチェが戻ってきますから。




