第102話 VS千脚の王
遅くなり申し訳ございません。地に額をつけてお詫び致します。
(まずは、中遠距離から様子を見る──!)
キールは心の中で判断を下すと、素早く片手を天へと掲げた。
「《風擲槍》!!」
彼の手のひらの上に、黄緑色の風が渦を巻いて集まっていく。その風はやがて一本の槍へと形を変え、鋭く煌めいた。
キールが腕を振るうと同時に、風の槍は空を裂いて一直線にゴルザガルムへと飛翔する。
続いて、テオも構えを取った。
「さっきのお返しだ……《水刃雨》!」
水の魔力を纏った剣を振り上げ、空へと斬り上げる。
すると、斬撃の軌跡が細かく分裂し、無数の水の刃となって上空からゴルザガルムに降り注いだ。
風の槍が鋭く甲殻を撃ち、刃の雨が全身に降りかかる。
──バシッ! バラバラバラバラッ!
確かに攻撃は命中している。
だがゴルザガルムの分厚い外殻は、完全には貫かれていないようだ。甲殻の表面に傷が走る程度。ダメージは入っているが、決定打には程遠い。
「ちっ、やっぱり硬いな……」
それでも二人の表情は曇らない。
これはあくまで“探り”。次の一手のための布石に過ぎなかった。
ゴルザガルムの甲殻に攻撃が命中したことで、その巨体が一層こちらへと意識を向ける。
顎を不気味に動かしながら、じりじりと狙いを定めてきていた。
次の瞬間───
「っ来るぞ!」
テオの声と同時に、ゴルザガルムが体をくねらせ、毒の弾を次々と吐き出してくる。
紫色の塊が唸りを上げて飛来するのを、キールとテオは紙一重で回避する。
ネルフィも、支援の手を止めることなく、ちょこちょこと位置を変えながら狙いを外させていた。
(“風擲槍”であれってことは、もっと貫通力のある技なら……!)
キールの中で何かが閃く。
「テオ、少しだけ時間を稼いで!」
「人使いが荒いんじゃない!? ──でも了解!」
剣を掲げたテオが叫ぶ。
「《水狼刃牙》ッ!!」
剣を包んでいた水が地面を這うように伸びていき、その先端が狼の顔を形作る。咆哮とともに水の狼がゴルザガルムに跳びかかり、毒弾を撃たせまいとその顎元へと喰らいついた。
鋭い牙が甲殻に喰い込み、巨体を拘束していく。
(……初めて見る技だ。けど、テオ自身も動けない。もし別の攻撃が来たら───いや、信じろ。テオならやれる)
キールの手に再び魔力が集まる。
しかし先ほどの《風擲槍》とは違い、その槍はより鋭利に、より高速に、風の力で猛回転を始めていた。
(思い出せ……これを安定させるには、高い集中力が必要だ。鋭く、速く……ルーチェさんがデッドタートル戦で使っていたあの影の棘のように鋭く……!)
「《暴風の撃槍》ッ!!」
詠唱とともに、耳をつんざくような破裂音が響く。
爆風に押し出されるように、風の槍が放たれた。
それは音速を超える一撃。
槍はまっすぐにゴルザガルムの胴体──甲殻の合間を突き破り、深々と突き刺さる。
緑色の体液がドクドクと噴き出す。
「ギシャアアアァァァァァ───!!」
巨体がのたうち、怒りと苦痛の叫びをあげた。
「いい一撃入ったじゃん! じゃあ、こっちも──!」
テオが剣を地に突き立てると、それに呼応するように水の狼が再び動き出す。
「《水狼刃牙・顎》ッ!!」
大きく口を開いた狼が、ゴルザガルムの脇腹へと喰らいついた。
バキィッと甲殻が砕ける音とともに、肉ごと抉り取る。
───ドゴンッ!
水の狼はその役目を終え、ただの水へと崩れ落ち、抉られた肉塊が重く地面に叩きつけられた。
ゴルザガルムはさらなる出血で体勢を崩し、地を這いながら悶え暴れる。
「よし……!」
キールは、小さくガッツポーズする。
敵は確実に、致命傷に近づいている。
「あんなの、いつの間に習得してたわけ?」
「そっちこそ、僕が知らない技使ってたじゃん」
ふたりは顔を見合わせて、思わず笑った。
「もう一押しだね」
「あぁ、害虫駆除だ……!」
だが、その楽観を打ち消すようにネルフィの緊張した声が飛ぶ。
「おふたりとも、ゴルザガルムの様子がなんか変っす!」
視線の先――ゴルザガルムは、うねる無数の脚を動かしながら、砂の中に潜っていた尾を空へ突き出した。すると、その周囲の砂が生き物のように蠢き、六本の砂柱となって空へと伸び上がる。
(何をする気なんだ……?)
キールが心の中で呟いた。
疑念を抱く間もなく、一本の砂柱が突如として動き出し、先端をドリルのように回転させて襲いかかってきた。
「《防壁凪》ッ!!」
風の防壁が展開され、キールたちの目前に立ちはだかる。だが――
(まさか……! これ、《暴風の撃槍》の回転を真似て……!?)
砂柱と風の壁が激突し、火花が散るような衝突音が響く。
「キールッ!!」
(なんて鋭い回転だ……! 一本だけでこの威力、もし束になったら……!)
その不安はすぐに現実となった。残りの五本の砂柱が、ゴルザガルムの指示に呼応するように動き出す。
キールの心が揺れた――その瞬間だった。砂柱の束が一気に彼らへと向かってくる。
「……っぐぅ……!!」
キールは防壁にさらに魔力を込め、耐えようとする。だが――
砂柱たちは途中で進路を変え、ギュンッ!と鋭く方向転換。まるで意志を持っているかのように、ネルフィの背後へと飛びかかった。
「へっ!?」
「ネルフィ!!」
「あわわっ!?」
慌てて身を屈めたネルフィが杖を構える。
「《結晶の輝殻》!」
彼女の周囲に、宝石のような角ばった魔力の防壁が展開された。砂柱が衝突するが、結晶の殻はその攻撃を弾き返す。
しかし――それは、囮だった。
防壁の魔力がわずかに揺らいだ一瞬を、ゴルザガルムは見逃さなかった。狙いを切り替え、鋭く絞った砂の槍が、キールの心臓めがけて一直線に突き刺さってくる。
(しまった……! 僕が意識を後ろに割いてしまったばかりに……!! 躱せない……この距離じゃ……!!)
そのときだった。
「───キールッ!!」
隣にいたテオが即座に左手を伸ばし、キールを後方へと押し飛ばした。キールは体勢を崩しながらも後退――。
砂の槍はわずかに逸れ、テオの左腕をかすめていく。
「んぐっ……!」
「テオ!!」
「大丈夫っ! 掠っただけだ!! それに利き腕じゃない!!」
キールにそう叫ぶと、テオは傷を押さえつつ、再びゴルザガルムを睨み据える。
「ネルフィさん、妨害系とか拘束系の魔法って使えますか!?」
「あんなでかいのに効くかは分からないっすけど……それでもいいならやってみるっす!」
「数秒だけ時間を稼いでもらえたら十分です!」
「了解っす! ──《結晶の監獄》!」
ネルフィの杖から放たれた光が空中で複数の結晶の輪に変わり、ゴルザガルムの胴体を締め上げるように拘束した。
「長時間は保たないっすからね!」
キールは、テオに真剣な眼差しを向ける。
「テオ、僕に作戦がある」
「……いいよ。言ってみなよ」
「もう一度《顎》って使える?」
「俺を誰だと思ってんの? 超絶すごい水流剣使いだけど?」
冗談めかして笑うテオだったが、その目はすぐに鋭くなった。
「……一回ならいける。それ以上は保証できないけど」
「なら、それで足止めを。僕が確実に仕留める」
「言ったな? これで失敗したら恨むからね、お坊ちゃん!」
「黙って信じてなよ。友達ならさ!」
ふたりは笑って目を合わせた。
「そろそろ壊れるっす〜!!」
その言葉と同時に、結晶の輪に亀裂が走る。
「行くよ!!」
テオの言葉に、キールがうなずく。
「いつでもいいよ!!」
キールはゴルザガルムに向かって走り出した。テオは剣を構え、深く息を吸い込む。
(……あーもう、腕が痛みでウザいくらいだけどさ。あいつが“やる”って決めたんなら、付き合うのが親友ってもんでしょ)
「《水狼牙・顎》ッ!!」
剣から放たれた水が再び狼の姿を取り、咆哮しながらゴルザガルムに襲いかかる。その水の狼はキールを酸と毒から守り、獣のように絡みついて敵の動きを止める。
キールは自身に速度上昇と摩擦抵抗を軽減する魔法を重ねがけし、地を駆ける。
ネルフィも即座に補助魔法を展開、攻撃力と機動力のバフを二人にかけていく。
「《空飛歩行》!」
キールの足に魔力が集まり、そのまま地を蹴って空中へと跳躍する。 真上から、敵の口腔を見下ろす位置に飛び出す。
その瞬間、テオの水狼が牙を突き立ててゴルザガルムの動きを完全に止めた。 ネルフィも、わずかな隙を見逃さず再び結晶の輪で胴体を拘束する。
──完全なる足止め。
「《暴風の撃槍》ッ!!」
轟音とともに放たれた風の槍が、ゴルザガルムの開いた口腔内に突き刺さる。 そのまま体内を貫通し、杭のように地面へと突き刺さった。
ゴルザガルムの身体が大きく仰け反り、緑の血を勢いよく吐き出す。
「……のたうち回ってるとこ悪いけど、まだ終わってないからな!」
水の狼がうなりを上げながらゴルザガルムの頭に飛びつき、牙を突き立てた。そして──ひねるように頭部を噛みちぎる。
「ギシャアアアァァァァ───ッ!!」
毒を撒き散らしながら、巨体は横倒しになり、のたうち回る。 尾を僅かに動かし、砂の柱を一本、キールめがけて伸ばす。
「まだ動くのか……!?」
キールが迎撃の魔法を構えようとするが、砂柱が伸びる寸前で──
ゴルザガルムの体が崩れ落ちた。砂の柱は半ばで消え失せ、尾がビタン、と無力に地面に落ちる。
それきり、ゴルザガルムが動くことはなかった。
キールは残った魔力でなんとか着地すると、ふらふらと足元が揺らぎ、その場に崩れ落ちた。
「──あー……痛ってぇ……ネルフィ〜、回復頼む〜……」
地面にぺたんと座り込んだテオが、仰向けに空を見上げながら情けない声を漏らす。
「あわわっ、すぐするっす! 《治癒》!」
慌てて駆け寄ったネルフィが、杖を掲げて治癒魔法を放つ。淡い光がテオの傷口をやさしく包み込んだ。
その横に、ふらふらと足を引きずりながらキールが歩み寄ってくる。
「……まったく。テオってば、ほんっと無茶ばっかりするよね」
「……んだと?」
「だってさ。前のゴブリンキングの時も、肋骨にヒビ入ってたじゃん」
「ヒビだって言ってんでしょ。折れてたわけじゃないもん」
「たいして変わんないよ。同じくらい危なっかしいしさ。判断の速さは本当に助かるけど、そろそろ無茶は控えてよ」
「……しょうがないじゃん。男のサガってやつでしょ? カッコつけなきゃいけない生き物なんだからさ」
「……ルーチェさんに、“かっこいい”って言ってもらうために?」
「……うるせ、このエセ王子……!」
図星を突かれたテオの顔が一気に赤くなる。そのまま横にいたキールの脇腹に軽く拳を入れる。
「いった!? エセって何さ!」
「そのまんまだよ、お坊ちゃん!」
「お坊ちゃんって言わないでよ!」
「うるさいなもう! 全力じゃなかっただけありがたく思え!」
「はいはい〜、おふたりとも仲が良いっすね〜……」
ネルフィはそんな二人を見て、苦笑しながら呆れたように言った。
戦いの直後だというのに、空には、どこか穏やかな風が吹いていた。




