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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第二章 広がる世界、潜む闇
102/150

第102話 VS千脚の王

遅くなり申し訳ございません。地に額をつけてお詫び致します。



(まずは、中遠距離から様子を見る──!)


 キールは心の中で判断を下すと、素早く片手を天へと掲げた。


「《風擲槍(ウインドランス)》!!」


 彼の手のひらの上に、黄緑色の風が渦を巻いて集まっていく。その風はやがて一本の槍へと形を変え、鋭く煌めいた。


 キールが腕を振るうと同時に、風の槍は空を裂いて一直線にゴルザガルムへと飛翔する。


 続いて、テオも構えを取った。


「さっきのお返しだ……《水刃雨(すいじんう)》!」


 水の魔力を纏った剣を振り上げ、空へと斬り上げる。

 すると、斬撃の軌跡が細かく分裂し、無数の水の刃となって上空からゴルザガルムに降り注いだ。


 風の槍が鋭く甲殻を撃ち、刃の雨が全身に降りかかる。



──バシッ! バラバラバラバラッ!



 確かに攻撃は命中している。


 だがゴルザガルムの分厚い外殻は、完全には貫かれていないようだ。甲殻の表面に傷が走る程度。ダメージは入っているが、決定打には程遠い。


「ちっ、やっぱり硬いな……」


 それでも二人の表情は曇らない。


 これはあくまで“探り”。次の一手のための布石に過ぎなかった。


 ゴルザガルムの甲殻に攻撃が命中したことで、その巨体が一層こちらへと意識を向ける。


 顎を不気味に動かしながら、じりじりと狙いを定めてきていた。


 次の瞬間───


「っ来るぞ!」


 テオの声と同時に、ゴルザガルムが体をくねらせ、毒の弾を次々と吐き出してくる。


 紫色の塊が唸りを上げて飛来するのを、キールとテオは紙一重で回避する。


 ネルフィも、支援の手を止めることなく、ちょこちょこと位置を変えながら狙いを外させていた。


(“風擲槍(ウインドランス)”であれってことは、もっと貫通力のある技なら……!)


 キールの中で何かが閃く。


「テオ、少しだけ時間を稼いで!」


「人使いが荒いんじゃない!? ──でも了解!」


 剣を掲げたテオが叫ぶ。


「《水狼刃牙(すいろうじんが)》ッ!!」


 剣を包んでいた水が地面を這うように伸びていき、その先端が狼の顔を形作る。咆哮とともに水の狼がゴルザガルムに跳びかかり、毒弾を撃たせまいとその顎元へと喰らいついた。


 鋭い牙が甲殻に喰い込み、巨体を拘束していく。


(……初めて見る技だ。けど、テオ自身も動けない。もし別の攻撃が来たら───いや、信じろ。テオならやれる)


 キールの手に再び魔力が集まる。


 しかし先ほどの《風擲槍(ウインドランス)》とは違い、その槍はより鋭利に、より高速に、風の力で猛回転を始めていた。


(思い出せ……これを安定させるには、高い集中力が必要だ。鋭く、速く……ルーチェさんがデッドタートル戦で使っていたあの影の棘のように鋭く……!)


「《暴風の撃槍(ストームランス)》ッ!!」


 詠唱とともに、耳をつんざくような破裂音が響く。

 爆風に押し出されるように、風の槍が放たれた。


 それは音速を超える一撃。

 槍はまっすぐにゴルザガルムの胴体──甲殻の合間を突き破り、深々と突き刺さる。


 緑色の体液がドクドクと噴き出す。


「ギシャアアアァァァァァ───!!」


 巨体がのたうち、怒りと苦痛の叫びをあげた。


「いい一撃入ったじゃん! じゃあ、こっちも──!」


 テオが剣を地に突き立てると、それに呼応するように水の狼が再び動き出す。


「《水狼刃牙・(あぎと)》ッ!!」


 大きく口を開いた狼が、ゴルザガルムの脇腹へと喰らいついた。


 バキィッと甲殻が砕ける音とともに、肉ごと抉り取る。


───ドゴンッ!


 水の狼はその役目を終え、ただの水へと崩れ落ち、抉られた肉塊が重く地面に叩きつけられた。


 ゴルザガルムはさらなる出血で体勢を崩し、地を這いながら悶え暴れる。


「よし……!」


 キールは、小さくガッツポーズする。


 敵は確実に、致命傷に近づいている。


「あんなの、いつの間に習得してたわけ?」

 

「そっちこそ、僕が知らない技使ってたじゃん」


 ふたりは顔を見合わせて、思わず笑った。


「もう一押しだね」


「あぁ、害虫駆除だ……!」


 だが、その楽観を打ち消すようにネルフィの緊張した声が飛ぶ。


「おふたりとも、ゴルザガルムの様子がなんか変っす!」


 視線の先――ゴルザガルムは、うねる無数の脚を動かしながら、砂の中に潜っていた尾を空へ突き出した。すると、その周囲の砂が生き物のように蠢き、六本の砂柱となって空へと伸び上がる。


(何をする気なんだ……?)


 キールが心の中で呟いた。


 疑念を抱く間もなく、一本の砂柱が突如として動き出し、先端をドリルのように回転させて襲いかかってきた。


「《防壁凪(シールドカーム)》ッ!!」


 風の防壁が展開され、キールたちの目前に立ちはだかる。だが――


(まさか……! これ、《暴風の撃槍(ストームランス)》の回転を真似て……!?)


 砂柱と風の壁が激突し、火花が散るような衝突音が響く。


「キールッ!!」


(なんて鋭い回転だ……! 一本だけでこの威力、もし束になったら……!)


 その不安はすぐに現実となった。残りの五本の砂柱が、ゴルザガルムの指示に呼応するように動き出す。


 キールの心が揺れた――その瞬間だった。砂柱の束が一気に彼らへと向かってくる。


「……っぐぅ……!!」


 キールは防壁にさらに魔力を込め、耐えようとする。だが――


 砂柱たちは途中で進路を変え、ギュンッ!と鋭く方向転換。まるで意志を持っているかのように、ネルフィの背後へと飛びかかった。


「へっ!?」

「ネルフィ!!」

「あわわっ!?」


 慌てて身を屈めたネルフィが杖を構える。


「《結晶の輝殻(クリスタルシェル)》!」


 彼女の周囲に、宝石のような角ばった魔力の防壁が展開された。砂柱が衝突するが、結晶の殻はその攻撃を弾き返す。


 しかし――それは、囮だった。


 防壁の魔力がわずかに揺らいだ一瞬を、ゴルザガルムは見逃さなかった。狙いを切り替え、鋭く絞った砂の槍が、キールの心臓めがけて一直線に突き刺さってくる。


(しまった……! 僕が意識を後ろに割いてしまったばかりに……!! 躱せない……この距離じゃ……!!)


 そのときだった。


「───キールッ!!」


 隣にいたテオが即座に左手を伸ばし、キールを後方へと押し飛ばした。キールは体勢を崩しながらも後退――。


 砂の槍はわずかに逸れ、テオの左腕をかすめていく。


「んぐっ……!」


「テオ!!」


「大丈夫っ! 掠っただけだ!! それに利き腕じゃない!!」


 キールにそう叫ぶと、テオは傷を押さえつつ、再びゴルザガルムを睨み据える。


「ネルフィさん、妨害系とか拘束系の魔法って使えますか!?」


「あんなでかいのに効くかは分からないっすけど……それでもいいならやってみるっす!」


「数秒だけ時間を稼いでもらえたら十分です!」


「了解っす! ──《結晶の監獄(クリスタルジェイル)》!」


 ネルフィの杖から放たれた光が空中で複数の結晶の輪に変わり、ゴルザガルムの胴体を締め上げるように拘束した。


「長時間は保たないっすからね!」


 キールは、テオに真剣な眼差しを向ける。


「テオ、僕に作戦がある」


「……いいよ。言ってみなよ」


「もう一度《(あぎと)》って使える?」


「俺を誰だと思ってんの? 超絶すごい水流剣使いだけど?」


 冗談めかして笑うテオだったが、その目はすぐに鋭くなった。


「……一回ならいける。それ以上は保証できないけど」


「なら、それで足止めを。僕が確実に仕留める」


「言ったな? これで失敗したら恨むからね、お坊ちゃん!」


「黙って信じてなよ。友達ならさ!」


 ふたりは笑って目を合わせた。


「そろそろ壊れるっす〜!!」


 その言葉と同時に、結晶の輪に亀裂が走る。


「行くよ!!」


 テオの言葉に、キールがうなずく。


「いつでもいいよ!!」


 キールはゴルザガルムに向かって走り出した。テオは剣を構え、深く息を吸い込む。


(……あーもう、腕が痛みでウザいくらいだけどさ。あいつが“やる”って決めたんなら、付き合うのが親友ってもんでしょ)


「《水狼牙・(あぎと)》ッ!!」


 剣から放たれた水が再び狼の姿を取り、咆哮しながらゴルザガルムに襲いかかる。その水の狼はキールを酸と毒から守り、獣のように絡みついて敵の動きを止める。


 キールは自身に速度上昇と摩擦抵抗を軽減する魔法を重ねがけし、地を駆ける。


 ネルフィも即座に補助魔法を展開、攻撃力と機動力のバフを二人にかけていく。


「《空飛歩行フライングステップ》!」


 キールの足に魔力が集まり、そのまま地を蹴って空中へと跳躍する。 真上から、敵の口腔を見下ろす位置に飛び出す。


 その瞬間、テオの水狼が牙を突き立ててゴルザガルムの動きを完全に止めた。 ネルフィも、わずかな隙を見逃さず再び結晶の輪で胴体を拘束する。


──完全なる足止め。


「《暴風の撃槍(ストームランス)》ッ!!」


 轟音とともに放たれた風の槍が、ゴルザガルムの開いた口腔内に突き刺さる。 そのまま体内を貫通し、杭のように地面へと突き刺さった。


 ゴルザガルムの身体が大きく仰け反り、緑の血を勢いよく吐き出す。


「……のたうち回ってるとこ悪いけど、まだ終わってないからな!」


 水の狼がうなりを上げながらゴルザガルムの頭に飛びつき、牙を突き立てた。そして──ひねるように頭部を噛みちぎる。


「ギシャアアアァァァァ───ッ!!」


 毒を撒き散らしながら、巨体は横倒しになり、のたうち回る。 尾を僅かに動かし、砂の柱を一本、キールめがけて伸ばす。


「まだ動くのか……!?」


 キールが迎撃の魔法を構えようとするが、砂柱が伸びる寸前で──


 ゴルザガルムの体が崩れ落ちた。砂の柱は半ばで消え失せ、尾がビタン、と無力に地面に落ちる。



 それきり、ゴルザガルムが動くことはなかった。



 キールは残った魔力でなんとか着地すると、ふらふらと足元が揺らぎ、その場に崩れ落ちた。


「──あー……痛ってぇ……ネルフィ〜、回復頼む〜……」


 地面にぺたんと座り込んだテオが、仰向けに空を見上げながら情けない声を漏らす。


「あわわっ、すぐするっす! 《治癒(ヒール)》!」


 慌てて駆け寄ったネルフィが、杖を掲げて治癒魔法を放つ。淡い光がテオの傷口をやさしく包み込んだ。


 その横に、ふらふらと足を引きずりながらキールが歩み寄ってくる。


「……まったく。テオってば、ほんっと無茶ばっかりするよね」


「……んだと?」


「だってさ。前のゴブリンキングの時も、肋骨にヒビ入ってたじゃん」


「ヒビだって言ってんでしょ。折れてたわけじゃないもん」


「たいして変わんないよ。同じくらい危なっかしいしさ。判断の速さは本当に助かるけど、そろそろ無茶は控えてよ」


「……しょうがないじゃん。男のサガってやつでしょ? カッコつけなきゃいけない生き物なんだからさ」


「……ルーチェさんに、“かっこいい”って言ってもらうために?」


「……うるせ、このエセ王子……!」


 図星を突かれたテオの顔が一気に赤くなる。そのまま横にいたキールの脇腹に軽く拳を入れる。


「いった!? エセって何さ!」


「そのまんまだよ、お坊ちゃん!」


「お坊ちゃんって言わないでよ!」


「うるさいなもう! 全力じゃなかっただけありがたく思え!」


「はいはい〜、おふたりとも仲が良いっすね〜……」


 ネルフィはそんな二人を見て、苦笑しながら呆れたように言った。



 戦いの直後だというのに、空には、どこか穏やかな風が吹いていた。


  

 

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