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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第二章 広がる世界、潜む闇
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第101話 砂ゾリと二人の試練

土壇場での調整が遅れてしまいました。誠に陳謝…、申し訳ないです。



 翌朝──。


 朝の陽光が門前の街を照らす頃、キールは集合場所へと姿を現した。待っていたティリカが声をかける。


「おはよう。ちゃんと休めたかい?」


「おはようございます。おかげさまで、ゆっくりと休めました」


 キールが丁寧に頭を下げたところで、辺りにドタドタと足音が響く。


「すいませーーーん、遅れたっすーー!!」


――ネルフィが慌てて走ってくる姿に、ティリカは苦笑しながら手を振った。


「いや、今ちょうど集まったとこだから大丈夫さ。シフはもう上で待機してるよ。案内する、こっちだ」


 三人はティリカに続いて門の上の見張り台へと登る。広々とした見晴らしの中、風が静かに吹き抜けていく。


 すでにそこには、シフがいた。無駄な言葉を挟まず、静かな空気をまとっている。


「シフ、どうだい? 見えるかい?」


 ティリカの問いに、シフは淡々と答えた。


「いえ、今はまだ」


 彼は親指と人差し指で輪を作り、その中をじっと覗いていた。どうやら輪の中に遠視の魔法を施しているらしい。


「まあ、そう上手くはいかないか……」


 テオが隣で肩をすくめる。


「何か、砂漠を歩く魔物でもいたらいいんすけどね〜」


 ネルフィが言うと、シフがわずかに顔を上げ、視線を南西の方向へと向けた。


「……あ、いました」


「マジっすか!?」


「視覚支援魔法、拡張します」


 シフが静かに告げると、指を開き、空中に薄く青い光のスクリーンが浮かび上がる。そこには、砂丘の上を走る茶褐色の鳥たちの姿が映し出されていた。


「……あれは、ロックバードの亜種。サンドバードの群れだね」


 ティリカが映像を見て呟く。


「出てくると思いますか?」


 キールが問いかけると、ティリカはわずかに首を傾げた。


「運次第……だね」


───その時だった。


 サンドバードたちが砂丘を駆けていた地形が、突如として崩れ落ちる。


 ドゴォン───という地鳴りのような音と共に、砂が蟻地獄のように渦を巻いていく。


「!?」


 サンドバードの群れが足を取られ、次々とその中心へ滑り落ちていく。最初の一羽が中心に辿り着いた刹那。


───ザバァという音と共に、巨大な影が姿を現した。


「……!」


 それは、無数の脚を蠢かせる異形の蟲──ゴルザガルムだった。


 砂を滑るように体をくねらせ、次々と落ちてくるサンドバードを鋭い顎で捕食していく。


 その姿はまさに、《千脚の王》の異名にふさわしい威圧感を放っていた。


「マジか……」


 テオが驚愕の声を漏らす。


「……あれが、ゴルザガルム……」


 キールの声は、緊張と戦慄に震えていた。


 


 ギルドへと戻った五人は、すぐさま会議室に集まり、作戦会議を開くことにした。


 ティリカがテーブルの中央に大きな地図を広げ、静かに口を開く。


「シフ、さっきの出現ポイント、地図に印つけときな」


「はい、ギルドマスター」


 シフは頷き、ペンを手に取ると、落ち着いた手つきで一か所に印を加えた。


 その地図には、すでにいくつかの赤い印がつけられている。キールが気づいて問う。


「他の印って、過去の出現ポイント……ですか?」


 ティリカが腕を組みながら、表情を曇らせる。


「あぁ。ここ三ヶ月で報告があった場所だよ」


 キールたちが地図に目を落とすと、印は徐々に街へと近づくように並んでいた。


 まるで何かに引き寄せられているかのように──。


「……やっぱり、徐々に街に近づいてるね」


 ティリカの低い声が、部屋の空気を引き締める。


「早めに対処しないと、街が危険っす……」


 ネルフィが真剣な表情で呟く。


 重苦しい沈黙が一瞬流れた───


 街の背後に広がる砂漠から、確実に脅威が迫っていることを、全員が痛感していた。


「蟻地獄の上で戦うのは無理だ。《砂場歩行(サンドウォーク)》は、あくまで沈まないだけ。地面ごと引きずり込まれたら終わりだ」


 テオが言うと、キールがうなずく。


「確かに…動きを止められたら、それだけで詰むね」


 シフが地図を示しながら口を開いた。


「遺跡の周辺なら、岩盤の地形です。地面も石造りで、地中に潜るのは難しいはずです」


「じゃあ、そこまでおびき出せれば…」


 キールがそう言うと、今度はテオがうなずいた。


「地の利はこちらにある。砂の上で無理に戦わなくていいなら、確かに勝ち目はある」


「つまり、砂地で挑まず、岩の上で勝負っすね!」


「ああ、そうと決まれば──あの偏屈爺さんが作った砂ゾリ、あれを貸してもらえるよう交渉してくるよ。あれならゴルザガルムより速く走れる」


「ソリ、ですか。……でも、扱いが難しいのでは?」


 キールが尋ねる。


「もちろんクセは強い。熱を吸収する魔石で動く試作品でね。下手すりゃ吹っ飛ぶ。でも、操作さえ慣れりゃ乗りこなせるはずさ」


 ティリカがそう言う。


「乗りこなすってことは、俺らが乗るのか。……ま、操作方法さえ分かればなんとかなるっしょ」


 テオが能天気に言う。


「あっ、毒の方は任せてください! 種類は多いけど、抗毒薬は事前に用意しておくし、治癒魔法もバッチリ効かせます!」


「助かる。毒霧まで吐かれたら厄介だからね…」


 テオがネルフィに微笑む。


「酸性毒の方はどう対処する?」


 キールが静かに問いかける。


「回避優先。俺は剣には魔法を纏わせて、腐食を防ぐ。それでもダメなら……」


「街の武器屋に頼んで、似たような予備武器を揃えとくよ。使い慣れてないと困るだろうけど、非常時の保険にはなる」


「助かります」


 キールがティリカに頭を下げた。


「いいってことよ。……二人だけで倒すってのは、無謀に聞こえるかもしれない。でも、男が一度やるって決めたなら───必ずやり遂げな!」


テオとキールは、互いに目を合わせると、力強くうなずいた。


「「……はい!」」





 数日経ったある日。


 夜明けの空が、うっすらと朱を差し始めていた。


 いよいよ決戦の朝。砂塵の匂いと緊張が、静かな空気に溶け込んでいる。


 準備を終えたテオが、キールの方へと声をかけた。


「調子どう?」


 キールは、風に揺れる前髪を払うと、いつも通りの調子で答える。


「別に、いつも通りかな…」


 そこへネルフィが、薬瓶を両手に持って駆け寄ってくる。


「お二人共、抗毒薬っす。効果が出るまで最低でも30分はかかるんで、そろそろ飲んだ方がいいと思うっす!」


 キールとテオは無言で頷くと、それぞれ瓶を受け取り、軽くぶつけ合って乾杯のような仕草を見せた。そして、その中身を勢いよく飲み干す。


「作戦を確認しよう。まず、俺とネルフィが二人乗りの砂ゾリ、キールは一人乗りの砂ゾリに乗って出発。遺跡に向かって真っ直ぐ最短ルートを突っ切る」


 言いながら、テオは指先で空中に地図をなぞるように動かす。


 「砂ゾリ」と呼ばれてはいるが、見た目はどちらかというと、砂の上を滑るジェットスキーに近い。車体は砂漠の風景に溶け込むよう、イエローやオレンジ、ベージュといった迷彩風の塗装が施されている。


 その動力は、あらかじめ魔石に溜め込んだ熱の魔力によってエンジンを稼働させるというもの。内部に組み込まれた魔力回路が、後方部と地面に接する底部に設置された二箇所の《風の魔石》へと魔力を送ることで、風の推進力を発生させ、機体をわずかに浮遊させながら、高速で地面を滑ることができる───という仕組みらしい。



 もし、異世界の地球からやってきたルーチェがこの場にいれば、(ファンタジーにジェットスキー!?)とツッコミを入れたことだろう。


 ……あいにく、今この場に彼女の姿はない。

  


 キールが静かに口を開いた。


「もし、途中でゴルザガルムが現れなかった場合は、風魔法でいくつかの地点に攻撃を飛ばす。それでおびき出せるかは賭けだけど…」


「まあ、熱の力で走るゾリを見たら、追ってくるだろ。多分」 

  

「そして、岩盤地帯に入ったら──すかさず遠距離攻撃。ゴルザガルムがその場に留まるように立ち回る……で、いいんだよね」


「そーゆーこと」


 ふたりは、互いにしばし目を見つめた。


「…じゃあ、行こうか」


「あぁ、やるぞ、キール」


 言葉を交わすより早く、拳と拳がぶつかり合った。音は小さくとも、気持ちは確かに重なっていた。

 


 そして、キール・テオ・ネルフィの三人はそれぞれ砂ゾリに乗り込み、砂漠を駆け抜ける。先頭はキール、後方にテオとネルフィを乗せた二人乗りの砂ゾリが続く。


「ネルフィ、運転中は索敵頼むよ!」


  エンジンの轟音に負けぬよう、テオが声を張る。


「分かったっす!!」


 砂丘を切り裂くように疾走する二台の砂ゾリ。その最中、ネルフィが魔法による探索結果を叫ぶ。


「…お二人共! 探索魔法にヒットしたっす!!」


 その直後、二台が通り過ぎた地点で───ドゴォン!


 地面が陥没し、巨大な蟻地獄が口を開けた。


───ゴルザガルムの罠だ。


 衝撃で、後方のテオのソリが一瞬大きく揺れる。


「テオ!?」

 

「大丈夫! …こんの…器用人間なめんな!!」


 かろうじて体勢を立て直したテオが叫ぶ。どうやら持ち堪えたようだ。


 地中から姿を現したゴルザガルムは、獲物が落ちてこなかったことに気づくと、その巨体を砂に潜らせながら進み、また地面を割って現れる。まるで獲物を逃がさぬ蛇のように、執念深く追いかけてくる。


(とりあえず、第一段階は成功ってことかな…)

 

 キールはそう考えながらも、もし攻撃が飛んできた際にすぐ対処できるよう、ソリとの車間距離や速度に注意を払っていた。


──その時だった。


 後方で、ゴルザガルムが顎を持ち上げるように動かす。


 テオはちらちらと後ろを確認していたが、《危機感知》が一気に警鐘を鳴らす。


「キール!! 魔法防御!!」

「分かった!」


 ゴルザガルムの体が大きくうねり、口から黄色い球体を空へと吐き出す。球体は打ち上げ花火のように上空で弾け、光の粒が雨のように降り注いだ。


「《防壁凪(シールドカーム)》!!」


 キールの詠唱と共に、二台のソリの上に淡い緑の風の防壁が展開される。


 黄色い雫が地面に触れた瞬間、ジュウジュウ……と焦げるような音が響いた。


「あれは…《酸性雨(アシッドレイン)》って毒魔法っす!」


 ネルフィの声が鋭く響く。


「テオ! 遺跡が見えた!」


 キールが前方を指差す。その視線の先には、荒野にぽつりと佇む古代の遺跡があった。


「さあ、こっちに来いゴルザガルム! お前専用の舞台に案内してやる!」



 叫びながら、テオはアクセルを踏み込む。


 決戦の時は、すぐそこまで迫っていた。


 

 急に砂の大地が終わりを告げ、石が敷き詰められた広場にたどり着く。そこは、遺跡の前に広がる開けた空間だった。


 広場の左右には、等間隔に立ち並ぶ石の飾り柱。

 だがそれらは長い時の流れに耐えきれず、欠けたり、折れたりしているものも多く見受けられる。


 キールたちはソリを急停止させると、すぐに地面へ飛び降りた。


 その直後、砂地の端───石の地盤へと入り込めなかったゴルザガルムが、砂中から上半身を覗かせ、こちらをじっと窺っている。


「テオ!」

「分かってるって!」


 息を合わせ、二人はすばやく武器を構える。


 ネルフィは後方で補助魔法を次々と詠唱しながら、二人の戦闘準備を支える。


「《速度上昇(バースト・ブースト)》! 《筋力上昇ガイアグリップ》! 《耐性上昇エレメントシールド》!」


 キールは槍を握る手が微かに震えているのに気づき、無意識に力を込める。


 その様子を、テオは見逃さなかった。


「何? そんなに怖がりだったっけ?」


 からかうような声に、キールは小さく吹き出す。


「まさか。……武者震いってやつだよ!」


 笑みを浮かべたキールの目には、もう迷いはなかった。



 そして決戦が、始まる───。

 

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