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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第二章 広がる世界、潜む闇
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第100話 唐揚げと千脚

今日が記念すべき100話目です。



 ザフラの露店が並ぶマーケット。


 日差しは傾き始め、活気ある人々の声と香辛料の匂いが混ざり合い、街路を満たしていた。


「んー……」


 前を歩くテオが小さく唸る。


「どうしたの? テオ」


 キールが横目でテオの顔を窺う。


「いや、なんかさ……」


 テオの視線は、少し後ろを歩くネルフィへ向けられる。


 大きなリュックを背負い、バードテールの髪が歩くたびに跳ねる。ネルフィはきょとんと首をかしげた。


「なんていうのかな……既視感? みたいなものを感じるんだよね」


「ああ……なるほど」


 キールが思い当たったようにうなずく。


「え、何すかそれ……」


 ネルフィが困ったように眉を下げる。


「おそらくテオが言いたいのは……ネルフィさんが後ろからちょこちょことついてくる雰囲気が、私たちの知り合いに少し似ている、ということかと」


「お二人の、知り合いに……?」


「そうそう。ひよこみたいにくっついてきたかと思えば、急に大胆なことをし出す変わった子なんだけどさ。まあ、やるべきことだけやる分、アンタの方が利口だね」


「……それ、ルーチェさんの前では言わないでよ? テオ」


「流石に言わないってば」


 テオが肩をすくめる。


 ネルフィは一瞬俯き、歩みを緩めた。ぽつりと漏れる声は、熱気の喧騒にかき消されそうに小さかった。


「利口……っすか……」


 ネルフィは俯きながら、目を逸らした。


「ん?」


 テオが振り返る。


「いえ、その……。あたし、けっこうとろいって言われることが多くて。昔からよく転ぶし、ドジも多いんすよ。でも、それでも誰かの役に立ちたくて……あれこれ試した結果、一番しっくり来たのが冒険者のサポートとヒーラーの仕事だったんす」


 言葉を選びながらも、真っ直ぐな瞳には小さな自負が宿っていた。


「戦闘は本当にダメっすけど……それ以外なら何とかって。自分なりに無茶な頑張り方は、結構してきたっすよ」


「ふーん……」


 テオはどこか納得したように頷く。


「ネルフィさんも、努力されているのですね」


 キールが穏やかに言うと、ネルフィは照れくさそうに笑って頭を掻いた。


「お、お二人に比べたら、まだまだっすけどね!」


「――あ、そういえばさ」


 空気が和らいだところで、テオが思い出したように言う。


「ギルマスが手料理ふるまってくれるって言ってたよね?」


「今日はけっこう狩ったから、晩ご飯楽しみだね」


 キールも口元を緩める。


「ギルマスからは“いつもの料理屋に連れてこい”って言われてるっすから、ちゃんと案内するっす!」


「じゃ、宿にいらない荷物置いてから行こっか」


「そうだね」


 三人は笑みを交わしながら、夕暮れの街を歩いていく。伸びていく影が、賑わう商店街の喧騒に溶けていった。







 ザフラの街の大きな通りにある料理屋の奥、灯りの落ち着いた個室に通された三人。


 テーブルにはすでに数品が並び始めており、鼻をくすぐる香ばしい匂いが漂っている。


「……すごっ」


 ネルフィが目を丸くする。


 間もなく、腕まくりをしたティリカが料理を盆に載せて現れた。サンドシャークの唐揚げが山盛りで、ヒレの入った濃厚そうなスープ、香草と果実が混ざったさっぱりサラダ、焼きたてのパンに、香り高い酒まで揃っていた。


「さあ! たんと食べな!」


 グラスをそれぞれの前に置きながら、ティリカが明るく声をかける。


「へぇ、美味そうじゃん」


 テオが覗き込むように言うと、すぐさま飛んできた声。


「“美味そう”じゃなくて“とびきり美味しい”んだよ! 会った時から思ってたけど、アンタは中々どうして生意気な子だね!」


「ははっ、よく言われてるよ」


 キールが笑いながら言うと、すぐに表情を引き締めて。


「テオがすみません、ティリカさん」


「いいよ、気にしてないさ! 若い男ならこれくらい生意気な方がいいってもんさ」


 ティリカは笑い飛ばしながら空いている席に腰を下ろす。


 途端に、場の空気が少しだけ引き締まる。


「さて。今日はご苦労だったね」


「いえ、大したことは……」


 キールが言いかけたところに、テオが割って入る。


「ま、俺とキールならこのくらいは当然でしょ」


 ティリカはその軽口にふっと笑ったあと、真剣な目で三人を見つめる。


「……明日にでも討伐するか、もう少し準備してから挑むか。それはあんたたちに一任するとして、だ」


 グラスの酒を一口含み、静かに続けた。


「今の時点でわかっている“ヤツ”の情報を、改めておさらいしとこうじゃないか。……食いながらでいいから、ちゃんと聞きな」


 ジュワ、と噛んだサンドシャークの唐揚げから音が立つ。


 熱気と緊張、そして明日の決断が、三人の前に静かに並んでいた。料理の香りに包まれながらも、空気は徐々に緊張感を帯び始めていた。


 ティリカがグラスを置き、真剣な目で語り出す。


「ヤツ……魔獣、《ゴルザガルム》。ムカデの形をした(むし)型の魔獣だ。通称は《千脚(せんきゃく)の王》。体長はおよそ12メートル。サンドシャークと同じく、砂に潜って地中から奇襲してくる。ただし、その速度は――サンドシャークなんて、目で追えるレベルの比じゃない」


「速さが段違い……ねぇ」


 テオが唐揚げをかじりながら呟いた。


「さらに、情報によれば……潜伏していたと思しき場所の地面に、毒性の液と、もう一種……酸性の液体が残されていたそうだ」


「つまり、複数の毒を持っている……ということですね」


 キールが静かに言葉を重ねる。


「確証はないが、あの強靭そうな顎と体内……それに、尾の先にも毒があるかもしれない。とにかく、用心することだね」


「分かったっす!」


 ネルフィがスープをすすりながら、元気よく返事をする。


 だがティリカは、ふと表情を曇らせた。


「……しかしねぇ」


「何? 何かあんなら言ってよ」


 テオがすぐに反応する。


「ゴルザガルムが過去に目撃されたのは、一度きり。そのときは、あんな大きさじゃなかったし……あそこまで凶暴でもなかった。何より、街の近くに姿を現すなんて話、前代未聞さ」


 ティリカはワインをひと口含み、溜め息のように続けた。


「ま、目撃例が少ないせいで詳しいことは何も言えないけど……言えるのは“異常”だってことだね」


「なるほど……変異個体、あるいは暴走個体である可能性を前提にしておくべき……ということですね」


 ティリカの“異常”という言葉に、キールが真剣な顔をして言った。


「あぁ。こっちでも情報は逐一更新していくよ。何か進展があったら、すぐに知らせる」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 キールが軽く頭を下げる。


「任せとくれって。……さ、あとは食事を楽しもうさね!」


 その言葉に場が和らぎ、再び料理の香りと酒の香りが、部屋を包み込んでいった――。


 食事もひと段落し、場が落ち着いてきた頃――ティリカがグラスを傾けながら問いかけた。


「んで、明日討伐に行くのかい? それとも、まずは練習かい?」


「そうですね……」


 キールはちらりと横目でテオを見る。


 テオはかつて旅をしていた経験があり、魔物との戦闘経験もキールより豊富だ。こういうときの判断は、彼に任せるべきだとキールは考え、テオに視線を向けた。


 少し考えてから、テオが言った。


「いや、明日は……様子見かな」


「様子見?」


 キールが首をかしげる。


「だってさ、依頼書に載ってたのって絵だけでしょ。実物、まだ見てないじゃん?」


「確かに……」


 キールは納得したように頷く。


「てことで、ギルマス。遠くから実物を見たりできない?」


 テオの問いに、ティリカは「ん〜」と少し考え込む。


「そうさねぇ……。砂漠に続く門の見張り台からなら、見られるかもしれないよ。アタシとシフも、いつもそこで確認してるからね」


「シフさん……というと、あの受付の……?」


 キールが尋ねると、ティリカはうんうんと頷いた。


「そうそう。シフは探索系の魔法や、遠視の魔法が使えるのさ。頼りになるよ」


「へぇ……」


 キールが感心したように声を漏らす。


 テオの様子見という意見を受けたティリカは、少し考えてから言った。


「よし、分かった。明日の朝、門の前に集合しな。ネルフィ、アンタもね」


「了解っす!」


 ティリカは立ち上がりながら、グラスを手に言った。


「じゃ、シフに話通しておくよ。あとはアンタたちで全部食べちまいな。……また明日ね」


「はい、よろしくお願いします」

「お疲れ〜」

「また明日っす!」


 和やかに食事の場は締めくくられた。





 その夜――キールとテオはネルフィと別れ、それぞれの宿へと戻っていった。


   

いつも見て頂いて感謝しかありません。本当にありがとうございます。これからも皆様に楽しく読んでいただけるように脳みそフル回転で創作に励む所存です。

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