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お姉様を悪役令嬢にしないために、兄をざまあするつもりでしたが。

作者: 槙村まき


 顔のすぐそばで、息づかいを感じた。

 鼻と鼻が触れ合う距離に、とんでもない美貌がある。


 濡羽色の髪の隙間から、紫水晶のような瞳が驚いたように固まっている。


(うわあ。まつげ長い。目も大きい。唇も柔らかそうで……)


 さらりと、ブリアナの緩やかな蜂蜜色の髪が、下にいる彼の頬にかかる。


 すると、押し倒されているオーウェンが、むず痒そうに身じろぎをした。


「……ブリアナ」


 低く穏やかな声が耳朶を震わせる。

 それにより、ブリアナは正気を取り戻した。

 どうして自分が彼を押し倒しているのか、その理由も遅れて思い出す。


「……そうだ。オーウェン様、お願いしたいことがあるんです!」

「君のお願いならいつでも聞くけど……。それよりも、いまのこの体制をどうにかしてほしいんだ」


 彼をソファーに押し倒していることなんて、ブリアナにとって些細なことだった。


 ぐいっとオーウェンの胸元のシャツを掴み引き寄せると、ブリアナは鼻と鼻が触れ合う距離にある紫水晶と目を合わせる。


 少し照れたようにオーウェンが目を逸らそうとするが、その前にブリアナはその顔――推しの悪役令嬢に似た美貌に向かって、声を出した。


「お兄様と、私のお姉様を別れさせるのを、手伝っていただけませんか!?」



    ◇



 ブリアナがとある小説の主人公に転生したことに気づいたのは、養子としてウィリス公爵家に引き取られた時のことだった。


(ここは、『かぞあい』世界だわ!)


 大好きだった家族もの恋愛小説――『養女は家族から愛されて幸せになります』、通称『かぞあい』。

 孤児だった少女が公爵家の養女になり、いろいろあった末に家族から愛される物語だ。


 この物語は最終的に主人公のブリアナが養子先の兄と結婚して幸せになることで物語が終わる。


 そんな主人公、ブリアナ・ウィリスに転生したことに気づいた第一声が、


「どうしてブリアナなのよ!?」


 だった。


 ブリアナは品行方正で心の優しい少女だ。

 ウィリス家の家族の悩みを解決して、家族だけではなく周囲の人間からも愛される。孤独だった幼少期とはくらべものにならないぐらいの幸せを手にする。


 約束されたハッピーエンド。


 だけど、その舞台の裏では、苦しむ一人の少女がいた。


 セレスティア・ライアン。

 ライアン公爵家の公女であり、ブリアナの兄――ケヴィンの婚約者だ。


 セレスティアは美しい令嬢だった。濡羽色の髪に、黒曜石のような瞳。白い肌に、色つやのある唇。

 彼女は年頃の令嬢の誰よりも美しく、ケヴィンもそんな婚約者のことを誇らしく思っていた。ブリアナが、現れるまでは。


 ケヴィンはブリアナに夢中になるあまり、婚約者に対して冷たくして、そんなケヴィンの行動によりセレスティアはどんどん病んでいく。

 その嫉妬芯は彼女の美しさを奪い、美しかった髪はバサバサになり、どんどん身も心も黒く染めていった。


 その結果、セレスティアはブリアナを呪い殺そうとして、それを見つけたケヴィンに婚約破棄されることになる。

 実家からも見捨てられたセレスティアは修道院に入れられて、ひとり孤独に生涯を終える。


 セレスティアは、『かぞあい』の悪役令嬢だった。


(いちばんの被害者はお姉様なのに!)


 何を隠そう。前世のブリアナは、セレスティアの大大大ファンだったのだ。

 

(あの緩やかにウェーブをかいた濡羽色の髪……! 黒曜石に似た瞳は大好きなケヴィンを見つめて微笑んでいる……っ、あの挿絵に私は惚れたのよ!)


 それなのに、原作のケヴィンはセレスティアを捨てて、家族として育ったブリアナを選んだ。


(そんなこと許せないわ!)


 原作のセレスティアが病んだ理由はアイツだというのに、ケヴィンはあっさりとセレスティアを捨てた。あんなにケヴィンだけを見つめていたというのにっ!


(あの男がお姉様を捨てるというのであれば、お兄様をざまあして、セレスティアお姉様を幸せにしてみせますわ!)


 そう決意したのは、ウィリス家に引き取られてすぐの七歳の頃だった。


 それからブリアナは頑張った。

 

 ケヴィンを排除するべく仕掛けた悪戯は数知れず……。


 ケヴィンとセレスティアが対面する場には必ず参加した。

 ケヴィンは複雑そうな顔を向けてきたけれど、セレスティアはブリアナのことを歓迎してくれた。


 お姉様と呼ぶことも許してくれた。

 家族ではないけれど、お姉様と呼ぶのはなによりも大切な友情の証なのだ。


 推しの顔面を拝み、推しを病ませる元凶を排除しようと努力をしてきたのだけれど……。


 ウィリス公爵家の養子になってから、約八年。

 ブリアナは十五歳になっていた。ケヴィンとセレスティアは十八歳で、もうすぐ学園を卒業する。


 そんな卒業パーティーの前日、ブリアナは頭を抱えていた。


「ブリアナ、話があるんだ」


 どこか深刻そうな顔で、ケヴィンがブリアナに話しかけにきたのだ。


 ブリアナは、ピーンときた。


 これは原作でもあった、ケヴィンがブリアナに自分の気持ちを伝えるシーンだ。

 そして、ケヴィンは卒業パーティーでセレスティアに婚約破棄を突き付ける。


「俺さ、おまえに……」

「お兄様!!」


 こうなれば先手必勝だ。

 告白なんてされてたまるものか。


 そもそも兄妹同然で育った相手に、いくら血が繋がっていないとはいえ恋愛感情を抱けるものだろうか?

 前世のブリアナに兄がいたから、そう考えてしまうのかもしれない。


 だから先手必勝、ブリアナは声を上げた。


「私は、お兄様が好きではありませんわ!」

「は? なんだ、いきなり。というかおまえが俺のことを好きじゃないなんて、昔からちょっかい掛けられていたからわかるって」


 呆れたようにため息を吐くと、ケヴィンは困ったように頬をポリポリとかく。


「そんなことよりもさ。セレスティアの……好きな花は知っているか?」


 藍色の瞳をそっとそらし、どこか恥ずかしそうに言うケヴィンの姿を見て、ブリアナは「しまった!」と叫びそうになった。



    ◇



「というわけで、お兄様と私のお姉様を別れさせる計画の手伝いをしてほしいんです!」


「えっと……。というわけがなんのことなのかはわからないけれど、おおかた君が考えていることは想像つくよ」


 オーウェンが困ったように、眉を下げる。

 彼はセレスティアの実の兄で、ライアン公爵家の後継者だ。

 原作ではセレスティアの修道院行きに反対していたという描写があっただけで、ほとんど登場していなかった。


 でも、転生したブリアナはオーウェンの性格を知っている。


 彼は一言でいうとヘタレだ。

 性格が優しすぎるが上に、人の言葉を遮ったり、拒否したりすることができない。 

 常に自分の本音を隠して、基本的に相手に合わせて会話をする。


 原作のオーウェンは、セレスティアの修道院行きに反対していたというが、それでもあと一歩のところで踏み出せなかったのだろう。

 彼は、原作でも唯一、セレスティアに同情していた人物でもある。


 そんな彼なら、ブリアナの計画に乗ってくれるのではないだろうか。


 その誘いをするべく、卒業パーティーが始まってすぐにOBとして参加していたオーウェンを休憩室に連行して、計画について話し合おうとしたら、勢い余って押し倒してしまったのだった。


「お兄様は、いつかお姉様を捨てるに決まっています! ですから、オーウェン様の力が必要なんです!」


 原作で起こったことを考えると、つい鼻息が荒くなってしまう。

 オーウェンはますます困った顔になる。


「……うーん。ちょっと、誤解があるようだけど」

「ちょっとどころではありません!」

「……うん。とりあえず、僕の上からどいてほしいかなぁ」

「逃げませんか?」

「……逃げられないよ」


 ブリアナはじっとりとオーウェンを見ながらも、そろそろと彼の上から降りる。

 解放されたオーウェンは、ほっとため息を吐きながら、ソファーに座り直した。


「それで、君はどうしてそこまで、セレスティアとケヴィンを別れさせたがっているんだい?」

「セレスティアお姉様に幸せになってほしいからです! でも、お兄様といるとお姉様は幸せになれないんです」

「……それは、ケヴィンに捨てられるから?」

「はい」

「……どうして、君がそう思っているのかはわからないけれど。……あー。やっぱりこういうのは、一度自分の目で見ておいたほうがいいよね」

「どういう意味ですか?」


 立ち上がったオーウェンが、手を差し出してくる。


「行こう」

「どこにですか? まだ話は終わっていませんよ!?」


 ブリアナはつい、オーウェンの手を掴み引っ張る。

 今日ここで話をしないと、卒業パーティーが終わってしまう。


(たしか、卒業パーティーの後に、って言っていたわ)


 昨日のケヴィンの様子を思い出す。 

 頬を染めて、セレスティアの好きな花を訊いてきたケヴィン。


(あれは、あきらかに……)


 ブリアナの行動にオーウェンは目を大きく見開いたけれど、少し照れたように目を逸らした。


「セレスティアが幸せかどうか、その目で確認したいとは思わない?」

「お姉様が、幸せかどうか……?」

「うん」


(それは気になる! でも、いまここでオーウェン様を逃したら……)


「じゃあ行こうか」


 悩んで立ち止まっていると、オーウェンが腕を引いた。

 つい、なされるがままに彼のあとについて行く。手を繋ぎながら。


 ブリアナはひとつのことに集中すると、目の前が見えなくなることがある。

 だけど、なぜかオーウェンの前だといつもよりも、大人しくなってしまうのだった。


(濡羽色の髪に、あの眼差し……。きっと、お姉様と似ているからだわ)




 オーウェンに連れてこられたのは中庭だった。

 学園の庭園には大きな噴水があり、その周りに草や花々が綺麗に咲き誇り、噴水までの道を彩っている。


 その石畳の道で、向かい合う二人の男女がいた。


(あれはお姉様と……お兄様!?)


 二人っきりでいるなんて許せない!

 勇んで動き出そうとすると、オーウェンに手を引かれた。


「……ブリアナ、静かに」

「でも、オーウェン様」


 ブリアナはつい大きな声を出しそうになったが、しーと柔らかそうな自分の唇に長い指を立てるオーウェンの姿に、だんだんと小声になる。


「静かに、できるよね?」

「……はい」

「もう少し近づこうか」


 そろりそろりと、オーウェンがブリアナの手を取ったまま歩きだす。

 されるがまま、ブリアナは噴水そばの木の影にいた。

 ここにいると、二人の会話が微かに聞こえてくる。


「……まあ、本当……」

「ああ、本当は卒業パーティーが終わった後にこれを……」

「…………嬉しいわ。ありがとう、ケヴィン」


 よく見ると、ケヴィンがセレスティアに花束を渡しているところだった。

 赤い薔薇の花束だ。


「……お姉様?」


 受け取ったセレスティアは、薔薇の花束を抱きしめると、嬉しそうに顔をほころばせた。

 原作とは違って、幸せそうな顔のセレスティア。


 彼女を素敵な笑顔にしたのが、ケヴィンというのがいまいち納得できないでいると、隣でオーウェンが呟いた。


「ケヴィンから、よく悩みを打ち明けられていたんだ。妹との仲がなかなか良くならないって。なぜかわからないけれど嫌われていて、悪戯を仕掛けられたりするって」


 小さな声なのに、彼の言葉はブリアナの耳に優しく届く。


「昔のケヴィンはすこし自信過剰で、他者を思いやれないところがあった。でも、君と接するうちにどう関わればいいのかを考えるようになって、それからケヴィンは変わったよ。やんちゃだった昔とは違い、いまでは意外と同世代の中で評判がいいんだよ」


「…………」


 原作で、こういうシーンがある。

 出自から同世代の貴族の子供たちに囲まれて心無い言葉を浴びせられていたブリアナを、ケヴィンが助けるシーンだ。


 それを、実際にブリアナは経験して、原作同様ケヴィンに助けられた。


 本当は知っていたのだ。

 悪戯ばかり仕掛けるブリアナのことを、ケヴィンが気にかけてくれてるって。

 だけど、原作の情報がブリアナの目を曇らせてた。


「セレスティアのことも大切にしてくれている。もちろん、将来のことはわからないけれど、いまのケヴィンならきっと大丈夫だと思うんだ」


 目の前の光景を見ていたら、嫌でもわかることだった。

 ケヴィンはセレスティアを一途に想っていて、セレスティアもそんな彼のことを受け入れている。

 幸せそうな推しの笑顔を見ていると、ブリアナの胸の奥がじんわりとしてきた。


「……じゃあ、いままでの私の行動は、間違いだったというの……?」


 原作のセレスティアみたいに、不幸になってほしくなかった。

 だからケヴィンをざまあすれば、セレスティアは幸せになれると、そう思っていたのに。


(私は、二人の邪魔ばかりしていたんだ……)


 まるで、原作のブリアナになった気分だった。


 きっとケヴィンも、敬愛するお姉様も、間に入ってくるブリアナのことを疎ましく思っていたのではないだろうか。

 そんな考えがよぎり、見ていられなくなってギュッと目を閉じると――。


「ケヴィンは、君のことを嫌ってないと思うよ」


 心を読んだような呟きが聞こえて、顔を上げる。


「それに、もし間違えてしまったことに気づいたのなら、謝ればいいんだ」


「謝る?」


「うん。僕でよければ、いつでも力になるからさ」


 紫水晶の瞳は温かく、真っ直ぐブリアナをとらえている。

 その瞳を見つめていると、不思議なことに心が落ち着くような気がした。


「……わかりました。お兄様たちに、謝ります」



    ◇◆◇



 卒業パーティーの翌日、セレスティアとオーウェンがウィリス公爵家を訪ねてきた。


 応接間で二人と対面したブリアナは、いつもなら真っ先にセレスティアのもとに向かうのだが、今日はソファーでじっとしていた。


 それを心配そうな黒曜石の瞳と、藍色の瞳が覗いてくる。

 その向こうで、紫水晶の瞳が、じっとブリアナの行動を見守っていた。


「あの!」


 ギュッと手を握り、ブリアナは立ち上がる。

 それから隣に座っているケヴィンに向かって、勢いよく頭を下げた。


「お兄様、いままで悪戯を仕掛けてすみませんでした!」


「お、おおう」


 突然謝られたケヴィンは、呆けた声を上げるが、オーウェンの咳払いで正気に戻る。


「まあ、なんというか……。あまり、気にしてないからいいよ。嫌われているのはわかっていたし」

「べ、別に私は、お兄様のこと……き、嫌いではありませんよ。好きでもありませんがっ」

「素直だなぁ……。まあ、嫌いじゃないのならよかったよ。これからはほどほどに」


 ケヴィンは困ったように頬をかきながらも、笑顔で許してくれた。


 次は――。

 ブリアナはセレスティアに向かって頭を下げる。


「お姉様! お兄様とのお茶の時間を邪魔したりして、すみませんでした!」 

「頭を上げて、ブリアナ」

「お姉様……」


 優しい声に頭を上げると、セレスティアはそれはもう天使のような女神のようなあまりにも麗しい微笑みでこちらを見つめていた。


「わたくしは、あなたと一緒にお茶をしたり、遊んだりするのが楽しかったわ」

「……でも、お姉様は、もっとお兄様とふたりっきりが良かったですよね」

「そんなことないわよ」


 セレスティアの言葉に、隣でケヴィンが呆れたようにため息をつく。


「セレスティアは、ブリアナに会うためにウィリス邸に来てたからな。俺のほうがおまけみたいなものだったんだ」

「あら、あなたと一緒にいるのも楽しかったわよ。ブリアナの次に、ね」


 ほらねと言いたげながらも、ケヴィンはどこか嬉しそうだ。


「わたくしね、ずっと悩んでいたのよ。ケヴィンと、このまま婚約を続けるべきかしら、と。昔のケヴィンは、すこしやんちゃなところがあって、正直好きじゃなかったのよ」

「そうなんですか!?」


 原作では、セレスティアはケヴィンに執着していたから、好きなんだと思っていた。

 でも、違ったんだ……。


(あれ、でもなんで原作のお姉様は、ケヴィンに執着していたんだろう)


 そんなブリアナの疑問に答えるように、セレスティアは口を開く。


「政略結婚は、貴族の娘に産まれたわたくしの義務のようなものでしょう? だから、嫌でも逃れることができなかったのよ」


(それなのに原作のケヴィンは、お姉様を蔑ろにした。だから、原作のお姉様は病んでしまったんだ……)


「ブリアナのおかげで、少しずつだけれど、ケヴィンの良いところがわかるようになったわ。あなたがいなければ、わからなかったことかもしれない。……ブリアナ、おいで」


 呼ばれて、ブリアナはすぐさまセレスティアのそばに向かう。

 軽く前屈みになると、その頭を優しく撫でてくれた。


「感謝しているわ。……これからも、よろしくね」

「はい! こちらこそ、よろしくお願いします。お姉様」

「ふふ。やっぱり妹は良いものよねぇ。……ケヴィンと結婚したら、名実ともにわたくしたちは……」


 ブツブツ呟いていたからか、最後のほうはなんて言っているのかよく聞こえなかったけれど、敬愛するセレスティアに頭を撫でられて、ブリアナはすっかりでれでれの顔になってしまったのだった。



    ◇



 その後四人でお茶をしていたけれど、セレスティアとケヴィンが見つめ合っているのを見て、これ以上邪魔をしてはいけないと思ったブリアナは、オーウェンの腕を掴むと応接室を出た。


 本当はもっとセレスティア成分を堪能したかった。でも、たまにはケヴィンに譲ってあげてもいいだろう。


 オーウェンを引き摺るようにやってきたのは、中庭だった。


 ウィリス公爵邸には学園に負けず劣らずの大きな噴水がある。

 そこをさらに奥に行ったところに、人気のない緑屋根のガゼボがあった。

 そこにはベンチがあり、ブリアナがよく昼寝に訪れるところでもある。


「ブリアナ。そろそろ、僕の腕を……」


 力ない声が隣から聞こえてきて、ブリアナはずっとオーウェンの腕を掴んだままだということに気づいた。


「すみません、オーウェン様」

「いや、別にいいよ。ちょうど、僕も君に話したいことがあったからさ」


 向かい合ってガゼボのベンチに腰掛ける。

 紫水晶の瞳がブリアナに向いて、すこし居心地が悪くなる。


「その、ブリアナ。提案があるんだ」


 言いにくいのか、どこか歯切れの悪い言葉遣いだ。

 それでもオーウェンは言葉を絞り出すように、予想してなかったことを口にした。


「僕と、婚約してくれないかい?」

「――え?」


 一瞬何を言われたのかわからなかった。

 こんにゃく? いや、たぶん婚約。


 どういうわけかわからないけれど、なぜかオーウェンはブリアナに縁談を持ち掛けてきている。


「どうして、私なんですか?」

「それはね――。昔の僕は、ずっと自信がなかったんだ。後継者になる自信も、人と接する自信もね」


 ヘタレで自分の気持ちを言葉にすることができずに、飲み込んでしまうこともあったそうだ。


「でも、ブリアナ。君に出会ってから、僕も少し変わったんだよ。君が勇気をくれたから」

「勇気、ですか?」

「うん。そうだよ。君はすこし無謀で、猪突猛進な性格をしていて、ハラハラさせられることもあったけれど……」


(う、鋭い。確かに、私は、考えなしの行動が多いかも)


「それでもひたむきに頑張る、君の青空のような瞳を見ているとね、僕も頑張らなきゃって勇気が湧いてくるんだ」


 オーウェンの濡羽色の髪と、顔の雰囲気はセレスティアによく似ている。

 だけどその紫水晶のような瞳だけは違っていた。

 照れながらもいつもブリアナを見つめて、時折眩しそうに目を細め、ブリアナの味方でいてくれた。

 間違えても詰ることはなく、きちんと諭してくれたこともあった。


 ブリアナはつい目の前のことに夢中になると周りが見えなくなることもあったけれど、オーウェンの紫水晶のような瞳を見ると、自然と落ち着くことができた。


 ――もしかしたら、ブリアナはとっくに、オーウェンに惹かれていたのかもしれない。


 それを自覚してしまい、ブリアナはばっと顔を隠した。


(こんな顔見られたくない)


「ブリアナ。僕と婚約するのは、嫌かな?」

「……う、うう」


 上手く返事ができずに、つい唸ってしまう。

 オーウェンが苦笑すると、さらに言葉を重ねてきた。


「僕と婚約をすると、セレスティアの本当の妹になれるよ」

「……っ、します!!」


 つい、食い気味にブリアナは返事をしていた。


(お姉様の本当の妹になれる!)


 こんなチャンス逃せないと思ったのもあるけれど、それよりもセレスティアの妹になる名分があれば、もっとオーウェンと一緒に居られるかもしれないと思ったのだ。


 ハッとした時にはもう遅かった。


「……セレスティアに負けているのはすこし癪だけれど……でも、これからもっとアピールしていけばいいよね」


 オーウェンは深刻そうな顔でなにやらブツブツ呟いていたかと思うと、その美貌にそれはもうはっと目を引くような笑みを浮かべた。


「じゃあ、これから婚約者としてよろしくね、ブリアナ」

「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします!」



 ケヴィンとセレスティアが結婚するだけでも妹になれることを知り、ブリアナはさらに喜ぶことになるのだが、それはまた別の話。



 最後までお読みいただきありがとうございます。

 少しでもお楽しみいただけましたら、幸いです。

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