【第八話】これから鳴る音
何度かすれ違う程度だったが、
その時はいかにも好青年という印象だった高城さん。
よく知らないはずの私にもしっかり社交的な彼が、
少し苦笑いのような、曇った表情を見せた。
「今はネットとかSNSとか
発信する場所が多いっていっても
なかなか難しくて。」
「あー……。音楽は発信してる人も多いし、
難しそうなイメージ、ありますね。」
「さっきおっしゃったみたいに、
やっぱり人気曲の方がお客さんも
聴いてくれやすいんです。
むしろ僕みたいな無名レベルだと
それしかないというか……
まあ、あんまり言い訳っぽいのも嫌なんですけど。」
「まずは聴いて知ってもらわなきゃ……ってやつですか?」
「そうですね。もちろんカバーは好きですし、
それで有名になる人もいますし、
歌もギターも楽しいんですけどね。」
きっと、くすぶっているアーティストの
あるあるなんだろうな。
どの世界も似たようなもんよね。
「ちょっと前にも、ミュージックバーで歌わせてもらったんです。
お客さんも音楽好きですし、皆優しいんですよ。」
「私もその手のお店行ったことあります。
出来る人達が順番に演奏したりセッションしたり。
ミニライブみたいですよね。」
「ですです。
それで、歌い終わった後に席で飲んでたら、
隣のおじさんから声かけられて。」
「はいはい。」
「『さっき君が歌ってた曲は、なんていうの?』
って聞かれたので答えたら、
『ああ、有名なんだね。
最近の曲に疎くて知らなかったけど良い曲だねぇ』
って言われたんです。」
「……それで?」
「おじさんは褒めてるニュアンスだろうけど、
人気曲でもそりゃ知らない人もいるよなって改めて感じまして。」
「ま、まあ……全員に刺さるものはないですもんね。」
「はい。しかも、いつもなら何も考えずに
『良い曲ですよねー!』とか言って喜んでたんですけど、
その時はなんか嬉しくなかったんですよ。
おじさんに他意がないのはわかるんです。
ただ、自分の歌声を褒められた感じでもなくて。」
「つまり、カバーではなくオリジナルをやりたい…?」
「そうですね……。
昔から曲を作って歌って認められたいって思ってたんですけど、
周りも、音楽関係の先輩も
『まずは有名な良い曲をして、演奏レベル上げてからだ』
って意見が多くて。
ごもっともだし、僕も納得してやってたんですよね。」
よくあるクリエイターの苦悩話ではあるけど、
本人からすると日々直面する厄介な問題なんだろうな…。
「……私が言うのも烏滸がましいんですけど、
どんな形でもちゃんと練習して向き合ってるだけで
凄いなあって思います。」
あー…いや……違うよ私。
おそらくこの人はそんな言葉じゃ何も響かない。
頑張りじゃなくてちゃんと成果を出したいって話なのに。
「ありがとうございます。
そう言ってもらえるだけでもうれしいです…。」
……ほら、やっぱり、気遣ってくれてる。
なんでこういう時、もっと気の利いたこと言えないんだろう……。
なんとかせねば。
「あ……いや、なんか、
今までならそのおじさんのセリフも
自然と受け入れられてたんですよね?」
「ええ、そうですね。」
「でもそういうのが急に疑問に変わる瞬間って、
高城さんの中で目線が変わったのかなって。」
「目線ですか……。特別上手くなったわけでもなく
低迷してる感覚だし…どうなんだろう…。」
「練習、毎日してますでしょ?」
「は、はい。よくわかりますね?」
「え、あっ!そ、そうですね、真面目にされてるのが
伝わるので、たぶんそうだろうな、と……。」
あぶねえ――――。
「……練習を毎日続けられるって、
私にはなかなかできません。
しかも仕事の傍らでとなると特に。
たぶん、なんとなく人気になりたいって考えて
何かを作ろうとしてる人とは、なんか違う気がします。」
そう、私にはわかる。毎日丁度良い暮らしをしていて
不満もないけど、逆に何にも打ち込んでいない私には。
そして、彼の練習の愚直さを知っている私には。
私は続けた。
「高城さん、音楽が本当に好きなんですね。」
「……どうしてですか?」
「私だと、熱中してるもので壁にぶつかった時、
それについて考えるのも嫌になりそうですから。
ちゃんと向き合ってるって、
もう理屈とかじゃなく好きなんだろうなって。」
「確かになー……。なんか考えさせられます。」
「あ……いえ、その、なんていうか……
さっきから偉そうにすみません…。」
「いやっ……!すみません、ただのご近所さんに
変な話してしまって。困りますよね……。」
「い、いえいえ……!ご近所さんですし!」
まあ近所付き合いが良いに越したことはないが……。
「ありがとうございます。
そんなこんなで、悩む日が続いてたんですけど
心変わりして曲書くことにしたんです。」
二週間歌わなかった理由はこれか……なるほど。
「良いじゃないですか。いろいろ考えて
やっぱり作りたいって思われたのなら。
『自分』を出したいって、当たり前ですもんね。」
「当たり前…か。確かにそうですね。……確かに。
もっと上手くなって、評価されてからって思ってたんですけど、
もう下手でもいいから作って早く披露しようかなと。」
「その譜面台も、気合のあらわれですか?」
「はは、これは本当に壊れて新しいの買うしかなかっただけですよ。」
すっかりぬるくなったコーヒー。
残ったコーヒーと、微熱のような静けさが香るカウンター席。
もはや一緒に来てる客と勘違いされるほどには
同じ時間を過ごしていた。
彼は予定があるからと先に席を立とうとした。
「話を聞いてくれて、ありがとうございました。
他に話す人もいなくて、つい入り込んで喋り過ぎちゃいました。
深夜でもないのに深夜のテンションになってましたよね、僕(笑)」
「いえいえ!上手くいくといいですね。」
彼はニコっと笑い、
相変わらずのまっすぐな眼で
挨拶し店を出ていった。
……めっちゃ話したな。ちょっと疲れた。
まあ、話しやすい「丁度良い女」も健在ということかしら?
――――その日の夜。
久々に彼の歌声が聞こえてきた。
いつもの人気曲を歌っては、しばらく静かになり、
そしてまた歌ったりを繰り返していた。
練習しつつ、曲作りも並行しているのだろう。
『好きなようにすれば良い』
というのは第三者の無責任な感想ということを
私は知っている。だから言わなかった。
私が言われたら、きっと嫌だから。
社会で暮らしながら、
一直線にやりたいことをやりたい形で全うするのは
とても難しい。
傍からみると大した悩みに見えなくとも、
当人にしかわからない壁や重みがある。
夢があるから頑張れるとはいえ、
それを大事に思ってるからこそ
不器用になってしまうもの。
私は彼の話す姿を思い出しては、
応援したくもなり、そして羨ましくも感じた。
私は無意識に、開いたクローゼットの
キャンバスを眺めていた。
いつもありがとうございます!
都度ランキングの上下が通知されますが、
あまり一喜一憂せず頑張ろうという気持ちです。
とはいえ、やはりちょっとでも
ランキングが↑になると喜んでしまいますね笑