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【第七話】静寂とコーヒーの間

「ピピッ」


電子レンジの音が、部屋の静けさを貫いた。

ラップを剥がし、器の端っこギリギリを持ちながら、

ふとした違和感に気づく。


音が鳴り、その後の静寂。

なんだろう、この感じ。

とりあえず熱いのでテーブルに器を置く。


座ったところで気付いた。

――歌が聞こえない。


今までも聞こえない日は存在したけど……

そういえば、昨日も聞こえていなかった。


「二日連続って……あったかな?」


思い出そうとするほど、

これまでどれほど音漏れが馴染んでいたかを再認識させられ、

なんだか変な気分になった。


……一週間が過ぎた。


おかしい、とは思う。

でも、おかしいと言うほどの根拠もない。

彼には彼の生活がある。

というか私が心配するようなことではないはず。


久々に訪れる静寂の日々。

もともと漏れる音は大きくはなかったものの、

やはり「音ゼロ」は静かなものだ。


しかし部屋で行うことは特に変わらないわけで、

スマートフォンを無情に撫でながら、だらけるだけの私。


……。


思い浮かぶのは――そうね、たとえば喉を痛めたとか、

ギターを壊してしまったとか、

旅行か、実家に帰ったとか、何かしらあるのでしょう。

「何があったのかな」と考えてしまうこと自体、おかしな話。


とりとめのないことが、いろいろ頭に浮かんでは消えていく。


「そういえばいつも歌ってた曲って、なんてタイトルだったっけ?」

歌詞を調べてみた。歌詞なんてすぐに浮かぶ。

どれだけ聞かされてきたと思ってるんだ。


「ああ、これか、ずっとランキング上位だなー。」

彼がいつも歌っていたのは、

SNSや動画サイトで数多の人間が歌っては投稿しているような名曲。


ちなみにSNSといえば「彼もやってそうだな……」とふと思い立ったが、

「いやいや災害時の生存確認かよ」と思ってやめた。

そもそもアカウント名がわかるわけがない。


――歌が聞こえてこないという、正常な日が続く。

そして、そんな正常な日は続き、二週間が経った。


休日の午後、私は買い物ついでにマンションと駅の間あたりにある

個人経営の喫茶店でコーヒーを飲んでいた。

ここは程良く狭く、程良く古臭くて、落ち着くのでよく利用する。


マスターは寡黙なおじさま。白髪で白髭でエプロンという

凄まじい程の「喫茶店のマスター感」は健在だ。


10分程くつろいでいた頃、

カップの底を見つめていたとき、

扉が開く音がして、何気なく顔を上げた。


「いらっしゃいませ。」とマスター。


扉はカウンターの近くにあり、客の姿がはっきり見える。

そこに立っていたのは、なんと高城さんだった。


すぐに顔をテーブルに戻す「ただのお客さんA」を演じるはずが、

さすがに驚いた私は、彼を見て一瞬フリーズしてしまった。


案の定、彼と目が合った。

彼も少し驚いたような顔つきになり、軽い会釈をしてこう言った。

「あーこんにちは。」

「こ、こんにちは。」


「あ、アイスコーヒーを1つ。」


注文をしながら彼は立ち往生していた。

「ええっと……。」

彼は店内をざっと見渡した。私もつられて見渡して気付いたが、

元々少ないテーブル席は満員御礼だった。


私はカウンターの隅に座っていたが、

彼は、間にひとつ椅子を挟んだ隣に腰を下ろす。

古い木の椅子が、少しだけ軋んだ。


コーヒーに集中している振りの私に彼は言う。

「…ばったり会うの、多いですね。」

「はは、ですね。まあ、ここマンションから近いですし。」

コーヒーと同じ程度の苦笑いで返す私。


そして私は、気まずいながらも、

さすがに言いたかった。

「(あんた二週間何をしてたのよ……!)」


心の中で思いっきり叫んだ。


気になるのも悔しくなり、同時に生存確認ができて

安心してしまったのか、若干開き直ったような感覚になった。


「宮坂さん、よく来るんですか?このお店」

私はコーヒーカップを指先でなぞりながら冷静を装っていたが、

名前を呼ばれて少し動揺した。

そういえば一発で色々覚えるのよねこの人。


「ときどきですね。静かで落ち着くので。」

「たしかに、チェーン店と違って落ち着きますよね。」


「……高城さんは?」

「ああ、僕もたまにですね。今日は買い物ついでで。」


「私も買い物の帰りでした。」

「そうなんですね。」


1つ席を開けて、絶妙な距離で会話。バーかよ。


さすがの人見知りの私も、ここまでくると少し慣れてきた。

というか、この距離感とこの状況、会話の止めどころが見当たらない。

お手上げ状態だ。もう煮るなり焼くなり好きにして?


そう思った矢先、彼の買い物袋が気になった。

「あの、その袋って駅の楽器店ですよね。」

「あ、そうです、譜面台を買ったんですよ。」


「あー、路上ライブとかでよく見る、立てて使うやつですか?」

「ですです。僕音楽やってて。」


「(知ってるよ!)この前ギターケース持ってましたもんね。」

「本業じゃなくて趣味なんですけどね。」


「へー……ライブとか、SNSに上げたりとかするんですか?」

「一応、人前で歌ったりしますね。近くに小さなミュージックバーがあるんですけど、そこに機材とか小さな舞台があるので、好きな時に演奏してる感じです。SNSも上げてはいますけど、鳴かず飛ばずですよ。」


やっぱり本番があったんだ。


「すごいですね。仕事しながらちゃんと活動してるんですね。」

彼の愛想の良い顔が少しだけトーンダウンした。


「……いやー、全然すごくないんです。

練習はしてるんですけど、そんなに上手くなくて。

慣れてる曲なのに歌ってて凡ミスもするんですよ。」

「(知ってるよ!)どんな音楽をやるんですか?」


「J-POPのカバーがメインですね。」

「(あーもう全部知ってる)やっぱりみんなが知ってる曲の方が盛り上がりますよね」


「そうなんですよねー……。」

彼のダウンしたトーンが、さらに落ちた。

少し間が空く……。


「……ど、どうかしました?」

「……あ!いや、最近はちょっと色々あって。悩みどころだったんです。」


「悩み……?」


言葉の合間に、カップの中でコーヒーが静かに揺れていた。


彼との会話は、もう少し続きそうだ。

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