【第六話】彼と私の違い
私は濡れた服を洗濯機に入れ、すぐにシャワーを浴びた。
夜になり、案の定彼の歌が聞こえたきた。
雨の日も、風の日も、ほぼ絶えたことはない。
何回か聞こえなかった日があるが、
用事があったのだろうと思える程には、
真面目さがうかがえる。
チラっと部屋の隅を見る――――。
部屋の開いたクローゼットに見える、
乾いたキャンバスと、筆と絵具。
そう、私はかつて絵描きになりたかった。
といっても、専門学校に通ったわけでもなく、
大学で美術サークルに入った程度。
個展を開く、本にする、などと
小さい頃は派手な夢も見ていた。
昔から絵は好きだったが、
絵はあくまで私の一部であり、
「全て」にする勇気も覚悟もなかった。
趣味として続けるつもりが、
しばらく筆は持っていない。
仕事に明け暮れていたら、
なんとなく気力がなくなる。
――――彼……高城さん?は、
おそらく仕事をしながら音楽もしている。
毎日同じ時間帯に聞こえるから、
定期的に仕事をしているのだろうという
私の憶測。
「健気に毎日毎日……私にできる?」
そういえば……。
エレベータの中で彼は
背負ったギターケースが濡れていることを茶化したが、
傘があったにも関わらず、髪もある程度濡れていた。
なんとなく想像できた。
たぶん、背負ったケースに向けて、
せめてもと傘の位置を後ろにしていたのだろう。
ほんのちょっとしたこと。
でも、自分を犠牲にしてでも何かを守りたい感覚。
私にもかつてあった感覚だ。
もはや懐かしい。
彼はどんな思いで毎日練習しているのだろう。
歌ってるときは楽しい?
ギターを弾くと気持ちいい?
――――今日の歌は、いつもより短く終わった。
「あら?」とは思ったが、特にそれ以上意識はしなかった。
そりゃあ、そんな日もあるだろう。
気が乗らない日もある。
疲れている日もある。
やらない理由なんていくらでもある。
ギターケースを抱えて出かけていたのだから、
スタジオの練習か、はたまた何かの本番だったのかもれない。
「やらない理由」――。
ほとんど欠かすことのない彼を思えば珍しいが、
私からすれば、容易いワードだった。
――――クローゼットは、
クローズするからクローゼットだ。
しかし私は開けっ放しにしている。
洋服ゾーンではなく、
小物や生活品を詰め込んだゾーンだから開けっ放し。
引っ越してきた時に、
奥に押し込んでも良いはずのキャンバスを
無意識に見えるように置いた。
いつでも描けるときに描くためということを
私は改めて自覚した。
しかし、ここ数年、やらない理由が勝っていたのだ。
――――彼の歌声が漏れる中、部屋にポツンと一人。
私は、逆にキャンバスに見られているような気さえした。
何も描かれていない白いキャンバスに。
そして私は……
初めて、ただの隣人である彼を、
応援したくなっていた。
「私もお人好しね……。」
と、そういうことにしたが、
本当は自分でわかっている。
「凄い」と思っているのだ。
「うらやましい」と思っているのだ。
今までの些細な情報から読み取れる彼が
ここ最近で段々と立体化し、
挙句、不甲斐ない私を投影してしまっている。
特に不満もなく、悪いところなく暮らす、丁度良しな女。
「丁度良しって、なんだろう……。」
――――そしてこの日を境に、
彼の歌が聞こえない日が続くことになる。
読んでくださりありがとうございます!
今回はALL独白。
会話がある方が展開しやすく読みやすいだろうなと思いつつも
本作品の性質的に心の葛藤が多く、
私自身も葛藤しながら書いています笑
ぜひ応援をよろしくおねがいします!