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【第五話】エレベータでの攻防

夏美ちゃんとカフェで話してから5日が経った。


朝、寝起きの細い目の私と対面しては

飽きもせず落胆し、

「せめてこの子だけは」と懇願するよう化粧をし、

仕事に出掛ける。


昨夜も相変わらずあの人の歌声は漏れていた。


傘を広げ駅に向かう私。

もう梅雨も終盤、ジトジト汗ばむ時期だ。

電車の中は化学製品の匂いと希望と絶望が混ざり合い、ひとつの空気となり襲ってくる。


職場に着くと見慣れた顔があり、

夏美ちゃん達と雑談しつつ仕事をする。


ーーーー大きな不満はない。


ただ、やはり刺激もない。

夕方になるとそこそこに疲れ、

サブスクで気を紛らわせる毎日。


人によってはそれを恋愛で埋めたり、

友人で埋めたり、夢で埋めたりしているのだろう。


今日も仕事が終わり、

歩き慣れ過ぎた靴に履き替える。

電車に乗り最寄駅で降りると、また雨が降り出した。


「……あ。」

傘を職場に忘れた…。

なに、この何億人が経験したような、

面白くもなんともないハプニング。


「まあ、いっか」

濡れても数分だし、早歩きで帰ろう。


ーーーーマンション前に辿り着くびしょびしょの私。


早くエレベータに乗って帰りたい。

もともと私は雨に関係なく、

先に誰かがエレベータへ向かうのを確認できた時、

誰かと一緒にならないようマンションの外の微妙な場所で待つ。


しかし今は雨の攻撃が止まないため、

さっさとエレベーター前まで向かった。


すると、何やら人の足音が聞こえてくる。


「気まず……」


今から引き返すにも不自然過ぎる、四面楚歌だ。


そして、横に来たのは……なんと彼だった。

二度目の登場。


時間を超越し、一瞬でいろんな言葉を頭で叫んだ。

「(ちょ、待って待って!

私びしょびしょなんだけど!)

(なんでいつもエレベーターなのよ!

せめて通りすがろうよ!)

(この前は寝起き顔にゴミ袋持ってて!

今回はびしょびしょて!)」


焦りながらまた彼をちらっと見てしまったところ、

少し意識が変わった。

傘も持っていたが、

ギターケースを背負っていたのだ。


歌と一緒にいつも聞こえてくるアコースティックギターの音。

いつも弾いているギターかな。


ケースを背負い慣れているように見える彼は、

やはり音楽の人なんだなと感じる。


そうこう考えているうちに一旦冷静になっていた。

「(まあ、いっか。)

(どうせこの前のすっぴんに近い私の顔と

 今の私が同じ人物だって思わないでしょ。

 化粧はそんなに濡れてないし。)」


ーーーーしかし私は甘く見ていた。


これ、同じ4階で降りる事態になるのだ。

ギターケースを抱えた男と、

びしょびしょのOLが同時に降りるのだ。

どうしよう……といっても仕方がない。

乗るしかないもの。


そして私はエレベータが1Fに降りてくる間に作戦を考えた。


おそらく彼は率先してボタン前に行くだろう、

そこは経験済みだ。

よし、私が5階の住民であることを装い、

5Fを押してもらおう。

そして彼を先に逃がし、階段を下ろう。


しかし、もし彼に「何階ですか?」と聞かれた時、

つい癖で「4階で」などと答えてしまったら。

人見知りで言葉に焦る私ならあり得る失敗だ。

その時は、4階で降り、

逆方向に歩き出して煙に巻こう。


彼は何にも知らないのに、

なんでここまで考えなければ……

まあ、前回の私と同じ人間だとも思われたくないし、ね。


シミュレーション完了。

事務職の慎重さを舐めるなよ。


エレベータに乗る彼と私。

彼は言う。


「4階で大丈夫ですか?」


「あ、はい……。」

……はい、さっそく5階作戦失敗。なんかテンポよく自然と答えてしまった……。


……え??あれ?なんかテンポ良いと思ったら……今なんて言われた?


……4階で大丈夫ですか?……


え、なんで4階ってバレてる!?

じゃあ私はこの前の私であるって知ってるの!?

顔もそんなに見られてないじゃん!?

一瞬で顔とか覚えられるタイプ?

政治家によくいるタイプ?


私は微動だにしないまま、

頭の中でうるさく喋り続けた。

エレベータの中、びしょびしょが改めて恥ずかしい。


その時彼は、言葉を発した。

「急にすごい雨でしたよね」


あ、話しかけるんだ……。

まあ同じ階だし、二度目だし、そんなこともあるか……。

いや、明らかに恥ずかしい状況なんだから控えてよ。


「そ、そうですね……。」

最短文章で返す私。


数秒の沈黙。


そして。

「僕も急な雨で急いだんですけど、傘あってもこのケース大きいから、ほら、濡れちゃって。」


「ああー…お、大きいですもんねそういうの。

 あ、今日は自転車じゃなかったんですか?」


「え?あ、ああ、ですです。自転車でも行けるんですけど、今日は雨って知ってたので歩きで。」


しまった。

彼が自転車使いと知っていることを、知られた。

彼が一瞬「え?」となってしまった……。

私はごまかすように言葉を重ねざるを得なかった。


「私は職場に傘忘れちゃって……結構濡れちゃいましたねえ。」


「はは、ありますよねーそういう時。降ったり止んだりだと特に。」


「はは……梅雨はほんと、ねぇ。」


エレベータ内の距離感なので、お互い身体は正面を向けず、喋るときに顔は少し向ける。

彼も、社交辞令的な感じなのだろう。


ーーーー会話が続いてしまったが、4Fに辿り着く。


あ……どうしよう。

このままだと普通に二人で降りて

普通に隣の部屋に向かう。


反対側に逃げることも可能だったが、

ここまで顔が割れていたら

いずれごまかしきれない時がくる。

もう仕方ない。そもそも私が考えすぎだ。


彼は「隣だったんだ!」って思うのかしら。


……そういえば。

さっき私が4階だって知っている感じだったけど、

でも、でもよ、知ってたとしても、

とりあえず「何階ですか?」って聞かない?

なんで僕知ってますよ感を出したの?


私はなんだか、気になって仕方がなかった。



ーーーーそしてエレベータを出てすぐ。

「あ、あの」

……気になってつい声が出た。


そしてまた頭の中は時間を超越した。

「(でも、ここで『私のこと覚えてたんですね』って言うの、変すぎない?しかもなんで今のタイミング?ってなるし、わざわざ足を止めてなんで聞きたいの?ってなるじゃん)


(私が気付かないところでたまたま見られて認知されてたかもしれない。これはやばい。)」


「あ、はい?」

彼はこっちを見る。そりゃそうだ。正しいよあんた。


不器用な私がこれ以上うまく逃げる方法は思いつかず、観念するしかなかった。

「そ、そういえばよく私が4階って覚えてましたよね。」


彼は、少し気まずそうな雰囲気で、こう返した。

「あ……ああー、すみません……やっぱりそうですよね。はは。

ミスっちゃいました。」


「え?ミスった?」


「はい……この前、エレベータで会ったじゃないですか。」


「は、はい。」


「その時顔を覚えてて、さっき同じ方だってわかって、つい言っちゃったんですよね。


そちらは覚えてるわけないだろうから、

『なんで同じ階って知ってるんだろう』って

思われたら……って思って。

失敗したーってなってました。

ごめんなさい、気味悪かったですよね……。」


「あ……なる…ほど。

あ、いや、全然気味悪いとかじゃないですよ。

1回で覚えるのすごいなと思っただけで……。」


「あはは……気を遣わせちゃってすみません……。

あ、僕、406の高城って言います。

1か月前に引っ越してきて。

よろしくお願いします。」


「よ、よろしくお願いします。宮坂です。」


「あの、風邪引かないように。」

「あはは、ありがとうございます。」


「どうもー。」


「どうもー。」


ガチャ。


……いろいろ整理したいけど、

とりあえずとても疲れた……。


隣の部屋であることも、会話の流れの中で薄れた結果

スポットを浴びることなく終わった。


「そちらは覚えてるわけないだろうから」って。

あなたよりよっぽど覚えてるってーの。

舐めんなよ。

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