【第四話】いつもと違う自分
午後過ぎ、私は後輩の夏美ちゃんとの約束で、カフェに来ていた。
「宮坂さん、この前は手伝ってもらってありがとうございました。」
「ああ、いやいや。ああいう時はお互い様だからね。夏美ちゃんも頑張ってるから」
「すみません……。」
先日、彼女が事務処理の凡ミスでやらかし、私が確認作業を手伝った経緯だ。
「まあまだ二年目だし……それに松田さんもいちいち怒り過ぎ。
ミスなんて誰でも起こすし、対策考えない上司の責任もあるんだから。」
「はい……確かに松田さん苦手だなーって思うし、考え過ぎても仕方ないって頭ではわかってるんですけど……やっぱりみんなに迷惑かけると申し訳なくて。」
わかるわかる。
頭と心は、大体一致しないのよね。
夏美ちゃんは愛嬌があり、いわゆる頑張り屋さん。
たまに空回りするけど、嫌みがなく愛嬌でなんとかなるタイプ。そして、結構ルックスが良い。
背筋の伸びが取れない彼女と、カフェラテを飲みながら雑談を交わしていた。
――――「宮坂さんってほんとしっかりしてますよね。」
「んーそんなことないよ?慣れもあるし、最初は私もミス多かったし。」
「そうなんですか?全然見えない。なんか、部屋もいつも綺麗そう!」
落ち着いてるキャラは皆しっかりしているわけではないのよ、夏美ちゃん。
あと、部屋は毎晩知らない男の歌声が聞こえる幽霊屋敷なのよ。
「いやあ、私は……」
「そういえば宮坂さんって、彼氏さんとかいるんですか?」
出た…。誰しもが使える、とても無垢で、とても威力の高い刃を持った質問。
「いないよー。最近は恋愛とか全然。」
「えーそうなんですね!宮坂さんなら、寄ってくる人多そうなのに。」
……手を出すのに丁度良いと思って寄ってくる人はいるんですよ。
「いやー、私積極性ないしさ、特に最近はどうでもよくなってきたっていうか……。」
「気になる人もいないんですか?」
「いないねー。そもそも出会いもないし……。」
「出会いって確かにないですよね、社会人ってもっとあるもんだと思ってました。」
「幻想よねー……。夏美ちゃんは彼氏は?」
「あ、います。」
おるんかい。
「そうなんだ、どんな人なの?」
「2歳上で営業職やってるんですけど、優しい系ですね。仕事めっちゃできるーってタイプではないんですけど。友達の飲み会に誘われて行ったら、友達の友達とか混じったカオス飲み会で。その時出会いました。」
私の苦手なタイプの飲み会だ…。夏美ちゃんすげえっす…。
「結構出会いあるんじゃん」
「どうなんですかね…。他にも合コンとか、友達が紹介したいとかはありましたけど、話してもなんか違うっていうか…。」
「彼とはどうやって付き合うことになったの?」
「最初は話してるトーンが落ち着いてて良いなと思って。ちょっと興味が湧いて私からランチ誘って。その後何回かデートしましたけど、最後は私から告白して。」
「自分から言ったんだ…!」
「半分気まぐれでしたけど。今までは逆のパターンで、試しに付き合ってみようかなって思って、結局ダメに終わってたんで。まず自分の直感を信じてみたんです。」
「へぇーそうなんだ……。でもモテそうだし、他の出会いに期待はしなかったの?」
「なんか……出会いの形は私なんでも良いんですけど、結局はその人をどう感じるかじゃないですか。やたら出会う数を求めてもしょうがないのかなあって。
もちろん今の彼氏ともどうなるかはわからないですけどね。」
――――夏美ちゃんは、なんだかんだ行動して恋人ができるちゃっかりタイプだった。
出会いが無いという夏美ちゃんに最初は矛盾を感じたけど、
彼女の中では、ただ出会いの場に行くことをそれとカウントしないという事だろう。
気持ちが乗ってなければ、数打ちゃ当たる戦法も無駄に終わる。
久々の恋バナに花を咲かせ、というか咲いた花を眺めて、解散した。
さようなら夏美先生。
コンビニで少し買い物して帰宅したときにはもう夕方になっていた。
夕飯を済ませ、シャワーを浴び、ベッドに腰掛ける。
今日は「出会い」「恋」という題目で少し疲れたが、
少し新鮮な気持ちと、自分の部屋のホッとする感の狭間でフワフワしている。
「出会いの形は何でも良くて、結局はその人をどう感じるかじゃないですか」
夏美ちゃんのセリフが妙にリピートされた。
これまでの数少ない私の恋愛は、ジトジトと面倒くさく傷ついて終わってきた。
恋愛の面倒さを知っている分、壁を作っている。
「期待してないけど、好きになれる人がもしできたら」ってうっすら思っているけど
出会いの形どころか、夏美ちゃんの言う数だけの出会いですら、遮断している状態。
結局は出会ったとて自分の心を開かないと、「もしできたら」なんて程遠い。
良い出会いも何もないのだ。
「まあでも、人見知りの私には遠い話だけど…。」
頭ではわかっているものの、心は臆病に壁を置いたまま。
私が夏美ちゃんに先輩風を吹かせて思った「頭と心は一致しない」が
自分に突き刺さる。
――――そして21時30分。
歌声が聞こえてきた。
「もう……。」
今日の私はなんだか疲れていた。
しかしどんな日であっても、どんな心模様であっても、
いつもスッと壁を抜けて聞こえてくる歌声。
アラームのようでムカつく。
しかし……、なんだか少しホッとしてしまった。
いつもと何が違う?
しばらくボーっと聞いていると、ハッと気づいた。
いつもは声を耳で拾うだけだったのが、
今は顔が一緒に再生されている。
そうだった、今日は初めて彼を見たんだ。
歌声だけは滅茶苦茶知っているのに、
外見も何も「知らない男」から半歩だけ変わっていた。
初めて出会った瞬間、変に意識してしまった自分も思い出した。
「……。」
「出会いねぇ……わたしが最近で出会った異性といえば……」
「……ッ。」
私はプッと笑った。
「いやいやいくらなんでもさすがに笑」
「恋バナしてたから変なモードなってるな、私。
意識したのはさすがに毎日聴こえるからだし」
「こんな変な出会い、出会いって呼ばないって笑」
「……まあ、悪い印象ではなかったけど……。」
「変な人じゃなくて安心しただけであってですね。」
言葉と裏腹に、ちょっとだけ、彼を知ってみたい自分がいる。
頭と心は、大体一致しない。
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