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【第二十六話】今、見えているもの

「おおー……良い雰囲気のお店だね、落ち着く」

真里は私の先導で喫茶店に入ると

声をひそめながらも笑顔でそう言った。


「言うと思った。真里もたぶん好きだろうと思って」

と返しながら、小さなテーブル席に座った。


電話での約束通り、

仕事終わりに真里と待ち合わせし、

行きつけの喫茶店で近況報告だ。


行きつけの店で昔の友達と

向かい合うというのは

なんともむずがゆいが、

時間を超えたような空間が

新鮮で嬉しく思えた。


真里はカフェインレスコーヒー、

私はカフェラテを注文し、

お互い一旦背もたれに身を任せ

ふう、と深めの息をつく。

他の客の小さな会話が耳をくすぐった。


「柚希、どのくらい描けた?」

先に切り出したのは真理だった。

「うーん、何度か描き直してるから

なんともいえないんだよね。

八割できたところで

なんか違うって思って、

白紙にするみたいな?」


「そっか、抽象画って

そういう感じになるんだね。

私はひとつ描き終えて

はい次ーの繰り返しだから、

形は違うけど、迷ってること自体は

似たようなものね」

小さく頷きながらそう言った真里は

たらりと頬に垂れた黒髪を

耳にかけなおした。


「真里はどれにするか悩んでるんだよね?」

「うん、一応全部写真撮ってきたんだけど……見てくれる?」

と、テーブルに携帯電話を置き、

画面をこちらにするりと向けた。


右から左へどんどんスライドしていく画像。

いずれも、真里が昔から好んで描く風景画だ。

画像で見ると臨場感は薄れるものの、

それでも彼女の経験値の高さが画面から漏れていた。


「す、すごい、さすがだね」

「そうかなー?ありがと。

ただ、どれも及第点というか」

と、その真剣な表情は

謙遜ではないことを充分に表していた。


一方私は、数ある絵を見た中で、

ひとつの絵がやけに気になった。

改めて指を左右に動かす私。

「ねえ真里、この三枚目のやつ」

「あ、ああ、これ?」

「うん、これ良いと思う。面白い」


その絵は、色鮮やかで綺麗な花畑が広がり、

手前には携帯のカメラ画面が

構えられている。

その描かれた携帯画面は

いくつかの花を捉えており、

色味や彩度が加工された形で写る。

背景にある実際の花とは

似て非なるものになっている。


「これ、風刺っぽさもちょっと感じる」

私がそう言うと真里はこう返した。

「最近ね、景色でも物でも、

ありのままを描きたいのに、

見たいように見てるって

感じる時があって。

これってカメラで好きに

加工している状況に似てるなと」


「人生経験で、目線が増えたってことかな?

とはいえ、どっちも美しく描いてるよね」

「うん、加工を否定したいわけでもなくて。

良し悪しというより、

描写ってなんだろうっていう。

昔は、ただ綺麗に描ければ満足だったんだけどね」

真里は少し笑って、続けた。

「最近は、綺麗ってなんだろうって思っちゃうのよ。

ちょっと意味ありげに描きすぎたかな?」


昔の真里では発想しなかったであろう、

彼女なりの思慮深さを感じる絵。

私たちが互いに時を重ねたことを

改めて思い知らされた。

そして私は己の日常に思いを馳せた。


「(私も一緒だなあ……)」

あらゆることを考えれば考える程

見たいように見ていたことに気づく。

同じものでも、悩み、諦め、喜び、

その時の気分で目線を変えながら暮らした。


でもそれは、自分を守るために、

上手く生きていくための

必要なスキルでもあった。

絵から逃げるために俯瞰していた

ちょっと前の私が良い例。


しかし、目線が増えるほど、

考えを凝らすほど、答えから遠ざかることは多かった。

「壁」に関しても、解釈や正解を求めすぎて

空回りしていたかもしれないね。


絵として瞬間を切り取るのなら、

その時の想いが、どうしたって出る。

私の場合は、今。今の私。


じゃあ、今の私は何を見ている……?


———真里が「柚希?」と私の顔を

覗き込んだことで、

全身が数秒フリーズしていたことを自覚し

両手と首がぴくりと跳ねた。


「あっ!ご、ごめん、私は

とにかくこれ凄く良いと思ったよ。

景色の華やかさが全面に来るから、

意味が押しつけがましくないというか」

「そう?柚希が言うならその通りね。

私もこの絵が問題児に見えてずっと考えてた。

考えすぎる対象ってことは、

これが私の今の作品ってことなんだろうね」

真里はそう言うと微笑み、

コーヒーカップをゆっくり持ち上げて飲んだ。


———ひとしきり話したのち、

次は当然ながら私の絵の話題にシフトした。

描くのはもちろん、人に見せるのも

そういえば久々。


目線をテーブルに固定させ

まるで退職願を出すかのような硬さで

携帯に保存しておいた写真を真里に見せた。


直後に私の緊張度が増したのは

真里のきょとんとした顔を見たからだ。

しかし発した言葉は意外なものだった。


「え……すごい。柚希の描く抽象画って

あんまり見たことないから新鮮だけど、

うん、おもしろい、ちゃんと伝わるし」

「ほ、ほんと?ほんとに良いの?」

告白が承諾された時のような

返事をしてしまったが、

シンプルに嬉しかった。


真里はまじまじと画面を見ながらこう言う。

「私は抽象度を高くするのが苦手だから、

うまく言葉にするのは難しいけど。

でもまだこれって固まってないんだよね?」

「そ、そうだね。大きいサイズになると

見え方の印象変わるし、色味も調整したいし」

「なるほど……。

こればかりは柚希の

インスピレーションだから、

気持ち次第ってことよね」

「たしかにねー」


「でも全体的には、複雑な心を綺麗に

表現できているんじゃないかな。

これ見てたらなんというか……なんだろう。

思春期の女子が恋してる時のモヤつきと

高揚感みたいな捉え方もできる」

真里がそう言うと、

私はまたもやフリーズした。


ええ……絵を通しても薄々バレるの……。

なんなの私。

……あれ?今私バレるって言った?

おいおい自分で認めちゃってるじゃん。

そもそもこれ恋愛のつもりで描いていないのに。

絵に出ちゃってるってどれだけ単純なのよ。


「柚希、顔赤いけど……大丈夫?」

「えっ!だ、大丈夫。ちょっと暑いかなーって……」

「あー、確かにクーラーが控えめね」

と天井をキョロキョロ見渡す真里。

真里の真面目さに、申し訳なく思った。


とにかく、私は絵を完成させなければ。

学びはあった。

壁の絵に答えなんてない。

今まで何度も右往左往したけど、

抽象画で大事なのはおそらく、

今の自分に正直になること。

そして勇気を出すことだ。


私たちはしばらくの時間、

絵の話だけに留まらず

仕事の話や少しの愚痴などにも

花を咲かせ、喫茶店を後にした———。


帰宅した私は玄関のドアを閉め、

大きな二つの塊が頭の中に居座っているのを感じた。

ひとつは、絵の仕上げ。

そしてもう一つは……高城さんのライブだ。

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