【第二十四話】色を重ねる夜
小さく漏れる歌声は、
いつも少しだけ大きく聞こえる。
もしかすると、話したおかげで
意欲が出たのかな?なんて想像してしまう。
「ふふっ」
ただの想像で口角が上がり
さらに笑い声を落としたことを
一瞬俯瞰で見てしまった。
いかんいかん……気持ち悪いな私。
……ふう。私は私のことをしなければ。
絵具を取り出し、
豪快にスケッチブックへ色を塗っていく。
途中で迷いを挟みつつも、半ば一心不乱に
様々な色を重ねていく。
グレー、黄、青、ピンク。
グラデーションになる箇所もあれば、
主張する色も点在させる。
———「壁」の抽象画。
つまり私の、まどろっこしくも
拙い様々な葛藤、逃げてきたこと、
少しの光を見出したこと。
これらをひたすら表現すれば良い。
私が参考にしたのは、
「マーク・ロスコ」の絵画。
彼の抽象画のスタイルは、
はっきりした形を描かず、
キャンバス全体を
少ない色数で埋め尽くすことが多い。
一見すると静かなのに、
色は何層にも塗り重なっていて、
見るときによって
まるで異なる色彩が浮かび上がる。
この考え方が、今の私には最もしっくりきた。
私はさらにそこから、
色数を限定せず多用することで
自分なりの絵に転化させてみたい。
時計も見ず、ただ絵具の匂いと、
筆が紙を撫でる音だけが漂う空間で、
何枚も何枚も試していた———。
そして、明るく薄い黄色を塗る瞬間、
ふと、高城さんの顔が浮かんだ。
同時に手も止まってしまい、
あのデートと言って良いのか
わからない時間が、
彼のあらゆる言葉と共に
頭の中を飛び交う。
「……はあ」
同じ姿勢を続けていた身体は
すっかりこわばっていて、
溜息をきっかけに一度背伸びをした。
気が付くと歌声は聞こえなくなっている。
何気なく壁の方向を見る私。
……あらゆる壁はもう、彼が言うように
私の中でも敵じゃない。
そして、この壁の向こうにいる人は、
ただの騒音アマチュアミュージシャンではない。
結局私って……
今、彼をどう思っているんだろう———。
最初は、そのさっぱりとした元気さと
夢に向かう姿勢を見て応援したくなった。
羨ましくもあった。
気が付けば、呼応するように
私の行動も変わっていった。
そして段々、彼の奥行きを知る。
あの太陽の裏には、
コンプレックスや不器用さ、
抜け出したい影があった。
そんな中、恥を恐れず綱渡りを続けている。
努力で造り上げられたギリギリの太陽……。
それでも私にとって気になる光だった。
私は彼に対して確かな
心地良さを感じているが、
その反面、どこまで踏み込むか
迷っている。
これって……青春時代に味わったような、
これから仲良くなるであろう異性に対しての
期待と怖さを混ぜた絶妙な感覚———。
あー、そういえば昔のケースを思い出すと、
良いと思った相手でも、
進展しそうな相手でも、
急に力が抜けて
面倒になってしまう時があったなあ。
相手に非はないんだよね。私の問題。
たぶん、無理に捻りだした興味関心だったんだ。
それで結局私は、相手に気付かれぬよう
フェードアウトしていたっけ。
でも、今回はなんというか……
相手の外見とか、内面ともちょっと違う。
彼の人生が、未来が、気になってしまう———。
ねえ、高城さん。
私、まだその太陽の光を
浴びていたいんだけど、どう思う?
気を抜くとすぐ日陰に戻って
出てこれなくなっちゃいそうだから。
せっかくこのゴチャゴチャした頭の中、
全部この絵に
吐き出してみたくなったんだから———。
スケッチブックをボーっと見ながら
考え込んでいたところ、
突然、携帯が光った。
画面を見ると、高城さんからのメッセージ。
「『今日はありがとう、すごく楽しかった。
柚希さんのおかげで霧が晴れた気がしたよ。
僕の話も聞いてくれて、嬉しかった。
自分のことを話すの慣れなくて、
ちょっと緊張しちゃったけど……。
また、誘わせてください』」
……。
うーん……なんて返そうか。
ただ、なんだか彼らしい生真面目さに安心する。
すると直後に、また新たな通知が来た。
今度は夏美ちゃんだ。
さっき私が「無事終了」とだけ送った返事だ。
「『お疲れさまでした。無事、好きですか?』」
……。
「もう!」
携帯を裏返し、テーブルに置いた。
気を紛らわせるように、
止まっていた筆を猛スピードで動かす私。
色を次々に変え、薄くしたり濃くしたり、
何度も塗り足した。
まるで私の気持ちをひとつひとつ
整理していくように。
……。
私……私、は……。
「はあ、まいったなあ……」
たぶんもう……「好き」なんだろうなあ……。




