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【第二十三話】等身大のままで

高城さんは、

残り三口ちょっとであろう

ナポリタンを一口分食べ、

少し上を見て静かにふうっと深呼吸した。


「な……なんだろ、ね。

でも、ありがとう、嬉しい」

と返す私。少しの間言葉を選んだが、

とりあえず本音を言うのが正しいと思った。


彼はむず痒そうな表情で言う。

「変なこと言っちゃったけど、

自分が何をどう歌いたいのか

おかげでちょっとわかった気がする」

「そうなの?教えて?」

と素朴な表情で聞く私。


「うーんと、上手く言葉にできないけど、

さっき柚希さんが言った

『自分のために歌う』って、

独りよがりになるとかじゃなくて

もっと広い意味なんだってわかった」

「あ、ああ。ごめんね、

ざっくりした言葉で聞いちゃって」


「ううん、おかげで楽になった。

僕って、歌を通して訴えたいメッセージとか、

理念とか、そんな高尚なものはないんだ。

何か自分なりのそういったものを

捻りださなきゃってこだわってた」


「……つまり?」

「今の自分の甘さも含めて、

感じていることを

恥ずかしがらず表現しようと思う。

さっきみたいにね」


彼は一連の会話で何を思ったのか、

気が付くと清々しい顔に変わっていた。


「具体的にどんな感じに?」

「うーん、と、秘密(笑)」

「えっ!な、なによ、

ここにきて出し惜しみ?

プロでもないくせにっ(笑)」

「はは、言うじゃんか。

柚希さんこそもう時間ないのに

どうすんのさ?」


自然と冗談が言えるようになっている。

なんだか肩の力が抜けて、嬉しい。


それに———

「ふふっ、実は私も、

おかげでヒントもらったの」

「えっ、そうなの?」

「うん。なんとなく浮かんだよ。

私らしい絵というか」

「どんな風に描くの?」

「……秘密(笑)」

「うわっ!相打ち!」


そう、試しに描いてみたいものができた。

私って、壁の見方を狭く見ていたらしい。

壁は壁。どこまでいっても何かを塞ぐもの。


でも、ネガティブなものではなく、

考えようによってはすり抜けることもできる。

現に彼の歌は毎日、

壁を越えて私の耳まで届いていたんだ。


そして、彼の裏側にあったもの、

それを等身大に吐露した言葉を聞いて感じた。

人の心の内はあまりに複雑すぎて

ひとつのレイヤーで捉えることはできない。


わかってはいたものの、

絵におさめるということから

どうしても頭でっかちになっていた。


ましてや「壁」なんて厄介なものを

テーマにするのであれば、

その混沌と希望をミキサーで混ぜたような

得体の知れないものを、

ひとつの解釈やコンセプトで

包んであげることは、できない。


前に真美の言った「内との対話」。

その通りだね真美。この脆くて

まどろっこしい頭の中が、

私の描くべきそのもの———。


その後も私たちは、時に真面目に、

時に笑いながら食事を続けた。

食べるのが遅い私に気遣ってか

彼はアラカルトのポテトを食べたいと

追加でひとつ頼み、それをつまんでいた。


傍から見ると、簡素なデートに

見えていたかもしれない。


でも、一日中飛び回るような

テーマパークでのデートや、

バーで乾杯するような

品のある大人のデートでなくても

私には楽しい時間に思えた。


そして会計は彼が済ませ、

私はもじもじしながらも素直に甘えた。


———店を出た時の空気の色は暗くとも

流れる風が妙に気持ちよかった。

「今度はどこか美術館まわりでも」と言う彼に

「うん。でも食事だけでも充分楽しいから」と返し、

帰路につく。


といっても同じマンションなので

ゆっくり足並みを揃えながら、

「やっぱ夜でも暑いね」

「あれ、この店ってなくなったんだね」

などと会話しながら歩いた。


マンションのエレベータ。

同じ階を目指す個室の中は、

もうすっかり気まずさのない

空間になっていた。


まあ……さすがにかつてのように

ドすっぴんでゴミ袋を抱えたり

びしょ濡れの状態で乗り合わせるのは

勘弁ですけどね。


エレベータを出て「またね」と言い合い、

互いの部屋に帰っていく———。


「ふうーーーーー」

しょ、正直疲れた……。

私は深呼吸をするや否や、

いつもより濃かった化粧を念入りに落とし、

着替えたあとしばらく呆けた。

さらに夏美ちゃんへ「無事終了」とだけ

メッセージを送った。


さて……と。


テーブルに乗っかったままの

スケッチブックを横目に、

とある数人の画家を参考にしたく調べた。

デート中に浮かんだものだ。


今の私に必要な考え方、表現の仕方。

昔得た知識を頼りに確認したかったのだ。

「……うん、やっぱり。これだ」


そして壁の向こうからは、

やはり彼の歌声が聞こえ始めていた。

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