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【第二十二話】高城湊の輪郭

ナポリタンの濃厚な香ばしさに

お腹が鳴りそうだが、

私は彼の言葉の方が気になり

両手を膝に置いたまま問う。


「『すり抜けたい』……?」

「うん。ライブ中を思い出したんだけど、

建物の中だし大きなホールではないから

狭くて、演奏中も壁がよく見えるんだよね」


「うん、うん」

「自分の歌声がいつか、

『あの壁をすり抜けて

広がっていけばいいのに』

って思ったりしてさ」


……っ!あー、ドキっとした。

『歌声が壁をすり抜ける』って

私だけが動揺するフレーズじゃないの……。


って、いや、そんなことより何か返さねば。


「その解釈は初めて聞いたかも。

『乗り越える』とか『壊す』を連想する人が

多そうだけど」

「確かにそれも浮かんだけど、

狭いミュージックバーの壁でもさ、

なんか好きなんだよね。

傷も汚れもあるし綺麗じゃないけど、

僕にとっては愛着ある壁だから、

超えるも壊すも違う感覚だなって」

「なる……ほど」


「あとはやっぱり、

音楽そのものに対する壁かな。

大変だけど、そのおかげで成長できるなら

壊さずに感謝しておきたいって思った。

乗り越えて踏み台にするっていうのも

僕にはなんか雑に感じるイメージかな」


「だからすり抜ける……?」

「うん、努力したらいつかすり抜けて、

気づいたら向こう側に行ってると良いなあ」


壁をモヤモヤの塊と捉えていた私にとって

結構な衝撃だった。

彼は壁を苦しいものとしていながら、

敵視せず、決してネガティブに捉えない。


「なんか……すごいね、高城さんって」

「え?そんなことは……。

でもちょっと偉そうな解釈だったかも、

当の僕は壁に圧迫されてるのに(笑)」


「ううん、解釈は自由だし、素敵だと思う」

と返す私。彼は「そう言ってもらえると」と笑った。


少しの間が空き、ずっと香りで攻撃し続けていた

ナポリタンへ意識が向く。

彼が「食べよ食べよ」と言い、

ようやく二人で食べ始めた———。


いつも一人で来ていたから気にしなかったけど、

ナポリタンを食べるところを見られるのは

口元がリスキーだ……でもやはり美味しい。


そういえば、二人でちゃんと食事したのは

これが初めてになるのかな。

あっ、だめだ、俯瞰になると緊張するかも。

ええっと……。


「高城さんは、今どんな曲書いてるの?」

「うーん、どういったらいいかな。

シンプルなJ-POPだね、ちょっとバラード調の

しっとりした感じ」


まあ、聞こえてくる歌の感じからして知ってたけどね。

「しっとり系?意外かも、明るい系だと思ってた」

「明るいのも好きだけど、

作ってたらそうなっちゃったんだよね」

「へえー、なんでだろう?」


すると彼は少し真面目な顔になった。

「たぶん、自分の心に正直になると

そうなっちゃうんだと思う」

「というと……?」

「僕さ、よく元気で明るいって見られるけど

全然そんなことなくてね。

小さい頃は暗くて家にこもりがちで

一人で遊んでたタイプなんだ」

「そうなんだ……!」

彼は優しい目で頷いた。


「それである日父親の持ってるCDを

こっそり聞いたら、音楽の良さを知ってさ。

段々と最新の曲聞き始めたんだ」

「そこから演者に憧れたんだね」

「うん。このギターも、高校生の時に

僕の様子を見ていた父が買ってくれたやつで。

ずっと使ってるからボロボロなんだけどね」


少しずつ知る彼の歴史。

私はグラスの表面を親指で撫でながら

昔の高城さんの姿を勝手にイメージしていた。


彼はフォークで麺を多めに巻き続けながら続ける。

「実は、うちってお世辞にも

裕福な家庭とは言えなくてさ。

このギターも安物だけど、

まだ高校生だった僕には充分過ぎるものだよ」


「優しいお父さんなんだね」

「うん、だけど結局両親からは、

安定した職と収入を期待された。

そりゃそう思うのも当然だよなと。

特に強く言われたわけじゃないけど、

家族ってそういうの言葉の端々でわかるから」

「うん……わかる」


「僕は僕でギターは手放さなかったけど、

音楽の道に進むなんて茨の道だし、

自然と選択肢から外してた。

本気で取り組む勇気も持てなかった。

それで、それなりに勉強して大学卒業して、

偶然内定したところに就職したんだよね———」


きっとお父さんも、ギターを買い与えた時は

純粋に息子の喜ぶ顔が見たかったはず。

でも親の愛と期待って、複雑に絡み合うのよね。


今まで彼に対して感じていた、

前向きさの中の憂いのようなもの。

やっぱり、私の感覚は間違いじゃなかった。

この人は絶妙なバランスで歩いていて、

前を向いていないと、きっと落ちてしまうんだ。


私はそのバランスを作るのを避けてきた挙句、

ようやく一歩踏み出したばかり。

比べるわけじゃないけど、

やっぱり高城さんが輝いて見えるよ。


「私はそれ立派だと思うよ。

結果ちゃんと定職に就いて、その余暇で

音楽も真面目に頑張ってるんでしょ?」

「ま、まあ……仕事も音楽も、

色々と甘いと思ってはいるけどね」


謙遜ではなく、本当にそう思っていることが

彼の憂いを帯びた表情からうかがえる。

するとそのままの顔を私に向けて言った。


「柚希さん……、

前に自分のことをサブキャラって

言ったじゃん?」

唐突な話に一瞬たじろぐ私。

「え、あ、うん、そうだね」

「サブキャラってその物語じゃ

スポットライトが当たらないだけで、

裏ではきっと努力したり葛藤したり

いろんなことが起きてたと思うんだ」

「……」


「柚希さんは、ブランクがあるとはいえ

ちゃんと絵が描ける地力がある。

その昔の努力は消えないし、

今もまた新しく向き合ってる。

僕からしたら凄いんだ」

「そう……かな」


動揺してフォークで巻く麺が空回りし続けてしまう。

私のことを、よく見てくれている。

そしてこんなに長く語る高城さん、初めて見る。

どうしたの?いつもサラっとしているのに……。


彼は私が反応に困っていると思ったのか、

ハッとなりフォークを一旦置き、少し早口になった。

「あ、ご、ごめん!色々喋っちゃって。

つまりその……

もし展示会に向けて空回りにしてるのなら、

僕が言うのもお節介だけど自信を持って欲しくて。

この前公園でサッと絵を描いてくれたの、

素人の僕からしたら本当に上手くてびっくりしたし、

あの時の柚希さん、

すごく優しくて清々しい顔してたよ」


そっか……私の筆が進んでないから、

一所懸命元気付けてくれているんだ。

描いている顔を見られていたのは

普通に恥ずかしいけど……。


「あ、ありがとう。

私……あの日は色々あって少し自信持ててたんだ。

でも実際に筆を持ってからは

当たり前だけどそう簡単にいかなくて。

あと一か月しかないから、

焦って余計ゴールが見えなくなってるのかも」


「僕も今……色々言いながら、

自分に対しても言ってるなって自覚したよ。

もともと自信なんて僕にはまだ無くて

頑張って力を付けるしかないのに

変に焦ってるんだろうなあ……」


初めて、二人の間の空気が少し曇った。

対象から離れることで蓋をした私と、

迎合することで蓋をした彼。

似てないようで、とても似ている。


「柚希さんは僕の事よく褒めてくれて、

すごく嬉しいけど、

さっき昔の話をしたのも、

僕は決して立派な人間じゃないよってことを

ちゃんと伝えたかったっていうか……。

なんというか、ダメなところも

知っていて欲しくて……

えっと、なんだろな」


彼は戸惑い頭を搔きながら言葉を選んでいた。

そしてフォークを持ち直す手が、どこかぎこちない。


ねえ、それって、ただの謙虚?

それとも、私にさらけ出してくれているの……?

だとしたら、なぜ?


今まで聞いたことのない

不器用な口調での吐露。


私はその意図をしっかり拾いたく、

つい自然と彼の目をジッと見つめていた。


すると彼は、

いつもはまっすぐ向ける目線をなぜか外し、

ごまかすかのようにアイスコーヒーを飲んだ。


なんだろうこの……

胸の奥に何か雫が一滴ずつ落ちてくるような感覚———。


ナポリタンは冷めつつあるが、

まだほのかに温かい。

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