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【第二十一話】ナポリタンと二人

———翌日。

仕事の昼休み、夏美ちゃんに誘われ

近くのうどん屋に来ていた。


彼女曰く午前中の私は明らかに

そわそわして見えたらしく、

巧みな誘導尋問にあっけなく負けた私は

色々と白状するはめになり、この流れだ。


「はい、わかめうどんお待ち!」

店員のおばちゃんは私の目の前にトンと置いた。

「ありがとうございます」

「先輩、冷めないうちに先にどうぞ」

「あ、う、うん、じゃあいただきます」

湯気に埋もれるように一口すする私。


カウンター席隣の夏美ちゃんは

こちらに顔を向けて言う。

「ついにデートですね!」

すすり終わる直前で箸と口が止まる。

おそらく湯気すらも止まった。


早く言い返したいので

二倍速で嚙み砕き飲み込んだ。

「だから、ちょっと話すだけだって」

「先輩が絵を描いてて、彼……高城さんは

音楽作ってるってやつですよね」

「そうそう」


夏美ちゃんの前に天ぷらそばが届く。

「いただきます」と言い、箸を持ちながら続ける。

「素敵じゃないですか。

一緒に何かを頑張る日々って、

思いっきり絆を深める典型ですよ。

青春漫画みたい」

「そんなキラキラしてない、地味な漫画よ」


「とにかく、デートなのは変わりないですねえ」

「久々すぎて、デートってなんだっけってなってるよ」

「そりゃ、好意を持ったもん同士が、

探り合いながら過ごす時間ですよ。

遊園地でもカフェでも本質は一緒です」

「なんか楽しくない言い方だけど、納得」


二人で麺をすすりながら私は思う。

『好意』……確かに彼を応援したいし

私も背中を押されたし、話していて心地良い。

でも最近は絵のことばかり考えていたから

じっくり考える余白がなかった。


……あれ、また視線を感じる。

「先輩、今日特にかわいいですよ」

「ブッ———」

口から飛び出しそうなうどんを必死で守った。


「なによそれ!びっくりした」

「からかってないですよー、本当です。

かわいいというか色気というか。

やっぱり恋したり何か頑張ってると

雰囲気変わりますね」


自分ではわかんないけど、

夏美ちゃんが言うならまあ……

受け取っておこうか。

うん、受け取っておきましょう。

不覚にも嬉しくなっちゃったし。


「あ、ありがとう。でも恋してるかなんて

私はまだよくわかんないや」

「理由はどうあれ、先輩みたいに、

異性と距離を取ってきた人ほど

『好きが何かわかんない』って言う気がします。

目の前の人をどう思うかだけで良いと思いますよ」

蕎麦を豪快に口に含む彼女。


胸の奥に刺さる、というより麺のように

ぬるりと入り込まれた気分。

「お、おっしゃる通り……。

ただ彼とは創作の話しかしてないし、

この前やっと職業とか知れた程度。

まだわかんないよ」


すると彼女は「うーん」と考えながら返す。

「私はそっちの世界よくわかんないですけど、

普通に話すだけじゃわかりにくいところも

創作を通してわかったりしないんですか?」

「あー……ん-、どうなんだろ……」

「とにかく!デート応援してます。

そわそわしてたからちょっと心配しちゃったんです」


「ありがと。大丈夫よ、もういい大人だし……」

「強いていえば先輩、すぐ顔を逸らす癖あるでしょ。

かわいいのが台無しです」

「母親かよ」

「男性からすると判断に迷うんで、

いざという時はジッと相手の目を見てください」

「え、えー……それ結構むずい……」


———彼女なりに本気で応援してくれているようだった。

高城さんのことを共有できる相手がいて

嬉しい自分に気づく。

ちょっと心が軽くなった。

これが女子トークってやつか……。


同時に「彼は私をどういう目で見ているんだろう」

なんて考えていた結果、

食べるのが遅すぎるランチと化したのだった。


そして今日も仕事は無事に終わる。

高城さんに一旦メッセージを送り、

約束の喫茶店へ向かった———。


夕暮れへの変化が焦燥感をそそる。

この喫茶店はいつもと変わらない佇まいだ。

静かで少し古く、木のテーブルは少しでこぼこ。

それがとても落ち着く。


私が先に着いたようで、

空いたテーブル席に座って待った。

今までは偶然という保険があったから

自然と話していたけれど、

今回はむず痒さを感じる。


数分程度で店のドアが開き、

ギターケースを背負った高城さんが到着。

私に気づいた瞬間微笑んで近づき

「ごめんお待たせ、お疲れ様」と言う。

敬語が取れたままで安心した。

「ううん、私も今来たところだよ」


———この店はナポリタンが人気。

お互い知っていたことで注文はすぐに済んだ。

先に来たコーヒーの香りがふわっと鼻をくすぐる。

しばらく仕事の話など何気ない話をしながら、

私はいつもより少し濃い化粧の乗りを気にしていた。


「……展示会、調子はどう?」

先に切り出したのは、高城さんだった。

「うーん……正直に言うと、

やるって決めた割に全然進んでなくて」

自分で言って、少し苦笑いする。

「うん、わかる」と即答する彼。

「僕は一応歌詞もメロディも作ったんだけど

これでいいのかって直してばかり。同じ感覚だよ」

「自分で納得できるラインって難しいよね」


すると彼のカップを持つ指先が、少しだけ止まる。

「うん……好きにやるって勢いづいたのに。

プロでもないし、どんどん作って披露するしか

ないってわかってるんだけどなあ……」


歌声を毎日のように聞いている

私にはなんとなくわかるよ。

あなたの社交性と明るさは

身に着けたスキルだということ。


何度も同じところを歌いなおして練習。

本当はすごく繊細で、他人の目を気にせず

突っ走ることに終始できない。

だから創作となると、ゴールがわからない。


私とは違う理由で、

自身を見ることに慣れていない———。


「高城さんって……自分のために歌えてる?」

思ったより、踏み込んだ言葉が出た。

自分でも少し驚く。

彼は、すぐには答えなかった。

「……前よりは、たぶん」

「へ、変なこと聞いてごめん」

「いやいや、言いたいことわかるよ。

どうしたら聴いてもらえるか、

ばっかり考えてるから」

と少し照れたように笑う。


私は鏡を見るように彼に言う。

「それ自体は良いことだけど

私たちに大事なのって、

そこを少し無視することなんだろうね」


「そうだね……。

ちなみに柚希さんは、今どういう絵の構想を?」

「あ、えっと……『壁』の抽象画なの……」

「おお、『壁』———」


私は彼から壁というワードを聞いて

少し目をそらしながらも返した。

「自分で選んでおいて難しいって思うよ。

テーマを決めたものの、どう描くかは

また文字通り壁があるって感じで」


そして率直に聞いてみたくなり続けた。

「高城さん、『壁』ってどんなこと連想する?」


彼は顎に手を当て考え込み、やがて口を開いた。


「……『すり抜けたい』もの、かな」


その意外な言葉を、

私はしばらく咀嚼していた。


そして二人の間をすり抜け、

ナポリタンが届いた。

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