表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/20

【第十八話】風の中のふたり

スケッチブック上に

ラフ程度で描いた公園の景色。

改めて見ると、すごく平凡で、すごく無難。

あえて特徴を挙げるとすれば

柔らかいタッチ。


今の私の心情かしら。

確かにちょっと心地良いから———。


まだ、大したことはしていない。

この程度ならたぶんいつでも出来たこと。

それでも、はなから何も持たなかったら

鉛筆の感触を思い出すこともなかっただろう。


こうやって、小さなところから

自分って変化していくのだろうか。


数分間のスケッチでまたひとつ気分が変わったが、

とはいえ私はまだまだこれからだ。


高城さんは私の絵をじっくり見ながら話した。

「ササッとここまで描けるって、

勉強してきた人は地力が残ってるというかなんというか。

やっぱり違いますね」


「い、いやあ、自転車の乗り方みたいなもんね、

最低限は忘れないみたいです(笑)。

………。

でも———これじゃだめなんです」


「え……?」

「確かに当時はちゃんと勉強しました。

構図とか、筆の置き方とか、絵具の色使いとか。

こうやって色々模写するのも大事ですが

結局は『自分の絵』を描けなきゃいけないんです」

「自分の絵、か。オリジナル曲みたいなものですね」


「はい。もちろん模写で仕事する人もいるし、

画家でも漫画家でも同人誌作家でも、

どんな形であれ仕事にしている人は

みんな『自分の絵』として描いてる

矜持があるんだと思います。

それぞれ苦悩はあるでしょうけど」


彼は大きく頷きながら返した。

「幅広いからこそ、

自分の形を見つけるのは大変なんでしょうね」


「そうですね。

私はどの形になりたかったのかすら、

当時もはっきりしなかったんです。

だから踏み切れなかったのもあるかな……と」


———彼は一旦仕切り直すように、少し腰を上げ座り直す。


「具体的にはっきり決められる学生なんて

ごく僅かな気もしますけど……、

そもそも、絵はなぜ好きになったんですか?」

と問われ、私は上を向いて数秒考えた。


「なんだろう……ただ、今描いてみて改めて思いました。

昔から筆をこすらせる感触が好きだなぁって」

「素敵じゃないですか。好きな理由って、

結局はシンプルに行き着くような気がします」


シンプル……。

確かに、何事にも私は複雑に考え過ぎて、

まとめるのも表現するのもハードだった。

そう考えていたら、自然と言葉が出ていた。

「あと強いて言えば、

絵を描いてると自分の気持ちが整理されて、

言語以外で表現できてるようですっきりするかな。

私、言葉で伝えるのは下手だから」

というと彼は

「素晴らしいじゃないですか」

と即答した。

「ぶ、不器用なだけですよ」と、

褒めてくれるのについ謙遜に走る私。


せっかくの厚意を遮断してどうするのよ……。


でもなんだか、落ち着く。

彼だからだろうか……いや、

赤裸々に話せば、誰とでも落ち着くもんなのかな?


すると頭の中で、

また夏美ちゃんのセリフがこだました。

「『先輩、前にタイプの話してた時に

言ってたじゃないですか。

妙に落ち着く人がいたらそれは大事って』」


神のお告げみたいにタイミングよく

恥ずかしいこと思い出させてくれるわね。



———少しの沈黙の風が吹いたのち、彼は言葉を落とした。

「うーん、僕は宮坂さんの絵、見てみたいけどな」

「えっ?」

「ブランクとかコンプレックスがあって、

苦悩と戦った人が描いた絵って、

きっと生きてる感じがすると思います」

「嬉しいけど、

私の絵なんて人に見せられるようなもんじゃ……」

特にあなたに見せるのは、なんだかとても恥ずかしいのよ。


「なんか……欲があったり、諦めたり、

宮坂さんはそれをマイナスな事だと思ってるよね」

「……うん、そうだ、ね……」

「でも、前に僕の話を受け止めてくれて

背中を押してくれたのは、

僕以上に深い葛藤を持った

宮坂さんだったからこそだよ」

「そう、かも……かな……」

「これから何を描くにしろ、

今までの宮坂さんが乗っかった

素敵な絵になると思う」

「ありがとう……」


綺麗ごと……以前ならそう思ったかもしれない。

でも、なんだか暖かくて、心が豊かになっていく。

確かに、葛藤していた自分も、壁を置いていた自分も、

全部含めて私だ。


彼の言葉は、私の輪郭を段々なぞってくれる———。


そんな中、彼は続けた。

「僕の周りの人は気を遣ってか『やれ』も『やめろ』も

言わないんだよね。優しさだったり他人事だったり

もちろん理由はバラバラだろうけど。

たぶん宮坂さんも同じことが起きてるかなーと」

「その通り……。デリケートに見える話は当然、

ズケズケと言いづらいよね」


「あえてズケズケと言ってみていいかな。

お互いやれるところまでやってみようよ。

いま話聞いて、僕もまだまだ頑張ろうって思えたし、

宮坂さんの絵、めちゃくちゃ見たい」

「……ほんと?」

「うん」


求められるって、嬉しいな。


あ……そっか。

私、ちゃんと求められているのに

それを遠慮だの過大評価だの

理由を付けて、結果的に突っぱねてきたんだ。


そりゃ、付き合った人にも呆れられるわ……。


ちょっとは自信持とうってこの前思えた。

なんだか今は、応えたいって思える。


あれ、なんの話だっけ……

ああ、今は絵の話だった。

絵の……。


ところで、さぁ、高城さん、

そんなにずっと

まっすぐ顔見ないでよ———。


開いたままのページが、

静かにパタパタと揺れた。

涼しくもまだ少し湿った夜風が

通り道をつくるように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ