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【第十七話】サブキャラの果てに

「へぇ、そうなんですか……!」

高城さんは、微笑みこちらを見ている。

「な、なんか妙に嬉しそうですね」

「あ、あぁ。ちょうどよかったなと」

「……ちょうど?」


「そういう話、聞きたかったんです。

だって今まで僕の話ばっかりで、

宮坂さんのことほとんど知らなかったから」

「で、でも、普通のOLってぐらいですよ。

すごーく平凡でつまらない日々です(笑)」

そう言いながらも私は、

興味を持たれてることに胸が痒くなり、

笑って照れを隠した。


彼は首を横に振って、にこやかに返す。

「遠慮はいらないって言ってくれたし?」

「……い、言いましたっけー?」

「言いました。興味あります、絵はいつから?」

グイっと来やがって……もう———。


いくつかの木の葉が二人の前をヒラヒラと落ちる。

スケッチブックの表紙に一枚揺れ落ち、

私は人差し指でそっと撫でた。


「最初は小5だったかな、

少女マンガのキャラをノートに描いていました。

よくある女子の遊びですね」

「小学生の頃って、何かしら描きがちですよね」

「ええ。私の場合はそこからちょっと入り込んで、

景色や物も描くようになったパターンで。

気が付けば高校で美術部でした」


そう、何も考えずただただ楽しんでいた時期だ。


「ガッツリやられてたんですね」

「はい。で、進学はどうするってなりまして。

うちの家、そんなに裕福じゃなかったんですよね。

美大って学費が高くて、本気な人は大体国立を狙うんです。

でも国立はレベルが高くてやたら狭き門でして」

「うんうん、確かにそのイメージあります」


私は目線の先にあるブランコを

ぼんやり見ながら続けた。

「結果、文系の大学に入りました。

優秀で本気の人たちと戦う覚悟は持てなくて。

現実的に考えた結果でした」


彼はこっちを真っ直ぐ見ていたものの、

私の真面目で平坦なトーンに気遣ったのか

一度目を閉じ、視線を前に戻した。


やっぱり、優しいところあるんだなぁ———

「優っ……あ。えっと」

「……ん、はい?」

「あぁ、いや」

私よ、ぼーっとするな。

心の声漏れかけてんじゃないよ。


「そ、それで、大学で、

結局美術サークルに入ったんです。

絵を描くのはずっと好きだったから、

未練たらたらで……」

「良いじゃないですか、何も悪くないし、好きなら」

「ありがとうございます。

そこでの4年間は、確かに楽しかった」


ブランコから目線を上げ、

様々な思い出を浮かべながら続けた。


「でも、あまり考えないようにしていたけど、

『これは趣味だ』

『絵で食べていくのは自分には難しい』と

言い聞かせ続けていたんです」


静かに聞いていた彼は、

改めて少しこちらを見る。

「あぁ……なるほど」


私はブランコの影を見つめた。

「はい。よく、クリエィティブ系のアニメとかドラマで、

主人公と隣に『天才』キャラがいるじゃないですか。

やっぱり現実にもいるんですよ」

「はい……」


「で、その二人の周りに、

スポットを浴びないサブキャラ達がいて。

おそらく彼らにも裏ではドラマがあって、

それなりに結果出したり挫折したりしてる。

最後、どこで何をしてるのかいまいち描かれないキャラ。


その成れの果てが、私なんです———」

「……」


し、しまった。

「あ……!ごめんなさいっ!

反応しづらいですよね、

別に、だからどうってわけじゃないんです。

そもそも自分で選択したことですし、

今もこうやって暮らせてますし。

ただ現実は地味なもんだなぁっていう……」


「いえ、宮坂さん、卑下しないでください」

彼は真面目な顔で続ける。

「現実に折り合いをつけて生きるのも、立派な選択です。

僕の音楽なんてほら、小さい頃から努力してきたわけでも、

ちゃんと教育を受けたわけでもないし、

レベル低いのにズルズルやってるわけで(笑)」


———ねぇ高城さん、自分を格好悪いと言いたいのなら違うよ。

どんな過去であれ、今あなたは前を向いて歩いてる。

私は立ち止まって、今まで後ろをちらちら見てただけ。


「高城さんこそ卑下しないでください。

毎日のように触れて、悩んで、打ち明けて、

でも続けられてること———

それが私にとって尊敬なんです」


「これが……尊敬ですか?」

「はい。……私、悟った風に話してますが、

結局何もしてなかった人なんですよ。

大学卒業してからは、趣味って割り切っても

できなかった」


言いながら、胸の奥がスカスカした。

楽しい話の一つでもできりゃいいのに。

でも、彼はまっすぐ聞いてくれている。

その事実が、嬉しい。


「うん、気楽に描けない気持ち、わかる気がします」

彼は姿勢を直し、言葉を選んだ。

「僕、今は“好き”だけで押せてるけど、

この先どう向き合うかいつか考えなきゃいけないって思うと、

歌ってても空しくなる時があります」

「高城さんでも?」

「そりゃそうですよ。

あれ、僕をまっすぐな青春小僧だと思ってます?(笑)」

「ふふ、ちょっとだけ———いや、嘘です(笑)」

「なんだかなぁ(笑)」


ふたりでクスクスと笑い合った。


「でも宮坂さん、

今スケッチブック持ってるってことは、

何か変化があったんですか?」

「あー、まあ、ちょっとだけ。

でも久々すぎて、何を描けばいいか

自分でわからなくてですね」

「うーん、そういうもんなんですね———」


悩み顔になった彼を見て、

私は気づいたら白紙を開き、

鉛筆を取っていた。

風に揺れる木、砂場のスコップ、

止まったブランコ———

ここから見える景色を細い線で拾っていく。


なぜかと問われたら、なんとなくとしか言えない。


街灯がデスクライトのようにページを照らす。

彼は「ん?」と言いながら私の手元に目線を向け、

息を飲んでいた。


風に揺れる木の葉の音に混じって、

柔らかな鉛筆の音がサラサラ走る。

数分程度の気まぐれだった。


「……う、うまい!」

顔を寄せ、息を飲む声が横で小さく弾んだ。

私は頬が温かくなるのを自覚しながら、

なるべく冷静に最後の線を引き終えた。


目をキラつかせた彼には笑顔が宿っていた。

「こんなスピードで描けるもんなんですね……!」

「これくらい大したことは……

でもありがとうございます。

素直に嬉しいです」


手癖でサッと描いた程度だが、

ここまで手を動かしたのもいつぶりだろうか。


……えへへ、驚いてもらえた。

ちょっと挽回できたかな。


———あ、私、描いて人に見せたくなったんだな……。

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