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【第十三話】にんにくジャイアント餃子

翌日の私といえば、

ちょっとの風邪気味が長めに続いている時のような

絶妙な気分が抜けなかった。


他人との会話は、時間が経って改めて考えると

甘味に変わったり苦味に変わったりする。


高城さんを一瞬気まずくさせてしまったか、

でもちょっと照れた顔をしてた気もして

かわいいと思う私もいたり、

仕事中に何度か思い出しては

ハッとなるという時間を繰り返した。


そして二日後、三日後……

モヤモヤはやがて、ムシャクシャに変わった。

パズルが合わず「あぁもう!」と言ってしまうあの瞬間だ。


こういう時、私は「食」に走る。


今日も仕事が終わり、

私はまっすぐ家に帰るのが嫌だった。

帰宅して一人の静けさに飲み込まれると、

逆に疲れそうと思えたのだ。


駅近くの、街の灯りの中をあてもなく歩く。

ビジネス街のビルが立ち並び

時間が経ったのかポツポツと光の数が減り始めていた。


小さいアーケード街に入ると、

ビジネス街の片隅で一所懸命光をともす空間だ。

これはこれで、悪くない。


そんな中、赤い提灯が目に入った。

小さな中華料理屋。年季の入った看板には

「ラーメン・餃子・ビール」などと書かれている。

店の前だが、蒸された油と出汁の匂いが

オーラのように漏れて私の鼻をこする。


さあ、食に走ろうではないか。


もともと一人行動ができるタイプではあるが、

こういう店に一人で入るのは、ちょっと勇気がいる。

しかし、最近の私が私の背中を押してくれた。

「……ま、いいか。入っちゃえ」


―――私はガラガラと扉を開けた。

店の外で感じた油と出汁の混ざった香りが

波のように一気に重なって身体を貫いた。


狭い店内に十席弱のカウンターと

小さなテーブルが三つ。

色あせた淡い赤のテーブルクロス、

壁の古いポスター。

辞書で「町中華」を引いたら「この店」と書いてあるだろう。


「いらっしゃいませー!」

店主と思しきおじさんの元気な声。

おそらく夫婦なのか、周りをすいすい

奥さんが笑顔で皿を運んでいる。

大学生風のバイトの男子も

きびきび動いていた。


カウンター奥には常連らしい中年男性が一人、

すでに赤ら顔でビールを傾けている。

やはり私のような客は珍しいのか、

ちらっと目が合うものの

何も言わず角のテレビに目を戻した。

気の利いた酔っぱらいだ。


他にも白シャツのサラリーマン組や

熟年であろう夫婦など、

狭いながらにガヤガヤした声が

BGMになっていた。


私はカウンターの端に腰を下ろす。

奥さんが超高速でテーブルを拭き、

既に汗をかいた氷水をトンっと置いてくれた。


メニューを開き、しばし思案。

私はお腹が空いている。

メニューの妙なベタつきなど

とっくに気にならない。


「(ほんとはビール飲みたいけど、

一旦ここは乙女っぽくウーロンハイぐらい……

……あーでもやっぱりビール!)」


心の中でひとしきり葛藤した挙句、

結局「飲みたいもの頼んで何が悪い」と

自分を納得させた。


次に料理メニューへ目が行く。

やはりチャーハンは鉄板として…

餃子ゾーンに集中する私。

普通の焼き餃子、水餃子、にんにく無し餃子、

そしてやたらと目に付く、他より大きく書かれた

「にんにくジャイアント餃子」。


明らかに攻撃力が高い名前。

女性一人客が口に出すには恥ずかしいネーミングだ。

「(でも……これは、食べたいぞ。今日はもう帰るだけだし、誰に会うわけでもないし。よし)」

私は流れでサッと注文できるよう、

こいつの場所をしっかり覚え、奥さんを呼んだ。


「はいっ、何にしましょう?」

「えっと、生ビールと、チャーハンを一つ」

「はいっ!」

「あと、この、餃子を1つ」

メニューを指さす。

すると奥さんは言う。

「にんにくジャイアント餃子ですね!」

いや……やめて、ハキハキ言わないで。

私は内心硬直し「はい」と言いながら、

髪を耳にかけるフリで顔を隠した。


―――やがて届いたのは、

白い泡が噴火しそうに盛り上がったビールのジョッキ。

黄金色の中は小さな丸を延々と生み出し、

今の私を表しているようだ。

私は”最近”を全て流し込むようにゴクッゴクッと飲んだ。

喉を滑り落ちる冷たさに、全身がほぐれる。


そしてさすが小さな町中華、

短時間でチャーハンと餃子がテーブルに置かれた。

この場所に慣れつつあった私は、

品を忘れチャーハンをバクバクと口に運び噛みしめる。

そしてにんにくジャイアント餃子のパンチは、

腹の底まで響いた。


「……うま。」


おしゃれで意識の高い女子達に

このワイルドな幸せを届けたい。


食べることに集中していたが、

やはり狭いお店、周囲の声が自然と耳に入る。

カウンター奥の酔っ払いは、

店主へ発展性のない雑談を投げたり、

テレビに向かって独り言を放ったりしている。


斜め後ろのテーブルサラリーマン二人組は、

仕事の愚痴を交わしている。

「結局さ、誰も責任取らないんだよな」

「うちの課長マジでさあ……」


―――あー、典型的だなぁ。

上司がどうこうより、

愚痴を言いながらも残って働いてること自体が、

既に都合のいい歯車なのよ。

上の人は大体変わらないのよ。

まあでも、こうして会話して心の帳尻合わせるのも大事よね。

私も歯車なりのプライドはあるし、

うんうん、気持ちわかるよ。頑張れ新人。


ビールをさらにゴクリ。

にんにくの後味と相まって、苦笑いが漏れる。

箸が止まるタイミングで後ろから小さな笑いが弾け、

聴こえる声のトーンが半音だけ軽くなった。

サラリーマンたちの話題が変わっていた。


「でさ、この前マッチングアプリで会った子がさ―――」

「お前またそれかよ(笑)」

「いやいや今どき普通だから!けど、結局一回で終わっちゃってさ」

「結局そうなるだろ?大体は打率悪いんよ」

「そりゃお前は彼女いるから余裕あるよな」

「まあでも社内だと結構めんどくさいぞ」


私は食べながら耳をそばだてる。

恋バナ。若い男たちらしい軽さ。

アプリは私も勢いで登録してたけど、

全然合ってなかったな……。

合わないというか、私のノリが悪すぎるきらいはあるけど。

実際付き合ったのは学校が一緒とか、

友達の紹介が多かった。


アルコールで火照った身体で

彼らや私に冷めた評価を下しながら、

自分の過去の恋愛を思い出してしまった。


終わった恋愛はほとんど、相手から告白され、

そして相手から別れを告げられた。

私も毎回ちゃんと好きになっていたから

ちゃんと傷ついてきた。


「―――自分から何かしようとか、言うとか、何もないからさ。

こっちに向いてないとしか思えないんだよ」


過去に言われたセリフが、

アルコールを超えて再生された。


100対0でどちらが悪いなんて無い。

それでも、ほぼ私のせいと言っていい。

ちゃんと付き合おうとは思うのに、

何かが疎かだった。

結局ちゃんと好きになりきれてないから

積極的になれなかったのか、

今となってはもう闇の中。


ただ、おそらく私は、異性と付き合うには、

何かが足りないんだ。


だからこそ、ここ数年は恋愛に壁を作った。

無駄に期待をかけたくない……。

浮かれたくない……。


……なのに。

最近といったら、

まるで古い傷口をじわじわ撫でられるように、

落ち着かない。


私はビールの最後の一口をぐいっと飲み干し、

目立たない程度の私らしい精一杯の力強さで

ジョッキを「タンッ」と置いた。


「良い年して…」

そう小さく呟いた。

自分のモヤモヤも片付けられない私に、

段々腹が立ってきた。


……認めるよ、

この前、もっと話したいと思ったし、

彼と会話してる時間が……

心地よくて好きになってる。


でも……彼はきっと、私を過大評価してるよ。

私は、相手にガッカリされるのが怖くて、

傷つきたくなくて壁を置いたり、

自分のやりたい絵すら素直にできない、

そんな弱っちい人間。


―――結局私って、「自信」がないんだ。


勘定を済ませ、外へ出る。

「ありがとうございました!」

と、店主と奥さんの明るく大きな声をバックに、

私は歩き出した。


中華の匂いをまとった自分を、

少し涼しい夜気がやさしく包む。

ため息混じりに笑いながら、夜空を見上げた。

街灯の切れ間、

まだいくつか白く光るビルの窓に負けず、

いくつも星が瞬いていた。


光たちは、私を照らしているのか、

それとも叱っているのか。

どちらにせよ、なぜかいつもより綺麗に見えた。


―――今夜も高城さんは歌ってるかな?

なんか……彼の声、聴きたいかも。


そう思った瞬間、

彼の今までの言葉が次々目の前に現れた。

「『しばらく考えてたら、宮坂さんを思い出して。』」

「『ペンが進むようになったんです。』」

「『だから、ありがとうなんです。』」

「『正面から受け止めて聞いてくれるから。

そういう人周りにいなかったですし…宮坂さん、優しいです』」


―――私、ちょっとは自信持っていいのかな。


この小さな灯、ちょっと信じてみてもいいですか?

私は夜空を見上げながら、その空間に聞いた。

返事があるわけもなく、私はフッと笑った。


「はは、わかってる、自分で決めるって」

そう呟いて、一歩、また一歩と、

いつもより少し大きい歩幅になった。

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