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【第十二話】玄関先の攻防

まっすぐ帰宅し、半ば放心状態で着替えを済まし、

食事の用意をする私。

頭が混乱したせいか、カフェを出てから

帰るまでは周りの景色も音も何も感じられず、

部屋にいるとさらに静寂が追い打ちをかけていた。


電子レンジの「チン」という音に、

はじめてハッとなり冷静になった。


「いやー…さすがに、ねえ」と

自然に口から出ていた。


そりゃ高城さんとの経緯を端的に他人へ話すと、

恋愛好きの女子からは「恋愛」というフィルターを

通して話を持ってかれるに決まっている。


きっと、しばらく恋をしていないから

筋肉が鈍って、視力も落ちて、

判断力も衰えているだけだ。

うん、きっとそうだ。


他人の話に惑わされないようにしないと……と

頭の中で整理しかけたとき、

夏美ちゃんに言われてはいないが

おそらく言いそうなセリフが浮かんでしまった。


「なんとも思ってなくて冷静なら、なんでそんなに否定するんですか?」


それと同時に、テーブルの上に置かれたスケッチブックと、

その上に乗るペンが目に入った。


絵を描くのをやめ、社会人となり、

あたかも悟ったような振る舞いで暮らしながら

絶対に触れることはなかった「絵」の世界。


しかし、新しいスケッチブックに1本線が引かれている事実。

誰がどう見ても高城さんとの出会いがそうさせたという

事実に対して、「いつも通りの日々だ」と言い張るには

あまりに滑稽だと思わざるを得なかった。


とはいえ、高城さんと顔を合わせたのは数回きり。

ちゃんと話したのはもっと少ない。


——少ない?

だって、毎日のように漏れた歌声聞いてたんだよ?

おんなじ曲飽きるほど何回も何回も歌ったり、

ミスったり、声が裏返って止まったり。

…え、聞いてたからなんなの?

そんなのコミュニケーションでもなんでもない。

たまたま話す仲になっただけで、関係ないじゃん。

関係ない?ならばちょっと応援する気になってるのはなんで?

毎日地道に練習していることを知っていて、

その上で彼を知って、何も嘘がない人だってことが

わかったんじゃない。話した数にこだわるの?

そんな上辺だけの女性に育った覚えはないぞ。


——まて、まてまてまて。

落ち着け私。ちきしょー夏美のやろう覚えてろよ。


「ピンポーン」


……え?

インターホン?

宅急便?身に覚え無いですけど…

いや、ちょっとまって、エントランスからじゃなくて

部屋のインターホンじゃん。

え、こわ。


得意の忍び足で玄関へ行き、

ドアスコープを覗くと同時に声が聞こえる。

「宮坂さーん、落とし物ー。僕ですー高城ですー」


……なんなのよ、もう!


怒る意味もわからないが、覗いた先の顔に安堵もしつつ

ドアを開ける私。


「た、高城さん?」

「ごめんなさい、今帰ってきたら廊下にハンカチ落ちてまして。

迷惑かなって思ったんですけど大事なものだったらと思って…」

「あ……確かに私のです」

放心で帰ったから、鍵を出す時に落としたことに気付かなかったんだ…。


「ですよね、よかった!」

「え、でもなんで私のって?」

「え?前にも見たことあったんで、あのほら、大雨の日、濡れてたとき」

と、両手で雨が降るジェスチャーをしながら彼は言った。

ジェスチャーなくても雨ぐらいわかりますが。

確かにずぶ濡れでエレベータで会ってしまったとき、

このハンカチで拭いてたわ…レギュラーだしこれ。


「あ、ありがとうございます。よく覚えてましたね…」

「はい、あの日は印象的でしたから(笑)」

「ちょ…あんな姿覚えてなくていいですから(笑)」

「はは、すみません。あー、ごめんなさい。ついインターホン慣らしてしまって。夜に怖いですよね。」

「い、いや、確かにびっくりはしましたけど…なんというか…全然…」

「じゃ、お邪魔しました」


「あ、……あの」

「……はい?」

「どうですか?その…音楽の…」

ドアノブを持って開いたままの中途半端な姿勢で話を続けてしまう私。


「ああ!そうですね、構想は固まってきて、

半分くらいは出来てきたかなと」

実は少し知っていた。

ここ数日、壁越しに聞こえてくる曲の断片が多くなり、

おそらくオリジナルの一部なのだろうと。


「よかったですねっ、完成、応援してます」

「あはは、ありがとうございます。宮坂さんぐらいですよ、

面と向かって応援するって言ってくれるの」

いつものようにまっすぐな目で私を見ながら言う彼。


「そ、そうなんですか?」

「まあファンがいるわけでもないし、

男友達はわざわざ言葉にするのもお互いこっぱずかしいだけですし」

「はは、それなら私だけかもしれませんね」

「……はい。社交辞令だとしても、その気持ちがまず嬉しいんです。

ありがとうございます」


「……社交辞令…なんかじゃないです…

(あれ、私、なんでこんな必死に否定してるんだろう)」

普通に言えばいいものの、少しトーンを落としてしまい

空気を若干変えてしまった。


「……だとしたら、もっと嬉しいです。」

「あ、はい…」

や、やばい、テンポが悪くて気まずくさせちゃったかも。


彼は、このままのテンポで続けた。

「なんか…変な話ですけど、宮坂さん、話しやすいというか、

この前もついヒートアップしちゃって」

「へ、へえ…なんでだろう、歳も近そうだからかなあ…」

「こんな僕の話でも、正面から受け止めて聞いてくれるから。

そういう人周りにいなかったですし…宮坂さん、優しいです」


優しい…私が?こんな廃れた私が?

と心で茶化しながら、彼のいつものハキハキとした顔とは違う、

微笑むような柔らかい顔を見て、胸がトクンと疼いた。


同時に、目が合っていたのを背けてしまう。

そしてタイミング悪く、夏美ちゃんの言葉の槍たちが頭の中を突いてまわる。

なんとかこの場を、変な感じにさせず終わらせなきゃ…。

「なんというか、あの、夢に向かって行動できる人、羨ましいし、素敵だと思うんです」

捻り出すように言ったセリフは不覚にも、私の心からの本音だった。


「え…う、嬉しいです」

言葉に一瞬詰まった彼の顔をチラっと見ると、

彼は初めて、少し目を逸らした。

……あれ?何この感じ…初めて見た。


彼は場を繋げるように続けた。

「そういえば、宮坂さんは何かお仕事されてるんですか?」

「あ、えっと、普通に会社員ですよ。事務職の」

「そうなんですね!…あ、ごめんなさい、プライベート聞いたりして」

「いえ…高城さん、そういう遠慮、もうしなくてもいいです…」

「え?」

と、静かに驚く彼。


「あっ、いや、あのほら、私ばっかり話聞いてますし、ね?」

「…わかりました。今度宮坂さんの話も聞かせてください。

って、あー…玄関先で長々とすみません…

ハンカチ渡すだけだったのに…(笑)」

「いえいえ、私が引き留めたみたいなところありますし…」

みたいなというか、完全に私だ。


「ま、また!すみません、お邪魔しました。」

「いえ!ハンカチ、ありがとうございました。」


バタンと閉まるドア。


一気に静まり返る玄関に、ポツンと私。

手元にはハンカチひとつ。


彼、言葉に詰まったり目がウロウロしてて、

さすがに気まずくさせちゃったかな?

女性の部屋の玄関だものね…


いつものごとく俯瞰で紛らわせていた私だが

顔が熱いことに気付いたのは後に鏡を見た時だった。

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