【第一話】日常の中に紛れ込んだ歌声
私は「丁度良しな女」。
何回か合コンも参戦してみたし、
マッチングアプリも登録している。
特段美人でも無い「THE 普通」の私でもそこそこ寄ってくるのだ。
伊達に26年間「宮坂 柚希」をやってきておらず、
自分のことはよくわかっているつもり。
たぶん、異性からすると、私は本当にそこそこなのだろう。
だから良い具合に力を抜きつつ
酔拳のようにスルっと寄っていけるのだろう。
実際、合コンは酔拳を武器にする人は多い。
最近の私といえば、特になにもしていない。
毎日見飽きた鏡を見ると、
相変わらずオリジナリティのない、サっと流しただけの黒いミディアムヘア。
薄めの化粧。異性を意識してませんアピールではなく、
本当に己への気力が湧かないだけだ。
一応、恋愛欲求はまだあるといえばある。
しかし私の中の「恋」という概念に、薄いレースカーテンが掛かっているような感覚。
チラチラ目に入るものの、その先の景色はあまり気にならなくなっている。
たまに勝手な風に揺れては「あ、吹いたのかな」とちょっと意識してみる。
ボーっと見ていると、そのうち勝手に落ち着く。そんな感じ。
築10年ほどのワンルームマンション。
広くはないが、設備も悪くなく、一人暮らしには困らない。
20%OFFの総菜と、「地域密着なのにグローバルでしょ」って顔をした雑貨屋で買うアロマと共に、私は生きているのだ。
都内の小さな不動産会社での事務業務も
決して楽ではないが、仕事量も給与もそこそこ。
特に不満もない。
――――ああ、なんて正常な暮らし。なんて丁度良しな女。
少しだけ絵を描いていたこともあり、
帰宅するたびに、開いたクローゼットの奥にある
乾いたキャンバスが私を監視している。
稀に描こうとも思うが、お風呂に入ると別人のようにやる気がなくなる。
ああ、なんて正常な暮らし。
ある日、私はいつものように仕事を終わらせ、
シャワーを浴び、壁際のベッドに腰かけ、頭にタオルをかけたまま
ボーっとしていた。
すると、どこからか男性の歌声が聞こえてきた。
「あれ、少し窓開けてたっけ?」と思ったが、閉まっている。
どうやら、壁越しのようだ。
最近廊下がドタバタしていたが、新しく引っ越してきた人だろうか。
「そこまで大きくはないけど……はぁ、まったく。」
耳を澄ませばそこそこ聴こえるが、
動画を見てたらほぼ気にならないレベルの、
絶妙な音量でその歌声はやってくる。
聴こえてきたのは今流行のJ-POP。
ギターの音もうっすら聴こえるから、
おそらく音楽をやっている人なのだろう。
気持ちが乗って、というより、練習している感じ。
そんなに上手くは……ない……まぁ、素人に毛が生えた的な……。
そりゃ売れてるプロがここに住むわけないか。
大きな夢でもあるのかな。ライブとか動画配信とかしてるのかな?
音楽で食っていくなんて一握り……なんてことは全員知っている。
たぶんこの人もそうなんだろうなー。
それでも頑張ることができるのはすごいことかもなー。
そういえば聞こえてくる声は低くもなく、高すぎてキンキンするわけでもなく、
嫌いではないタイプの声ではある。
――――いや、まてまて。
仮に歌がプロ並みだとしても、これがしょっちゅうとなるとさすがに迷惑だ。
スマホをいじりながら「明日からも続くのだろうか…」と憂いていた時、
壁越しの歌はサビの途中で大きくつっかえた。
……。
歌詞を忘れたのか、音を外したのか、お風呂が沸いたのか。
そのまま数秒の沈黙。
…静寂が帰ってきたことは喜ばしいことなのに、
サビの盛り上がるところでそんな急につっかえられると、
逆に気になるじゃないの。意識半分そっち行っちゃうじゃないの。
――そして仕切り直すように、最初から同じフレーズが繰り返された。
「……真面目か。」
特に聞きたいわけではないから、一発で決めておくれ、とか、
なんの生産性もないことをグルグル考えてしまう。
私は私で暇なのだろう。
…でも、さっきのつっかえたところ、
なんだか妙に間抜けで、タイミングも絶妙に悪かったのを思い出し、
口元がほんの少しだけ緩んだ。
「ふふっ……」
笑ってしまったのが、ちょっと悔しい。
今日も疲れてるのかも。まだ水曜日か。
壁越しの音は、ちょっとした生活音みたいに、
ただそこにあるだけだった。
ただ――
それが、今日いちばん「動いたもの」だったことは、
ちゃんと自覚していた。
窓は閉めてたはずが、
レースのカーテンがほんの少し揺れたような気もした。
読んでくださりありがとうございます!
初投稿で第一歩を踏み出したばかり。
人間のおもしろい心模様を引き続き描いていけたらと奮起しております。
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