番外編3
訓練学校から少し離れた位置。基地全体の中央部に、他より強固な建造物が存在する。
この基地の心臓とも脳とも云える司令部の建物だ。
その最奥ともいえる部屋。
他の部屋と比べて、非常に綺麗で豪華な作りになっている。
部屋にいるのは3人の男。
1人は、豪華な机に設置されている、座り心地の良さそうな椅子に座り、1人はその男の後ろに直立不動の体勢で立っている。最後の1人は、2人とは机を挟んだ正面に、これもまた直立不動で立っている。
3人の共通する点を挙げるとするなら、3人とも中年の男性だという以外には共通点が無さそうなほど、それぞれが個性的な雰囲気があった。
「……報告ご苦労、アーネスト大尉。資料には一通り目を通させてもらった」
沈黙を破るように、椅子に腰かけた男が声を出す。
「基地司令……自分は既に軍を引退した身。今は訓練学校教官のアーネスト軍曹であります」
基地司令と呼ばれた男の言葉を、アーネストはすぐさま訂正するが、基地司令は言い直すつもりはないようで、アーネストの言葉を聞き流す。
「ここに居るのは我々3人だけだ。形式的なやり取りは今終了した。ここからは昔のようにフランクな感じでいこうじゃないか?かまわないだろうジャン少佐?」
「それでも階級差というものがあります。堅苦しすぎなのも問題かもしれませんが、それなりの節度は持ってなら構わないのではないでしょうか?」
基地司令の言葉に、後ろに立つ男……『ジャン』と呼ばれた、白髪交じりの髪をオールバックにした細身の男が返答する。
「相変わらず硬いな、ウチの副指令殿は……我々は同期なんだ。3人だけの時くらい楽に話そうじゃないか?」
「それでも准将殿のはフランクすぎだと思いますがね……それに俺はアンタ等と違ってエリートでも何でもないですからね」
「エリートなのは司令だけだ。私まで同格に見るなアーネスト」
「おいおい……ここにきて私だけ仲間外れはやめてくれないか?」
そう言いながら3人で笑う。
それが昔から変わらないやり取りかのような自然な流れだった。
「……まぁともかく、報告書を読んだ限り、結城は使えるみたいで安心したよ」
軽い口調のまま会話は続く。
本来であれば、しっかりと形式ばって報告をするべき事項ではあるが、基地司令の方針で、軽い会話での報告程度で済ませている。
基地司令曰く、ガチガチに緊張して報告されるよりも、楽に会話しながらの報告の方が、気付きにくい事にも気付きやすいから、という事らしいが、それが本当なのかは誰も知らない。
天才には天才のやり方があるのだろう。という事で誰しもが納得していた。
「また准将殿の『勘』が当たったってやつですね……いきなり基地に現れた不審者を『お前のとこで訓練させてやれ』って言われた時は、正気を疑いましたがね」
「正気を疑うのは早計だろ。ジャンが止めなかったって事は問題無いって判断されたんだろう?どうせ既に素性調べてたんだろ?」
「ええ……ローズリータウン出身、という以外に怪しい点はありませんでした」
自分の行動が、司令にバレバレだった事実を知って、軽く舌打ちしながらジャンが答える。
「ローズリータウン……伝説の『武王』が居たって町ですね。確か准将殿の出身もそこでしたよね?武王見た事あるんですか?」
「残念ながら私が物心ついた時には、彼は亡くなっていたよ……」
そう言いながら、司令は一瞬、身内が亡くなったのを後から知らされたような、そんな悲しそうな表情をするが、すぐにいつものような飄々とした表情に戻る。
「ところでジャン。何で『ローズリータウン出身』が怪しい点なんだ?」
「司令と同郷という時点で怪しいと思いますが?」
「確かにそりゃ少佐殿が正しい。実際に、准将殿とは方向性が違うが奴も相当な化物だ」
「待て待て!私のどこが化物なんだ?殴り合いのケンカになったら、私よりもアーネストの方が強いだろう?」
「アーネストは腕っぷしの事を言っているわけではないでしょう。戦場で1手2手先を読むどころか、10手20手先まで読んで『未来視』の異名を取るヤツが化物でなくて何だと言うのです?」
「ただ『勘』が良いだけで化物扱いとは、困ったな」
「その『勘』を一切ハズした事がないから化物なんですよ准将殿」
基地司令は若干納得いかなさそうな表情ではあるが、再び軽い笑い声が上がる。
実際に基地司令の指揮能力は凄まじかった。
彼が指揮する部隊は常に無敗を誇った。負け戦も勝ちに導く様は異様とも言えた。
今でこそ落ち着いてはいるが、かなりのスピード出世をし、ライバル達からは「ヤツは悪魔だ」と罵られ、多くの敵を作ってきていた。
それでも「自分の事を裏切らないだろう」と確信していた、同期数人だけは、常に自分の傍に置くようにしていた。
そして、そんな同期数人は、今やアーネストとジャンだけになっていた。
2人も、そんな彼の内面を理解しているからこそ、裏表無く接していた。
それが今の3人の関係とも言えた。
「とりあえず、私が化物なのは100歩譲って認めるとして、結城はどう化物なんだ?私は機動戦闘機の操縦には疎いから、報告書の内容だけじゃ『とりあえず凄いよ』って事くらいしかわからなくてね」
「そうですね……一言で言えば『人間辞めてる?』って動きしてる事ですかね?」
「いまいちわからないな……現役時代の、全盛期だった頃のキミと、今の彼が同性能機で戦った場合はどうなると思う?」
「負けないかもしれませんが、勝てるとも思えませんね……死角からの攻撃も平気で避けるヤツを撃墜するのは至難の業ですからね……」
「アーネストにそこまで言わせるとはな……それが今まで操縦経験の無かったヤツの動きか……確かに司令とは別ベクトルで化物だ……これは良い拾い物したかもしれませんね司令」
「そうだな……どうやら良いモノを引いたみたいだな」
ジャンの言葉に対し、答えを返すようにつぶやく基地司令ではあったが、その視線は虚空を見つめており、誰に対して放った言葉なのかはわからなかった。




