プロローグ
およそ500機の機動戦闘機が進軍していく。
全長がおよそ15m程ある機動戦闘機が、これだけの数並んで進んでいくのは壮観であるが、進軍にまったく覇気が感じられなかった。
機械なのだから、覇気を感じないのは当たり前なのかもしれないが、部隊全体から漂う死臭のようなものは拭っても拭いきれるものではなかった。
「ユウキ少尉……いえ、失礼しました。ユウキ大尉。私の最後の戦場が、アナタの小隊でよかったです。あの世で『あの有名なユウキ小隊長の部隊だったんだぞ』と同期に自慢できます」
内部通信で若い伍長が、所属する小隊の隊長へと話しかける。
指揮系統の都合上、同じ小隊全員に通信は届いているものの、誰もとやかく文句をつける者はなく、一様に皆の表情は暗かった。
『生還率0%』
それが、今回の任務で出された数字である。
この大隊に編入された約500人は皆、自らの死に向かって行軍しているのだ。
皆、出撃した時点で、既に二階級特進している。
「まだ、死ぬって決まったわけでもないんだから、『あの世』とか言うもんじゃないよ。ほら、言霊ってあるでしょ?言ったらその通りになっちゃうよ」
伍長に話しかけられたユウキ大尉が、あまり緊張感のない口調で返答する。
「あの……失礼ですが、大尉はこの作戦の内容を理解しておりますか?」
ユウキ大尉の伝説的な噂を聞いており、そのユウキ大尉に尊敬の眼差しを向けていた伍長も、流石に呆れたような声を出してしまう。
現在この国……いや、この星は正体不明の外敵から攻撃を受けている。
制宙権はほぼ奪われており、数か月前には、ついにこの惑星の一部も制圧されてしまっていた。
敵は、大量の無人機械兵器を送り込んできており、制圧した場所に、超巨大な前線基地を構築していた。
敵の正体もわからないため、交渉する事すらできずにいた。
『交渉できないなら戦うしかない』国が重い腰を上げ、徹底抗戦を決めたのが数週間前。そして、今回のこの作戦へと至る。
戦うために必要なのは情報だ。
この国は、敵の情報をほとんど何も持っていない。
差しあたってまず欲しいのは、敵前線基地の構造や戦力、技術や目的。それさえわかれば、反撃の糸口は掴める上に、大気圏外にもある敵基地への対処も可能になってくる。
そこで立案されたのが今回の作戦。
『敵基地に侵入し、生きている限り情報を送れ。弾薬が尽きても奥へと進め。撤退は許されない。一歩も進めなくなった時のみ、自爆装置起動による自決を許可する』
敵の戦力は、甘く見積もっても、この部隊の10倍以上であり、機体性能も敵の方が上とされている。
まさに死ぬための行軍なのだ。
この部隊の大半は犯罪者が占めている。
死刑台に立って『苦しみながら無意味に死ぬ』か、『自決による即死ができ、最後に意味のある死を迎える』か。
この行軍に参加している犯罪者は、この2択を迫られて後者を選択した者達だ。
そして、もちろん犯罪者でもない連中もいる。
自らの死を後世への礎にしようと、志願した連中である。
しかし、志願した連中全てを部隊に加えるわけにもいかなかった。
彼等は、この作戦の後の大事な戦力だ。100%死ぬとわかっている作戦で、大量に消費させるわけにはいかないのだ。
そこで、この作戦に参加希望する志願兵への条件を設けた。
『身元引受人がいない者に限る』
これが、その条件。
つまりは、死んだ時、死体を引き取ってくれるような人……その人の死を悲しむ人が、既に誰もいなくなっている者のみを選出した。
未知の敵からの侵略を受けてから、既に数年が経過している。
愛する人が全て死んでしまう、という不幸な人間も、多くはないが存在していた。
ユウキ大尉がどういった経緯で、この行軍に参加しているのかは、若い伍長は知らないが、この若い伍長は志願兵であり、生きては帰って来れない事をよく理解していた。
もちろん伍長はそれでも構わないと思っている。
両親も失った。親友や恋人も鬼籍に入っている。
生きているのが苦痛に思える日々を過ごしつつも、無意味な死は、失ってしまった大切な人達の手前、御免被りたかった。
それでいえば、今回の任務は伍長にとってもってこいだった。
だが、このユウキ大尉の言動はどうなのだろう?
自ら死地に向かっている事を理解しているのだろうか?
「……ああ、生還率0%の偵察任務。だっけ?」
伍長の問いに、少し間を空けてユウキ大尉は答える。
どうやら、何も知らないまま部隊に編入されたわけではないようだった。
「僕も若干不安ではあるよ。でも、こんなのは現場をわかってない頭でっかちな連中が机上の空論言ってるだけだろうから、そこまで神経質にならなくていいんじゃないかな?……皆そう言ってるよ」
「……皆?」
ユウキ大尉の言葉を聞いて、伍長の顔が曇る。
もしかしてこの人は、周りの人達に騙されて、この作戦に参加してしまったのか?そんな考えが頭をよぎっていた。
『アルファ01より大隊各機!敵が動き出した。斥候部隊からの情報によれば数はおよそ100機!』
不意に通信が入る。
状況を知らせるその声に、一気に緊張感が増す。
伍長もユウキ大尉との会話を止めて、視線を前方に向ける。
操作レバーを握る手に汗がにじみ出す。
『あまり戦力を分散させるわけにはいかない。向かってくる敵部隊の足止めはユウキ大尉の05小隊が行え!それ以外の各員は、05小隊が接敵したタイミングで敵基地に突入せよ!兵装自由!1秒でも長く生き延びろ!以上!!』
「え……?ユウキ小隊……だけ?」
通信を聞いた伍長は茫然とする。
敵の無人兵器の性能は、コチラの有する機動戦闘機以上と云われている。
なので、敵との戦闘は2人1組が基本となっている。
それなのに……
ユウキ小隊に編入された人数は、伍長や小隊長のユウキ大尉含めて10人。
どうやって100機の敵無人兵器を足止めしろというのだろう?
生きて帰れない事はわかっていた。ただ、あまりにも早く、あっさりと下された死の宣告に、伍長の思考は混乱する。
「0501了解!05小隊、敵部隊を殲滅する!」
伍長と違い、ユウキ大尉の声は落ち着いていた。
その声を聞き、伍長は我に返る。
「じゃあ行くよ。無理しない程度について来てよ」
何ともしまらない小隊長の激励である。
無理をしなければ、あっさりと死ぬだけなのに、この人は何を言っているんだろう?という空気が場に充満する。
ただ、そんな空気を気にする事なく、真っ先に隊長機が加速する。
伍長含め、05小隊全機が慌てて隊長機に追従する。
しかし、ユウキ大尉の機体との距離は縮まるどころかひらくばかりで追いつく事ができない。同じ機体の同じスラスターなのに、どう扱ったらあんな加速になるのか不思議なほどである。
敵影はすぐに目視できるようになった。統制された感じはまったくなく、乱雑にコチラへと向かって来ている。
敵の無人機は大小様々であり、機動性に優れた5m級無人機から、大型ジェネレータと大出力砲を搭載した25m級無人機まであった。
先頭を走るユウキ機は、そのスピードを維持したまま、背に装備されている長刀を抜く。超高周波ブレードとなっている長刀は、どんな厚い装甲も斬り裂ける優れものとなっている。
しかし……
「……敵には、長距離支援機も大量にいるのに……接近戦!?」
正気とは思えない無茶な突貫に、伍長は驚きの声を上げる。
その数秒後、伍長の想像通りユウキ機に凄まじい弾幕が降り注ぐ。
小隊の皆が『小隊長機撃墜』を連想する。
しかし、弾幕はユウキ機をすり抜けていくばかりだった。
正確には、すり抜けているわけではなく、全ての弾を回避しているのだが、曲芸じみた回避のため、弾がすり抜けている様にしか見えなかった。
ユウキ機は、回避しながらも前進し、敵部隊先頭にいる5m級無人機の頭部を、長刀で切断すると、そのまま横一文字に振るい、続く25m級無人機の腹部を一刀両断する。
2人1組で何とかなる相手を、あっという間に1人で2機撃墜するのを見て、小隊の皆が一斉に歓声を上げる。
「この人に付いていれば勝てる!」そんな気分になるような立ち回りだった。
どうやって機体の姿勢制御をすれば、あんな動きができる!?ユウキ大尉の反射神経は人間を超越しているんじゃないのか!?
そんな声が小隊から上がる。ただ、間違いなく士気は向上していた。
死を覚悟していたが、ユウキ大尉と一緒なら、もしかしたら死なずに済むかもしれない。そんな想いが湧き上がってきていた。
伍長もユウキ大尉に続こうと、50mmマシンガンを装備し、発砲しながら敵部隊へと近づいていく。
……しかしそこまでだった。
機体がエラー音を吐き出す。
あまりに突然すぎて、自分が攻撃を受けて動けなくなった事に、伍長は気付く事ができなかった。
そこから意識を刈り取られるまでは一瞬だった。
自分は物語の主人公にはなれなかった……最後の一瞬で伍長が悟れたのはそれだけだった。
『0504信号ロスト。0502信号ロスト。0507信号ロスト』
ユウキ大尉のコクピット内で流れ続ける機械音。自分以外の隊員が次々と撃墜されていく中、何を思っているのだろう?無言で機体を操縦するユウキ大尉の顔は鬼気迫るものがあった……
戦死してしまった伍長はじめ05小隊員は、この後の奇跡を目撃する事はできなかった。
『生還率0%の任務から唯一生還したジュン・ユウキ少佐』
驚異の3階級特進を成し遂げた、そんなユウキ少佐の伝説を……