番外編1.自分の立ち位置(sideクリストファー)
連載時にカットした、23話と24話の間のエピソードです。
「カイル、今日は流石に疲れたな……」
「殿下、オレもです。あまりにも色々ありすぎましたからね」
マリアを救出した翌日は怒涛の一日だった。
そもそも僕は、マリアが聖女だということは知らされていたけど、出自については何も知らなかった。マリア自身も知らされていなかったので、これに関して不満はない。
陛下は僕と兄上のどちらかにマリアを嫁がせるつもりで、娶った方にのみ出自を教えるつもりでいたらしい。今後この事実を公表するか否かは、マリア自身と養父母の意向を考慮して決める方針だ。
「マリアちゃんはナダル公国に向かうそうですね」
「あぁ。兄上も同行するそうだよ」
兄上の病は、実は魔力過多症と呼ばれる症状だった。
長患いで弱った身体をマリアの神聖力で癒し、魔術の知識が豊富なナダル公子の手ほどきで過剰な魔力を放出するやり方を覚えた兄上は、これから健康になっていくだろう。長年苦しんでいる姿を見てきたから、素直に嬉しい。
ナダル公子はハルモニア王国に大きく貢献し、その結果ハルモニア王家の庇護下にある聖女の力を借りることが出来た、という筋書きだ。マリアはあくまでクラウト伯爵の養女の元平民で、アクイレギア聖教国の王女ということは秘されたままになるため、こういう形を取ったのだ。
「マリアちゃんとアレクシス殿下が上手くいってくれれば、我が国は安泰ですね」
「そうだね。まさかマリアの初恋が兄上だったとはなぁ……」
幼い頃、王家の所有する静養地の離宮で過ごした兄上は、そこでマリアと出会っていた。
マリアの育ての父はアクイレギア聖教国の元騎士で、平民としてマリアを育てるためこの国に落ち延び、庭師の職を得て離宮の庭園を手入れしていた。育ての母も調理場の下働きをしていたため、マリアも度々離宮に出入りしていたのだ。
後ろ盾が弱く、難しい立場で育った故に気難しい子供だった兄上は、周囲から期待されていなかった。だからこそ離宮ではのびのびと過ごせていたので、使用人の子と遊んでいても咎められることはなかったのだとか。
元々僕には優しかった兄上だけど、マリアと居るときが最も素に近いのかもしれない。
「こんなことなら、最初からマリアは僕じゃなく兄上の管轄にしておけばよかったな」
「側妃の手前、難しかったんでしょうねぇ」
「母上がうるさいからなぁ……はぁ、二人には悪いことをした」
国王陛下は兄上を後継者に指名し、マリアとの結婚を命じるだろう。いや、命じなくてもきっと兄上はマリアを選ぶ。
僕ら兄弟には他に弟妹はおらず、現在この国の王族はとても少ない。僕は兄上と対立する気はなく、良好な関係を築いていると陛下には伝わっているので、争い回避のために他国に婿入りさせられることはないだろう。
そうなると、国内の有力貴族の令嬢と結婚することになるだろう。間違いなく公爵家のご令嬢が、婚約者の筆頭候補に上がるだろう。自分と兄の婚約者の座を狙う高位貴族の令嬢は何人もいるけど、政治的なバランスや王子妃の適性などを考えたときに、一番ふさわしいのは誰なのか。そう考えただけで、思わず顔が緩んでしまう。
「何考えてるのか丸わかりですよ、殿下」
「自室でぐらい構わないだろう」
「外ではキリッとしててくださいよー?」
浮かれているのが自分でもハッキリとわかるので、カイルの指摘通り気を引き締めていこう。まだ、彼女の気持ちを確かめたわけではないのだから。たとえ彼女の気持ちが自分に向いていなかったとしても、手放すことなんて考えられないけれど。
「それにしても、どうしてもわからないことが一つだけある」
「なんですか?」
「…………ヴィオは、何故兄上のことをアレクと親し気に呼んだのだろう」
「あぁ……」
ごく自然に、流れるようにそう呼んだのだ。まるで普段からそう呼ぶことが自然な間柄かのように。
ヴィオレッタの記憶は欠けている。もしかしたら、本人が忘れているだけで、実は兄上に懸想していたのかもしれない。幸いなことに、マリアと兄上が親し気にしている様子を微笑ましく見ていたので、今も気持ちが残っているわけではなさそうだけど。
「殿下、ヴィオレッタ嬢への気持ちを認めたんだったら、さっさと行動を起こした方がいいですよ。陛下に命じられたからって理由だけで結婚したくはないでしょう?」
「わ、わかってる!」
流石にもう、この気持ちから目を背けることはできない。想いが膨らみすぎて苦しいほどだ。
「ただ、今伝えるのは時期尚早だろう。ナダル公国のこともあるし、浮ついた気持ちでいてはいけない。女神の導き手と認められたヴィオもまだ混乱しているだろうから、落ち着いたころに……」
「うわー、それっぽい理由を並べ立ててるけど『僕まだ心の準備が出来てないんだよね……』って言ってるも同然じゃないですかソレ」
そんなことはない。断じてそんなことはない。
「まぁ、そんなヘタレな殿下の背中を押してあげるのも、俺の務めですからね。とりあえず外堀を埋めていくとしますか」
「ヘ、ヘタレって……」
「それ以外のなんなんですか!」
「うっ…………!」
カイルからの指摘がぐっさり突き刺さり、思わず寝台に突っ伏してしまうのだった。
第二部の構想があるので書きたいなと思いつつ、なかなか着手できない状況なので
未使用のエピソードを供養します。アレク視点とマリア視点も一本ずつと、
二部への導入も載せられたら……と思っております。




