12.掴みはOK!
「いたた……あー、焦ってても走るんじゃなかった。めちゃくちゃ痛いわコレ……」
淑女たるもの走るなんて言語道断!な世界だけど、人を待たせて遅刻するぐらいなら走ろうと頑張った。
結果、盛大にスッ転んだ。
誰も見ていないところで転ぶのってちょっと虚しいけど、淑女的には見られなくてよかった。
幸いパッと見てわかるところに外傷はないけど、足首を捻ってしまってジワジワ痛む。
しかし、ここまで頑張って走ったおかげで、あとは歩いても時間に間に合いそうだ。お茶会の間は座ってくつろいでいればいいので、足の怪我は誤魔化せるだろう。
(お茶会対策一人会議に根を詰めすぎて、肝心のお茶会に遅刻したらアホ過ぎるぞ私!)
1つの事に集中すると時間の感覚がなくなって、いつの間にか大幅に時間が過ぎているのは、前世でもしょっちゅうだった。
とはいえ根を詰めた甲斐もあり、なんとか方針も決まった。
安心してお茶会に出向くとしよう。
◇◇◇
「ヴィオレッタ様!」
そこにいたのはマリアだけで、クリストファー殿下と休み時間に会った殿下の関係者っぽい男子生徒はまだ来ていなかった。
王子より遅くなることは免れた。セーフ。
「マリアさん、ごきげんよう」
「はい。今日は午前の授業中、半日頑張ったらヴィオレッタ様と会えると思えば、いつもより勉強を頑張れました」
可愛いことを言ってくれるじゃないか。
ここで「お茶会が楽しみ過ぎて授業が身に入らなかった」ではなく、楽しみがあるお陰で頑張れたと言うところが真面目で好感が持てる。これがヒロイン力ってやつなのか。
「私も凄く楽しみにしていたの。殿方もいらっしゃるので、お菓子だけじゃなくて軽食も用意したわ」
「わぁ……!」
準備のため先に来ていたリラと、殿下の侍女らしき人達がテーブルセッティングをしている様子を見て、マリアは感嘆の声を漏らした。
「貴族の方々のお茶会って、華やかで美味しそうで、本当に素敵です……!」
「喜んでもらえて嬉しいわ。お口に合うとよいのだけど」
優雅に見えるよう控えめに微笑みながら、今の発言からマリアが貴族社会に馴染みがないことを察した。
(やっぱり、元平民なのかな?流石ヒロイン……あれ、なんかあの侍女がこっちを見てるような)
リラと準備しながらこちらをチラ見してくる侍女が居る。なんだか顔色が悪い、ように見える。マリアに何か目で訴えているようだけど、当のマリアは侍女の視線に気付いていない。
「この学園ではまだお友達がいないので、こういう華やかなお茶会は初めてなんです。至らないこともあると思いますが……」
「いいのよ、楽にして頂戴。たった四人のお茶会だもの、マナーは気にせず楽しく過ごしてほしいわ」
「ありがとうございます。でも、まだ未熟だからこそ、場数を踏んでちゃんとした作法を身に着けたいんです」
マリアのこの発言で、侍女の顔色が更に悪くなったように見える。
(うーん、今の発言も、マリアが元平民だって裏付けるような内容だなぁ)
この国の貴族令嬢は、学園入学前からお茶会を重ねて横の繋がりを持つのが一般的だ。
現にヴィオレッタも幼い頃はあちこちに顔を出していたようだし、その頃には数名は友人と呼べるような相手がいた。ただ、ヴィオレッタがお茶会に出なくなり段々と疎遠になってしまった。学園入学後に再会しただろうけど、生徒会に入り浸っていたため旧交が温まる機会もなさそうだ。
人間関係が広がったらそれまでの輪から離れてしまうのはよくあることだ。
前世でオタ活をしていた時、ジャンル移動をしても付き合いが続く友人は一生モノだから、大事にしようとよく思ったものだ。
すなわち、お茶会の経験も横の繋がりも無いマリアは、まず間違いなく生粋の貴族じゃない。
そして侍女の様子から察すると、そのことが周囲にバレたらまずいのだろう。
(安心してね!私は何も気付いてないフリをするから……!)
侍女に目配せし、マリアに気付かれない程度に軽く頷いてグーのサインを出す。
こちらの意図を察したようで、深く頭を下げられた。
「では、わからないことは何でも聞いて頂戴。マリアさんが今日を楽しく過ごせたら、次のお茶会の約束をしましょうか」
「えっ!?」
「だって私、あなたと仲良くなりたいんだもの。いいかしら?」
「……はい……!」
私たちは別学年で、普通に学園生活を過ごしていたら接点を持つのが難しいので、なんとしても今日仲良くなっておきたい。お茶会開始前に自らハードルを上げてしまったけど、マリアは最初からヴィオレッタに好意的なので、ヘマをしなければなんとかなるだろう。
◇◇◇
ここまでの一部始終を少し離れた物陰から見ていたカイルには、驚きの連続だった。
「マリアちゃんにはもっと慎重になってもらわないと、ボロが出まくりだな……はぁ、今までクラスで親しい友人が出来てなくて、逆に良かった!」
元平民の出自を隠すようクラウト伯爵から言われているはずだし、学園での言動には気を付けるよう殿下からもそれとなく伝えていたけど、あまりにも気が緩みすぎている。
というよりも、何がセーフで何がアウトなのか、よくわかっていないのかもしれない。
(ミラン嬢、めちゃくちゃ察してるよなぁアレ。侍女にもフォローを入れるってことは、マリアちゃんの事情は見て見ぬフリをしてくれるのか……?)
一般的な貴族の令嬢なら、マリアの言動が貴族らしくない時点で苦言を呈すか遠ざけるかするだろう。
ましてや、生粋の貴族令嬢じゃないとわかる発言を聞いたら、騒ぎ立ててもおかしくない。
しかしヴィオレッタは、どの行動も取らないどころか、マリアに寄り添う姿勢を見せている。
「よほどマリアちゃんを気に入ったのか?それとも、ミラン公爵からマリアちゃんの存在を知らされていて、取り入ろうとしてる……?どっちの線もあり得るからなんとも言えないなー……」
「何があり得るって?」
「あ、やっと来た殿下。まだ始まってないのに、既に二人の会話がやばいですよ」
「……何かあったのかい?」
所用で到着が遅れていたクリストファー殿下が到着したので、今見聞きした事を簡潔に伝えると、殿下も言葉を失っていた。
「マリア……あれほど言動には気を付けろと言ったのに……いや、それより彼女はどこまで知ってるんだ!?」
「それは俺にもわかりませんよ!彼女に何か裏があるのか、ただ単純にマリアちゃんの事情を察して配慮してくれたのか……気を取り直して、探りに行きましょう」
「そ、そうだな。待たせてしまっているし、早く向かおう」
そうして二人は内心の動揺を抑えて、お茶会に合流した。




