鬼婆さん、包丁持って追いかける
包丁を持ったまま追いかけてくる『鬼婆』から逃げる、というコンセプトの謎のゲームがWEBで公開されて各所でざわついている様子。背後から追いかけてくる『鬼婆』から逃げ切れなかった場合には『GAME OVER』となるが、日本に古くからある伝説、伝承をイメージすれば「彼女」に捕まったプレイヤーのその後の運命は推して知るべし。多くは語らない。
『なんかこれ絶対に逃げ切れなくない?』
SNSを中心に報告された情報によれば、よくあるWEBのゲームの体にしては難易度が高すぎるらしく早々に「クソゲー」認定されそう。わずかばかりゲームの心得を有するわたしも挑戦してみたけれど、やっぱり何度プレイしても「鬼婆さん」に捕まってしまう。
「足が速すぎるって!!」
これも『伝承』からなのか鬼婆さんはご高齢にも関わらず猛烈なスピードで追いかけてきて、少しでも判断に迷ってるとすぐに追いつかれてしまう。プレイ初日はクリアを諦めて、二日目にリベンジしてもやっぱり逃げ切れない。なんだか時間を無駄に費やしてしまったような感覚になりゲームで途方にくれてしまった夜、突然こんなメッセージが来た。
『久しぶり、元気にしてる?』
大学時代のバイト先の居酒屋で一緒に働いていた一つ上の先輩の「友香里さん」だった。都合の悪い日のシフトを変わってもらったりカラオケ代を奢ってもらったりした恩があり、とにかく『爽やかな人』という印象が強い。卒業してからは殆ど連絡を取ったことは無かったけれど、あの時から結構時間が経ってるから友香里さんはどうしているのかなと時々思い出すことがあった。
『お久しぶりです!元気にしてます』
と、すぐに返信したらそこから自然に会話が始まった。
『実は明日○○市に行く予定があって、そういえば理紗ちゃんが住んでたと思い出したの』
『はい、今もそこに住んでます』
『明日どこかで会えたりするかな?』
『大丈夫ですよ!』
次の日が土曜日だから都合がとてもいい。少し気を利かせて近場で一番オシャレで『ファンシー』なお店を指定してそこで待ち合わせをすることにした。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「めっちゃ可愛いね。アガる!」
友香里さんは店内の壁に飾ってある愛らしい「キャラクター」のオブジェに感激している。それもそのはず、この喫茶店は日本人にはお馴染みのキャラクター達で有名な企業とのコラボで誕生したコンセプトの喫茶店でお客さんがほぼ女性だけという特殊な空間。バイト先で友香里さんがいつもあるキャラクターのグッズを身に付けていたのを覚えていたので、ここが絶対に気に入ると思ったのだ。ピンクや淡い水色の色合いが至る所に施されているので夢の中にいるかのような感覚に。
「ここは是非紹介したかったお店なんですよ。料理も可愛くて」
「ありがとね。理沙ちゃん、実はこんな場所でいきなりなんだけど…」
何かを躊躇うように友香里さんがモジモジし始めた。若干の不安を覚えはしたものの、彼女の性格上悪い話ではないんだろうなと思って身構えていると、
「わたし、この間プロポーズされちゃったの!」
と突然の告白。内心「えっ」と思ってしまったけれど、確かにそういう話であればわたしに報告したかったのだとそこで理解できた。
「え、おめでとうございます!その場でオッケーしたんですか?」
「一応ね。気持ち的にはもうオッケーだったんだけど、ちょっと特殊な事情があって…」
「特殊な事情ですか?」
「相手が「住職さん」なの…」
「へっ?」
「住職」というそのワードでなんとなく想像できることはあったけれど、色々衝撃的なのでなんと答えたらいいのか分からなくなる。運良く定員さんが注文伺いに来てくれたので、一旦ケーキとコーヒーをそれぞれ頼んでから水を飲んで一息つく。心が落ち着いてから、
「そうなんですか。住職さんだとやっぱり特殊なんですか?」
「結構『覚悟』が要るかも。でも、とても誠実な人だし『この人とだったらやってゆけそう』と思えたの」
実際、彼女から色々話を伺っていても大丈夫なような気がする。写真も見せてもらったけれど、温厚そうな笑顔でよく分からないけれど『後光』が射しているように見える。友香里さんはそれから「お坊さん」という存在について少しレクチャーしてくれた。『お勤め』とか『勤行』とかわたしには馴染みの薄い言葉でぼんやりとはイメージできたものの、周囲をファンシーなキャラクター達に囲まれているせいかすぐに印象が消え去ってしまう。
「彼とはどういう風に出会ったんですか?」
思い切って話しやすい方に話題を変えてみる。
「実はその日、わたし何故か『お猿さん』に追いかけられたの」
「えっ?」
「野生のお猿さんが里に降りてきたって時々ニュースになるんだけど、運悪く一匹に遭遇して偶々コンビニスイーツを手に持ってたから狙われちゃったの」
これまた衝撃的なお話。焦りつつ「それでどうなったんです?」と訊ねると、
「そこに彼が現れて追い払ってくれたの。時々寺にも現れるらしくって慣れてたみたい」
「『出会い』がそれですか…人生って分からないものですね、、、」
そのタイミングでケーキが運ばれてくる。デコレーションが想像以上。味わい深いお話と一緒にクリームを味わいながら『お坊さんが助けてくれる』シーンを脳に浮かべていると、何か最近のことで引っ掛かる部分があるなと感じた。なんだろう、何かに似ているような…
「あ」
閃いてしまったわたしの発した声に友香里さんが目を見張っている。
「あ、ごめんなさい。わたしちょっとあることを閃いてしまったんです」
いそいそとスマホを操作して例の鬼婆さんのゲームを起動させる。友香里さんの前でちょっと失礼かなと思ったけれど、プレイヤーを一見するとなんでもないような背景に見える『お寺』の方に誘導した。迫ってくる鬼婆さんが飛びかかってくる寸前、お寺から『お坊さん』が現れて鬼婆に対峙。何故かその後、お坊さんと鬼婆と2Dの「格闘ゲーム」が始まって、操作法がわからないながらもなんとなく技を繰り出せて辛くも鬼婆さんに勝利。『WIN』という文字列が表示された画面でゲームクリアのエンディングが始まった。
「え?それなに?」
友香里さんが困惑しているので「このゲームをクリアする為の鍵がお坊さんだったんです」と説明。鬼婆の伝承の中でお坊さんが退治したという記述があって、それがヒントだったのだと思われる。しみじみした気持ちで友香里さんを見つめ、
「たしかに、その人だったら大丈夫かも知れないですね」
と一言。ただ、ファンシーな空間に鬼婆さんは場違い感が凄い。と思いきや調べてみると世の中にはその鬼婆さんをゆるキャラにしたグッズも存在する模様。いっそのことお坊さんもキャラクターにしてしまったらいいんじゃないかという考えが頭を過ぎりそうになった。