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レーヴェルランドの女王とベルハルト王国の第二王子 6

 

「ここが帝国との国境か」


 夕刻、一行はカルディス帝国の国境近くに位置する、ベルハルト王国の草原に降り立った。

 おそらくここが帝国との戦場になるのだろう。アリシア達の下見も兼ねていた。

 ベルハルト王都までは普通の馬で1日も走れば、到着する位置だ。王都までの途中や草原の周囲にいくつか村や町は点在しているが、幸いに飛竜は人の目に触れる事なく、草原に着地した。

 見つかれば大騒ぎになるので、もうすぐ日暮れになるが、ミリアは飛竜を連れてこのままレーヴェルランドに戻ると言う。


「ミリア、礼を言う。気をつけて戻れ」


「アリシアもね。気をつけて。勝利を祈ってるわ。みんなにもよろしくね」


 ミリアはそう言うと、飛竜に乗って去っていく。聞けばミリアは戦士ではなく、飛竜の専属飼育員らしい。

 残された一行は、街に向かって身体強化をかけて走っていくことになる。


「ここから2時間も走れば、宿場街に到着する。遅くならないうちに入るぞ」


「わかった。案内を頼む」


 アリシアが頷くのを確認して、リュシアンを先頭に、皆が馬を駆るのとそう変わらない速さで駆けて行く。

 飛竜の上でそれぞれ話もしたのだろう。謁見の時よりは、互いに数倍気安い雰囲気になったような気がする。


 リュシアンなど、今朝方は怖くて近寄りたくないなどと言っていたミーシャと意気投合したようだ。二人で先頭を走りながら、楽しげに言葉を交わしている。


 そうして日が暮れてしばらくしてから、一行は街に入ると、リュシアンは手際よく街で一番の宿を取った。

 それぞれの部屋に落ち着いた後、夕食には遅めの時間となってから、全員で食堂に集合した。レオンハルトの身分や女性達の見目の良さに対するトラブル防止の為、食堂を貸し切ったからだ。

 他の客はいないが、念の為防音結界を張っておく。


 宿に用意して貰っておいた食事をそれぞれ手にして、中央の大きなテーブルを囲んで座る。

 好きな飲み物をコップに入れて、それぞれ食前の感謝の祈りを唱えてから、食事に手をつけた。


「先程馬の手配を済ませてきた。明朝早目にここを発って、遅めの午後には王城に入れるだろう」


 リュシアンがそう口火を切る。どうやら街に出て、人数分の馬を確保してきたらしい。


「行程が大幅に短縮出来たからね。アリシア達のお陰だ。ありがとう」


 レオンハルトが、女性達に礼を述べる。

 すると、アリシアが顔を上げてレオンハルトを見ながら言った。


「志願者300揃ったらしい。皆、それぞれ王都に向かっているそうだ」


「あら、早かったわね。さすが女王案件」


 ミーシャが感心したように手を叩いた。


「え?なんで当たり前に話してるの?それどこ情報?」


 近衛騎士のバーレルがギョッとしたように二人を見る。するとアリシアは、額の聖石を指差した。


「これ。女王の聖石はいろいろ便利」


「……規格外だね。ホントに」


 レオンハルトが溜息をつく。最早、少々の事では驚かない。詳細を聞いても、きっと理解は出来ないだろう。


「じゃあ、5日のうちに皆揃いますね〜 久しぶりに会えるの、楽しみですぅ」


「セイレーン、ベルハルトは戦争になるのよ?言葉に気をつけなさいね」


 胸の前で両手を合わせて嬉しそうに声を上げたセイレーンを、セシルが優しく窘めた。


「そうでしたぁ。ごめんなさぁい」


 素直に謝ったセイレーンに苦笑して、レオンハルトは首を横に振った。


「いや、君達を見ていると、カルディス帝国の侵略なんて、大したことないように思えてくるから、不思議だよ」


 すると、リンゴジュースを飲んでいたアリシアが、カタンとコップをテーブルに置いて、ポツリと言った。


「侵略戦争に勝つのは難しくない。大変なのは、出来るだけ殺さないこと」


 相変わらず無表情だが美しい顔で、淡々と呟いた内容がいささか物騒で、ベルハルトの男達は、動きを止める。


「……アリシア?」


 思わず彼女に呼びかけたレオンハルトを、その菫色の瞳でまっすぐに見つめると、アリシアは続けた。


「死者が多いと軋轢が生まれる。敵国とはいえ、必要以上に関係を悪化させない方がいい」


「そうねえ。レーヴェルランドとして身分を明かして仕事する以上、私達もあんまり酷い噂が立つのは避けたいわ」


 この後の仕事に障りがあるのもね……と、ミーシャが大きく頷きながら同意した。


「カルディス帝国に撤退を促しつつ、これ以上侵略戦争を繰り返したくなくなる程度には打撃を与えて、レーヴェルランドとベルハルト王国の両者の悪評が立たないように、よく見極めないといけないわね」


「そうですよねぇ」


 セシルの言葉に、セイレーンも水色の髪を揺らして頷いている。


「ちょっと待ってくれ。君たちは一体……」


 レオンハルトは思わず言い淀んだ。


(……一体なんの話をしている?)


 カルディス帝国軍は、王国の二倍以上の兵力をこの侵略戦争に投入してくるという情報だ。

 それを、出来るだけ殺さないよう、軋轢を残さないように、上手くさじ加減をした上で撤退させる?

 勝つことを前提に、随分と余裕がある戦略だ。

 いや、きっと彼女達は、カルディス帝国の侵略の規模を過小評価しているのかも?

 それに、帝国の血濡れ皇帝ヴォルフガインのことを知らないのでは?


 思わず、レーヴェルランドの女性達に言って聞かせなければ、とレオンハルトが口を開きかけたとき、アリシアがその瞳を瞠って、まるで花が開くように嬉しそうに微笑んだ。


「あ、これ、美味しい」


 彼女が口にしたのは、サーモンのフライにタルタルソースをかけた一品だった。

 初めて見るアリシアの表情に、ベルハルト王国の男達は、ポカンと口を開けて見惚れている。


「…………」


 そして、その様子に思わず気が抜けたレオンハルトは、腹の中から可笑しさが込み上げてきて、クスクスと小さく笑ってしまった。

 侵略戦争の話の間、いやそれどころか、普段は全く動かなかったアリシアの表情が、夕食のおかずの味に劇的に変化したのが、なんだか可笑しくて。


 ここにいる男達は、ベルハルト王国存続をかけた戦いを前に、決死の覚悟を持ってカルディスを迎え撃つつもりだったのに、レーヴェルランドの女性達に出会ってから、調子が崩されっぱなしだ。

 特級魔獣の飛竜の番を一人でサクッと倒したとか、卵を孵して飼いならすとか、サラっと当たり前のように話す彼女達は、強すぎるからなのか、何事にも余裕がある。


「まあ、アリシアは本当にサーモンが好きねえ」


「だって、レーヴェルランドじゃ滅多に食べられない。でも今日は朝食にもサーモンが出た。幸せ……」


 つい先程までの会話が嘘のような、目の前で交わされるミーシャとアリシアの平和的なやり取りに、


「今度王都で、美味しいサーモンが食べられる店に案内するよ」


 もしかしたら、戦争の決着なんてあっという間について、平穏無事な日常が、またやってくるのかもしれない……と、そんな予感がして、願をかけながら、話に乗ってしまったレオンハルトだった。





 《空の上での会話集》



 ミーシャ(24)✕リュシアン(28)(近衛騎士隊長)


「生きているうちに空の旅をするとは、思ってもみなかったよ」

「ふふっ……乗る前は、あんなに嫌そうにしてたのに」

「竜の討伐に参加したことがあるからな。飛竜がこんなに大人しいなんて。改めてアンタ達が怖くなったよ」

「あら、口ばっかり。ずっと隙を狙ってるでしょ?」

「……怖いねえ、ミーシャちゃんは」

「残念ながら、この仕事の間は間違いなく、私達は貴方達を守って差し上げますわよ?」

「俺は守ってあげたくなるような女の子が好みなんだよなあ」

「そう。じゃあ、レーヴェルランドの女は皆、あなた好みではないわね。残念だわ」

「あれ? 俺、ミーシャちゃんの範囲内?」

「そうねえ。顔と身体は良いと思うわ」

「偶然だね。俺もミーシャちゃんの顔と身体は理想的」

「あら。じゃあ、お仕事が無事に終わったら、お互いを知ってみるのもいいかもしれないわ」

「それは楽しみだ。この戦争が終わったら、ぜひ」

「ところで、私に聞きたいことが、あるんじゃなくて?」

「やっぱり、怖い女性だな。話してくれるのかい?アンタ達のこと」

「もちろん。お仕事仲間になるんですもの。喜んで……(作戦上必要なことは、お話しますわ)」




 セイレーン(20)✕バーレル(23)(近衛騎士)


「大丈夫ですかぁ?」

「ああ、その……結界ありがとう。これきっと外は凄い風だよな」

「そうですねぇ。でも、寒さの方がやばいかもぉ」

「だよな。なんか、快適で、現実感が薄いのかな? あ、温度調整の魔法も掛けてくれてる? 凄いね。お陰で、寒くないし、怖くない」

「高いところ苦手ですかぁ?」

「どうだろう。なにせ初めてだからさ。景色は素晴らしいけど、ガラス1枚向こうの感じで。飛竜もさ、こんな風に人間の言う通りに飛んでくれて、嘘みたいだ」

「愛情込めて可愛がって、躾しましたからねぇ」

「…………可愛がって、躾、ね。セイレーン殿が言うと、ちょっと」

「セイレーンでいいですよぉ。私もバーレルって呼びますねぇ? で、ちょっと、なんですかぁ?」

「あ、うん。こんな可愛らしい女の子が、飛竜の躾って、結びつかなくて、さ」

「あら〜、私これでも女王サマの側近なんですよぉ。レーヴェルランドの現役戦士組でも、五本の指には入っちゃうんですぅ」

「……そうなんだね(……飛竜よりもよっぽど、セイレーンが怖いと思う)」




 セシル(30)✕ジェイド(27)(王宮魔法師)


「素晴らしい結界魔法ですね、セシル殿。無詠唱で、これを?」

「そうですね。私達レーヴェルランドの女は聖石……女王の額にあった石ですけど、あれと同じような石を身体の何処かに持って生まれてくるんです。聖石を通して魔法を使うので、詠唱はいらないんですよ」

「それは、すごい!貴方の石は……見せてくださいとお願いするのは、失礼ですか?」

「ふふっ、そうですね。肌を見せ合う恋人なら」

「あ!す、すみません。失礼しました!」

「いいですよ。それより怖くなければ、下の景色をご覧くださいな。今日は天気が良いから、キレイですよ?」




 ミリア(19)✕サイモン(25)(近衛騎士)


「あの、ミリア殿。飛竜の世話をしていると聞いたが……」

「はい。3年前、女王が孵化間近の卵拾ってきて、任されました。私、戦士には向かなくて、薬師になろうかな?って思ってたんですけど、女王に専属の飼育係に任命してもらいました」

「それは、大変だった?のか?」

「赤ちゃん竜の頃は、もう本当に大変で。私を親だと思って、後追いがすごいし。エサは生き餌、しかも魔獣なんですけど、5頭分を狩ってくるの大変だし。セイレーンや女王に随分助けてもらいました」

「……」

「魔獣だから魔法も使うし、飛竜達はじゃれてるつもりでも、洒落にならないんですよね。女王とセイレーンの雷が何度も落ちてましたよ。だから、あの二人には絶対服従です。私には甘えてくれますけど」

「飛竜が……甘える?」

「時々竜舎で一緒に寝るんですよ。寝顔が可愛いんです」

「…………魔獣に対する意識が変わりそうだ」

「それ、危険ですよ。普通の魔獣にとって人間は捕食対象ですからね。この子達が特別なんです。忘れないでくださいね?」

「…………」

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