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後日譚 13 国主の資質

 部隊本拠地にある一室では、ユンとルーウェンが向かい合って座っていた。

 ルーウェンのすぐ後ろにはタオが立ち、アリシアとヴォルフは扉近くで並んで控えていた。


 ルーウェンから、今回の一連の事件について聞かされたユンだが、何が問題だったのか? 彼女には理解できていない様子だ。


「何がいけなかったのです? 私達は強く在りたかっただけ。それが、この地をずっと守ってきた」


 凛々しく美しいと評されるその顔には、自分は正しかったという自信が浮かんでいる。星家にも天皇家にも利があることだと、頑なに信じているのだ。


 先程から並行線なこのやり取りに、とうとうヴォルフが口を開いた。


「守る為と言いながら、お前達は何をした? 魔獣の核を植え付けられてキメラに変えられた者達は、そう望んでいたのか?」


「でも! この地の民ならば、誰よりも強く在りたいと願っているし、魔獣や外部からの侵略者に備えなければならない」


 部外者ながらも、暴走状態の魔獣を周囲の被害なく一撃で倒したヴォルフというこの男は、ユンの興味の対象である。彼にも自身のことをわかって欲しくて、投げられた問いに、懸命に言葉を重ねる。


「外部から来る者が侵略者とは限らないだろう? なのに、子供達や領民達に過度な不安を与えて、戦いに駆り立てたのか?」


「例え今はそうだとしても、ここには強力な魔獣も多くて、いつだって魔獣の脅威に晒されている。

 それに、異国には、優れた魔道具があって、強力な軍もいると聞いたわ。この美しい神の子の国を、手に入れようと攻めてくる国があるかも知れない。

 だから、いつかやってくる危機に備え、優れた魔獣の力を取り込んで、最強で忠実な軍隊を作らなければ、と」


 ヴォルフを見つめて言葉を重ねるユンに、ルーウェンが皮肉げに笑って口を開いた。


「そんな大義名分のもと、いつか国を自分達の好きに動かしていくような野望を抱くことになるのかな」


「そんなこと!」


「ないとは言えないね。それに君達が選んだ方法は、明らかに非人道的だ。領民をまったく大事にしていない」


「…………」


 黙り込むユンに、再びヴォルフが続ける。


「国の在り方は、王と民が決めるもので、正解はない。でも、お前達は明らかに人としての道を踏み外した。人や魔獣を融合させて、不自然な形で命を弄ぶような事をしなくても、この国は孤立し独自の文化を発展させることで、今も平和に存続している」


「でも、それでは外の国に遅れを取ってしまう」


「それを怖れる必要があるのか? ここは自然の要塞に囲まれている。自衛だって出来る。他国がここを手に入れようなどと動くことは、得策ではないし、非合理的だ」


「そんなこと、誰にもわからないわ!」


「今、大陸は北部の国々で成る北部連合。大陸西部と中央部、南部の西側にかけては、帝国とベルハルトを主にした同盟国。一部そこに含まれない独立した国々もあるが、概ね平和で他国への侵略を考える国は殆どない。中央から南部は不可侵の壁があって、戦争を起こして攻め込むことを考えるのは南部にとって不利だ。平和的に上手くやっていくことで均衡が取れている。

 そして、隔離された東部から北東部にかけたこのシャウエンは、五大貴族が上手くバランスを取り、この国の中で争うこともなく平和に成り立たせている。時々は愚王が出たり、碌でもない当主が出たりするだろうが、外の国に影響を与えたり、巻き込んだりもしていないだろう?」


「それは、そうだけど……」


 淡々とヴォルフに事実を述べられて、ユンは次第に反論の言葉を失っていき、やがて何も言えずに俯いた。


「……君たちは、いつからそんなふうに……どうして?」


 ルーウェンも、何故こうなってしまったのか? こうなる前に防げなかったのか? そう悔やんでしまう。

 アリシアは、そんな彼の隣に歩み寄り、俯くユンを無表情に眺めながら、ルーウェンに言った。


「ルーウェン、理由なんて重要じゃない。

 自らの手足を使って周囲の状況を調べもせず、もたらされた情報だけで、星家の方針を決めた五大貴族家の当主たる者に、領主としての資質がなかったんだよ。

 帝国の歴史を思い出してみて。権力のある者が資質を欠くとどうなるかを」


「そうですね。そして、この裏には月家の者がいる。星家に誇張した情報を尤もらしく伝え、この計画を進めさせた者が。

 月家の、ウェイリーかな?」


「月家の?」


「はい。魔獣の研究に魅入られた男。月家の傍系で、天才魔獣学者と呼ばれていましたが、非人道的な実験により本家から危険視されていて、5年ほど前に行方不明になった人物です。月家から捜索願いが出ていたんですが、皇家の影の者が発見し、ここで研究を続けていると」


「なるほどね。そのウェイリーっていうのが、さっき文句を言ってきた人?」


 会話を続けるアリシアとルーウェンの後方で、ヴォルフが扉向こうの気配に気が付き、徐ろに扉を開いた。


「ええ。先程拘束して影の者が監視しているので、これからゆっくり取り調べます」


「それはこちらでやっておこう。星家の者達も、こちらで預かるよ」


 ルーウェンはアリシアに答えながらも、後方を振り返り、彼に言葉を返した人物を見て、立ち上がる。

 ユンも慌てて立ち上がり、礼を取った。

 ゆっくりと入室してきた男は、年の頃は20代前半位のルーウェンによく似た面差しをした秀麗で品のある男と、その護衛。


「…………」


 ヴォルフはアリシアに並び、二人は軽く目礼した。おそらく、彼がルーウェンの兄、皇太子であるライデンだろう。

 ライデンもヴォルフ達を認識しているのだろう。軽く目礼を返してきた。

 ルーウェンはそのやり取りを見て、そのまま話を続ける。


「……兄上、もういらしていたんですね? 相変わらず、素晴らしい采配です。全て見立て通りでした?」


 このタイミングでこの場所に現れた兄に、彼が今回の件に以前から気が付いていて、調査しつつ、自分達を上手く動かしたということに、ルーウェンは思い当たった。


「参ったな。ルーウェンの手柄にしたかったのに」


 申し訳なさそうに笑ったライデンに、ルーウェンは続ける。


「星家の当主が、僕にユン姫との結婚を急かしてきたのも、自分達の行いを正当化させてしまいたかったからですか?」


「どうだろうね? 賢いルーウェンが、彼らの思惑通りに動くなんてこと、あり得ないのにね。本当にお前は、次代の天皇に相応しいよ。それに比べて、ユン姫? 君には失望したよ」


「ライデン殿下! 私は……」


「ああ、ここではもういいよ。後でホンタオと一緒にゆっくり話は聞かせてもらおう。タオ、ユン姫を護送の馬車までお連れしてくれ」


「はい。行きましょう、姫」


 タオはチラリとルーウェンを見て、彼が頷くのを確認すると、項垂れたユンを連れ部屋を出ていく。


「兄上、冗談は程々に……次代は僕ではありませんよ。諦めて下さい。誰がなんて言おうと、未来の天皇は貴方です」


「いや、冗談ではないよ。私の封印は誰にも解けないからね。だから、次代にはお前を推しているんだ。その為に異国に旅することも応援したし、経験も積ませただろう?

 それに、ルーウェン、お前は賢いだけじゃなく、素晴らしい人脈も築いたようだ。資格は充分だよ」


 ルーウェンがここで敢えてこの話題に触れるのは、おそらくアリシアに聞かせるため。

 またライデンの方は、ヴォルフとアリシアにルーウェンを説得させたい思惑もあるのかもしれない。

 ならば……と、アリシアはライデンの前に立った。


「資格なら、貴方にも充分あると思うけど? むしろ腹芸が達者な分、ルーウェンよりよほど適任だと思う。ルーウェンは素直すぎる」


「同感だな。適性を見るなら、天皇としての才は、ライデンにあるだろう」


 ヴォルフもアリシアの隣に立ち、同意する。


「お前達! 不敬だぞ!」


「待て! 彼らは、この国の民ではない。僕の命の恩人で、他にも大恩ある人達だ」


 ライデンの護衛が剣を抜きかけたのを、ルーウェンが慌てて遮った。

 アリシアの前に立つライデンは、二人に顔だけは笑って返す。


「あなた達はずいぶんとわかったようにものを言う。でも、この国の民でないからこそ、後継問題に気安く口を挟んで欲しくはないかな?」


「兄上……」


 ルーウェンがオロオロと兄とアリシアを見るが、兄に冷たい口調で言われた彼女は、まったく気にしていないようだ。


「そうだね、確かに越権行為だったね。でもライデン殿、何もわからない者達というのは、ちょっと違うかな」


 アリシアは一度ヴォルフを見上げて視線を交わすと、サラリと髪に手を滑らせて、黒髪を淡い金髪へと戻し、額に巻いてある布を外して口を開いた。


「ヴォルフは元皇帝だし、私は現役の女王だ」


「「え?」」


 ライデンとルーウェンが揃って声を上げるが、アリシアはそのまま名乗りを続ける。


「彼は、ヴォルフガイン・ゲオルグ・フォン・カルディス。カルディス帝国の先代皇帝。そして、私はレーヴェルランド第63代女王、アリシア・シェリル・ラ・クィーヌ・レーヴェルランドだ。」


「今は、皇帝をやめて、ただのヴォルフだがな」


 アリシアの額に輝く、濃い紫に金の粒子が混じる聖石と、続いたヴォルフの言葉に、二人は驚きを隠せない。

 ルーウェンは呆然としながら、思いつくまま尋ねていた。


「その額の石……それに……皇帝を、やめた? あの、亡くなったっていうのは……」


「帝国を平和的に治める為政者としての適性は、妹の方にあったからな。

 ベルハルト王国から最高に良い婿が来てくれたから、俺はこいつの伴侶になるために引退した。で、口説き落として、3年かけてやっと妻に出来た。まだ新婚だぞ?」


「ヴォルフ……それはちょっと」


 ヴォルフの余計な一言にアリシアが突っ込もうとしたところで、ライデンが驚きから覚めて、感極まったようにアリシアを見て呟いた。


「聖石……レーヴェルランド……まさか……」


「兄上?」


「貴女は、女神の意志を継ぐ者?」


 ライデンの問いに、今度はアリシアが目を瞠る。


「良く知ってるね」


「⁉ 古い文献で目にした事があります。まさか本当に実在していたなんて……失礼しました、女王陛下」


 アリシアの肯定に、ライデンの顔は喜びに輝き、彼女の前に跪いて礼を取った。女王へというより、神を目の前にしたようなライデンの様子に、アリシアの表情が若干強張る。


「いいよ、別に。気にしてないし、立って欲しい。

 それに、貴方が天皇をルーウェンに譲る理由がその封印だというなら、解くけど?」


「は?」


 立ち上がろうとしたライデンが、アリシアを見て、固まる。


「あの……アリシアさん出来るんですか?」


 ルーウェンが、兄の疑問を代弁した。

 額の聖石を輝かせながら、確認するようにもう一度ライデンを見て、アリシアが頷く。


「うん。かなり複雑に絡み合ってる上、ライデン殿自身の魔力を封印の枷に回してるんだね。一つ一つ解いていくのに手間はかかるけど……うん、出来るよ」


 それを聞いたライデンは、今度は力が抜けたように再び膝をつくと、うつ向いて肩を震わせた。

 ルーウェンはそんな兄に寄り添って、アリシアに何度も礼を言うのだった。






 アリシアとヴォルフはその後、ウェイリーから聞き取りをして、暴走の原因について今迄のデーターを調査した。

 結果、強い怒りとか恨みとかの制御できない感情が、ヒトに埋め込まれ結合した魔獣の核を暴走させるトリガーになり、理性をなくし凶暴化した魔獣のようになると結論づけた。


「他の子供達も切り離せはしないけど、暴走しないように封印は出来ると思う。能力は制限されるけどね」


 埋め込まれたものはもう、子供達の一部になっていて、切り離せない。アリシアに出来るのは、魔獣の力を封印し、感情の変化が魔獣の核に影響しないよう遮断することだ。

 純粋に強さを求めていた者にとっては、今迄使えていた能力をずいぶんと制限されることになり、苦労するだろう。


「本来なら持ち得ない力だ。強くなるには、結局自分自身で努力するしかない。それに、これ以上の犠牲は必要ない」


 ヴォルフが言うことは正論だ。ただ、一度手にした強さを手放すのは、子供にとって辛いことかもしれない。


「そうだね。でも、子供達の救済処置も考えてもらわないとね」


 とりあえず、ルーウェンに子供達の封印処置の許可を取りに行こうと、二人は席を立った。






 グアンの遺体は、祖父母にも会わせた後、母親と一緒の墓に埋葬した。

 ヴォルフは、アリシアが部隊の少年達に封印を施している間、ジエンを送り届けに来たのだ。

 ジエンも既に、アリシアに封印をしてもらっている。

 グアンと母親の墓前に、花と菓子を備えてやりながら、ヴォルフは切り出した。


「ジエン、お前はこれからどうしたい?」


「俺、結局誰も守れなかった。グアンも、母さんも」


 うつむき後悔の滲む声で、ジエンは言う。その小さな背に、ヴォルフは手を伸ばした。


「お前は、部隊から弟と一緒に逃げてきただろう?」


「うん。でも逃げ出さなければ、グアンが暴走することもなかったんだ」


「いや。あの手術は、一歩間違えば危険なものだった。お前が逃げ出して俺達と出会わなければ、この悲劇は続いていたんだ。ただ逃げたんじゃない。お前は、未来の子供達を守ったんだ」


「でも、俺は、グアンを守ってやりたかった」


 ジエンの拳が小さく震えている。まるで幼かった時の自分の姿を見ているようだと、ヴォルフは思う。


「そうだな。だが、時間は戻らないし、失われた命が戻ることもない。遺された者は、前を向いて歩いていくしかないんだ」


「……ヴォルフも誰かを亡くしたの?」


「ああ、13の頃に、オレの命を狙っていた奴らに、妹以外の家族を全て、殺された」


「⁉……殺された……じいちゃんやばあちゃんも、皆?」


「そうだ」


 ヴォルフも同じだったんだ……ジエンにとってヴォルフは強くて頼りになる大人だ。そんな彼にも自分と同じような過去があったことに、ジエンはなんとなく親しみを持った。


「どうやって、前を向いたの?」


「戦った。ひたすら強くなって、家族を殺した敵を全部殺した」


「全部……殺した?」


 ギョッとしたように聞き返したジエンに、ヴォルフは苦笑する。


「ああ。そして、妹と俺を助けてくれた者を守り、そいつらの為だけに生きた。俺のせいで家族を失ってしまった妹達への、償いだと思っていた」


「償い、なんて。ヴォルフのせいじゃ無いのに」


「ああ、そうだな。

 だが、全部殺すのはやめたほうがいい。それ相応の恨みを買うし、復讐の連鎖は何も生み出さない。結局戦い続けるしかなくなる。

 ただ、俺は幸運だった。アリシアと出会えたからな。アイツに出会って、俺は自分の為に生きていいと、償いから解放された気がしたんだ。そして今はアリシアを守り、二人で生きていく為に、これまで必死に身につけた強さが役に立っている」


「誰かを守るために身につけた強さ?」


「ああ。お前の祖父母の為でもいい。これから出会う大切な誰かの為でもいい。弟を守れなかったという、この悔しさや辛さを糧に強くなれ。今度こそ、お前の手でちゃんと大切な者を守れるように」


「俺の手で……いつか、守れるように、なるのかな」


 ジエンがまだ小さな掌を眺めて呟く。

 ヴォルフは、おそらくもう会うことはないであろう少年に、ささやかな餞の言葉を送る。

 これからまっすぐに生きていけるように。


「努力して身につけた強さは、お前を裏切らないさ。大丈夫だ。日々鍛錬して、強くなれ」


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