後日譚 13 部隊の少年達
結局ルーウェン達一行はそのまま堂々と進み、集落の手前で待ち構える少年達と向き合った。
昨晩見かけた3人の他に、13〜15歳位の子供達を10人程連れてきている。
先頭に立つ3人が一番の年長者なのだろう。
揃いの制服らしき物を着て、まるで少年兵のようだ。
昨晩彼らと対峙したヴォルフが、前へ出る。
「今日は子分たちを連れてきたのか? 数を増やしたところで、結果は変わらないと思うがな」
「おっさんだって、味方を連れてきたじゃないか。その二人はうちの部隊からの脱走兵だ。引き渡してもらおう!」
昨晩ヴォルフをおっさん呼ばわりした少年が、懲りずに叫ぶ。
タオとルーウェンがチラリとヴォルフを見たが、気に留めていない様子にホッとしてそのまま続く会話に耳を傾ける。
「こいつらはまだ子供だ。部隊だかなんだか知らないが、この国では子供の兵士なんて認められてないだろう?」
「シンシンでは子供だって戦うんだよ! 魔獣だって他の地域より凶暴で多い。強くなければ生き抜いていけない所だからな!」
その台詞に、大きなため息と共にルーウェンを見上げたのはアリシアだ。
「ふうん……それは星家、ひいては五大貴族や天皇家の失策かな」
「そうだね。本当にそういう状況ならね」
ルーウェンの貼り付けた笑顔が薄ら寒い。どうやら腹を立てているようだ。
だが、少年にそれを気にする様子はない。
「外から来た余所者が勝手なこと言ってんじゃねえよ! 36番、37番、いいから、行くぞ!」
ジエンとグアンに向けられた視線に、グアンが首を横に振る。
「イヤだ! 俺達は、家に帰る。そして、母さんと一緒に暮らすんだ」
「オレもだよ」
「だから、絶対に戻らない!」
二人の言葉に、今度は別の少年が口を開いた。先程の怒鳴っていた者よりも、もの静かな感じのする少年だ。
「36番、37番。お前達に選択肢はない。制御訓練が必要だからな。それに、お前達の戻る家はもう無い」
「無い? 何言って……」
「嘘だと思うなら、見に行けばいい」
言われた兄弟が、戸惑ったように怯む。
しかしジエンは、軽く頭を振ってグアンの手を掴んだ。
「行くぞ、グアン」
「待って、私も一緒に行くよ」
その肩をおさえて止めたのは、アリシアだ。
彼女は、グアンを抱き上げてジエンの手を取り、歩き出す。
彼らが少年兵たちの間を通り過ぎていくのを眺めていた1人が、ルーウェンを振り返った。
「お前達、何者なんだ? 部外者だろ? なぜコイツらに構う?」
「部外者ではないよ。この子達は等しくこの国の守るべき子供達だからね」
穏やかに笑って答えたルーウェンを、少年は怪しげに見る。
「はあ? 何言ってんだ、お前? 誰だよ」
それに視線を返したルーウェンは、姿勢をただし、声に力を乗せる。
「僕は、ルーウェン・オル・タイヤーン・ラ・シャウエン。この国の第二皇子だ」
「え?何言って……」
少年達が目を見開いて、驚きをその顔に浮かべる。半信半疑のその様子に、ルーウェンは更に言葉を続けた。
「昨晩、星家のホンタオとユン姫と会ったけれど、君達の話は聞かなかったなあ。
だから、君達の、部隊?のことを、僕は良く知らなくてね。その子達を連れ戻すと言うなら、僕達も一緒に行こう。ああ、必要なら星家の当主にも声を掛けようか。
でもまずは、彼らの母親に話を聞かないとね」
「まさか……本物? あ……失礼しました!」
慌てたようにバタバタと膝を着いた少年達が、全員頭を下げた。
生家に戻って来たのに、そこは物置きのようになっていた。
人の住む気配がないかつての生家の隣には、祖父母の家がある。祖父母が二人きりで、そこに住んでいた。
兄弟は、よく行き来していた祖父母の家へと向かう。
「母さんが……死んだ?」
「ああ。あんた達が部隊に入って間もなくだったよ。あの娘の病は、もう手の施しようがなかった。覚悟してたんだろうね。だから、残されたあんた達が強く生きていけるように、手術を勧めたんだよ」
いきなり戻ってきた兄弟に驚きつつ、祖母は兄弟を暖かく迎え入れた。
そして、娘の遺志を彼らに伝える。
祖母にとってはたった1人の娘だった。だから、彼女の願いを敢えては止めなかった、と。
「…………」
「お兄ちゃん、どういうこと? 母さん、死んだって、ウソだよね?」
「俺は、俺達は、母さんと三人で暮らせれば、それでよかったんだ……」
「……そんな……うそ、やだ」
母の死を受け入れられない孫たちに、祖母は包を差し出した。
兄弟がそれを受け取って開けてみると、そこには丁寧な刺繍を施した二枚の羽織が畳まれていた。
「ジエン、グアン。シャイラはね、あんた達が行ってから毎日、無事を祈ってこれを刺していたよ」
「ばあちゃん、オレ……オレ、母さんに会いたいよ」
「そうだね。あの娘もきっとそう思っているよ」
泣きじゃくる兄弟を抱きしめて、彼らの祖母も溢れる涙を止めることが出来ない。
様子を見ていたアリシアも、そっと彼らの母親の冥福を祈った。
兄弟が落ち着いたところで、ルーウェン達のもとに戻ったアリシアと兄弟、そして少年達は、今度は揃って部隊の本拠地へと向かっていた。
先頭を歩く大人達は、年長の少年達に事情を聞きながら進んでいく。
間もなく部隊の本拠地に到着しようとするところで、後方で何やら騒ぎが起こっていた。
ジエンと部隊の同年位の少年が言い合いを始めたらしい。
「シンシンでは、弱いものから死んでいく。ここで生き残る為には、強くならないと。お前の父ちゃんも母ちゃんも弱かったから、死んだんだよ」
「違う! 父さんは弱くなんてなかった!」
「弱かったら、生き残れなかったんだよ! お前達も弱っちいから、逃げたんだ」
「違う! 父さんを馬鹿にするな!」
おそらく、こんな騒ぎに巻き込まれたと思う子供のモヤモヤを兄弟にぶつけたのだろう。
兄弟も聞き流せるほど大人ではないし、余裕があるわけでもない。ましてや母親の病死を知ったばかりだ。とりあえず皆で一度部隊に戻るということになり、渋々少年達の列に加わったのだ。
案の定、幼いグアンは相手の言葉に過剰に反応した。
グアンが少年に飛び掛かっていく。
「おい、グアン!」
「母さんだって、弱くなかった!!」
少年に馬乗りになり、グアンは拳を振るう。無意識に身体強化を使っているのだろう。ジエンの静止を振り払って、グアンは止まらない。
「グアン、落ち着け」
「父さんも母さんも、オレの一番だった! 馬鹿にするなよぉぉぉ!!」
騒ぎを聞きつけたヴォルフとアリシアがやってくる。目にしたのは、異様な雰囲気に包まれたグアンと少年だった。
「グアン⁉」
「チッ、ヤバい! 下がれ! 暴走だ!」
誰かが叫んだ。グアンを中心に、魔力が渦巻き、土埃が巻き上がる。
アリシアが咄嗟にそれを覆うように結界を張った。
「グアン!」
「待つんだ! ジエン!」
飛び出そうとしたジエンを、ヴォルフが担ぎ上げる。
「離せ! グアンが!」
隣に並んだアリシアが、ジエンを諌めた。
「ジエン、私達が行く。ルーウェン、ジエンをお願い」
「はい」
遅れてやってきたルーウェンがジエンを抱き取り、その背にしっかりと腕を回した。
結界内では、今、竜型魔獣とグアンが混じり合ったであろう生き物が、立ち上がろうとしていた。
巻き込まれた少年は、押し潰され既に息絶えている。
そのことにも、アリシアの胸が痛んだ。
彼女はヴォルフに並び、彼を見上げる。
「ヴォルフ、いけそう?」
「ああ、人と魔獣が混じったモノか……酷いな。誰かが暴走と言ってたか? 大方魔獣の核を埋め込んだ副作用ってところだろうが……どうだ?切り離せるか?」
ヴォルフは、アリシアが張った結界を今にも破壊しそうな勢いで暴れるソレをじっと見ながら、全身で警戒している。その紅玉の瞳が冷静に敵の動きを見つめていた。
そして、アリシアがやろうとしていることを理解し、動こうとしている。
そんなヴォルフに、アリシアは信頼をこめて頷いた。
「解析してみる。しばらく集中してもいい?」
「ああ、構わない。時間は稼ぐが、無理そうなら、俺が始末をつける」
アリシアは思わず小さく息を呑んだ。
彼は打つ手がなければ、グアンの命を摘み取ることも覚悟している。
ヴォルフは、剣を鞘に入れたまま取り出し、その鞘が外れないよう纏めて結界で封じ、両手で握って構える。
そして、アリシアと視線を合わせた。
「ヴォルフ?」
「言っただろう? 半分持つと」
アリシアの脳裏に、かつてこの手で殺した少年の最後が横切った。彼はあの時の誓いをちゃんと守ってくれようとしている。
目の奥が熱くなるのを耐えて、アリシアは前を向いた。
「うん。じゃあ、始める。結界はもう保たないから解くよ。私はしばらく無防備になる」
「了解。まかせろ。お前のところに攻撃はいかせない」
アリシアが結界を解くやいなや、ヴォルフが飛び出していく。アリシアも慎重に詠唱を始めた。高度で複雑な魔法展開には、アリシアといえど詠唱が必要だ。
一方、攻撃範囲からは逃れた少年達は、その様子を呆然と眺めている。
「すげえ、おっさん、暴走した37番を鞘に入れたままの剣一本で牽制してる」
少年達にとって、暴走状態となった子供は初めてではない。その恐ろしさは、身に沁みて理解出来ていた。
暴走し思うままに暴れ、破壊しようとする魔獣と混じり合ったグアンに、もうヒトとしての理性はない。だが、ヴォルフは極力致命傷を与えないよう、鞘付きの剣と攻撃魔法で、他に危害が及ばないように凌いでいた。
「グアン! やめろ! やめてくれ! もう、俺にはグアンしかいないのに! アリシア! ヴォルフ! 頼むから……頼むよ……」
一方、ジエンは声の限りグアンに呼びかけている。彼は、暴走状態の子供が始末されることを知っているのだ。
ルーウェンの顔が一瞬悲痛に歪むが、小声で短縮詠唱を唱えた。
ジエンの声が途絶え、その身体からクタリと力が抜ける。
「殿下?」
「少し眠ってもらったよ。タオ、彼を頼む」
「しかし……」
ルーウェンの護衛であるタオの両手を、この状況で塞ぎたくはないと、彼は躊躇する。
だが、ルーウェンは悲しげに微笑んで続けた。
「大丈夫、もうすぐ決着がつくよ」
「ルーウェン」
アリシアの声が、ルーウェンを呼ぶ。
彼は、ジエンをタオに渡して、アリシアの声に頷いた。
「無理、なんですね。グアンは、元にはもう……」
「うん。もう切り離せない。ごめん」
「いいえ。アリシアさんが無理と言うなら、他の誰にも出来ることはありません。寧ろすみません。異国の貴方達に辛いことを」
「ううん……これもきっと神の掌上」
アリシアはそう言って、ヴォルフに向かって声を張り上げた。
「ヴォルフ、魔獣を殺すためには、グアンの心臓を止めるしか……」
グアンの攻撃を躱しながら、ヴォルフはアリシアを振り返る。
交差した視線が、アリシアを安心させるように緩んだ。
「ああ、アリシア。大丈夫か? 俺がやるから下がってろ」
「……ごめん」
「阿呆、これは俺達が分け合うべきものだ。謝るな」
本当に……ヴォルフはいつだって、こうやってアリシアを支え護ってくれるのだ。彼がいるからこそ、アリシアは女王として在り続けることが出来ている。
「うん。ありがとう」
ヴォルフに感謝しながらも、アリシアは自分の不甲斐なさに苦しくなる。
また、だ。
まだ戦う意味さえもわかっていない子供が、大人の勝手に始めたことに巻き込まれて、死んでいく。
罪のない子供を救うことも出来ずに、この手にかけるしか無い状況を変えられない。
濃い紫色の聖石を与えられているのに、結局力及ばずで、また、幼い子供の命を犠牲にすることになってしまった。
なんで、この子達が犠牲になったんだろう。
こんな事を始めた大人ではなく、どうしてグアンや名も知らない子供だったんだろう。
あの子達の生命はあの子達のもので、グアンはジエンにとってはただ一人の家族になってしまったのに。
アリシアは、ヴォルフの剣がグエンの心臓を突き刺すのを、ただ眺めることしか出来なかった。
しばらくの間、アリシアはその遺骸の傍に跪き、魔獣の残骸を丁寧に取り除き、グアンだったモノを繋ぎ合わせていく。
グアンと混じり合っていた魔獣の欠片が、少しずつ消えて行き、そこに静かに横たわっているのは、もう目覚めることのないグエンの姿だった。
「魔獣が死んで、やっと切り離せた。でも、グアンの心臓は、もう……」
跪き、うつむいたアリシアの手が、グエンの胸の上をそっと撫でる。傍らでは、ヴォルフがアリシアの肩を抱いていた。
ルーウェンはアリシアの向かいに膝をつき、手を合わせ、グエンの冥福を祈る。
「……ジエンには僕から話しますよ。ヴォルフさん、アリシアさん、ありがとうございました。グアンがせめてこうやって元の姿を取り戻せたから、ジエンに会わせてやれます」
そんな中、息を切らして駆けてくる者たちがいた。
星家のユン姫と、もう一人男がいる。
「ルーウェン殿下ではないですか! 子供が1人暴走したと聞きました。無事ですか?」
ルーウェンはため息を一つつくと立ち上がり、ユンを振り返った。
「ユン姫、昨晩ぶりですね。騒ぎは収まりましたが、尋ねたいことがあります。ところで、こちらは?」
「え、ええ。失礼しました。こちらはウェイリー。この部隊の研究者です。申し訳ありません、せっかくのお越しでしたのに、不手際がありまして」
ユンが同行の男を紹介し、不手際を詫びている横で、その男は落ち着かず、視線はアリシア達と横たわっているグアンに向いている。
「あの、申し訳ありません殿下。御前失礼して、様子を見てきます」
そして挨拶もそこそこに、グアンへと向かって行ってしまった。
ルーウェンの視線がそれを追い、硬い声で尋ねる。
「ユン姫、これは、どういうことかな?」
「あの……」
「何を勝手なことを!」
ユンが答えようとしたところで、例の男の怒鳴り声が聞こえた。
暴走したグアンの遺体から、魔獣の痕跡がなくなっていることに激昂したのだ。
そんな彼の目の前に、ヴォルフの抜き身の剣が突き付けられる。
「うるさい。触れるな」
「ひいッ!」
低く冷たい声と鋭い剣先に、ウェイリーの腰が抜ける。
ルーウェンがそれを一瞥して、ユンに命じた。
「ユン姫、とりあえず彼を拘束してくれるかな? じゃないと命の保証はできかねるよ?」
「は? あ、わかりました」
いつもの優しげなルーウェンからは考えられないほど冷たい声と表情に、ユンはただ従うしかない。
「詳しい話は、場所を移そう。君の父上もお呼びしてね」
口調は優しいのに、逆らうことが出来ない。
今、ユンの目の前にいるのは、確かに天皇家の血を引き大きな魔力を持つ、この国の第二皇子だった。




