後日譚 12 星家の姫君
同じ頃、星家のギールにある屋敷では、当主親子が朝食を共にしていた。
星家の現当主であるホンタオと、今年21歳になる長女のユンだ。
そんな親子の朝食の場に先程部下の1人が現れ、ホンタオに何やら報告と指示を受け取り、退室していった。
「お父様、どうかされましたか?」
プライベートな時間に、部下が仕事を持ってくるのは珍しい。ユンが首を傾けて父を見た。
彼女は、造作の整った美しい顔立ち、伸びた背筋、美しい黒髪を束ねており、骨格がしっかりしていることや男性用の装束を纏っていることで、美少年のようにも見える。
対するホンタオは、がっしりとした体格の少々強面ながら、穏やかな声で娘に答えた。
「昨晩ルーウェン殿下にお会いしたが、どうかね? 彼はまた一回り成長して、強くなったようだ。ライデン殿下の魔力封印は相変わらず解けないようだし、お前との婚約も考え直さなければならないかもしれないね」
「私は強き者の妻になりたいので、どちらの殿下でも、強ければ構いません。それがこの国を守ることになりますから。その為に私も精進して参りましたし、最近は外国の情勢も穏やかでは無いと聞きます。強き戦士の育成実験も、結果が良ければ嫁入り道具として天皇家に持っていけそうですね」
「ああ、そうだな。ところで先程の報告の件だが、昨晩その実験被検体の子供が2人、演習場から逃亡したらしい」
「逃亡? なぜかしら?」
強さを与え、衣食住を保証している場から、逃亡? 被検体になるのは貧しい子供が多い。だが実験に協力する子どもの親には報酬も与え、子供達の衣食住や学びの場も保証している。
ユンには逃亡する理由がわからない。
「理由は知らんが、街で逃亡者を助け匿った者がいる。追手の者達が簡単にあしらわれる程の男だったらしいが」
「あの子達が簡単にあしらわれた? 一体何者かしら?」
父の言葉に、彼女はすぐに子供達の逃亡理由を考える事を放棄して、彼らを助けた者のことに思いを巡らす。
追手は、強き戦士として育てられている優秀な少年達だったはずだ。その者たちを軽くあしらうほどの強者? ユンでさえ彼らと戦うとなると、全力で対峙しなければ負けてしまうというのに。
ユンの興味は、自然とその強者に向かっていた。
「さあな。だが、それもすぐにわかる。子供達の行く先は生家だろう。そこに迎えを出して、こちらに招待するよう手は打った。そのうち連絡が来るだろう」
「あら、では、その者と会えますね。それは楽しみですこと。ぜひ手合わせをお願いしたいわ」
彼女は上機嫌で朝食を進める。
ユンが強き者に惹かれるのは昔からだ。脱走した子供達よりも、今は追手をあしらった何者かに出会えることに心が踊っていた。
ホンタオはそんな彼女に、軽くため息をつく。
結局のところ娘の興味は、天皇家の誰に嫁ぐかではなく、この国の一番の強者に嫁ぐことなのだろう。ユン自身が幼い頃から鍛錬に勤しみ、今では星家の中でも五本の指に入る戦闘員だ。その影響か、強者に興味を持つ脳筋思考の娘に育ってしまった。性格はサバサバとして気持ちはいいが、深く考えることは苦手だし、戦闘以外の学問についても苦手としている。
そんな娘をよく知るホンタオとしては、その何者かが殿下方よりも強くはないことを祈ってしまう。
「お前が娘であることが、時々惜しくなるよ。お前の強さは星家の誇りだが、お前は殿下の婚約者、将来は皇后になる娘だ。もう少し落ち着いて、思慮深くなって欲しいものだな」
「お父様、私をこのように育てたのはお父様ではないですか。今更です。でも、この国で一番の魔力の持ち主に嫁げることは、素直に嬉しいと思っておりますよ? 残念ながら、私の魔力はそう多くはありませんから」
まったく、口の減らない娘だ、とホンタオは頭を抱えたくなる。
しかし、娘は殿下に嫁ぐ自覚はあるようだ。動機は若干不純だが。
天皇家に嫁ぎ後継さえ作ってしまえば、後は皇家が娘を上手く御してくれるだろう、という期待もある。
「そうだな……ところで、ウェイリーは変わらず部隊に詰めているのか?」
変えられた話題に、ユンは素直に頷く。
ウェイリーは、部隊でより強い戦士を育てるための実験を行っている研究者だ。
「ええ。子供達の観察と、技術改善の研究を続けています。身近にいた方がより詳細なデーターが採れるからと。お陰で更に強い戦士を育てることが出来そうです」
「そうか……昨日ルーウェン殿下が仰っていたが、近くライデン殿下がお前に会いにこの地に訪れる予定だそうだ」
「あら、まだ殿下にあの子達を紹介出来るほどの実績はないのですけど」
「ああ。しばらくは公にはしない方が良いだろう。確かな実績がなければ、有用性を証明できないからな。同様に、ウェイリーの事も、まだ表には出せん。月家から内密の捜索依頼が出ている」
「月家から?なぜです?」
「捜索理由は明らかにされていないが、どうやらウェイリーは月家の出身らしい」
「確かにあの知識量は、月家の者と言われれば納得もいきますけれど。彼は家で虐げられていた、と以前言っておりました」
「虐げられていた、か。まあ、しばらく様子を見よう。さて、お前は今日も部隊に行くのかね?」
「そのつもりでしたけど、例の方を招待したのでしょう?
こちらで待とうかしら」
「いつになるかは、わからんぞ?」
「そうでした。ではいつも通り部隊に顔を出します。いらしたら、私が戻るまで引き止めておいて下さいね」
「わかったよ。気をつけて行ってきなさい」
「はい。では後ほどまた」
ユンが席を立ち、部屋を出ていく。
姿勢よく颯爽と歩いていく姿は、気品がある貴公子のようだ。身のこなしといい、立ち姿といい、黙って立っていれば凛々しく美しいのだが……と、ホンタオはもう一度、今度は大きなため息をついた。
一方ルーウェン達一行は、宿を出て身体強化して走った先、シンシンのイーリャ近くの山の中腹まで来ていた。集落までもう少しというところで感じた、物々しい気配に足を止める。
「君達の家はこの先だね?」
ルーウェンは子供達を振り返って小声で尋ねる。彼の先では、タオが気配を消して警戒していた。
「うん。もうちょっとだよ」
「でも、部隊の奴らが来てるんだな?」
こちらも声を落として答えたグアンとジエンの表情は、不安そうだ。
アリシアは相変わらずの無表情でヴォルフを見上げた。
「結構いるね。警戒されたかな?」
アリシアの視線が、どれだけ脅したの?と言っている。ヴォルフは肩をすくめて首を横に振った。
「昨日はちょっと様子を見たくらいだったんだがな。大した事はしてないし、大きい怪我もさせてないぞ?」
ヴォルフにとっては、ほんのお遊びくらいの戯れだった。
タオも振り返って苦笑する。
「ヴォルフ殿の強さに気が付かない程度なら、大した事ないんですけどね。まあ、それなりの腕はあるってことでしょう。仕掛けてこないところを見ると、我々を待っているんでしょうかね」
「そうなるね。忍んでいくのも今更だから、警戒は解かずに堂々と行きますか」
ルーウェンが開き直ったように一同を見回すと、アリシアがボソッとつぶやく。
「天下のルーがいるからね」
「大した事は出来ませんけどね」
小声で答えたルーウェンは、どこか苦いものも含む物言いだった。
もうプロットは最後まで出来ているのですが……更新遅くなり申し訳ありません。
冬休み中には、もう1話上げられると思います。
お楽しみいただけると嬉しいです。




