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後日譚 6 北の街

すごく長くなってしまいましたが、1話に纏めてしまいます。

  飛竜に乗って半日ほど、シャウエンの北端よりもやや北の緯度にあるドワールから、更に北へ北へと飛んできた。

 眼下の景色に夏の終わりの名残は既にない。

 赤や黄色に葉の色を変えた木々が現れてきたその先に、低い建物が密集する都市が見えてきた。

 都市の北には湖もあり、アリシアは都市を越えて、その寂れた湖畔にスーリーを下ろす。

 そして、アリシアが結界を維持したまま、それぞれ身体強化を掛けて都市まで移動した。


「ここがバジャルタの首都?」


 夕方の商店街は賑やかだった。

 仕事が終わった人々や買い者客など、多くの人が行き交い賑わっていて、飲食店もそろそろ店を開ける頃だ。

 ルーウェンは、建物の様子や人々の格好は違うものの、故郷と同じ人の営みにどこか懐かしさを感じて、思わず呟いていた。

 それを拾ったアリシアが、ルーウェンの隣に並び彼を見上げる。


「北部地域連合の東端の国バジャルタの首都、ツィッカだよ。この国は南北に細長いから、今日は、南端のドワールからほぼまっすぐに北上してきた。この先にも町はいくつかあるけど、だいぶ住みにくいし、人口も多くはない。この首都から北は、植生も変わって、タイガの森が広がる地域になる。建築用の木材や紙の原料になる木が多い。トナカイを飼う遊牧民もいるよ」


 ルーウェンがアリシアの言葉をじっと聞きながら、タイガの森とかトナカイってなんだろう?と思っていると、アリシアを挟んで反対側に立ったヴォルフが言う。


「アリシア、ルーウェンの結界を解いてみてくれ」


 次の瞬間、スッとルーウェンの結界が解かれる。


「うわっ、寒い」


 急に身の回りを覆った外気の冷たさに、ルーウェンは思わず身を竦めた。

 慌てて短く詠唱したルーウェンは、今度は自分で外気遮断の結界を張り直す。

 ヴォルフはその様子に小さく笑うと、アリシアにローブのフードを被らせながら、ルーウェンに視線を投げた。


「というわけで、防寒具買いに行くぞ。ずっと結界張っとくわけにはいかないだろう?」


 ヴォルフは、視線と身振りでルーウェンに付いてくるように合図すると、アリシアの肩を大事そうに抱いて歩き出す。

 振り返る様子もなく人混みに紛れた二人に付いて、ルーウェンも歩き出した。


(僕、一応護衛対象なんだけどな)


 と、ちょっと納得もいかない気はしたが、ルーウェンとてある程度自衛は出来る。

 対人なら、多少の相手に後れを取ることもない。

 きっとあの二人は、それもわかっているんだろう。

 ため息をつきつつ、ルーウェンは二人を見失わないように、その姿を追った。

 だがすぐに、この街ではそう警戒する必要は無いのだと、ルーウェンは知ることになる。


 街の人々は、親しげに冒険者夫婦に声を掛け、ヴォルフも軽く手を上げて、それに応えていた。

 アリシアはフードを被ったまま、無表情で短く答えるだけだったが、誰もそれを気にすることもない。


 そして三人は通りを進み、一軒の店先で足を止めた。


「いらっしゃい……ヴォルフじゃないか!久しぶりだな。アリシアちゃんも相変わらず美人だな」


 衣料品を扱う店らしく、店頭にも何種類かの衣服を並べてあるこじんまりした店に三人で入ると、いきなり奥から男の声が掛かる。

 見れば40代後半の、大柄な男だ。濃い目の金髪と髭、深い蒼色の瞳、肌の色は薄いが鋭い雰囲気を持っている。

 店主というより狩人のようだな、とルーウェンは思った。


「親父も元気そうだな。今回は、彼の護衛で来てる。早速だが、上着を見立ててくれないか? ここは初めてでな」


 ヴォルフは軽く口角を上げて応えると、ルーウェンを振り返った。

 男の視線もそれを追って、ルーウェンを見る。


「へえ、珍しい格好だな。でも、スッキリとした男前じゃないか。どっから来たんだ?」


「シャウエンからです」


「はあ? シャウエンから? 俺は向こうの人間を初めて見たわ」


 親父と呼ばれた店主が、驚いたようにルーウェンをマジマジと見た。


「俺もだよ、学者を目指してるんだと」


「そうか〜、若いのにすごいんだな……これはどうだ?」


 肩をすくめて答えたヴォルフに、親父は頷いて、奥から黒っぽい上着を1枚出して来た。

 バサッと広げて、ルーウェンの背に当てる。

 ルーウェンはそれに腕を通してみた。


「……温かいです」


 結界を解いても、全く問題無さそうだ。


「表の革は馬だ。襟元は狐、裏は羊毛だな」


 親父の説明に、ヴォルフが納得したように頷く。


「いいんじゃないか? これから寒くなるからな。北部にいる間は重宝するだろう。親父いくらだ?」


「銀貨5枚だな」


 どうだ? と言うように、ヴォルフがルーウェンを見る。

 彼が問題無さそうにしているなら、相場通りなのだろう。

 ルーウェンは、ストレージから財布を取り出すと、親父に銀貨5枚を手渡す。


「はい。じゃあこれで」


「まいど。ああ、こっちはオマケだ。持っていきな」


 親父が焦げ茶色の塊をルーウェンに投げた。

 受け取った彼は、首を傾げる。


「帽子?」


 何やら羊毛の毛糸で編んだ帽子のようだ。こういう耳あてが付いているような物は初めて見るが。


「よかったね。夜はすごく冷えるから、被ったほうがいいと思う」


 アリシアがそう言うので、ルーウェンは有り難く親父に礼を言って、店を出た。





 翌日ヴォルフとアリシアは、ルーウェンを連れて領主館を訪ねた。念の為、異国人であるルーウェンの入国を知らせておくためだ。

 二人は領主館でも知られた顔らしく、面会を申し込むとすぐに応接室へと案内された。

 しばらく待っていると、領主と思しき男性がやってくる。

 壮年の男性で、色素の薄い色合いだが、体格はいい。銀髪を編んで背に垂らし、薄い青の瞳を持つ彫りの深い顔立ち。昨日街中で見た人々も、似たような色を持っている者が多かった。


「おう! 久しぶりだな」


「ああ。その後どうだ? 上手く機能しているか?」


 親しげにヴォルフに声を掛けた領主に、ヴォルフは鷹揚に答える。

 ヴォルフの方がかなり若いだろうに、領主は言葉遣いこそラフだが、ヴォルフに対する尊敬のような気持ちを抱いているように、ルーウェンには思えた。


「ああ、お陰様で助かってるよ、いろいろとな。魔獣討伐も良い冒険者が来てくれてるし、交易も定期的に安全に出来るようになったからな」


「そう、良かった」


 領主の台詞の後半は、アリシアに向けてのものだった。無表情ながら彼女が頷いて言葉を返すと、彼の視線が、次はルーウェンを捉える。


「で、こちらの品の良さそうな彼は?」


 心做しか警戒を感じさせるその視線に、ルーウェンが立ち上がって挨拶しようとするのを、アリシアの手がそっと止めた。

 ヴォルフがチラリとそれを横目に見て、領主に答える。


「シャウエンからの客人でルーウェンだ。護衛を頼まれて、同行している。学者の卵だそうだ」


 領主の目が大きくなり、表情に驚きが現れた。


「へえ〜。シャウエンからとは珍しい。たまに商隊が行き来しているが、向こうの人間には初めて会ったよ。豊かで良い国だって話は聞いてるぜ?」


「そうですね。砂漠や山脈に阻まれて行き来は厳しいですが、シャウエン自体は気候に恵まれていると思います。でも、こちらの厳しい環境でも、皆さん逞しく生きていらっしゃる」


 幾分警戒が薄れたようにルーウェンにそう尋ねた領主に、彼は微笑みを浮かべてこの地に来て感じた感想を返す。

 本当に、夏の終わりにこの寒さだ。秋から冬にかけて、ルーウェンの思う以上に厳しい環境である事は想像に難くない。だが、昨日実際に街を歩いてみて、治安は良いし、活気もあった。民達が、満足して暮らしている証だと、ルーウェンは思う。

 だが領主は、苦笑を浮かべて続けた。


「しばらく前までは、この国は結構ひどい状況だったぜ。なんとか周りの国と協力してやっていけるようになったのは、最近だ。まあ、そこのS級冒険者夫婦のお陰だな」


「え?」


 領主の言葉に、ルーウェンは驚きを持って、冒険者夫婦を振り返る。


「この二人は、この北部地域の小国の問題をいろいろ解決しながら、相互扶助の仕組みを作り上げてくれたんだよ。今では優秀な冒険者も各国に滞在してくれて魔獣討伐が楽になったし、北部地域連合議会が機能して、各国の交易ルートも確保された。資源が融通しあえるから、それぞれの国の自治もやりやすくなったな。帝国から商人達も来やすくなって、便利な魔道具も入ってくるようになったしな」


「そうなんですか? すごいですね!」


 道理で二人が、領主を始め民達に受け入れられている訳だ。

 一介の冒険者に過ぎない二人が、この国で成した偉業は、ルーウェンの想像もしない位、素晴らしいことだったのだ。

 ルーウェンの様子に気を良くした領主は、更に続ける。


「本当だよ。ある国なんて、民を人とも思っていない酷い領主がいたんだが、気がついたら反乱が起こって、国主が代わっていたよ」


 ニヤリと笑って言った領主に、ヴォルフは軽く肩を竦めてみせる。


「良い人材が腐りそうになっていたから、助けただけだ」


 その話はここまでだ、というヴォルフの空気を敢えて読まずに、領主の視線が今度はアリシアを見る。


「お前達S級冒険者なら、都市の一つくらい簡単に落とせるだろ?」


「やらないよ」


 サラッと一言で答えたアリシアに、ルーウェンはヒヤリとする。


 出来ないじゃなくて、やらない、なんだ。


「ああ、知ってる。ただ、それだけの力がある冒険者ってことだ。その二人を護衛にしてるって、ただの学者の卵って訳じゃないんだろ?」


 ああ、結局はそれが聞きたかったのか、とルーウェンは納得した。

 彼は、最強の冒険者夫婦を連れていきなり現れたルーウェンを、やはり警戒しているのだ。


「あの、僕は、偶然お二人に助けられて……」


 だが、ルーウェンに他意はない。

 どう答えたらわかってもらえるのかと、逡巡したところで、ヴォルフが助けてくれた。


「ゼン、そこまでにしとけ。コイツは、ドワールの東の砂漠で魔獣に襲われていたのを偶然助けた縁で、護衛を頼まれただけだ」


「正式依頼じゃないのか?」


 ゼンと呼ばれた領主の片眉が上がる。


「ああ、ちょっとした条件を対価に、個人依頼を受けた。コイツは、S級冒険者についても知らなかったからな」


「そりゃあまた、随分と運が良いな」


 ヴォルフの台詞に、領主は心底驚いたと言うように、再びルーウェンを見た。先程とは明らかに違う視線だ。

 どうやら、彼の警戒は完全に解けたらしい。

 ルーウェンもホッとして、領主に向かい合う。


「本当におっしゃる通りです。僕は運が良かった。お二人がこんな素晴らしいことを成し遂げているなんて、もっとたくさん話を聞きたいです!」


「はあ、まあ、好きなだけ見ていくといい。その辺のヤツらにこの夫婦の事を尋ねれば、いろいろと教えてくれるだろうよ。

 ここは大陸でも最北端の都市だ。厳しい環境で生き抜いてきた俺達の誇りでもあるこの地を、気に入ってくれると嬉しい」


 そんなルーウェンに、領主は毒気を抜かれたように笑いながら言うと、ルーウェンも嬉しそうにニコニコと笑う。


「はい、ありがとうございます!」


「ずいぶんと素直な若者だな」


 領主が冒険者夫婦に向かって呟くと、アリシアが気持ち表情を緩めて頷く。


「うん。手助けしてあげたくなるよね」


「素直すぎな感じもするがな」


 ポツリと小声でこぼしたヴォルフに、アリシアが小さな微笑みでそれに応えた。





 そして、日が暮れた夜。

 三人はツィッカの町を出て街道沿いに、湖の畔から更に森の方へと向かっていた。

 日中に二人が魔獣討伐の依頼を受けたので、ルーウェンもそれに同行することにしたのだ。

 目撃情報をもとに、森の方へと進んで行く。


 ルーウェンは、防寒具を着込み、貰った帽子を被ってはいるが、結構な寒さに顔が痛いくらいだ。

 ヴォルフとアリシアは魔法の二重行使が出来るからと、結界を張っている。かなり羨ましい。


 今晩は月がなく、満天の星空が綺麗だなあと、ルーウェンが何気なく空を見上げると、チラチラと緑色に光るものが目に入る。

 なんだ?と思ってそれをじっと見ていると、突然空一面にピンクや緑の光がカーテンのようになって広がり、激しく揺れ動き出した。


「これは……」


 その美しさに、思わず立ち止まって、目を皿のようにして見上げたルーウェンの横に、ヴォルフが少し戻って来て並んだ。


「ブレイクアップだな」


 彼も空を見上げて、感心したように呟いた。

 アリシアも並んで、ルーウェンに説明してくれる。


「オーロラ爆発、綺麗だよね。北の地域でしか見られない、天からの贈り物だよ」


 こんな奇跡のような夜空を、ルーウェンは初めて知った。

 オーロラ……空に現れる光の魔法みたいだ。

 綺麗で美しくて、厳かで、少しだけ怖い。まるで、神の祝福のようだ。

 でも、星家や月家の人々だって、きっとこんな夜空は知らない。

 ルーウェンは、自然と胸に湧き上がってくる想いを抑えることが出来ない。

 きっとこれが感動するということなのだ。


「すごい……あれ?」


 瞳から溢れた雫が、頬を伝う。

 アリシアがそれに気がついて、ルーウェンにそっとハンカチを差し出した。受け取って、それを眦にあてた彼を見ながら、アリシアが小声でヴォルフに言う。


「ルーウェンは純粋だね」


「ああ、羨ましいくらいだ」


 ヴォルフがルーウェンと同じ年頃の頃には持ち得なかった純粋さ。

 それが眩しくも、少し羨ましい。


 だが、そんな時間も一瞬だった。

 アリシアが警戒を促すように、森の奥を見ながら、ルーウェンの注意を引く。


「……ルーウェン」


「はい。何か来ますね」


 ルーウェンが答えるのと同時に、ヴォルフが大剣を抜いて、二人の前に出た。

 強化した視力で、ルーウェンもソレをハッキリと視認した。


 白い巨大な熊型魔獣。

 真っ白な巨体に、不気味に光る金色の瞳が禍々しい。牙を剥き出しにして上げた咆哮に、生理的な恐怖を感じた。

 まるで、野生の飛竜を前にしたようなその感覚に、ルーウェンの全身が緊張する。

 アレはきっと、飛竜並みに狡猾で強い。


 だが、ヴォルフとアリシアはいつもと変わらない様子だ。


「北部独特の魔獣だよ。今回ルーウェンは見学ね」


「え?」


 オーロラの説明をしてくれた時と変わらぬ口調で言ったアリシアを、ルーウェンは思わず振り返った。


「綺麗に片付けたいから」


「は?」


 見学? それに綺麗にって、そんな余裕があるんだろうか?


「毛皮に価値がある。上手くやれば、高値で取引される魔獣だ。冬眠前の今が、毛艶もいいし、肉質も良くて狙い目だ」


 続いたヴォルフの言葉に、ルーウェンは更に驚いた。


「肉質って、まさか食べるんですか? 魔獣を?」


「こっちでは重要な食料源だよ。普通の動物は少ないからね。放牧しているトナカイの天敵でもあるし。まあ、両方増やしすぎても減らしすぎてもバランスは悪いんだけど。魔獣は倒しても、一定数湧いてくるんだよね」


 二人の言葉と様子に、ルーウェンの緊張も霧散していく。なんとなく肩の力も抜けて、場違いだと思いつつ、思わず尋ねてしまった。


「あの、トナカイって?」


「ルーウェンは見たことがないんだな。草食の動物で家畜みたいなものだ……ああ、来るぞ」


 ヴォルフが短く詠唱して、全身を身体強化したのが分かる。溢れる魔力に、覇気が立ち昇る。

 そして、魔獣に向かって走り出した。


 ルーウェンも続こうと詠唱しようとしたのを、アリシアに止められる。


「今回は、ヴォルフがやるよ。私はここでルーウェンの護衛。視力だけ強化したまま、よく見ておくといいよ」


 言われて、ルーウェンはその場所で、ヴォルフの戦いを見守ることにした。本当に言葉通り、ただの見学らしい。


 魔獣は、ヴォルフの身の丈の倍はある。

 しかも動きが素早く、その威力も強い。魔法も使えるようで、鋭く尖った氷柱が時に彼に襲い掛かり、また振り上げる長い爪の先には風の魔法も纏わせているようで、離れたところにある木々が薙ぎ倒されていく。

 だが、ヴォルフはその直接的な攻撃をうまく避けて、魔法は結界で防ぎながら、身体強化と防御結界だけで、魔獣と相対している。

 あの強い打撃がヴォルフに当たれば、結界で裂傷は防げても、衝撃は吸収し切れないだろう。

 それを彼は、身体強化と結界を同時行使しながら、持ち前の反射神経でヒラリヒラリと避けて、必殺の一撃を出す機会を淡々と狙っている。

 強い!と、ルーウェンは感心した。

 アリシアの多くの魔獣を一気に殲滅するような大規模な魔法ではなく、純粋に武人や剣士として地道に鍛錬を重ねた強さ。

 それがヴォルフの強さだ。


「……ヴォルフさんは、本当に強いんですね」


「うん。一対一の近接戦闘なら、私もヴォルフには勝てないよ。対人戦なら、ヴォルフはこの大陸に敵はいないと思う」


「大陸一の剣士ですか」


「そうだね。ああ、終わったみたいだ。……あ、でも、余計な魔獣も呼んじゃったみたいだね」


 ヴォルフが一瞬の隙を狙い、見事に胸から心臓を一突きにして魔獣を絶命させる。彼は、その心臓への傷以外には全く他を傷付けることなく、文字通り一撃で倒したのだ。


 大地に音を立てて倒れた大型の熊の魔獣に視線を捉えられていたルーウェンが、ハッとして周囲を探る。


「この気配は、群れ?」


「多分、狼型の魔獣だね。こっちの獲物を傷つけられたくないから、合流するよ」


「はい」


 ルーウェンはアリシアについて、ヴォルフの下へと走る。

 ヴォルフは、魔獣と自分の周囲に大きめの結界を張っていた。


「ヴォルフお疲れ様」


「ああ、どうやらコイツが後をつけられていたみたいだな。どうする?」


 立ち上がったヴォルフが、熊型魔獣の死体を見ながらアリシアに尋ねる。


「ここは街に近い。このまま倒すよ」


 答えたアリシアに頷いて、ヴォルフは結界の一部を解除する。


「じゃあ、ルーウェンはこっちだ」


「僕もアリシアさんを手伝いますよ?」


「ああ、だがまずは敵の弱点を知ってからだ。今回は、よく見ておけ。次からは頼む」


「わかりました」


 素直にヴォルフの側に行き、ルーウェンがその結界の中に入ったのを確認して、ヴォルフはもう一度きちんと結界を張り直す。


 一人結界の外に立ったアリシアの向かいに、やがて30頭程の狼型の魔獣の群れが現れた。


 静かに立つアリシアに、しかし狼型魔獣は警戒しているのか飛び掛かる気配はなく、低い唸り声で威嚇しながらジリジリと近づいて来る。


「へえ、警戒心は一応あるんだね」


 アリシアの発した一言に、ルーウェンの背筋がヒヤリと冷たくなる。

 好戦的な戦士として、魔獣の群れを睥睨する彼女は、絶対王者のようだ。

 一人で都市を壊滅させられる程の力を持つアリシア。

 初めて出会った時も、圧倒的な魔法で、あの魔獣の群れを簡単に屑った彼女。


 ヴォルフの強さは、理解できる。

 でも、アリシアの力は、明らかに異質だ。


(一体、アリシアさんは何者なんだ?)


「ルーウェン、アイツは俺の妻で、この世で唯一、俺が全てをかけて護ると誓っている、可愛い女だ」


 まるでルーウェンの思考を読んだようだように掛けられたヴォルフの声に、ルーウェンはハッとしてヴォルフを見た。


 彼の紅玉の瞳が、愛おしげな色を湛えてアリシアを見つめている。


 仲の良い夫婦だとは思ってはいた。


 ルーウェンにはまだ、男女の愛情とか、情念とか、夫婦の絆とか、そんな感情はわからない。

 ただ、二人を見ていると、互いを信じ、支え合って生きているのだろうということは、理解できる。

 それが、少し羨ましくもあり、憧れもする。


 ヴォルフが唯一護ると決めているアリシア。

 彼が護っているのは、きっと彼女の心とその在り方だ。


(きっとヴォルフさんがいる限り、アリシアさんのことを怖れることは何もない。どんな力を持っていたとしても、彼女は、彼の妻であり、ただ人であろうとするだろうから)


 ルーウェンは息をついて、もう一度アリシアを見た。


 多分、彼女の並外れた美貌と無表情、そして、その強大な力に呑まれてしまっただけだ。


「ルーウェン、この辺りの魔獣に氷の魔法は効かない。

 火魔法はあの氷属性の毛皮が防壁となって効果があまりない上、火炎は森を燃やしてしまう。

 だから、水を纏わせて電撃で攻撃して防御力を落としてから、剣もしくは風の魔法で首を落とす」


 ヴォルフの説明通りに、アリシアが魔法を揮う。

 そして、最後は風の力を纏った彼女の双剣が、全ての魔獣の首を刈った。




「お疲れ、大丈夫か?」


 結界を消して、ヴォルフがアリシアに歩み寄る。

 彼女の少し乱れた髪を手で整えてやりながら掛ける声は、優しい。

 ヴォルフは、いつだって彼女への愛情を隠さない。その態度や視線や言葉で、そして信頼で、アリシアに語りかけている。


「ヴォルフこそ、結局ソレ、身体強化と剣で倒しちゃうし」


 アリシアも、ヴォルフに対してだけは、その表情が柔らかいものになる。


「まあ、相手との相性の問題だな。遺骸は纏めて、結界に閉じ込めて帰るか。明日にでも、ギルドと依頼人に回収してもらおう」


「うん。ちょっと数が多いからね。ルーウェンも大丈夫? 帰るよ」


 ルーウェンを振り返ったアリシアに、彼は情けなさそうに笑って答えた。


「僕は、ただ見ていただけでしたから……」


「でも、こんなに寒いところは、初めてでしょ?」


 アリシアから、庇護される子供のような扱いをされているルーウェンだが、不思議とそんな嫌でもない。ただ、自分にも出来ることはしようと思う。


「確かに、すごく寒いんですが、僕も魔法師ですから、心配ないですよ。せめて遺骸を集めて、明日ギルドの人達が来るまでの保護結界、僕に掛けさせて下さい」


「そうだね。じゃあ、よろしく」


 ルーウェンは詠唱して、風魔法で狼型魔獣と熊型魔獣を一箇所に集めると、それらを覆うように強固な結界を張った。

 解除条件は、ギルド職員に伝えればいい。


 そうして三人は、ツィッカの街へと戻って行った。


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