レーヴェルランドの女王とベルハルト王国の第二王子 5
誰が誰を乗せるか?とか、ベルハルト王国のどこで飛竜から降りるか?とか、少々揉めたものの、結局は痺れを切らした女王の一声で全てのことが決まり、30分後にはそれぞれの荷物を積んで、飛竜に跨った。
ベルハルト王国からの使者の数は5名。それに合わせて、女王始め、セイレーンと名乗った淡い水色の髪の少女と、ミーシャ、セシルの他に、飛竜の世話係をしているミリアという女性も同行することになった。
「客人方は飛竜に乗るのは初めてだ。防護のための結界を張って行け。騒ぐようなら、意識を落とせ」
「了解」
と、敬礼する女性戦士達。レオンハルト達は、女王の不穏な言葉に反論する気力もなく、それぞれ飛竜に取り付けられた鞍に跨る。
「王子殿下、飛ぶぞ」
「はい。いつでもどうぞ」
レオンハルトは、女王の後ろに乗っている。女王に応える声には、余裕があった。
(飛竜を見たときは随分と驚いていたようだが、まあ、飛ぶのは大丈夫そうか……)
と、アリシアは安心する。
騒ぐようなら、気絶させるか眠らせるかして運ぶかとも考えたが、その必要は無さそうだ。
他の男達も、嫌がっていたのは飛竜に乗ることで、空を飛ぶことに抵抗感は無いらしい。
一方レオンハルトは、鞍に付いた取っ手を握り、飛竜の鱗の感触も感じながら、感じた浮遊感に歓声を上げたくなるのを必死で抑えていた。
まさか凶暴な飛竜が、女性戦士達に大人しく飼い慣らされて、馬のように人間や荷物を乗せて、空を飛んでいくなんてことを誰が想像しただろう。こうして、実際に飛竜に跨ってみると、空を飛べることに心を躍らせる自分がいた。
それと同時に、こんな事が可能なレーヴェルランドの女性達なら、帝国にも負けることは無いんじゃないか? と先程まで感じていた不安感が嘘のように晴れていく。
二人を乗せた飛竜は、あっという間に空に舞い上がり、レーヴェルランドの王城が少しずつ小さくなっていく。他の飛竜達は、先頭の女王達の飛竜を中心に、斜め後ろを扇形に線を描くように飛んでいる。
やがて、城を中心とした平野を囲んで連なる山々が、美しい稜線を描いて、下げた視線の先に映ってきた。
「すごい!高い!山の上を飛んでる!」
思わず上がった感嘆の声に、女王の肩が小さく震えた気がした。
「女王陛下?」
「いや、失礼。私のことは、アリシアでいい。子供みたいに感動してるから、つい」
どうやら、笑いを噛み殺していたらしい。あの無表情がどんな風になっているか興味があったが、レオンハルトは、ちょっときまり悪くなって彼女に言い訳する。
「……失礼しました。僕のこともレオンと呼んで下さい。初めての体験に興奮してしまいました」
レオンハルトは、つい親しい者達に呼ばせる愛称呼びをアリシアに願ってしまった。(馴れ馴れしすぎたか?)とも思ったが、口から出た言葉は戻せない。
だが、アリシアは全く気にした様子もなく、普通に会話を続けた。
「敬語も不要だ、レオン。レーヴェルランドは他の国と違って、血統による王族とか貴族の制度は無いんだ。便宜上女王がいるだけで。だから、別に、畏まらなくていい」
便宜上の女王という言葉に引っ掛かったものの、レオンハルトはアリシアの提案にありがたく乗り、言葉を崩して答えた。
「そうなんだ。それにしても、飛竜は速いね。僕達が通ってきた道があそこに見えるけど、もう、こんなに移動したなんて。それに意外と快適だ」
「結界の外は、かなりの風と低温だ。魔法が使えない者に空の移動は厳しいな」
まるで当たり前のように告げられたが、レオンハルトは先程から疑問に思っていたことを尋ねてみることにした。
「こうして普通の声で会話が出来るのも素晴らしいね。アリシア、いつ結界を張ったんだい? 詠唱が聞こえなかったけど」
「聖石を持つ者に詠唱は不要だ、レオン。私達は詠唱無しで魔法を使うし、多重行使も可能だ」
返ってきた言葉は、レオンハルトを今日何度目かの驚愕に陥れた。
魔法は、体内にある程度の魔力を持つ者が、詠唱により魔力を現象化させて、事象を引き起こすことだ。それなりに集中力とイメージ力と計算が必要とされ、魔法の効果には魔力量も影響する。だから高名な魔法師でも、同時には二重行使が限界だ。
レオンハルト自身も魔力が豊富な優秀な魔法師であるが、二重行使なんて滅多にやらない。連続行使の方が、余程効率がいい。
それを無詠唱で、多重行使なんて……それに、私達と彼女は言った。
「聖石を持つ者って、君だけじゃ無いんだ?」
「レーヴェルランドの女なら、皆、身体のどこかに聖石を持っている。身体能力にも影響しているから、皆強い」
「驚いた。まるで違う生き物みたいだ」
「そうかもな。だが、父親は普通の人間で、母親の肚から産まれてくるのは、貴方たちと一緒だよ。まあ、思考や文化がかけ離れているのは否定しないが、こうして大陸共通語での会話だって出来る」
思わずレオンハルトの口から溢れた感想に、アリシアはそれを否定はせず、淡々と答えた。が、レオンハルトはハッとして、自分の失言を詫びる。
「言い方が失礼だったな。ごめん、アリシア。別に差別しているわけじゃないんだ。ただ、今回、君達のことを初めて知ったから。父は……前から知っていたようだったけど」
「……そうだな。私達は圧倒的な少数民族だ。この広い大陸の方々に散って、魔獣討伐や護衛の仕事をしているが、冒険者ギルドを介して、それぞれ単独で行動しているのもあって、そんなに知られてもいない。だから無理もないさ。貴方の父親が特殊なんだ」
そう言って、アリシアはふと斜め後方を飛ぶセシルが乗る飛竜を見た。今は額に現れている濃い紫色の聖石が、太陽の光を受けてキラリと光る。
レオンハルトは、アリシアのその横顔を何と無しに眺めながら、ふと、父の言葉でもレーヴェルランドのことを聞いてみたいと思っていた。
だからだろうか? 父の顔を思い浮かべたレオンハルトは、なんとなくアリシアに尋ねていた。
「そう……ねえ、君の家族のこと、聞いてもいい?」
アリシアは視線をふいっと前に戻すと、また淡々と話し出す。
「別に特別変わったことはない。両親がいて、下に妹が4人いる。二つ下の双子の妹達が先日16歳で成人したから、この仕事にも参加すると言ってたな。その下は14歳と12歳」
じゃあ、アリシアは今18歳なのか……と思いながら、何故女王?と疑問に思う。
「ご両親がいるのに、君が女王なの?」
「レーヴェルランドの女王は血統じゃない。額に紫色の聖石を持って生まれた者が、16歳の成人を迎えると女王として立つ。額に聖石を持つ者は、常に一人しか存在しないから」
「それは……なんていうか。初めて聞くシステムというか、神の意志みたいなものを感じるというか……」
「そうだね。神の意志って、その通りだと思う」
レオンハルトには信じがたいが、レーヴェルランドの民達は、自分たちよりも身近に神がいて、その在り方や生き方に大きな影響を受けているのかもしれない。女王は、立場を全うするための宿命を持って生まれてきているのかも……
そんなふうにぼんやりと考えていたレオンハルトに、不意にアリシアが問いかけた。
「レオンは?」
「え?」
「レオンの家族のことを聞きたい」
これまで質問一方だったレオンハルトに、初めてアリシアが尋ねたのは、彼の家族のことだった。
なんとなく、人にはあまり興味がなさそうで、自分から話題を振るのが苦手そうな彼女が、レオンハルトの家族に興味を持ってくれたらしいことに、ちょっと嬉しくなる。
「喜んで。アリシア、僕の大切な家族のことを君に聞いてもらえて嬉しいよ」
そう言ってレオンハルトは、両親や兄の事、そして少しだけ自分のことも、アリシアに話して聞かせるのだった。