後日譚 5 冒険者夫婦への護衛依頼
ルーウェンは、ヴォルフとアリシアの部屋を訪ねて、彼らに向き合っていた。
「俺達を雇って、大陸の国々を見聞する?」
ヴォルフの言葉に背筋を伸ばして、ルーウェンは真剣な表情で二人を見た。
「はい。僕はシャウエンの学者の卵なんです。
幼い頃から異国の国々に興味があって、ずっと言葉を学んで、魔法や剣を習得して、成人してやっと旅に出ることが出来ました。
ずっとシャウエンの外の国がどうなっているのか? 人々がどんな暮らしをしているのか? どんな文化なのか? 宗教は? など興味が尽きなくて。
でも、タオが怪我をしてしまって」
「……そうだね」
少し間をおいて、アリシアが無表情に頷く。
旅に出て早々にタオが怪我を負い、ルーウェンは心細さも感じていた。でも、この二人はシャウエン語も理解してくれる。それだけで、ルーウェンはすごく安心出来たのだ。それに、自分が考えていた見通しが甘かったことも、思い知った。
「僕は生まれてからずっと狭い世界で過ごしてきました。こんな僕でも、国では結構強かったのに、外にはあなた方のような冒険者がいて、力不足を実感しました。
僕は、こちらの常識も知らないし、言葉もどうしてもシャウエン語の癖が出てしまう。
それに道中、あのように多数の魔獣に襲われても、対処出来ない……
ですから、あなた方に護衛として、同行してもらいたくて。
お二人は冒険者なんですよね? 引き受けていただくことは出来ないでしょうか?
タオの治療費と護衛依頼の費用、こちらでいかがでしょう」
ルーウェンは、収納用ストレージから大粒の宝石を四粒テーブルに並べた。
全て質の良い宝石で、オパールとサファイアの2種類だ。どれも一粒白金貨で1〜2枚の価値はありそうだ。
アリシアは、その中から1番小さなオパールを一粒手に取って、それをじっと見つめる。
「ルーウェン、これはシャウエンで採れる貴重な宝石だね? では、この一粒だけ、さっきあなた達を助けた分とタオの治療費として貰うよ」
「え?」
護衛は?と、ルーウェンは不安そうな表情を浮かべる。
アリシアがそんな彼に気がついて、言葉を続けた。
「ああ、護衛も受けるよ? ただ、依頼料は別の物でも良い?」
「別の物?」
「私達も、タイヤーン・ラ・シャウエンに行ってみたい。こちらの国々は私達が案内するから、シャウエンの国内は、ルーウェンが案内してくれないかな?」
「あなた方が、シャウエンへ? どうして?」
ルーウェンはアリシアの意図がわからず、思わず問い返す。
「私のご先祖様がね、シャウエンに縁があるんだ。だから、見てみたくて。
シャウエンは外国人を受け入れてない?」
「いえ。そんなことはありません。ぜひ来てください。歓迎します!」
やはり助けて貰ったあの時、二人はシャウエンに向かっていたのだ。
ルーウェンはなんだか嬉しくなる。アリシアの先祖がシャウエンに縁があるということは、あの地に異国から来た者の子孫がいるのかもしれない。
彼らは一体どの領地で、どんなふうに暮らしているのだろう?
湧き上がる興味に思わず声が弾んでしまった。
そんなルーウェンに、ヴォルフは小さな笑いをこぼす。
「決まりだな。アリシア、タオはどうする?」
アリシアは少し考えるように目を伏せて、曲げた人差し指を顎にあてている。
やがて顔を上げると、ルーウェンを見た。
「ルーウェン、タオにはしばらく世話人が必要だと思う。こっちでの相場は、薬代を入れて週に銀貨3枚前後かな? それと療養用の宿代が食事付きで週に銀貨4枚程度。良ければ信頼できる薬師を呼ぼうか?」
「アリシアさんのご紹介なら、安心です。ありがとうございます」
ルーウェンには、こちらでの貨幣価値が今ひとつわからないが、換金できそうな宝石はいくつか持ってきている。
先程出した石よりも、小さいものを後でいくつか換金しよう、と彼は決める。
タオの療養費についてはアリシアの言い値だが、彼女の様子を見ていれば、問題ないような気がしていた。
その翌日、ルーウェンはヴォルフに連れられ、いくつか手持ちの宝石を換金し、馬車でタオを療養用の宿へと移動させた。
ついでに貨幣価値や相場についても、ヴォルフや宿屋の主人から教えてもらう。
アリシアが提示した額は、まさに平均といったところで、ルーウェンは彼女の言う通りに払うことにした。
昼過ぎ、ヴォルフとルーウェンが食事をしてタオのいる宿に戻ってくると、アリシアともう1人、肩までの長さの亜麻色の髪に水色の瞳の、綺麗というより可愛らしい感じの少女が待っていた。
ルーウェンは思わず目を惹かれて、彼女をじっと見つめてしまう。
アリシアは、まるで息を呑むほどの完璧な美貌を持ち、どこか人形めいていて近寄りがたい感じがするのだが、今目の前にいる少女は、なんとなく目で追ってしまうというか、多分ルーウェンの好みの容姿なのだと思う。
(アリシアさんに面差しは似てるけど、可愛らしい娘だよなあ)
ルーウェンがぼんやりそんなことを考えていると、アリシアが並んで立つ少女を紹介しようと口を開く。
「ルーウェン、タオの世話係として呼んだマルシアだよ」
少女はふわりと微笑んで、ルーウェンに向き合った。
「初めまして、マルシアです。薬師をしています」
トクリ、と、ルーウェンの心臓が跳ねる。だが、それを抑えて、彼も微笑んだ。
「あ……ああ、初めまして。ルーウェンです。薬師って、若いのにすごいね。えーと、君はアリシアさんとは……」
「妹だよ。17歳だけど、腕は保証する。シャウエンの言葉も話せる」
ルーウェンの疑問にはアリシアが答えるが、彼の視線は、マルシアから動かない。
「そうなんだ。よく似た姉妹ですね。君も魔法師?」
「はい。でも、私は姉様達みたいに強くはありません。昔から薬に興味があって、薬草を育てるのとか薬を生成するのが得意で……任せてください。タオさんは必ず元気になります」
マルシアは自信を持って、ルーウェンに言い切った。
実際にマルシアの薬師としての腕前は、レーヴェルランドの薬師長を務める母のお墨付きだ。それにシャウエン語についても、アリシアからヴォルフ同様に魔法で共有されていた。身内ならではの強引な方法だが、1日数時間の世話程度の会話なら、問題ないだろう。
目の前のルーウェンという青年には頼りなく見えるのか? やけにジロジロと見られているが、ここは彼に安心してもらうためにも、きっぱりと言っておかないと、とマルシアは胸を張った。
「引き受けてくれて、ありがとう。タオをよろしくお願いします」
そう言って、頭を下げたルーウェンに、マルシアは嬉しそうに「はい!」と返事して、早速タオの様子を見に部屋へと向かう。それを追うようにルーウェンも彼女に続き、「案内するよ」と隣に並んだ。
その様子を眺めていた夫婦は、互いに視線を交わす。
「ヴォルフ……聖石の演算機能を使うまでもなく、波乱の予感がする」
「ああ。だが、こういうのは、なる様にしかならん。諦めろ」
マルシアは、確かに可愛い。だが、薬生成とその効果の検証以外への興味は薄い。薬師としての腕はいいのだが、他人の気持ちの機微に気付きにくいところがある。それに、彼女はああ言ったが、アリシアや双子には及ばずとも、戦士としてもやっていける程度の腕はある。魔獣討伐に関しては、ルーウェンよりも上だろう。
そして、リーリアとルーリアは、マルシアとその下の妹イリアを溺愛している。
「まあ、ルーウェンはこれから旅に出るんだし、タオが回復すればマルシアもレーヴェルランドに戻るから、そう接点もないか……」
希望的観測を呟いたアリシアに、ヴォルフはなんと答えていいかわからず、曖昧に笑う。
彼は、初めてアリシアと剣を合わせたあの短い時間で、彼女に囚われた。自覚したのは随分と経ってからだが。
だから、一目惚れのような心を動かされる感情を否定しない。
それが運命になるかは、誰にもわからないのだから。
ただ……
(あの二人が想い合うようなことがあれば、障害が多いだろうな)
と、少し気になるだけだ。
翌日の早朝、ルーウェンと夫婦は、街から少し離れた砂漠まで来ていた。
そこには、飛竜スーリーが待っていた。アリシアが近づくと、まるで「撫でて」というように頭を擦り寄せてくる。
アリシアは、飛竜の厳つい鼻面を優しく撫でながら、声を掛けた。
「スーリー、大人3人頑張れる?」
スーリーは、まるでそれに答えるように、アリシアの手を舐めた。
「ふふっ、ありがとう」
「すごい。意思疎通出来ているみたいだ……」
珍しく表情を緩めたアリシアと懐くスーリーの様子を、怖々と眺めていたルーウェンだが、両者の微笑ましい様子に思わず言葉がこぼれた。
それを聞いたアリシアが、振り返る。
「出来てるよ。スーリーは、幼い頃弱い個体で、私が魔力を分け与えて育てたからね。なんとなく意志の疎通は出来る」
「飛竜と人間が、こんなふうに共存出来るなんて」
なんとも言えない感動が、ルーウェンの胸に湧き上がる。
だが、それを戒めるように、ヴォルフが口を開いた。
「ああ、ルーウェン、一応言っておく。大陸で人間に使役されている飛竜は、スーリーを入れて5頭だけだ。俺達が、わざわざこんなところまで来てスーリーを呼んだのも、街の住民を驚かせない為だからな?」
「…………はい?」
「あと、S級冒険者も、今現在の大陸では俺達二人だけだ。これ、一応証拠の冒険者カード」
「…………大陸に二人だけ?」
ヴォルフが差し出した薄い金属版に魔鉱石が張られたカードには、大陸共通語でヴォルフの名とS級の表記、さらにパーティー欄には「紫紅 S級」とも記載されていた。裏面には、日付と各階級毎の人数とパーティー数も出ている。確かに、S級の欄には2、パーティー欄には1とあった。こちらは、ギルドに依頼達成報告をする度に、更新されるらしい。
大陸中で、5頭と2人だけ……その特異性と彼らに出会えた奇跡に、ルーウェンは押し黙る。
「だから、まあ、お前は弱いわけじゃないというか、むしろそうだな、お前ならA級か、限りなくAに近いB級位?だと思う」
ヴォルフは自分たちが少々特殊で、ルーウェンは決して弱いわけではないと伝えてやるが、どうやらルーウェンが黙り込んだ理由は違うようだ。
「そんな……まるで、セイラン様のお導きみたいだ」
両手のひらを合わせて、目を伏せて答えたルーウェンに、アリシアが首を傾げる。
「セイラン?」
「シャウエンの始祖であり神の子である、セイラン様のお導きですね、きっと」
神の子、セイラン……と、アリシアは口の中で小さく繰り返して、ルーウェンをじっと見つめる。
「そう……レーヴェルディーヤじゃないんだね」
「レーヴェルディーヤ?」
今度はルーウェンが、不思議そうにレーヴェルディーヤの名を繰り返した。
「こっちで主に信仰されている神。女神だよ。国によって、少しずつ異なっているみたいだけど、大元はレーヴェルディーヤに行き着く感じ。
まあ、南部の国々は、宗教自体が形骸化されて神への信仰心はほとんど無いらしいけど」
アリシアの説明を、ルーウェンは興味深げに聞いている。
「なるほど。勉強になります……じゃなくて、僕がお二人に出会えたのは、お互いの神様達のお陰ですね、きっと。
大陸に二人しかいない最強の冒険者と、人と共存する飛竜なんて、お伽噺みたいでワクワクします。
本当に、旅に出て、よかった」
何やら感動的に神の奇跡を喜ぶルーウェンに、ヴォルフは苦笑した。
「まあ、そんな訳で、一般人はアリシアみたいな魔法は使えないから、一応な」
「そうですか、ちょっと安心しました」
(アリシアさんは本当に不思議な人だ。すごく特別な事をしているのに、街なかにいても、容姿はともかく行動は、人々からあまり浮いていない。ヴォルフさんと二人、当たり前に溶け込んでいる感じがする)
ルーウェンはどうもこの夫婦を掴みきれないでいるが、信頼できるとは思っている。
二人に促され、取り敢えず飛竜に乗り、一番前に跨った。続いてヴォルフ、アリシアの順だ。
「さて、じゃあ、どこから行く?」
ヴォルフがアリシアを振り返る。
「バジャルタの首都からかな。そこから南西に順に進んで、カルディス、ベルハルトと南下して行くかな」
「妥当だな」
ヴォルフが答えて、スーリーの背を軽く叩く。
するとフワリと軽い浮遊感と共に、飛竜が飛び立った。同時に三人を覆う結界が張られる。アリシアだ。
少しずつ地面から遠くなり、やがては視界にドワールの街並みが小さく見えてくる。
「すごいです! 空を飛んでる! 飛竜達はいつもこんなふうに僕達を見ているんですね!」
興奮したように声を上げるルーウェンを、ヴォルフ達は微笑ましく眺める。
学者の卵を名乗るシャウエンの皇子を護りながら、この純粋な若者が、国や民を愛しやがては良き指導者に成長出来るような手助けが出来ればいい、そう思いながら、ヴォルフはルーウェンに眼下の景色を説明してやるのだった。




