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後日譚 3 旅立ちと危機

 早朝、黒い外套に身を包み、早足で歩く二人の男達がいた。

 ここは、険しい山脈を越えて行き来する商隊の為に整えられた細い山道だが、魔獣に遭遇することもある危険な場所だ。


 タイヤーン・ラ・シャウエンを、大陸の他の地域から隔てている国境の山脈シンシン。

 大陸の東側に位置するこの山脈は、まるでこの国を囲うように聳え立っているが、その麓から山頂にかけてを(シンシン)家が治めており、星の神への神事を執り行っている。山はそれぞれ星の名がつけられ、天空に近い頂上付近は、聖地とされていた。


 また、シンシンから流れ出すいくつかの河川は、やがて大湖に流れ込み、広大な湖は豊かで美しい水を湛えていた。この湖の周辺一帯は、(ウーボア)家が治め、湖から海へ向けて流れ出す大河の豊富な水源が潤す穀倉地帯を大地(ルーディー)家、湖と大地の北部に(ユーリャン)家、南部に太陽(タイヤーン)家、その東側に広がる海側を(ハイヤーン)家がそれぞれ治め、神々に祈りを捧げ、自然の恵みに感謝していた。


 この自然豊かで信仰心に厚い国シャウエンでは、皇都であるタイヤーンを中心に、星、湖、大地、月、海の五大貴族家により魔獣討伐も行われており、水や穀物や海の幸山の幸などの恵みも、国内で上手く流通分配されて、大きな争い事もなく永く国は続いてきた。

 約1000年の間、タイヤーン家に続く神の血筋と祈りが、この国に平和を齎しているのだと、皆そう信じている。

 実際に、かつてのセイランが持っていた大きな魔力が、何度も人々を救い、癒やしてきた。

 今も天皇家である太陽家と、五家を中心に生まれる強い魔法師達は、魔獣討伐や治安の維持、災害の防止などにその力を使っている。そして、代々の君主や当主たちは、セイランの遺した言葉を大切に守り、国と民を導いてきた。


 そして今シンシンを越え、この国を出る為に歩く人物の一人は、背が高く大剣を背負った体格のいい男で、黒髪を刈り上げた強面だが精悍な面立ちの、武人タオ。今年24になるが、もう少し年嵩に見える。

 そしてもう一人は、タオより身長は低いもののバランスの取れた体躯の青年で、18の成人を迎えたばかりの端整な顔立ちの若者ルーウェン。背まで長く伸ばした艷やかな黒髪を一つに結び、腰に剣を携えている。その瞳は黒っぽいが光の加減で紫色に見えることもある。剣を持ってはいるが、本職は魔法師だ。

 二人とも身なりは簡素で機能的なものだ。外套は黒一色で、地味。フードを被れば、ただの旅人に見えるように装っている。


 空模様は雨から雪へと変わってきた。

 夏から秋へと季節が変わる時期、標高が高いこの辺りはもううっすら雪が積もっている場所もある。ここから更に登れば、気温は更に下がっていく。身体が濡れれば低体温で命を落としかねない厳しい環境だ。空気も薄い。

 他国との交易のための商隊が、比較的天候の落ち着いている夏の間しか行き来できないのは、この山脈の気象条件や環境が原因の一つだ。しかも山を越えれば今度は岩石砂漠が広がる為、どうしても暑さを避けて北側に進路を取ることになる。距離や地理や気候的に、大陸北部に位置するバジャルタが、この国シャウエンとの夏の間だけの交易の窓口だった。


 二人は自分達の周囲に結界を張り、身体を濡らすこと無く歩いていく。

 そこに、一頭の熊型の魔獣が現れた。

 雄叫びを上げ、男達に向かって来る。

 背負った大剣を素早く抜き、タオがルーウェンの前に出る。そして、一刀のもとに魔獣を切り伏せた。

 心臓部分に大剣を突き刺しトドメを刺したタオが、ルーウェンを振り返る。


「ルーウェン殿下、大丈夫ですか?」


 殿下と呼ばれたルーウェンは、頷くと苦笑を浮かべる。


「ああ。だが殿下はやめてくれ、タオ。僕とお前は、一介の旅人。お前の方が歳も経験も上だし、不自然だろう?」


 ルーウェンの言葉に、どことなく困った様子のタオは、しばし逡巡する。


「しかし……ルーウェン殿下、いやルーウェン様は」


「タオ!様もなし! 僕達が今向かっているのはどこだ?」


「……異国です」


「その異国で、様とか殿下とかで呼ばれたら、トラブルしかないだろう? この国の街なかに、殿下と呼ばれるような旅人がいたらどうなる?」


「………下手をすると、兵士か警邏に声をかけられそうですね」


「僕達は、異国の情報が本当に少ない。だが、一部の国の治安は、この国よりずっと悪いと聞く。

 それに、他国にも王族や皇族がいる国があることは知っているけど、それがその国でどういう意味を持つかわからないだろ?

 下手をすれば不敬罪とか、他国からの間者を疑われるかも知れない。

 それに、従者を付けられそうな裕福な家庭の出身を思わせるような事も避けたい。旅に不慣れな金持ちの家の息子と護衛の旅なんて、犯罪者にとっていいカモだろう?

 ただの旅人とか冒険者の方が、トラブルなく情報も得られる」


「おっしゃるとおりです」


「お前も僕も、この国しか知らない。

 僕は、幼い頃から異国の書物や商隊の記録とかに目を通したり、言葉を学んだりしてきたけど、実際に使い物になるかは行ってみないとわからない。

 途中は難所も多いと聞いている。だから、僕は魔法も剣も一生懸命学んできた。自信はあるけど、無事に異国の国に辿り着き、見たいものを見て、学べるかなんて、わからない。

 最悪、命を落とすかも知れない。

 こんな旅にお前を巻き込んで申し訳ないとも思っている。

 でも、僕は、どうしても行ってみたいんだ。この国の外に、どんな世界があるのか、知りたい!

 商隊に紛れ込む事も考えたけど……」


「いけません! この国でも最も尊い方が、商隊に紛れ込むなど。

 それにそんなことをすれば、シンシン家の知るところに」


「それが一番安全に旅が出来るとは思うけどね。でも、この時期はもう商隊は来ないし、僕の不在が五大貴族家にバレるのもまずいんだろう? 

 それに、商隊に紛れたとして、僕を気にして彼らの旅を邪魔するのも本意じゃない。

 だから、タオ、今は二人だからいいけど、この先も考えて、せめて兄弟とか、友人に見えるような振る舞いに慣れてくれ」


 いや、兄弟は無理があるだろうと、タオは思う。そもそも全く似たところが無い。

 ルーウェンは、高貴な神の子の子孫だ。この国の始祖セイランの血筋で、今国で最も魔力が多く、神に愛された御子と言われている。

 そのルーウェンの旅に護衛として選ばれたタオは、一応五大貴族家に連なる傍系の出身だが、武人としての腕と多少の魔法が使える為、第二皇子ルーウェンの護衛官として成り上がってきた只人だ。


「殿下の旅に同行出来るのは、私の希望でもあり、誉です。申し訳ないなどとは、おっしゃらないでください。

 それに殿下が幼い頃から夢を叶える為に努力されてきたことも知っています。ですから、出来るだけ希望に添いたいとは思うのですが……

 友人や兄弟というのは、ちょっと。せめて、そうですね、若い研究者と護衛というのはいかがでしょう?」


「まあ、その辺りが妥協点なのかな?」


「じゃあ、私は、先生とお呼びします」


「わかったよ、タオ。それでよろしく頼む」


 ルーウェンは諸々諦めて、再び歩き出す。

 今日中にはシンシンを越えてしまいたい。

 その先に待っているのは、どんな風景だろう?

 どんな人々が暮らしているのだろう?

 興味は尽きない。

 ルーウェンは4年ほど前から、シンシンまでやって来た商隊の商人やその護衛達に、身分を隠して何度か会っていた。

 黒や焦げ茶の髪と瞳を持つこの国の民達とは異なる、顔立ち、髪や瞳や肌の色、そして言葉。

 彼らが旅してきた外国の話は、いくら聞いても飽きることはない。

 彼らから、書物を始め他国の布や魔道具、珍しい茶葉や菓子、宝石や細工物などを買い求めた。

 この国からは、海家で採れる大粒な真珠、星家の鉱山から採掘される質の良い宝石、魔鉱石を加工して染めた布や、この国の固有種の動物の毛を刈って織られる織物、そして美しい漆塗りの食器などを外国で売るという。

 商隊の護衛からは、厳しい旅路の様子を聞いた。護衛には屈強な男達の他、二人ほど毎度顔を見る妙齢の女性達がいたが、彼女達は優れた魔法師であり薬師でもあるという。彼女達がいなければ、商隊がこの国に辿り着くのは厳しいらしい。

 ルーウェンは、書物を読み漁り、大陸共通語といわれる言葉を学び、魔法や剣の腕を上げ、いつか自分の目で大陸を旅したいと思い努力を重ねた。

 もちろん皇子としての本来の勉強や責務にも手を抜くことは無かった。

 家族はそんな彼をただ見守っていてくれた。

 そして、成人を迎えたその年、天皇である父より、1年間の期限付きで、外国に出ることを許される。ただし、この国の次代の天皇に最も近いと言われている彼の不在を、五代貴族家の知るところになれば猛烈な反対と妨害に合うだろうから、バレないようにこっそりと行きなさい、と。

 ルーウェンは、第一皇子である兄ライデンの協力を得て、身分を隠し、タオと二人皇都を出た。

 穏やかで優しい大好きな兄に少々負担をかけてしまうのは心苦しいが、幼い頃から願い続けてきた夢が叶ったら、きっと兄に恩返しすると決めている。

 だからこの旅で多くを学び、それをこの国の為に役立てることが出来るように……

 それが今のルーウェンの願いだ。


 二人は無事にシンシンを越えて、野宿を繰り返し、山の裾野伝いに北上して、岩石砂漠へと進んでいた。

 質のいい収納用の魔道具のお陰で食料や水に不足はないが、野宿を繰り返し、魔獣を倒しながらの移動に、疲労が溜まってきていた。


 砂漠を進むこと数日、予定では今日中に北部のバジャルタ国東端の街に到着出来るはずだ。

 地面の形状も変わり、岩より砂地と石が主になってきた。


 身体強化を使いながら、随分と遠くまで移動してきていた。

 いよいよか、とルーウェンが感慨に耽っていると、感じる魔獣の気配。


 咄嗟に詠唱し、身体強化から防御結界に切り替える。

 タオは素早く大剣を抜いて、一匹仕留めていた。蠍型の体長50cm位の魔獣だ。だが、まだ数は多い。

 しかし、それだけじゃない。まるで囲まれるように地中から湧いてくる不気味な気配。


「何だこの気配?」


 すると、眼の前の砂がザンッと盛り上がり、そこから蛇型の巨大魔獣が現れた。鎌首をもたげ開けた口には牙が見える。口の大きさだけで、大人の背丈ほどあり、体長は10m程にもなる。それが8匹?

 他にもおそらく蛇型魔獣に追われた蠍型魔獣がワラワラと周囲に集まってきていた。

 先程タオが仕留めた魔獣は、すでに蛇の口の中だ。


 ルーウェンも剣を取る。

 取り敢えず蠍を仕留めながら、蛇に向かって死骸を投げてやる。

 戦いながら、火炎魔法の詠唱を唱える。そして、タオと二人、風上へと移動した。


「火炎の嵐よ、焼き尽くせ!」


 続いてルーウェンは短かく詠唱し、二人を囲うように球体の結界を張った。

 結界の外側で、吹き荒れる炎の嵐が、魔獣たちに襲い掛かる。

 しかし……焼けたのは蠍型の魔獣だけだった。


「火に耐性があるのか⁉」


 蛇型魔獣が、ルーウェン達を、エサ兼敵と認識した。

 ルーウェンに焦りが生まれ、魔力が揺らぐ。

 タオは、ルーウェンに向かって口を開けた蛇型魔獣に、大剣で切りつけた。

 口の下から腹にかけてを割かれた蛇がのたうち回り、その尾でタオを打った。しかし、身体強化されたタオにダメージはない。その隙にルーウェンの剣が、今度は蛇の頭部から串刺しにする。

 が、他の蛇が、二人に襲い掛かった。

 結界と身体強化を交互に行使しながらの戦闘だ。

 隙を見て攻撃魔法を使いたいが、何が効果的に効くのかわからず、打つ手がない。

 ジワジワと押され始めたとき、別の気配が、近づいてきた。


「あれは……」


 ルーウェンの表情が絶望に染まる。

 地竜が一頭、ゆっくりと向かって来ていた。


「タオ、蛇共の隙に結界でトンネルを作る。身体強化で走り抜けるぞ!」


 魔法の二重行使は、負担が大きい。下手をすれば魔力切れとなり意識を失ってしまうが、他に手立ては無かった。


「グアァッ……殿下! 行って下さい!」


 タオの声に振り返ったルーウェンは、一瞬凍りついた。

 身体強化をかけ続けているタオの魔力量も限界だったのだろう。

 蛇の牙が彼の腹を突き抜けていた。


「タオ! クソッ、氷槍!」


 ルーウェンの魔法が蛇の眼球を刺し、タオが振り払われる。

 しかし魔獣にとっては致命傷とはならず、更に攻撃するように鎌首をもたげた。

 タオを庇い、ルーウェンがその前に立つ。


「グッ……行って下さい……」


「タオ!」


 ルーウェンが二人を覆う結界を発動し、振り返ってタオの腹の傷を必死で押さえる。ジワリと滲んでくる血に彼の死が近付いているようでゾッとした。


 その時だった、二人の下に影が差す。


「え?」


 顔を上げたルーウェンの前に背を向けて立っていたのは、タオと同じ位背の高い男だった。

 ルーウェンの声に振り返った男は、黒髪に鮮やかな紅い瞳を持つ美丈夫。軽く口角を上げて、チラリとタオの様子に目を走らせた彼が、口を開いた。


「大丈夫か? ああ、ずいぶんと酷いな。結界はこっちで張り直すから、そいつの腹に結界かけて止血してやれ。もう少し耐えられるか?」


 どうやら、彼らを覆うように防御結界を張り直してくれるらしい。

 ルーウェンは男に言われるまま、タオの出血部位に血止めを意識して結界を施す。


「あなたは、一体、どこから?」


 ルーウェンが、突然現れた男に問いかけると、男は前を向いて答えた。


「悪いな、それは後だ。お前、そのまま連れを止血しとけ。俺達は、先にこいつらを片付ける。アリシア?」


 この状況に少しの緊張感もない声だ。

 俺達?と聞いてルーウェンは、彼がアリシアと呼びかけた方向へと視線をずらす。


 そこには、一人の女性が立っていた。

 いや、浮いていた。

 地面からおよそ3m程。

 淡い金色の髪を靡かせ、息を呑むほどの美貌。白い小さな顔にシンメトリーに配置されたパーツ、精巧に作られた人形のような貌。額に巻いたバンダナの下には菫色の大きな瞳。

 まるで、女神のようだ、とルーウェンはぼんやりと思う。

 しかし、口から出た彼女の言葉は、やや物騒だった。


「地中にもまだいる。鬱陶しいから、まとめて始末する。ヴォルフ、撃ち漏らしがあったら、片付けといて」


「わかった。こっちの結界も任せろ」


「よろしく。行くよ」


「⁉」


 彼女の言葉と同時に、ゴオッと地面が揺れる。

 なんだ? 何が起こっている?


 砂と石に覆われた砂漠の地面が、グニャリと波打ったように見える。

 そして次の瞬間、大地から剣山のような砂の塊がザンッと一斉に隆起した。

 尖った砂塊の先には串刺しになった蛇型魔獣が10数匹。

 それを上手く避けた蛇や地竜には雷撃が降り注いだ。


 ルーウェン達の側にいて、串刺しや雷撃を免れた魔獣は、男が振るう風魔法を纏わせた剣の前に、八つ裂きになった。


 ルーウェンとタオは結界で守られ、血飛沫一つ飛んでこない。


 あれだけいた強力な魔獣の群れが、一瞬にして全て死体となった。

 信じられない光景に、ルーウェンは言葉も出ない。

 ただ呆然と二人を眺めていた。

 その二人は気安い感じで話している。

 空中に浮かんでいた女性も、いつの間にか降りてきていて、男の隣に立っていた。


「また、ずいぶんと派手にやったな。ちゃんと元の地形に戻しておけよ?」


 男が女性の頭に手をやり、軽く撫でながらそう言うと、彼女は小さく頷いた。


「うん。ついでに死骸も埋めとく」


 彼女がおもむろに右手を振ると、今度は弱い振動と共に、砂の針山が崩れていく。

 ザラザラと流れるように、魔獣の死体の山も地中に埋もれて消えていった。

 その恐ろしいまでの魔力と魔法、そして多重行使にルーウェンの背筋に冷たいものが流れる。それに、彼女は詠唱すらしていなかった。

 が、ルーウェンのそんな心境などお構い無しに、男がこちらを振り返った。


「で、お前達は? ああ、重傷だな。アリシア」


「見せて?」


 アリシアと呼ばれた彼女が近づいてくる。

 そしてルーウェンの向かい側に膝を付くと、タオの様子を確認していく。

 ルーウェンはその様子にどこか現実感の無さを感じながら、彼女から視線を外せないでいた。



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