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後日譚 2 女王の巡礼

本日2話投稿しています。

「大陸の東に行く?」


 レーヴェルランドのエデンの地で、新居として住み始めた家を補修していたヴォルフに、城から戻ってきたアリシアが一言伝えると、オウム返しのような返事が返ってきた。


 二人が結婚してから、女王の伴侶ということでヴォルフは城内に住むことを許可されたが、スーリーがいるからと二人でエデンに居を構えることにして、先日ここに引っ越してきたのだ。通常何もなければ、アリシアはこの家からスーリーに乗って、毎日城まで通っている。

 ここは、久しぶりのエデンへの転入者、しかも女王夫妻ということで、議会が探してくれた庭付きの2階建ての空き家だった。夫婦二人で住むにはかなり広めだが、そのうち子供も出来るからと言われ、資金の潤沢な女王夫妻は、ポンと購入を決めたのだった。

 家は以前のオーナーが綺麗に手入れをしていて、すぐ住むことには問題なかったのだが、空き家になってしばらく経過していたので、ところどころ傷んでいる箇所もあり、ヴォルフはエデンに住む他の男手に助言をもらいながら、必要な箇所を少しずつ補修している。

 彼は、それも楽しんでいるようだ。

 ヴォルフは冒険者となって数年が経ち、一般庶民的なこういう生活にもだいぶん慣れて、全く違和感がない。

 ここに住む男達の中で、ヴォルフが元帝国皇帝だと知る者は、ミーシャの伴侶のリュシアン位だが、彼も素知らぬフリでヴォルフに接している。

 そのリュシアンも、今はB級冒険者として活躍しており、もうすぐ3歳になる娘を持つ、子煩悩な父親でもあった。


 アリシアはヴォルフをサンデッキへと誘い、茶の準備をする。

 遅れて来たヴォルフが、ベンチに腰掛けて冷たい茶を飲み始めるのを待って、アリシアは話を続けた。


「そう、大陸の東側。女王の巡礼に行けなかった期間が長すぎて、さすがに間があきすぎてるから、今代で早目に一度行って様子見てこいって、議会からの要請が来て」


 大陸の東部には、中央から西側の南北にかけて多く存在する様々な国々とは、ほとんど国交のない国が一つだけ存在している。

 地図上では大陸の中央山脈のほぼ中心に位置するレーヴェルランドは、多くの人口を抱える大陸の主要な国々から見れば、人口分布上ではほぼ東端にあたる。

 そのレーヴェルランドを囲う東側の山脈を超えると、乾燥した岩石砂漠のようなゴツゴツとした大地が広がり、その先に険しい東部山脈が連なっている。岩石砂漠の大地には多くの危険魔獣が生息し、東部山脈は標高も非常に高く、越えていくのはかなり険しい道となる。

 更にその先に広大な湖、大湖が広がって。そこを渡りきったところにある国が一つ。

 それが、タイヤーン・ラ・シャウエン皇国。

 なかなか訪れる者がいないため、幻の太陽の国と呼ばれていた。


 そんな難所続きの場所に行くのは、魔法の多重行使が可能なレーヴェルランドの女性達でも時間と手間がかかるだろうが、今レーヴェルランドには、飛竜がいる。

 大陸の創造の女神レーヴェルディーヤの意志を継ぎ、聖石を持つ女王が巡礼と称して各地を訪れる。目的は祈りではないが、女神の恩恵が出来るだけ多くの人々に与えられることを願うアリシアは、ガイヤーンに分かたれた地以外は、全て訪れるつもりであることは、ヴォルフも聞いていた。

 そしてその行程は、今代は飛竜のお陰で、ずいぶんと短縮できそうだ。


 ヴォルフは少し考え込むと、顔を上げて続けた。


「間があきすぎって、どのくらいなんだ?」


「ざっと100年くらい」


「は?」


 想像以上の期間に、ヴォルフは思わず聞き返す。


「前代女王候補は、成人する前に亡くなったし。先々代女王は、西から南までまわったところで女王をやめちゃったからね。東部へは、その前の女王が若い頃に行ったっきり。

 うちの女王制度は、女王候補として生まれてから成人して、死亡もしくは聖石を失くすまでが一代だから、間が空く時はすごく空いちゃうんだよね。

 まあ、成人女王不在を埋めるために議会があるから、日常は問題ないんだけど」


 ああ、レーヴェルランド女王制度が特殊なせいで、一般の国主の在位期間とはズレが生じているのか。アリシアも21歳にして、在位期間は年齢と同様だ。正式に成人女王となったのは、16歳からだが。

 三代前から100年……

 ヴォルフは、第63代目だというアリシアの聖石が持つ、長い記憶のことを思い浮かべたが、一旦頭から振り払う。


「なるほど。議会からの要請も無視できないな。

 ところで、先々代女王はベルハルトの王妃だよな? そういえば、あの国王とはどうやって出会ったんだ?」


 ヴォルフは、ふと先日ベルハルト王国で会った、コンラート王を思い出した。


「コンラート陛下がまだ若い頃、見聞を広める為に、商隊を率いて諸外国をまわっていたんだけど、ハーミリアはその護衛として雇われた。帝国や南部諸国を一緒にまわったんだけど、当時は飛竜もないし、時間もかかったみたいだね。途中でレーヴェルランドに戻って、セシルも産んでいるし。

 結局は、コンラート陛下と結婚することになって、女王はやめたから、東部にはいけなかったんだよ」


「ほう」


「そういうわけで、身重になる前に一度行きたいんだけど……」


 少し申し訳なさそうに、アリシアがヴォルフを見る。きっと、家族を増やせるのか、と言った彼の言葉を気にしているのだろう。

 何も気にすることはない、とヴォルフはアリシアの頭に手を伸ばし、髪を梳くように優しく撫でた。


「ああ。女王の巡礼に付き合うことは約束したからな。お前はまだ若いし、子供はもう少し先でもいいだろう?」


「うん。ありがとう」


 アリシアはホッとしたように力を抜くと、甘えるようにヴォルフに寄り添った。




 翌日二人は、城の図書館へとやって来た。

 ここには、各地に散った女性達が戻った時に、それぞれ滞在していた国々の様子を書き留めた記録があるのだ。

 二人は、それに目を通しながら、情報を集めていく。


「東部は地理的な問題もあるけど、独特な文化と宗教を持っていて、西側と関わりがほとんどないから、情報も入りにくい。言語も違うしね」


「言語も、か」


「ヴォルフには反則技になるけど、言葉だけなら、過去の女王の記憶を私と共有出来ると思うよ。ちょっと強引な魔法になるけど。100年前の知識だから、行ってから少し不自由かも知れない」


「充分だ。行けばなんとかなるだろう?」


 ヴォルフには想像もつかないが、便利な手立てがあるらしい。最初から学ぶより格段に楽だ。

 それに、基本が分かれば充分対応できそうだった。


「だね……あとは、信仰の対象がこっちとは違って、王が神の子として神格化されていて、天皇と呼ばれている。その下に五大貴族がいて、国をまとめているらしい。五家はそれぞれ、(ユーリャン)(シンシン)(ハイヤーン)大地(ルーディー)(ウーボア)だね。外からの干渉がない分、文化は独特で信仰心が強い」


「なるほど。まあ、その辺りは慎重に行動した方がよさそうか。北部のバジャルタと細々とした交易はあるようだから、多少の行き来はあるんだろうが……レーヴェルランドの人間は向こうにいないのか?」


「もちろんいるよ。数は多くはないけどね。皇族や貴族にはあまり関わらないところで、魔獣討伐や、僅かな交易を行う商人の護衛が多いかな。なにせ、行き来が大変だから、ずいぶんと有難がられてる。

 数年内に行っていた者もいるし、こっちを発つ前に会っていこうか」


 東部については、今のところこれ以上の収穫はなさそうだった。

 後は実際に行っていた者たちから、話を聞くしかないだろう。


「ああ。交流がないのは地理的な問題もあるが、魔獣が多い危険地帯を抜けていく必要があるからだしな。戦力としてはずいぶんと心強いだろう。

 そういえば、南部に行っていたレーヴェルランドの女達は、どうなったんだ?」


 ガイヤーンの結界が出来てから、結界の向こう側で聖石由来の魔法は行使できなくなった。女達がどうしたのか、気になるところだ。


「もう、向こうでは聖石の恩恵はないからね。全員引き揚げた。といっても20にも満たなかったけど。レーヴェルランドはもともと高地にあるから、暑い気候が合わない者が多くて。中央部を中心に北部にも結構行ってる」


「そうか。北部も手強い魔獣が多いから、助かるだろう。傭兵業より魔獣討伐業が多いのは、まあ平和な証拠だな」


「うん、そうだね」


 大陸では今、戦争になりそうな大きな火種や脅威は消え去った。

 治安の悪さや小競り合いはあるだろうが、概ね平和だと言える。

 ヴォルフは隣りに座るアリシアに手を伸ばし、その身体を膝の上に抱き取った。


「お陰でお前とこうして暮らせてる」


 頬に唇を落としながらのヴォルフの言葉に、アリシアは苦笑して答える。


「ヴォルフが皇帝をやめてくれたからね。セフィロスがガイヤーンの力も使ってくれたし。私はたいしたことしてないよ」


「お前がいなきゃ、何も変わらなかったさ。国々の争いは無くならず、北部は荒れ続けていただろう」


「……どうだろうね」


 答えるアリシアの声は、心做しか浮かない。


「どうした? なにか不安なことでもあるのか?」


 紅玉の瞳が、アリシアを覗き込む。そこに映る自分は確かに少し不安気だ。

 アリシアは、ヴォルフの前では、表情を取り繕ったり、消したりしない。それが彼に対する信頼と甘えからきていることを、ヴォルフもちゃんとわかっていた。


「ううん。このままこんな時間が、続くといいなって。

 でも、悪意によって何かしらの変化の種が生まれて、それが芽吹くのはわりと直ぐだから……大きな災いにならないうちに摘み取れるように、ちゃんと役割はこなさないとと思って」


 でも……とアリシアは時々思うのだ。何が善で何が悪なのか?

 芽を摘み取るという発想や行為が、酷く傲慢に思えることもある。女王の聖石を与えられた自身の力は強大で、簡単に人の運命を左右する。

 だからアリシアは、この力を持ちそれを振るうことを恐れていることも、自覚していた。

 そんな彼女の心を読んだように、ヴォルフはその手で、彼女の背を宥めるように優しく叩く。


「レーヴェルランドの女王の役割は特殊だからな。まあ、半分持ってやるって言ってるだろう? 独断専行はするなよ?」


「うん、ありがとう」


 そうやって、当たり前のようにアリシアを受け入れて支えてくれるヴォルフに、彼女はいつも救われて、毅然と前を向ける気がするのだ。

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