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帝国の女皇と王配の馴れ初め

ep20 「私的な晩餐」の後。

レオンハルトとアマリアのお話です。

レオンハルトが、アマリアにプロポーズしたエピソード。


 食事が終わり、それぞれ席を立って退室しようとしたところで、レオンハルトはアマリアを呼び止めた。


「アマリア殿下、この後、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


 アマリアは一瞬軽く目を瞠って、だがすぐに笑顔で答える。


「レオンハルト様、嬉しいです。よろしければバルコニーに出ますか?」


 もともと帝国の夏はそれほど暑くはない。夜ともなれば涼しげな風が心地よくさえある。酒精で少し熱くなった身体には、ちょうどよい感じだ。

 アマリアは侍女に茶の準備をするよう指示して、レオンハルトを伴い、三階にある広いバルコニーへと彼を誘った。


 夜空の星が美しく輝き、涼しい風が時々木々の葉を鳴らす程度に吹いている。

 眺めの良い場所に置かれた長椅子に、2人は少しだけ間を空けて並んで腰掛けた。

 侍女がワゴンに温かい茶を準備して、去っていく。

 おそらく護衛とともに室内に控えるのだろう。


 レオンハルトは、星空を眺めながら切り出した。


「アマリア殿下、貴女は、今回の陛下の退位について、反対しなかったのですか?」


 アマリアはチラリとレオンハルトを窺ったが、すぐに手元のカップに視線を落とす。


「……レオンハルト様、レオンハルト様こそ、侵略戦争を仕掛けた帝国とのこの縁談、思うところはないのですか?」


「……そうですね。正直に言えば、今回は私が人質となるための婚姻のようなものかと。

 あの戦争では、レーヴェルランドのお陰で勝利したものの、再び帝国に攻められれば、我々は敗戦となるでしょう。アリシアにも、これからは自分達で、と言われています。

 私は、ベルハルト王国を、民達を、国民が笑って過ごせる日々を愛しています。

 昔は、産まれながらに決められた立場や、自分の力の及ばなさに悩んだこともありましたが、今は、この手を広げて出来る限りを守りたいと思っています。武力や戦うことではなく、可能な限り平和的手段で。

 ならば祖国を守る為に、帝国で自分に出来ることをしようと、この話を受けました」


「レオンハルト様は、覚悟を持って、いらしてくれたのですね。

 私は……いえ、兄は、戦う人でした。

 私達兄妹は、幼い頃から命を狙われ続け、逃げても、隠れても、常に命を脅かされるような日々の中、育ってきました。

 ある日兄は、私や私達を守ってくれていた人達の為に、戦うことを選び、周囲からの悪意や脅威を薙ぎ払うべく、その手を血に染めて戦い続けてきました。

 帝国は、そうやってここまで大きくなりました。

 今回の戦争も、ベルハルト王国を狙い、そこを足がかりにわが国に攻め入ってくることを狙っていた、南部の国を牽制するものでした。

 レオンハルト様の国を巻き込むような形になってしまい申し訳ありません。

 でも、あの戦争で、兄はアリシア様に出会ったんです。皇帝としてあるなら、戦いを手段にするな、と言われたと」


「アリシアが、ですか」


 レオンハルトがアマリアを振り返る。

 琥珀色の瞳に驚きの色が浮かんでいた。

 アマリアは、そんな彼に小さく微笑んだ。


「はい。戦争から戻った兄は、ずっと考えていたんだと思います。戦いを手段にすることなく、私達を守る方法を。

 でも、私はもう守られるだけの子供ではありませんし、周囲の者達も、当然この10年の間に成長もしました。政治や経済、法律の整備など、国を維持するために必要な知識や手段も、側近たちと共に充分身に付けることが出来ました。

 ですから、兄が……戦うことしか知らない兄が、退位を望んだ時、私はやっと兄の為に役に立つ事が出来ると、そう思ったんです」


「やっぱりアリシアはすごいな……あの皇帝陛下を、そんなふうに変えてしまうのだから」


 レオンハルトはその優しげな顔に、少しだけ苦いものを含んだように笑った。

 アマリアはそこに、彼のアリシアへの思慕を見つけて、でも、気が付かないふりをして続けた。


「本当にそう思います。アリシア様がいらっしゃってからの兄は、本当に楽しそうで。あんなふうに笑っている兄を見ると、とても反対なんて出来ませんでした」


「そうですか」


 二人の間に、しばらくの沈黙が訪れる。


 それを破ったのは、レオンハルトだった。

 先程の表情はきれいに消して、まっすぐで真剣な眼差しが、アマリアを見つめる。


「アマリア殿下、貴女は、これからどうしていきたいですか?」


 アマリアもレオンハルトに真摯に向き合った。


「兄が懸命に作り上げたこの国を、愛して、守っていきたい。私も、出来るだけ国民が笑って過ごせるような、そんな国に出来たら、とても嬉しいです。私は、これからの人生を掛けて、国の為に尽くします」


 アマリアの答えに、レオンハルトは満足そうに、嬉しそうに微笑んだ。


「レーヴェルランドの女王が望んだ未来を、貴女も視ているのですね」


「そうなのですか?」


「彼女は、大陸に住む人々が、そうであって欲しいと願っていますから。

 女王として生まれ、レーヴェルランドを愛し、神の意志を持って、大陸の平穏を願う……アリシアはそんな女性です」


 憧憬を込めてそう言ったレオンハルトに、アマリアは確信を持って、尋ねた。


「レオンハルト様は、アリシア様のことをお慕いしていらっしゃいますの?」


 レオンハルトは、浮かべていた微笑みを少し寂しげなものに変える。


「そうですね、初恋の女性でしたよ。自覚してすぐに、彼女と同じ道には行けないと、諦めましたが……彼女の進む先が幸せであれば良いとは、願っています」


 婚約する相手から、別の女性への初恋を打ち明けられたのに、アマリアは不思議と不快を覚えなかった。

 多分、彼とは出会ったばかりで、恋情を抱くなんてことはなく、王配として好ましい人物だろうな、という気持ちしか持っていないからだろう。

 それに、レオンハルトはその恋を終わらせて、国の為にここに来たと正直に言ってくれたし、そもそもアマリアは、アリシアにも好感を持っている。


「そうですね。アリシア様は不思議な方。でも、とても寛大で、優しい。あの兄が、共に着いて行ってもいいのでしょうか?」


 あんな素敵な女性に、今まで女性に冷たかったあの兄が、付き纏ってもいいのだろうか? とも思う。


「アリシアは受け入れたのでしょう? それとも、兄君と離れるのは不安ですか?」


 レオンハルトは微笑みながら、少し探るようにアマリアに問う。


「いえ、そんなことありません。私はただ、あの兄が……」


「ええ、大好きなんですよね?」


 更に笑みを深めて、心の奥を暴こうとするレオンハルトに、アマリアは戸惑う。


「え?」


「寂しくて、行って欲しくない?」


「そんなことはありません。兄は朴念仁だから、アリシア様にご迷惑かけないかと心配なだけです!」


 レオンハルトに揶揄するように言われて、アマリアは思わずムキになってしまった。


「ハハハ……皇女じゃなくて、女性としての貴女はとても可愛らしい」


「……レオンハルト様は、ちょっと意地悪ですね」


 レオンハルトを軽く睨みつけて言ったアマリアに、彼は素直に謝罪する。


「これは、失礼しました。

 アマリア殿下、貴女のお考えはわかりました。

 この婚約、私は、いえ、僕は喜んでお受けします。

 アマリア殿下……」


「いやです」


「は?」


 この流れでの「いやです」に、訳がわからない、といったように呆けたレオンハルトに、アマリアは続ける。


「アマリア殿下じゃなくて、アマリアって呼んでください。だって、アリシア様のことは、アリシアって呼んでいます」


「プッ……ハハハ」


 途端に、王子という仮面を外し、素のままで吹き出したレオンハルトにアマリアは驚いた。

 目の前にいるのは、ベルハルト王国の第二王子ではなく、22歳のただの男性だ。


「やっぱり、君はとても可愛らしい。では、僕のこともレオンと」


「レオン様」


 アマリアが大事そうに、ゆっくりとその名を口に乗せる。

 レオンハルトは、彼女の前に跪いて、その手を取った。


「アマリア、貴女の民を思う心、帝国の女皇として生きていく覚悟に感銘を受けました。

 でも、女性としての貴女もとても可愛らしい。

 僕は、そんな貴女を支えて、共にこの帝国とベルハルト王国の繁栄の為に、力を合わせて、働いていきたい。

 どうか僕を、貴女の伴侶にしてください」


 アマリアの淡い紅玉の瞳が大きく瞠られる。歓喜が、彼女の胸に湧き上がった。

 嬉しそうに、艶やかに微笑んだアマリアに、レオンハルトも魅入られる。


「嬉しいです。レオン様。

 どうか、両国の為に私に力を貸してください。そして、私達もきっと幸せになりましょう」


 取られた手を握り返し答えたアマリアに、レオンハルトも破顔した。

 そのまま立ち上がり、じわじわと込み上げてくる多幸感と高揚感に、そっとアマリアに手を伸ばす。


「ありがとう。末永くよろしくね。アマリア」


 優しい抱擁でアマリアを包みこんで、レオンハルトはこの先の幸せな未来を彼女に約束した。





 それから、約3年の月日が流れた初秋の夜。

 夫婦の寝室の窓から夜空をぼんやりと眺めていたアマリアは、静かに扉を開けて入ってきた夫を振り返った。


「アマリア? まだ起きていたのかい?」


 少し驚いたように、でも優しく尋ねた夫に、アマリアは小さく笑う。


「ちょっとウトウトしたんだけど、目が覚めてしまったの。レオンこそ。遅くまで執務ありがとう」


「とんでもない。君はセルディオの授乳があるんだから、よく眠って、たくさん栄養も取ってもらわないとね」


 彼はいつだってアマリアを大事に労ってくれる。そこに確かな愛情を感じて、アマリアはいつだって幸せを実感しているのだ。


「ありがとう。ねえ、ちょっとバルコニーに出てみない? 星がきれいよ」


 そんな夫を、アマリアはバルコニーへと誘う。

 今日は、彼にプロポーズされた夜を思い出させる程、星空が綺麗な夜だった。


「じゃあ、これを羽織って。今晩は少し冷える」


 アマリアが冷えないようにと、肩にストールを羽織らせて、レオンハルトは彼女の肩を抱いてバルコニーへ連れ出す。

 満点の星空に、肌寒い風が通り抜けていった。


「ねえ、レオン。貴方は、今、幸せ?」


 レオンハルトを仰ぎ見て、アマリアが尋ねる。

 彼は愛しい妻に、幸せそうに微笑んで答えた。


「アマリアの夫になって、忙しいながらも、幸せだよ? 

 帝国も王国も平和が続いている。まだ行き届かないところはあるけど、少しずつ国も豊かになって、飢えている民も減ってきた。

 何より美しく可愛らしい妻が息子まで産んでくれた。これ以上を願ったら、神様に怒られそうだ。

 君は? アマリアも幸せだと思ってくれている?」


「もちろん。私達、ちゃんと一緒に幸せになれたわね」


 あれから二人は、少しずつ歩み寄り、ちゃんと愛情で結ばれた夫婦になった。国や民の為だけではなく、互いを必要として、慈しみ、想い合って、家族になった。


「これからも、だよ? 末永くと約束しただろう? 愛してるよ、奥さん」


 ヴォルフガインとアリシアの出会いが、二人に至上の幸せを贈ってくれたのだ。

 だからこれからも彼らの願いを繋げて、生きていこう。そう、死が二人を分かつまで、ずっと。

 レオンハルトはそんな想いを胸に、アマリアに口づけを落とした。





 翌日、レオンハルトとアマリアが執務室に行くと、クラウスが一通の手紙を差し出してきた。

 受け取ったレオンハルトが片眉を上げる。


「義兄上からだ。結婚祝いの礼状?」


「ああ。珍しく近況報告もあるぞ?」


 皇帝夫妻に渡る書状だ。親書でなければ、一応検閲が入ることになっている。クラウスが予め確認したらしい。


「ホントだ。今度は、二人で大陸の北東から東部に行くらしいよ?」


 レオンハルトは、アマリアに手紙を渡しながら伝えた。


「北部は、レーヴェルランドからの冒険者が増えて、魔獣討伐もかなり楽になったらしいし、連合議会も機能し始めたから、ずいぶんと落ち着いたらしいけど。

 今度は東部? 国交なんて全くないから、想像すらつかないわ」


「しばらくは音信不通になるかも知れないけど、心配するなって……全く、マイペースなヤツだよ」


 アマリアが手紙を読んで、呆れたように便箋をヒラヒラと振ったのを見ながら、クラウスがため息をついた。


「……お兄様」


 同じように肩を落としてため息をついたアマリアに、レオンハルトは笑う。


「大丈夫だよ。あの二人だ。次の手紙は、家族が増えた、かも知れない」


「そうね。そうだと良いわ」


 今の帝国があるのは、あの二人のお陰だ。だから、レーヴェルランドの女王夫妻にも、どうか末永い幸せをと願ってやまない。

 レオンハルトとアマリアは、顔を見合わせて笑い合うと、目の前の仕事に取り掛かることにした。

もう一組のサブ主役カップルのお話でした。

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