旧友との再会
本編「南北を隔てる結界」の会合前のお話。
ヴォルフのもと側近であり、従兄弟であり、親友のクラウスと再会するエピソードです。
本編に入れられなかったので、こちらにアップしました。
ガダル・ガジャとの会合の日、カルディス帝国から飛竜に乗ってやってきたクラウスは、昼前に到着した。陽も昇る前、早朝からセイレーンに連れられて、ベルハルト王国の南の国境にあるこの会合場所までやってきたクラウスは、迎えに出てくれていたヴォルフに歩み寄る。
3年越しの再会だった。
「久しぶりだな、ヴォルフ」
ヴォルフは、相変わらず存在感のある男だ。
堂々とした立ち姿で、見る者にどことなく畏敬の念を抱かせる、王者の風格がある。
まあ、それはレーヴェルランドの女王もなのだが……彼女の場合はおそらく意識してそれを抑えているのか、普段はどうも美しい容姿に気を取られて、ぼーっと眺めてしまう感じだ。
そんなことをボンヤリ考えていたら、ヴォルフが片手を上げてクラウスに応えた。
「ああ、クラウス、3年ぶりだ。変わらないな」
穏やかに笑うヴォルフに、かつての研ぎ澄まされたような鋭さや硬質さはない。
そのことにクラウスは、3年の月日が確かに過ぎたことを実感した。
だが、クラウスもただぬくぬくと過ごしていたわけではない。
「そうか? これでもダッカードが引退して、宰相になったんだがな。爺さん、皇子殿下が生まれて以来、すっかり孫馬鹿みたいになっちまってさ。実の孫でもないのに」
ヴォルフがめでたく叔父になったと伝えてやると、嬉しそうに紅い瞳が緩む。
「ふた月程前に生まれたんだったか? 無事に生まれて良かった。祝いの言葉を送ってなかったな。アマリア達によろしく伝えてくれ」
あ、一応知ってたんだ、とクラウスは思う。
全く音沙汰無しだったから、本気で知らないかと思っていた。
「わかったよ。ところで、今回の会合だが……」
そう。
クラウスが、今日わざわざ飛竜に乗ってまでここにやって来たのは、しばらく前にヴォルフからの書簡を、セイレーンという女が帝国皇城に届けに来たことに始まる。
なんだか間延びした話し方をする可愛らしい女だが、レオンハルト殿下いわく、レーヴェルランド女王陛下の側近で、彼の国で5本の指に入る戦士だと言うから驚きだった。
そしてその書簡は、見慣れたヴォルフの字で書かれていて、魔力印も確かに彼のものだったのだ。
「南部の国ガダル・ガジャが、きな臭い。レーヴェルランドを敵視し、戦争の準備をしている。回避の為に、帝国はレーヴェルランドを支持するという証書が欲しい」
要は、レーヴェルランドに戦争を仕掛ければ、帝国は黙っていないぞ、という脅しのようなものだ。
目的が戦争回避ということなら、帝国に断る理由はない。あとは戦争にならないよう、上手くヴォルフが治めるだろう、とアマリア陛下とレオンハルト殿下の署名付きでセイレーンに託したのだが……
昨日、再び彼女が現れて、会合を開くから出席して欲しいときた。
証書を出したから、見届けに来いってことなんだろう。
「ああ、そうだな。こっちで話そう……アリシア」
クラウスを連れて会合場所の砦へと歩き出したところで、アリシアの姿を見つけたヴォルフは、軽く手を上げて彼女の名を呼んだ。
アリシアは珍しく女王らしい装いだが、そのドレスの色はヴォルフの髪色と同じ黒。
クラウスは、近づいてくるアリシアを見て、思わず口をぽかんと開けそうになるのを、慌てて繕った。相変わらずの美貌に、思わず感嘆のため息がこぼれる。無表情も相まって、まるで精緻に作られた人形のようだ。
だが、アリシアはそんなクラウスに全く頓着すること無く、気軽に話しかけた。
「クラウス、久しぶり。遠いところをありがとう。空の旅は問題なかった?」
「……お久しぶり、女王陛下。いや、問題だらけだから。飛竜をペットにするって、どういうこと? しかも、あのセイレーンっていう娘、のんびり口調なのになんかすごい魔法師なんですけど」
おどけて答えたクラウスに、アリシアは首を傾げる。
「そう? レオンに聞いてなかった? それにヴォルフの時もスーリーを見たよね?」
「見たけど、1頭じゃ無いことに驚いたわ。レーヴェルランド、怖いよ」
もう、レーヴェルランドに関してはいろいろ驚くことばかりで、21年前の帝国で起こった惨劇も含めて、クラウスは本気でこの国だけは敵には回したくないと切に思っている。
「だが、別に敵意は無いだろ?」
だから、ヴォルフの一言には、素直に頷いた。
「ああ。怖かったけど、非常に親切に運んでもらえました。ありがとうございます。おまけに速いし」
「無事に着いて何よりだ。例の証書の証人だからな」
「もちろん。帝国はレーヴェルランド支持だからな。女王陛下は信用できるし、何よりヴォルフが世話になってるからね」
クラウスの言葉に、アリシアの表情に微かな笑みが浮かぶ。彼女は、帝国を去る時にヴォルフを守ると言った言葉を訂正しておかないと、と口を開いた。
「ヴォルフには、たくさん助けてもらってる。それに、もう、ヴォルフの方が強いよ」
「ええっ? どういうことだ?」
クラウスは、かつての戦争でのアリシアの勇姿を思い出す。
あの魔法といい、剣術といい、同じ人間とは思えない強さだった。ヴォルフがそれを超えたとは、俄に信じがたい。
「いろいろあってな。やっとアリシアを守れるようになった。だが、対魔獣なら、アリシアには遠く及ばん。魔法や魔力はコイツの方が使えるからな。あくまでも対人戦だ」
ヴォルフがアリシアの肩に手を伸ばし、優しく引き寄せながら、クラウスに答えた。
自然に身を寄せ合い互いに視線を交わした二人に、感慨深いものを覚えながら、クラウスは頷く。
「そうか……」
「アマリアやレオンは元気?」
アリシアはもう一度クラウスを見上げて、帝国皇帝夫妻の様子を尋ねた。
「ああ、仲良くやってる。レオンハルト殿下の采配はすごいよ。アマリア陛下を上手く立てて、帝国の細かいところまで目を配っている。理想的な王配だな」
「……相変わらず食えないやつ」
ヴォルフがクツクツと喉を鳴らして笑う。
「それにあの夫婦は、いつも笑ってる。皇子が生まれてからは、さらに仲睦まじいぞ。まあ、かわいいからな。ホント、こんなちっちゃっくてミルクの匂いがするんだよ。レオンハルト殿下の色なんだけど、顔立ちはアマリア陛下に似ていると思う。ダッカードなんかすっかり爺さん気取りだ……」
「そう。アマリアとレオンが幸せそうでよかった」
「ああ。そうだな……」
アリシアが安堵したように微笑み、ヴォルフがそんな彼女の頰に優しい口吻を落とす。
クラウスはその様子に目を瞠って、なんだが目の奥が熱くなり涙がこぼれてきそうだった。
あのヴォルフと、レーヴェルランドの女王であるアリシアが、ちゃんと心を通わせて、仲睦まじく幸せそうに互いを慈しんでいる様子がわかって、嬉しかったのだ。
「あ、セシルがベルハルトの王太子を連れてきたね。ちょっと行ってくる」
「わかった」
どうやら、飛竜がもう一頭到着したようだ。
アリシアが振り返って、そちらに向かって歩き出す。あっさりとした様子に、これが二人の自然な距離であることが垣間見えた。
残されたヴォルフとクラウスは、肩を並べて砦へと向かうことにした。
「お前は、変わったな、ヴォルフ」
ポツリと言ったクラウスに、ヴォルフは小さく笑う。
「……そうだな。だが、多分素に戻ったというか、これが俺自身なんだ。アイツの側なら、俺はただの男でいられるからな。皇帝の仮面は、俺には重すぎた」
「悪かったな、お前一人に背負わせて」
「いや。あの時はソレが俺を生かした。どうしようもない位の復讐心と、これ以上奪われてなるものかという闘争心が、俺に血濡れ皇帝の仮面を被らせて、帝国を創り変えた」
「アマリア陛下や俺達は、お前に生かしてもらったよ。そして今の日常がある。本当に感謝している」
「お互いに必要だったってことだ。だけど、今はただの男としてアリシアの半身でいられる。幸せだよ」
「よかったな。女王陛下に想いを返してもらえて」
「ああ。だから隣に在り続けるために、今日を乗り切らないとな」
決意を込めたような言い方に、クラウスは思わず問い返す。
「厳しいのか?」
「相手の出方次第だな。ただ、証書もある。お前達も来てくれたしな。最終兵器もあるから、ま、何とかなるだろ」
「最終兵器? あ、ところで、お前の顔、ガダル・ガジャにはバレてるだろ? どうする?」
肩をすくめて答えたヴォルフに、最終兵器という言葉に引っかかったものの、そういえば、とクラウスは思い当たった。こうやって堂々としているが、対外的にヴォルフはすでに逝去したことになっている元皇帝だ。
南国の首長にも、当然顔はバレている。
「ああ、問題ない。レーベルランド女王の王配候補だとでも言っておけ」
「まあ、皇帝が死んだというのは、あながち間違いでもないしな。わかった」
そう、ヴォルフガイン・ゲオルグ・フォン・カルディスは、もうどこにも存在しない。
そして、カルディス帝国の皇族の墓標に名前も刻まれ、棺もある。中身は空で、そこに遺体が入ることは無いだろうが。公然の秘密ってやつだ。
「じゃあ、行くか。簡単に流れを話しておく」
ニヤリと、片側の口角を上げたヴォルフは、クラウスを促す。そこにかつての皇帝の顔貌をチラリと覗かせて、為政者としての空気を纏った。
「承知しました。ヴォルフ様」
懐かしさに思わず込み上げる笑いを隠すことはせずに、クラウスはかつての主に頭を下げた。
会合が終わって早々に、飛竜で飛び立って行ったベルハルト王国の王太子と帝国宰相のクラウスを見送っていたヴォルフは、セフィロスと話し終わってこちらにやって来るアリシアに気付いて、振り返った。
「クラウスとは、ゆっくり話せた?」
「充分だ。互いに無事で、今が満たされているとわかれば、それでいい」
「そう? ゆっくりしてきてもよかったんだよ? ヴォルフが一度帝国に戻っても……」
「アイツも忙しいからな。ベルハルトに寄って帰る用事があるらしい。今晩はベルハルトの王城に泊まると言っていた。
それに……俺が、帝国内はともかく、皇城に戻ることは、よっぽどの有事でもなければ、無いな。俺はもう死んだ人間だ」
「そっか」
ヴォルフは、憂い顔で短く答えたアリシアに手を伸ばし、軽く抱き寄せる。
本当に……ヴォルフにとっての居場所は、ここアリシアの隣だけなのだ。ヴォルフが自分らしく生きていける、ただ一つのオアシス。
帝国への未練もないし、共に過ごした仲間達も無事に過ごしているなら、何も心配する事もない。
たった一人の妹も、支えてくれる伴侶に恵まれ、子供も授かった。彼らにもう、ヴォルフは必要ない。
だから、アリシアはそんな顔をしなくてもいいんだ。
「俺はお前の王配になる予定だから、お前の側にいるさ」
「うん。ありがとうヴォルフ」
ヴォルフは、アリシアを抱き込んでその背を軽くたたく。するとヴォルフの胸に顔を埋めたアリシアの感謝の言葉が、胸に直接響いてきた。
帝国皇城にて
クラウス「ヴォルフが女王にメロメロ、デレデレで、二人とも幸せそうでした」
アマリア「メロメロ、デレデレ???お兄様が?」
レオンハルト「…………僕が行きたかったな」




