エピローグ
最終話です。
無事に完結して、ホッとしました。
気が向いたら、北部の旅のエピソードやその後の大陸のお話なども書いてみたいと思います。
読んでいただいてありがとうございました。
Epilogue 1
そこは、石造りの墓標が並んだ、花にあふれた場所だった。
まるで季節など無視したようにたくさんの花々が咲き誇るこの地は、決して枯れることのない花たちが、死者を慰めているのだという。
「ここが……レーヴェルランドの墓地」
目の前の圧巻の風景に思わず立ち尽くす。
セフィロスは今、セシルと共にレーヴェルランドに来ていた。
彼が手にしているのは、切り花を束ねたブーケだ。
「こんなに花があるなら、テイラーも寂しくないんだろうが、まあ、ちょっと変わり種があっても良いだろう」
「南部の固有種ですね。テイラーから聞いたことがあります。砂漠のバラ……彼女が好きだって言っていました。
ああ、ここです」
まだ新しい石碑の前で、セシルが立ち止まる。
生年と没年、そしてテイラーと記されただけの小さな墓標。
セフィロスはその前に片膝を立て、花を供える。
そっと刻まれた名前に手をやり、生前の彼女を想った。
鮮やかなオレンジ色の髪に、澄んだ空色のような瞳を持つ肉感的な美女、懐の深いサバサバとした気質のいい女だった。
「寒さに弱いから、こっちじゃ咲かないんだろうが。まるでアイツみたいな花だ」
「フフ……そうですね」
寒いところは嫌いだから、南部に来たと言っていた。
この大陸に来たばかりの頃、少々厄介なトラブルに巻き込まれていたところを、何の見返りもなく助けてくれた女。
セフィロスが特殊な力を持っていることを知って、昔一度だけテイラーにレーヴェルランドの王城に連れてきてもらったことがある。
女王……当時はまだ女王候補だったアリシアと初めて出会ったのもその時だ。まだ成人前の女王だったが、アリシアに特例でダーゼルの街で冒険者登録を出来るようにしてもらったのだ。
お陰でS級冒険者として、この大陸で暮らしてこれた。
テイラーとは一時期恋仲になったものの、セフィロスの祝福であるガイヤーンの意識のせいで、長くは続かなかった。
でもまあアッサリしたものだったし、彼女だってその後付き合う男もいたのだから、お互い様だ。
そんな回想をしていたら、彼らの後ろに人が立つ気配があった。
「おじさん誰?」
後ろから少女の声がして、セフィロスは振り返る。
蒼銀の髪、金色の瞳のテイラーに面差しのよく似た少女が、白い花束を持って立っていた。
セフィロスは思わず、その髪と瞳を凝視する。
「お前は………おい!セシル、この娘、まさか」
セシルはセフィロスには答えずに、クスクスと笑って、少女を咎める。
「リーズ。いきなり、おじさんは失礼よ。ご挨拶して?」
「はぁい。こんにちは。リーズです。7歳です。今日はママのお墓参りに来たの。ここには男の人あんまりいないから……誰かなって」
少女はセフィロスにニッコリと笑って、そう言った。その笑顔が、テイラーに重なる。
「7歳……本当に?」
思わず、セフィロスの手が少女に向かって伸びる。だが彼女に触れるのを躊躇って、その手を握り込んだ。
少女はそれに構うことなく、セフィロスの髪と瞳をまっすぐに見ている。
「おじさんの髪と瞳の色、私と同じね。珍しいって言われない?」
「そう……だな。そういうことだったか……テイラーのヤツ」
無邪気な質問に、セフィロスの目の奥が熱くなった。
まったく……テイラーもアリシアもとんだ食わせ者だ。全然、気が付きも知りもしなかった。
何故だろう、初めて会ったこの少女が、どうしようもなく愛おしい。
「おじさん、泣いてる? どうしたの? ママのこと知ってるの?」
「ああ、よく知ってる」
「そう。じゃあ、一緒にママとお話しよう? ママは、もう帰ってこれなくなっちゃったけど、いつもリーズのこと見守ってくれているって、セイレーンが教えてくれたの」
「そうか、そうだな。テイラーの話を聞かせてくれ、リーズ」
初めて口にした少女の名前は、きっとテイラーが名付けてくれたのだ。
セフィロスの知らない母親としてのテイラーを、リーズに教えてもらおう。
そして、セフィロスからも、テイラーがいい女だったと、この子に教えてやりたい。
セフィロスはリーズの髪を撫でながら、彼女の話を促した。
セシルはそんな二人を見て、そっと踵を返す。
(テイラー、貴女はちゃんと愛されていたみたいよ)
先に逝ってしまった彼女を想い、セシルも友の死を悼み、残された二人の幸福を祈った。
Epilogue 2
同じ頃、白い花嫁衣装を身に纏ったアリシアが、レーヴェルランド王城の奥にある契約の場に向かって、正装したヴォルフと並び、廊下を歩いているときだった。
ふと、窓の外に顔を向けたアリシアが、小さく呟く。
「ちゃんと、出会えたみたい」
「なんだ?」
アリシアの様子に、首を傾げたヴォルフが尋ねるが、彼女は穏やかに笑ってはぐらかす。
「後で、セフィロスに聞いてみて」
セフィロスの名に、ヴォルフは軽く目を瞠った。
「アイツ、ここに来てるのか?」
「うん。テイラーのお墓参りにね。セシルと一緒に」
ああ、と納得したようにヴォルフは頷いた。
「そうか。なら、まあ、後で一杯付き合うか。だが、こっちの方が、ずっと大事だ。行くぞ」
セフィロスのことも気にはなるが、ヴォルフにとっては、これから行うアリシアとの契約の方がよっぽど大事だ。
やっと、今日、名実ともにアリシアを妻に出来る。
嬉しさのあまり、つい早足になりそうになるが、アリシアが着ているのは、スレンダーなドレスながら後ろにトレーンを引く歩きづらいものだ。
もういっそのこと抱き上げてしまうか?と思いながらも、腕を組みアリシアの歩みに合わせて、ゆっくりと歩いている。
ヴォルフは、もう何度目になるか忘れてしまうほど何度もアリシアに視線を投げ、その度に彼女の姿に見惚れていた。
相変わらず、ため息が出るほどの美貌だ。
だが美しい外見よりも、アリシアのその存在自体に惹かれてやまない。
そして、やっと、契約の場に着いた。
魔法で開けたのだろう。白い大きな扉が両開きに開き、二人はそのまま中に入った。
「なんていうか、厳かさは感じるんだが、ずいぶんシンプルだな」
そこは、天井の高い白い空間だった。
天窓から光が注ぎ、部屋の中央に設置されている台の上の大きな水晶球に当たっている。
それ以外に目立った物は置かれておらず、ヴォルフは拍子抜けした感じだった。
アリシアは、そんな彼の様子に笑いを溢す。
「まあ、契約を結ぶだけだからね」
「だけって……一生に一度だぞ?」
ヴォルフはなんだか不服そうだ。きっと、帝国の皇宮儀式のようなものを想像していたのだろう。
アリシアにしてみれば、契約さえ結べればなんでもいいと思うのだが、どうやら彼は違うらしい。
「だから一応ドレスは着たよ? ヴォルフの正装も素敵だね」
「そういう問題じゃないんだが……」
褒めてみたけど、あまり効果はなかったようだ。
「女王、いいですか?」
二人の後ろから、声がかかる。
レーヴェルランドの議会長で、今日の契約の立会人であるカリーナだ。
「うん。カリーナ、よろしく」
黒いローブを着て、きっちりと髪をまとめ上げた彼女は、まるで教会の司祭のようだった。
カリーナは、二人を水晶球の前にと促し、台を間にして向かい側に立った。
カリーナの右手の指先が、軽く水晶球に触れると、中心がボンヤリと明るくなり、金の粒子が渦を巻くように回りだす。カリーナは指を離すと、二人に向かって頷いた。
「では、始めます。女王、どうぞ」
アリシアとヴォルフは、揃って水晶球に触れる。ヴォルフは左手で、アリシアは右手で。
そして、アリシアの額には、聖石が浮かび上がった。
「私、アリシア・シェリル・ラ・クィーヌ・レーヴェルランドは、ヴォルフガイン・ゲオルグ・フォン・カルディスを生涯の夫と定め、エデンの地で命尽きるまで添い遂げる事を誓い、創生の女神レーヴェルディーヤのもと婚姻契約を締結する」
涼やかでよく通る声だった。
続いてヴォルフも自身の魔力を流し、口を開く。
「私、ヴォルフガイン・ゲオルグ・フォン・カルディスは、アリシア・シェリル・ラ・クィーヌ・レーヴェルランドを生涯の妻と定め、エデンの地で命尽きるまで添い遂げる事を誓い、創生の女神レーヴェルディーヤのもと婚姻契約を締結する」
ヴォルフの宣誓が終わると、水晶球に込められた二人の魔力が混じり合い、触れている手から二人を覆うように全身にと魔力が流れ込んできた。
暖かく癒されるようなその感覚が、突然ふいっと途切れる。
水晶球は元の通りの透明な球体へと戻っていた。
カリーナが、婚姻契約の終了を宣言する。
「見届人として、カリーナが契約を確認しました。おめでとうございます。ヴォルフ様、レーヴェルランドエデンの地へようこそ」
「ありがとうございます」
ヴォルフの感謝は、目の前のカリーナだけに告げられたものではない。
このレーヴェルランドの神レーヴェルディーヤ、そして、アマリアやレオンハルト、帝国の側近たちや悪友、自分達兄妹を育ててくれた辺境伯家と侯爵家、帝国皇帝となりそしてそれを捨てる事を許してくれた者達、そして最愛の妻となったアリシアに。
あの戦場での鮮烈な出会いが、ヴォルフの運命を変え、二人をここまで連れてきた。
万感の思いが、ヴォルフの胸を熱くする。
ヴォルフはアリシアを腕の中へと抱き寄せた。
この女王とこの先の人生を生きていく。
誓いをこめて、ヴォルフはアリシアに口吻を落とした。
Epilogue 3
執務室の扉を叩く音がして、書類に集中していたレオンハルトは顔を上げた。
入室を許可すると、顔を出したのは、妻であるアマリアだ。
「ねえ、レオン。ちょっとお茶にしない?」
かなり機嫌良さそうに、ティータイムのお誘いに来てくれたが、彼女はしばらく前に息子の授乳のために、執務室を退室したところだった。
「アマリア、授乳は終わったの?」
「ええ、今坊やはお休み中よ。手は空きそう?」
珍しくソワソワとして落ち着かない様子に、レオンハルトは、ペンを置いて立ち上がった。
「大丈夫だよ……って、もう準備してるんじゃないか」
返事も聞かないうちから、給仕がティーセットを持って入室してくる。
アマリアも、テーブルの前に腰掛けるとニコニコと笑って、封筒を差し出した。
「ふふっ。だってね、これ見て下さいな」
「へえ、珍しい。アリシアからだ」
薄紫色の上品な封筒に書かれた宛名は、アマリアとレオンハルト二人宛のもの。裏には、アリシアとヴォルフと、サインがあった。
アマリア女皇陛下 レオンハルト王配殿下
お久しぶりです。
先日のガダル・ガジャの件では、いろいろ助けてくれてありがとうございました。
クラウスと会って、お二人に可愛らしい男の子が誕生したと聞きました。
おめでとうございます。
レオンに似た可愛らしい皇子殿下だそうですね。なぜかクラウスにたくさん自慢されました。
ガダル・ガジャの一件では、ずいぶんご心配もおかけしましたが、お陰様で、無事に決着しました。
今日は、お二人に報告があります。
本日、ヴォルフと私はレーヴェルランドで結婚しました。
お二人がいなかったら、今日の日は迎えられなかった。
私は、今ちゃんと、アリシアとしての幸せにも、レーヴェルランドの女王としての幸せにも、行き着けました。
だから、ありがとう。
本当にお二人には感謝を。
この先の帝国の繁栄と、あなた達ご家族の幸せを祈っています。
アリシア
アマリアとレオンハルトへ
二人には感謝を。
無事な出産おめでとう。健やかな成長を祈る。
幸せに。
ヴォルフ
「義兄上と、アリシア、結婚したんだ……」
レオンハルトは、ホッと安堵するような気持ちで息をついた。
レーヴェルランド女王の結婚の特異性を知るレオンハルトは、アリシアが聖石を持ったまま、好きになった人と幸せな結婚を出来たことに、ただただ良かったと安心したのだ。
(君はちゃんと幸せになったんだね。女王としても、アリシアとしても)
それがとても、嬉しい。
ヴォルフは、レーヴェルランドだけでなく大陸の人々の為に、小さな肩にたくさんのものを背負って生きているアリシアと共に歩き、彼女を守り、肩の荷も半分背負える男だったってことだ。
だが、そのヴォルフの手紙?メモ?は、どうなのか。
「義兄上……」
レオンハルトは残念なものを見るように、それを眺めた。
アマリアはそれを見ておかしそうに笑う。
「お兄様らしいわ。でもよかった」
「本当に。義兄上は相当頑張ったんじゃないかな? S級冒険者に昇格したと聞いたけど」
ヴォルフがS級冒険者に昇格したことは、ギルド経由で情報を得ていた。S級なんて、聖石や、国境に魔法結界を張ったセフィロスのような特殊な力がない限り、不可能だと思っていた。
だが彼は、アリシアの隣に立つために、そこに辿り着いたのだ。
ただ、彼の妻の意見は、どうやら違うらしい。
「私は、ちゃんとアリシア様と結婚まで行き着いたお兄様の努力を褒めてあげたいですわ。
だって、こう言ってはなんですけど、ちょっと鈍感なアリシア様と、朴念仁のお兄様だったもの」
アマリアは、皇城にいたときの二人にもどかしさを感じていたらしい。
「いや、でも、義兄上は別に、奥手なわけじゃなかったからね」
ヴォルフは自覚していなかっただけで、そうと決めればそれはもう、アリシアなんかあっという間に押し切られてしまったんだろう、とレオンハルトは思う。
とにもかくにも、二人が幸せな結婚に行き着いたことは喜ばしい。
結婚祝いは何にしようか、と、レオンハルトは愛する妻と二人、話し合うことにした。




