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レーヴェルランドの女王とベルハルト王国の第二王子 4

 

「はぁ〜なんていうかいろいろと規格外な女王サマだったなあ」


 ミーシャに案内されて、先程の控えの部屋に戻ってきたベルハルト王国の一行は、早速防音結界を張ると、ぐったりとした様子でそれぞれソファーに腰を下ろした。

 

 そして冒頭の台詞である。

 リュシアンが放ったこの一言に、皆同意するように頷いて、それぞれ好き勝手に謁見の感想を言い合っている。

 女王が美人すぎて驚いた、とか、物言いが素直すぎ、とか、軍として機能しないんじゃないか?とか、先着順ってなんだよ、とか、300って少なくないか?とか、いろいろ。

 総じて、ベルハルト王国の存続をかけた戦争を、レーヴェルランドに任せて大丈夫なのかと言うことなのだろう。

 第二王子であるレオンハルトの護衛にあるまじき態度だし、仕事依頼の使者としてどうなんだとか思わないでもないが、他人の目も耳もない状況なら、レオンハルトは別に構わないと思っている。普段からそれなりに親しく付き合っている仲だし、周囲の状況次第でちゃんと立場をわきまえた行動が取れれば問題はない。それに、彼らの意見にはまあ一理あるよな、と正直レオンハルトも思ってはいる。


 護衛達のお喋りを一通り聞いていたレオンハルトは、だが、そろそろ……と声を掛ける。


「2時間後に出発と言っていたね。まさか早朝に到着して、午後一番で帰路につくとは思っていなかったけど……時間がないから、ありがたいと思おう。今は、出発の準備をして、少しでも体を休めて備えてくれ」


 一同はそれに頷いて、装備を整え始める。といっても、今朝来たばかりだ。点検程度ですぐに終わり、それぞれ仮眠を取るべく荷物を枕に適当に横になったり、ソファーに深く腰掛けて目を閉じる。

 レオンハルトも三人掛けのソファーに身体を横たえると、目を閉じた。

 瞼の裏に浮かぶのは、先程の女王の姿。

 美しさと話の内容にすっかり意識から飛んでいたが、普通の人間には存在しない、あの額に浮かぶ紫の宝石。


(父上は、聖石と言っていた。額に現れる聖石が女王の証と。このレーヴェルランドは謎が多すぎる。女性だけの国なんて、どうやって続いてきたんだ? それに噂に聞く一騎当千と言われる女性戦士といえど、カルディス帝国の数多の軍勢に300の助力なんて、焼け石に水なんじゃないのか?)


 ベルハルト王国は、商業と貿易業で経済的に潤っており、代々賢王が国を治める豊かな国だ。周囲の国々と絶妙なバランスを取り、小国ながら上手く戦乱を避けて来た。

 しかし、10年ほど前から台頭してきたカルディス帝国が、近隣諸国に侵略戦争を仕掛け次々と勝利して徐々に領土を拡大し、とうとう半年前にベルハルト王国の隣国までもを帝国領土にしてしまった。

 そして、今、カルディス帝国はベルハルト王国を狙っている。

 先日帝国から送られてきた書状は、カルディス帝国にばかり有利な条約の締結の申し入れで、聞き入れなければ軍を差し向けるという、実質宣戦布告のような内容だった。

 返事の期限は1ヶ月とあった。

 つまり、その1ヶ月で、帝国は軍勢を国境付近にまで進軍させ、待機させるつもりなのだろう。


 条約の内容は、ベルハルト王国にとって、とても受け入れられるものではなかった。だが、帝国にとって一方的な侵略は、周辺諸国との軋轢やその後の支配に面倒が伴う。形として「ベルハルト王国に条約を申し入れたが受け入れず、武力衝突を選択した」という戦争を始める大義名分が欲しいだけだ。


 ベルハルト王国の軍は、退役者を募っても二万程。対するカルディス帝国は、規模に応じて数万から十万程度の軍勢をこちらに差し向けることが可能だ。

 ベルハルト国王は議会を招集し、対応を話し合ったが、敗北する可能性は高いものの地の利と情報を生かして勝ちに賭ける徹底抗戦か、誇りと尊厳と信用を失くしても条約を受け入れるかで意見が割れた。

 結局、レーヴェルランドの傭兵部隊に助力を要請しての徹底抗戦という結論が出たのが、期限まで20日を残すのみとなった先日のことだ。


 レーヴェルランドの女性戦士がどれほど強いのかは、半ば英雄譚のように世間では噂されているが、虚実相なかばした話で、どこまで嘘か本当かわからない。

 魔獣被害が大きい地域では、それこそ女性戦士一人で強力な魔獣を屑ったとか、商人たちが護衛にと依頼した女性戦士が、盗賊たちを一網打尽にしたとか。

 まあ、いろいろとあるのだけれど。

 この大陸は広大で、様々な国や民族がいて、なかなか大陸全体は把握しきれてはいないけれど、ベルハルト王国は流通業が主要なだけあって、情報もそれなりに集まっては来る。

 そんな中、時折そんな噂話のような情報が、紛れ込んでくるのだ。

 これまでは、そういう民族がいるんだな、位の認識だったレーヴェルランドの女性戦士達が、ベルハルト王国の存続の鍵になるなんて、まさかレオンハルトは予想もしていなかった。


 だが、国王である父は、レーヴェルランドの噂は概ね真実で、助力を願うならここ以上の相手はいないと言った。

 女性戦士の強さは当然として、傭兵業が主な産業の為、戦後に我が国にとって余計なしがらみとならず、金で解決できるだろう、と。

 そして、伝手もあるから、と親書をしたため、第二王子であるレオンハルトを使者に立てて送り出したのだった。


 ベルハルト王国からレーヴェルランドまでは比較的近いと言われている地域だ。

 それでも、大陸のほぼ中央にある山脈の合間に位置するレーヴェルランドまでは、魔獣と掛け合わせて産ませ特別に速さと走行距離に特化して育てられた貴重な早馬を替えながら、ほとんど休みなく駆け抜けて5日かかった。普通の旅人達が使う馬車なら、1ヶ月はかかる道のりだ。

 結界魔法で風の抵抗から身を守り、体力回復薬を飲みながらの強行軍だった。


 その場所の詳細を知っていた父にも驚いたが、レーヴェルランドの主要産業が傭兵業ということや、女王のことを知っていたのにも更に驚いた。情報収集は国王として当然だが、外交を担う自分もそれなりだと自負していたからだ。


(結局、僕はまだまだってことだよな……)


 母国が侵略戦争の危機にさらされ、愛する国や人々が失われるかもしれないという焦燥、それを回避するためのレーヴェルランドへの依頼を遂行するための重責、ここまでの旅の疲れ、そんなものも重なってきっと精神的な負荷も大きいのだろう。

 父である国王の決断でここまでやってきて、女王の承諾を得られたにも関わらず、この先の不安は全く晴れない。


 例え今回の戦争に勝ったとして、その後軍事的な同盟を周辺諸国と結ぶにしても、帝国の脅威に晒され続けることになるのでは?と、考えれば考えるほど悲観的になってしまう。


(やめよう。今は目の前の戦争に勝つことだ)


 ベルハルトまでの道中で、女王と話をしてみよう。レーヴェルランドのこともいろいろ知りたい。

 女王は美しくも無表情で、どことなくぶっきらぼうだけど、彼女から悪い感情は全く感じない。

 傭兵といえど、ベルハルトの為に一緒に戦ってくれる仲間となる。


(彼女たちのことを知れば、少しはこの不安も消えるのだろうか……)


 部屋の扉が叩かれるまで、レオンハルトは考えを巡らしながら、身体を休めるのだった。





 2時間後、ミーシャに連れられ城の外へと向かった一行は、ここで信じられない光景を目にすることになる。


 建物を出て目に入った場所は、まるで演習場のような広場だった。

 そこに並んだ巨大な生き物に、ベルハルトの一行は一様に目を見開いた。


「ミーシャ嬢…………あれは」


 レオンハルトがなんとなく言い淀みながら、それでも事実確認の為に尋ねると、彼女はまた面白そうに笑って、答える。


「ご覧の通り、飛竜ですわ。魔獣ですけどね。親は女王が退治しちゃったので、残った卵を孵してみたら、可愛くて。纏めて育てて、飼い慣らしてみましたの。なかなか素直ないい子たちですのよ?」


 まるでペットか何かのような言い方だ。

 しかし、飛竜は決してそんな可愛らしいものに分類される生物ではない。

 多くの魔獣の中でも特級に分類される、凶暴で知能も高い魔獣である。飛竜1頭の討伐に、百人近い騎士と魔法師が動員される程度には脅威だ。

 実際目の前にいる5頭の飛竜も、濃い黒色の鱗で覆われた躰から伸びる大きな翼を広げ、その金色の瞳の縦長の瞳孔をこちらに向けて、まるで威嚇しているようにレオンハルト達を見ている。

 そんな飛竜を今、ミーシャ嬢はまるで女王が一人で退治したような言い方をしなかったか?


「近くの山に番の飛竜が住み始めて、生態系が壊れそうだったからね。可哀想だけど駆除させてもらったんだよ。まあ、お陰で孵化間近の卵が手に入って、こうしていい交通手段になったから、よかったよね」


 と、後ろから、先程謁見の間で聞いた涼やかな声が、一行が心に思い浮かべた疑問に答えた。

 振り返ってみると、先程の優美なドレス姿とは一転、軽装でシンプルな戦闘服らしきものを着てローブを羽織った女王が立っていた。ローブの隙間からチラリと左右に下げた剣帯が見える。

 髪は頭の高い位置で1本に結わえられており、まっすぐな淡い金髪が風にサラリと揺れていた。

 額にあるはずの聖石は今、見えていない。

 女王の他にも、先程謁見の間にいたセシルと呼ばれた女性と、淡い水色の髪を肩の上で揃えた可愛らしい女性も一緒だった。ミーシャ嬢もそうだが、皆軽装の戦闘服にローブを羽織り、それぞれ武器を持っている。

 だが、近付かれるときの気配を感じなかった。

 決して飛竜に気を取られすぎていた訳では無い。レオンハルト自身も護衛達も人の気配には敏感だ。

 そのことに背筋がヒヤリと冷たくなるものを感じながら、レオンハルトは表情を崩さず、女王に尋ねる。


「番の飛竜をまさかの単独討伐?」


「うん。ここの戦士ならそれくらい当たり前」


 番……つまり2頭の飛竜を単独で討伐したことを、誇らしげでもなく当たり前と淡々と言った女王の実力は、きっと自分達の想定以上だ。しかも、レーヴェルランドの戦士なら出来て当然とと言う。


「いや、あんなにサックリ、番の飛竜をあっという間に退治するのは、女王だけですから」


 セシルが呆れたように口を出す。

 だが、今まで黙って聞いていたリュシアンが、討伐よりも気になる女王の一言に否定の返事を期待して、恐る恐る口を開いた。


「交通手段って、まさか、コレに乗る……とか?」


「ふふっ……それ以外、ありえませんわよ? エサにするためにここに連れてきたわけじゃないんですから」


 艶然と微笑みながらミーシャ嬢が冗談めかして言うが、全く笑えない。


「え?僕達も?」


 思わず素で返したレオンハルトに、淡い水色の髪の少女が、可愛らしくにっこりと笑って答えた。


「当然ですぅ。早くお国に帰りたいんですよね〜?この子達なら、夕方までにはベルハルト王国に連れてってくれますよぉ」

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