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ガダル・ガジャ国王サルマンドという男

 サルマンド・ユージーン・カジャが、このガダル・ガジャの国王の地位と南部地域の首長の立場を継いだのは、22歳になった時だった。

 父親が早逝した後、大陸南部の国々の中で最も豊かで大きなこのガダル・ガジャの王が、首長として権力を維持する為に、周辺の有力国の王女を4人娶りハレムに入れ、魔道具の開発と生産を主力産業にして、国を発展させてきた。

 更に、大陸中央部の国々の動向にも目を配り、侵略を退けるだけの軍備も整えてきた。

 サルマンドがこの国を継いで7年。

 ガダル・ガジャは依然豊かな大国として、大陸南部一の国として君臨している。


 だが、サルマンドには懸念事項があった。レーヴェルランドである。


 3年程前に、カルディス帝国と、このガダル・ガジャと北端の一部に国境を接するベルハルト王国とが戦争となった。

 周辺国は皆、ベルハルト王国が敗れその領土は帝国の一部になるのだと信じていた。

 しかし、僅か半日ほどでベルハルト王国はカルディス帝国を敗戦に追い込み、少ない犠牲で帝国を敗退させたのだ。

 その時に周辺国を震撼させたのが、レーヴェルランドの女性戦士だ。ベルハルトが情報統制を敷いたせいで、思うように彼の国の実情や詳細がわからなかったが、地道に調査は続けていた。そして徐々に明らかになったレーヴェルランドの女性戦士の存在は、ガダル・ガジャにとっての脅威だった。


「陛下、お目覚めでしたのね。いかがしましたの?」


 妻の声が、考えに耽っていたサルマンドの意識を引き戻した。

 時刻は未だ早朝。普段ならまだ寝台で過ごし、その後妻や子供達と朝食を共にしてから、ハレムを出るのが日課だ。4人の妻に平等に接するため、非常時以外は、各妻の部屋に順番に通い、同様に時間を過ごす。

 だが、先日、レーヴェルランドの女性戦士を一人、殺害してしまった。謀殺ではないが、限りなくそれに近い。彼女らが持つ聖石を無効化する為の魔道具の実験中だったからだ。もちろん本人の知らぬところで行われたそれは、魔法が発動出来なかった為に上級上位の魔獣に対抗出来ず、魔獣と相討ちという形で彼女は命を落とすことになったのだ。

 証拠が残らぬよう、魔獣に襲われたそのままに、遺体は砂漠に打ち捨てたが、その際使用していた魔道具が一つ紛失していたことが、後になって発覚したのだ。万が一レーヴェルランドの者に発見されていたら……念の為、報復に備える必要がある。

 サルマンドは寝台を降りると、妻の機嫌を損ねぬよう憂い顔を作り、彼女に優しく触れる。


「ナターシャ、すまないが、今朝はもう行かねばならぬ。後程いつもの商人を呼ぶから、何か好きな物でも買いなさい」


「わかりましたわ、陛下。いってらっしゃいませ」


 サルマンドはその声に頷くと部屋を出た。

 彼の4人の妻は皆、見目麗しく、愛らしかったり或いは妖艶だったりと個性もあるが、皆従順で夫であるサルマンドによく尽くしてくれる。

 後継となる男児も、政略に使える女児も充分に産んでくれ、今や男児が三人、女児が五人と、妻の義務もよく果たしてくれ、彼にとって、慈しむべき存在である。


 それで充分な筈だったのに。


 サルマンドはその日、初めて恋という感情を知ることになる。




「ハレム護衛の女性武官には20人程応募がありました。こちらが、彼女たちの履歴です。これまでの試験結果もここに記載しました。全員確認されますか?」


「当然だ。ハレムの警備だからな」


 宮殿警備の採用担当者が、サルマンドに呼ばれ現状を告げ、資料を出す。レーヴェルランドの報復に備え、急遽警備兵の増員を命じていたのだ。

 もともとガダル・ガジャは軍備が整っており、この宮殿には護衛や警備の為の兵士達が充分に配置されていた。

 しかし、ハレムに関してはそうではなかった。男子禁制だったからである。

 女性で、剣術や魔法を戦うために使い武官となるものの数は少ない。ましてや今は、レーヴェルランドの襲撃に備えて、である。

 万が一にもレーヴェルランドの間諜を紛れ込ませるわけにもいかないし、かといってお飾りの武官では意味がない。そこで、選考基準が定められた。

 まずは身元を証明する推薦状があること

 試験時に女性検査官の元、魔法を使用し聖石の有無の検査を受けること

 武術や魔法の実技

 更に、採用には慎重を期すため、一人一人サルマンドの固有魔法で、彼に対する害意の有無を確認すること

 となっている。


 今日は、この採用試験の最終選考が行われるのだ。

 最初の2項目は全員がクリアし、実技試験会場に現れた者達の中に、魔法ではなく剣術を選択したものは2名。中でも1名、相手となった男性武官が全く刃が立たないほどの剣技を見せた女がいた。


「シェリル・フォレスター?」


「はい。ナダルバイン商会からの推薦です。帝国伯爵家の三女で騎士だったそうですが、平民の冒険者と恋仲になり、駆け落ちしたようで。夫の方が商会の護衛をしていた為、妻の勤め先を探していると」


「駆け落ち? それはつまり、夫に対する推薦状だな。本人の身元は確認したのか?」


「帝国に照会の問い合わせはしました。身元確認は取れています。夫は我が国のギルドに所属しているのですが、共に冒険者をやるよりハレムの方がトラブルがなさそうだと。まあ、かなりの美女なので。護衛業務をしていた商会から推薦状を出してもらったそうです。魔法は自身の身体強化のみしか使えませんが、剣の腕がずば抜けていまして……」


 カルディス帝国といえば、かつてレーヴェルランドと敵対した国である。そこの貴族の娘なら、間諜ということもないだろう。


「なるほどな。剣術試験は誰が?」


「第二警備隊のイーデルです」


「ほう。では我も一太刀合わせてみるか」


「は? 陛下が、ですか?」


「ついでに見極めようか」


 サルマンドはそれなりに剣を扱う。一介の警備兵よりは余程剣技には自信があった。

 どちらにしろ害意の有無の確認には、対面する必要がある。サルマンドは剣を持つと、慌てる採用担当者を無視して、試験が行われている鍛錬場へと向った。


「シェリル・フォレスターです」


 片膝をついて頭を下げた姿勢で、その女は名乗った。


「サルマンドだ。顔を上げ、立ち上がるが良い」


 その声に従い顔を上げたその女に、サルマンドは息を呑む。

 姿勢を変えるとサラリと流れる艶のある淡い金髪。白い陶器のような滑らかな肌、小さな卵型の顔に、絶妙なバランスで配置されたパーツ。大きな菫色の瞳は意思の強さがうかがえる。通った鼻筋に淡いピンク色の唇。無表情な上、化粧などおそらくしてはいないだろうに、目を惹きつけられる。

 そして、姿勢よく立つその姿も、華奢には見えるが長い手足に程よく筋肉がついているのだろう。白いシャツと黒のスラックス姿というシンプルな装いながらも美しい。帝国の伯爵家の子女で騎士であったという女は、所作も洗練され、気品が漂っていた。


「ほう。これはまた……」


 思わず感嘆の呟きが漏れた。その瞳に魅入られるように惹かれながら、サルマンドは「その心を映せ」と小さく詠唱する。

 彼の固有魔法で、視線を合わせた相手が、サルマンドにどういう感情を持っているかを知る魔法。

 果して女のそれは、まるで静かな湖面のようだった。凪いでいて、静寂。

 サルマンドに対する、興味、感嘆、好意、恋情、尊敬、思慕、憧憬、嫉妬、嫌悪、怨恨、害意、殺意……これまで見た人間は皆、何かしらの感情をサルマンドに寄せていたのに、この女は何一つ持っていなかったのだ。ただ静かに前に立っているだけ。


 やがて、女は静かに目を伏せた。金色に光るまつ毛が白い頬に影を作る。まるで、サルマンドを拒むようなそれに、彼の意識は逆に囚われた。

 この女の興味を引き、想いを寄せられる者になりたい。


「今一度、剣の腕を見せてもらおうか?」


 剣を合わせ、サルマンドだけをその瞳に映して欲しい。


「承知しました」


 二人は剣を構える。僅かの間だったが、互いを探るような剣合わせだった。

 ほんの三合ほどで、女の持つ剣先がサルマンドの喉元に向けられた。すぐに下ろされたものの、サルマンドの完敗だった。


 二人は剣を鞘に戻し、女は再び跪いた。

 女の瞳に自身が映されなくなったことに、サルマンドは物足りなさと寂しさを感じる。

 気がつけばサルマンドも女の前に片膝を付き、細い顎に手を伸ばし顔を上げさせ、強引に視線を合わせていた。

 女の菫色の瞳が驚いたように見開かれる。

 驚愕と疑問……女の感情が垣間見える。そこにサルマンドに対する、興味や好意はなかった。


(この女が欲しい!)


 急に湧き上がったこの感情を、サルマンドは冷静に処理出来なかった。

 美しく、清廉で、強くしなやかな女。

 国王でもなく、首長でもなく、サルマンドを個人として認識し、ただの男として、俗物的感情なく、自身を見る女。


「我の名はサルマンド。シェリルと言ったな? お前に我が名を呼ぶことを許そう」


「畏れ多いことでございます、陛下。どうぞお赦しを」


「我が許し、命じるのだ。呼んでみろ」


「……サルマンド様」


 女がサルマンドの名を呼んだただ一言に、彼の感情は昂ぶった。

 4人の妻に抱く感情とは明らかに異なるそれに、サルマンドは名前をつけることが出来ない。

 彼の妻達には自身の名を呼ぶ許可は与えていない。彼女達は、サルマンドが大切にしている財産であり、彼が首長として国を発展させるために、必要な役割を果たしてもらう女達だ。ハレムに部屋を与え、慈しみの感情を平等に注ぎ、国を発展させるための歯車として働いている。

 だが目の前の女には、何の役割が無くても、ただサルマンドの側にいて欲しい。


「お前をハレムの警備として採用しよう。住居もそこに用意する」


「あの、私には夫がおります。通いでのお勤めを希望しておりましたし、その枠での応募でした」


 サルマンドの提案に、女は戸惑ったようにそう答えた。


「⁉」


 夫という言葉に、サルマンドの感情は激昂した。

 そして、目を通した女の履歴が脳裏に浮かぶ。

 平民の冒険者と恋に堕ち、身分や地位、家族をも捨てて、男との結婚を選んだ女。

 そんな激しい愛情を、この女は自分でない男に向けているというのか?

 セフィロス・フォレスター……大陸に三人しかいないS級冒険者の一人だ。直接会ったことはないが、その噂程度は、サルマンドも知っている。

 その男に、今サルマンドは、猛烈な嫉妬心を抱いた。


「お前は、夫の元に帰ると言うのか?」


 口から出たのは、低く恨みがましく、そして充分に威圧的な声だった。

 だが、女は恐れることなく、まっすぐに男に告げる。


「私は夫を愛しております。ハレムに入る事が条件ならば、採用は辞退します」


 愛している、だと?

 そして、辞退する?

 あの、セフィロスの為に。

 これまで、望むものは全て与えられ、或いは自身の手で掴み取ってきたサルマンドにとって、女一人手に入らないということがあるだろうか?

 この女と愛情が欲しい。今、サルマンドはそれを望んでいるのだ。


「それは、無理だ。シェリル、お前は我と出会ってしまった。国王としてお前に命じる。夫と離縁し、我の妃となれ。逃げられると思うな。3カ月だ。法に従い、3カ月後にお前との婚姻を行う」


 そう。法律上寡婦の場合、離婚後3カ月の間は再婚することが出来ない。その間女をハレムに入れ、サルマンドの愛情を注げば良い。名実ともに妻にするには3カ月という時間は必要だが、その間に彼女の感情を自身に向ければ良いのだ。

 男自身初めての感情に戸惑ってはいるが、近くに置いて、優しく愛でれば心変わりも可能だろう。


「国王陛下のお言葉とは思えません。本人達の意思を無視して勝手に離婚や婚姻など」


 女はまだ言い募ってはいるが、サルマンドとて容姿は良い男だと自覚しているし、財力、権力共に、他の男の比ではない。ましてや平民の冒険者よりも余程良い暮らしが送れるはずだ。

 その時のサルマンドは、女こそが一人の人間であり、意思を持つ人間だということを、忘れていた……というより意識していなかった。彼のこれまでいた環境が、彼をそうさせていることに気づいていなかったのだ。


「お前の夫には、我の方から伝えよう。悪いようにはしない。お前の望みもこの決定以外のことなら、出来るだけ叶えるつもりだ。」


「…………」


 女はそれ以上の反論を諦めて、頭を下げた。


(何が原因で、国王が私を妃にしたくなったのかわからないけど、この際だからこの立場を利用させてもらおうか。国王がモノのように女を扱うなら、こちらも利用することに戸惑いはない)


 と、アリシアが割り切ってこの立場を利用することにしたことを、サルマンドを知る由もなかった。

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