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女王の焦りと役割

 

「テイラー⁉」


 助けを呼ぶ声ではなかった。警告を含み女王に必死に呼びかけた断末魔の叫び……それを受け取ったアリシアは、ガバっとその身を起こした。

 心臓が激しく脈打ち、冷や汗が流れる。


 女王を呼んだ彼女の名を口走った声に、共寝していたヴォルフも目を覚まし、アリシアの隣で起き上がった。


「どうした? 大丈夫か?」


 明らかに様子のおかしいアリシアの背に手をあて、軽く宥めるように背を叩きながら、ヴォルフが尋ねた。

 時刻は真夜中だ。疲れて熟睡していたアリシアがいきなり異様な様子で覚醒したことに、何か良くない事が起こったのだろうと、ヴォルフの眠気も吹き飛んだ。


「あ……ヴォルフ……」


 しばらく目を閉じて何かを探っていた様子のアリシアが、瞼を上げるとヴォルフに視線を向けた。


「すごい汗だぞ?」


 じっとりと裸の背を濡らす汗を、ヴォルフが心配そうに指摘して、掛布で拭ってやる。


「……うん。ねえ、ごめん。ちょっと出てくる」


 アリシアはそう言ってベッドから降りると、明かりをつけ、身支度を整えていく。


「? 今からか? わかった」


 ヴォルフもそれを聞いて、服を着ようとナイトテーブルに手を伸ばしたが、アリシアの手がヴォルフのそれを止めた。


「ううん。違うの、ヴォルフは残って」


 菫色の瞳が、まっすぐにヴォルフを見つめる。その視線に先程の動揺はない。決意のこもった美しくも真剣な表情だ。レーヴェルランドの女王としての顔だった。


「……大丈夫なのか?」


 踏み込むことを許さないアリシアのその表情に、ヴォルフはだが確認せずにはいられない。

 この女王様は、全部を1人で抱え込む悪癖がある。

 最近は随分とヴォルフを頼り、背負うものを分け合ってくれるようになったが、レーヴェルランドの事に関することには、あまり関わらせてくれない。

 互いに想いを交わし、半身として約3年を過ごしてきたが、ヴォルフがアリシアに執着し全てを独占したいと思う気持ちほど、アリシアはヴォルフに心を預けてはいないらしい。

 無理もない。彼女はアリシア個人である前に、レーヴェルランドの女王であり、ヴォルフもそれを承知で彼女を愛しているのだから。


「うん。ここでの依頼、まだ途中でしょ。悪いけど、お願いしていい?」


 そして、冒険者としての責任も忘れていなかった。


「……わかった」


 ヴォルフはため息をつきながら答えるが、アリシアの手を捕まえて言い聞かせるように伝える。


「アリシア。落ち着いたら、連絡よこせ。あと、助けが必要なときは、必ず俺を呼べ。いいな?」


「……うん。ありがとう、ヴォルフ。じゃあ行ってくる」


 しっかりと頷いたアリシアが、ヴォルフの唇に軽い口づけを落としてから扉へと向かう。


「気をつけてな」


 ヴォルフの声を背に、アリシアは部屋を出た。



 宿の外に出たアリシアは、人気のない夜道を走りながらスーリーを呼ぶ。

 ここは大陸の北部地域。「紫紅」は、3年前からこの地で冒険者として活動していた。

 だがテイラーの声がした場所は、ここから遥か南の地域。大陸南部地域であるガダル・ガジャ首長国からだった。

 ここからなら一旦レーヴェルランドに向かい、何人か連れてガダル・ガジャへと向った方がいいだろう。


 スーリーを駆りながら、アリシアは焦る気持ちを止められない。


 アリシアの聖石は、レーヴェルランドの女性たちの聖石と繋がっている。と言っても、血縁や側近などアリシアに近い者と疎遠な者とでは、意思の疎通具合が格段に違うし、意識して繋げ合わせなければ伝達も不可能だ。

 それに皆、余程の非常事態でなければ、女王の聖石に呼びかけたりしない。

 しかし、先程のアレは警告だ。大陸のどこにいるかも分からない女王に対して、残る魔力を魔法として使うのではなく、危機を伝える為だけにアリシアに向け発した死に際の警告。

 テイラーは、セシルと同年で能力がずば抜けて高い、大陸に3人しかいないS級冒険者の1人だ。

 その彼女の断末魔の叫びだった。


 テイラー!何があった? 彼女ほどの戦士が命を落とす程の何があったのか?


 そして、何を警告しようとした?


 アリシアに伝わったのは、彼女の位置と警告の叫び。

 レーヴェルランドに向かう空の上から、女王の聖石を通して側近や双子の妹達へと指示を飛ばす。


 行かなくては。


 テイラーを、彼女を迎えに行かなくては。


 もう、彼女と言葉を交わすことは出来ないけれど。せめてその亡骸は、先代女王候補の側に弔ってやらなければ。


 アリシアは、レーヴェルランドで、セイレーンとミーシャに合流すると、再び南部に向かって竜を飛ばす。


 そして……

 テイラーの遺骸は砂漠で見つかった。


 アリシア達がその場所に到着したのは、翌日の午後だった。

 砂漠で発見されたにも関わらず、魔獣に食い荒らされることもなく、強い日差しに傷むことなく、盗賊被害に遭うこともなく、現状は維持したまま保護結界に覆われていた。

 結界からは、アリシアのよく知る魔力の気配がして、そっと手を伸ばして結界に触れると、サラリとした感触で結界が消失した。


「……セフィロスが、来てくれたんだね」


 アリシアは目を伏せて、セフィロスに感謝した。二人はかねてから交流もあり、それはアリシアも知るところだった。そもそも約8年程前に、アリシアの前にセフィロスを連れてきたのは、テイラーだったからだ。

 短い祈りを捧げて、ミーシャとセイレーンが、テイラーをレーヴェルランドへと連れ帰っていく。


 アリシアはこの地でやるべきことがある。

 テイラーの警告の意味を知り、南部で何が起こっているのかを知らなければならない。


 ミーシャとセイレーンに指示を出し、各地に散っているレーヴェルランドの戦士たちから南部に関する様々な情報を集約していく。

 集まった情報をアリシアの聖石が分析していく。未来予測演算機能が働き出す。


 はじき出された幾千通りかの未来予測に、アリシアは唇を噛む。


 転換期かもしれない。


 テイラーに起こった出来事とこれからアリシアがしようとすることは、大陸の未来とレーヴェルランドの未来に大きな影響を与えていく可能性がある。


 それでも……


 今現時点において、確定した未来なんてない。この先、生きている過程での些細なことまでの全ての選択が、未来につながって、やがて歴史になっていく。


 だから、少しでも大陸の平穏を願う神の意志に沿って、理想的な未来になるように、アリシアは動かなければ。

 その為に彼女は、女王の聖石を持ってこの大陸に産み落とされ、大陸の軌跡を変えうる力を持って、地上に遣わされたのだから。


 あとはこの地で不足した情報の欠片を拾いながら、選び取っていかなければ。


 アリシアはガダル・ガジャを知るべく、首都へと向った。



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