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レーヴェルランドの女王とベルハルト王国の第二王子 3

 

 謁見の間に通されたレオンハルト達ベルハルト王国の一行は、女王の入室を告げられて、全員が礼を取り頭を下げた。


 彼らの前に、人が立つ気配がする。

 淡い紫色に精緻な刺繍が施されたドレスの裾が目に入った。


「顔を上げて。ここで畏まる必要はない。貴方達は対等な客人だから」


 涼やかで心地の良い声だが、内容は女王らしくないシンプルな言葉だ。


(普通、遠路を労うとか、歓迎の言葉とか、なんていうか社交辞令的な何かはあると思うけど……かと言って、見下されているわけでも無さそうだよね)


 いろいろと思うところはあるものの、レオンハルトは穏やかな微笑みを浮かべ余裕のある態度を崩さぬよう意識しながら、顔を上げた。

 だが、5歩ほど先に立つその女性の全身を視界に入れた瞬間、思わず息を呑む。


 その小さな白い顔に思わず視線が惹きつけられる。

 淡い金の髪は美しく結い上げられており、印象的な大きめの菫色の瞳にまずは目がいく。そして完璧に整って配置されたパーツ、額に輝く紫の石。ほっそりとした首から下のドレスは、素材や刺繍は素晴らしいながらも身体のラインを隠さないシンプルなもので。手足が長く、細身の肢体さえも、人が美しいと感じる心を刺激されるように創られた美の化身……

 歳の頃は、18、9歳といったところか。


「すげえ……」


 思わず、といったように小さく溢れたリュシアンの声に、レオンハルトはハッと我を取り戻す。横目で彼に視線を投げれば、しまった!というように口元を掌で覆っていた。


「失礼しました。女王陛下」


 溜息をつきたくなるのを堪えて、レオンハルトは軽く視線を下げる。


「あまりに美しいお姿に感激し、魅入られてしまいました。どうかお許しください」


 だが、女王は全く表情を変えずに片手を振った。気にするな、というように……


「別に。慣れてる。人の目にそういう風に認識される顔らしい。まあ、女王やっている分には困らないからいい。貴方達もすぐに慣れる」


 続いた言葉に、今度は別の意味でレオンハルトは呆気にとられた。


(謙遜するとか、本音は隠すとか、賞賛に礼を返すとか、無いんですかね? 女王様)


 リュシアンなんかポカンと口が開いている。他の護衛たちも似たようなものだ。

 一応貴族の子息たちで、礼儀作法も完璧な者ばかりな筈なのだが、旅の疲れといろいろと規格外の女王のせいで取り繕えて無いらしい。


(どう、収めたらいいんだ?これ)


と、レオンハルトが真剣に思案し始めたところで、女王が再び口を開いた。


「私は、アリシア・シェリル・ラ・クィーヌ・レーヴェルランド。ここレーヴェルランドの第63代女王だ。客人方、名乗りを」


 よりによって、女王に先に名乗らせてしまった失態に、レオンハルトは青ざめる。仕事の依頼に来た立場で、挨拶の時点でやらかし、自己紹介さえ後追いになってしまった。


(呆け過ぎだぞ、レオンハルト!素人か!)


レオンハルトは自身を叱責しながら、慌てて名乗りを上げる。


「重ね重ね失礼いたしました。私はレオンハルト・サリード・ル・ベルンハルト。ベルハルト王国の第二王子として国王に代わり、レーヴェルランドの女王陛下に仕事の依頼に参りました」


 女王の表情は変わらない。

 その表情に、呆れも怒りも嘲りも何も無い。笑顔でさえ。ただ淡々と機械的に話を進めていく。


「親書には目を通した。

 カルディス帝国がベルハルト王国への侵略戦争を準備しているから、それを退けるためにレーヴェルランドの傭兵を300程借りたいとあったな。報酬の提示も確認した。

 仕事は受けよう。条件も大まかなところは記載があった通りで構わないが、契約の締結は、直接国王と話をしてからだ」


 それではまるで、自分は国王の手紙を届けてきただけのただの使者のようだ。第二王子が来たということは、契約内容についての裁量権が与えられ、ベルハルト王国として自分に契約締結の権限があるというのに。


「ありがたいお言葉ですが、時間があまりありません。女王陛下がベルハルトにいらっしゃり、国王と契約締結してからですと、間に合わない可能性があります。こちらで契約を締結していただき、速やかにベルハルトへ300程の戦力をお借りしたい」


 だが、やはり女王の表情も条件も変わらなかった。


「仕事は受けると言った。すぐにベルハルトへ300の兵も向かわせる。だが、契約は国王と直接交わす。これは譲れない」


 きっぱりと言われ、さらには、すぐに対応してもらえると言われれば、これ以上食い下がることは出来ない。


(至らなくて悔しいけど、依頼は受けて貰えそうだ)


「……承知しました。よろしくお願いいたします」


 レオンハルトは、大人しく頭を下げ了承を伝える。

 女王はその様子を確認すると、同席していたレーヴェルランドの女性達に視線を向けた。


「議会長、聞いた通りだ。ミーシャ、セイレーン、セシルは連れて行く。他は女王案件として、希望者を募れ。先着順で300になったら締め切りでかまわん。それぞれベルハルトに急行せよ。今日から5日以内に到着できない者は、対象から外せ。参加者が決まったら知らせろ。後ほど私から連絡する」


 端的でシンプルな指示だった。

 だが聞いていたベルハルト王国一行は内心疑問だらけだ。


(女王案件?希望者先着順?それぞれベルハルトに急行せよ?)


 レオンハルトは、ここでの契約締結に1日、軍の選抜と出撃準備に最短で1日、進軍しベルハルト王国に入国するのに約10日が必要だと思っていた。予定よりも何日か短縮できたのは僥倖だ。

 だけど、大丈夫なのか?レーヴェルランド。

 いろいろと不安になってきた。


「かしこまりました。女王陛下。ご武運を」


 議会長は女王の指示を受けて、挨拶……しかも出立の挨拶を送ると、何人か連れて速やかに退室していく。

 続いて女王は、先程レオンハルト達を案内をしてくれたミーシャ嬢と並んで立っている若い女性に声をかけた。


「セシル?」


「喜んでお供します。女王」


 答えた女性は、20代後半位だろうか? 栗色の髪に琥珀色の瞳の優しげな面差しの女性だ。何となく母上に似た感じの女性だな……とぼんやりと思う。

 だがその思考も、女王に掛けられた言葉ですぐに掻き消えた。


「では、王子殿下。私とセシル、ミーシャ、セイレーンは貴方達と共に2時間後に出立する。準備を。時間になれば部屋に迎えに行く」


「はっ。準備します」


 反射的に、まるで上官に返すような返事になってしまったが、(ええっ⁉ 2時間後に出発?)と、怒涛の展開についていけてない自分がいる。

 表情に出さないよう懸命に笑顔を作っていたつもりだったが……


 クスクスと小さく笑う声が聞こえて、思わずそちらに視線を向けると、緑色の瞳を愉快そうに緩めたミーシャ嬢がいた。完全に面白がられている。


(なんか、いろいろと聞きたいことはあるけれど……まあ、いいか。道中長いし)


 レオンハルトは、軽く肩を竦めると、


「ミーシャ嬢、先程の部屋に案内をお願いしても?」


と、得意の王族スマイルを浮かべてみせたのだった。


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