ヴォルフのささやかな幸せ
魔鉱石の採掘と、魔道具の開発は、地中の坑道内部で行われていた。
旧メッシーナの暗部組織の中には、魔道具の開発に力を入れていた部署もあったらしい。魔獣の駆除だけでなく、対人攻撃用の魔道具も開発しているようで、坑道内に造られた魔道具保管場所には、多くの魔道具が隠されていた。
アリシアとヴォルフは、地中に複雑に入り組んで掘られた坑道内を隈無く探っていく。地属性の魔力コントロールに長けた者が共にいなければ、あっという間に迷ってしまう巨大迷路のようだ。外敵が入り込むことはあまり想定されていないのだろう。警戒は薄かった。
アリシアという全属性を使いこなす規格外の魔法師がいるからこそ、初めてのこの場所で全く迷うことなく人の気配を避けて坑道内を自由に歩けているが、ヴォルフ1人だったら調査どころではなかっただろう。
坑道内部を一通り見て回り、時刻は深夜に差し掛かっていた。
坑道を出て、集落内外を警戒する領軍兵を避け、静かに山中へと出た二人は、登山道を外れた森林地帯まで下山すると、休憩を取ることにした。
簡易食と温めたスープを用意して、倒木に並んで座る。アリシアの結界のおかげで、寒さは感じない。
「本当に、いろいろ助かった。帝国の問題に巻き込んでしまって、悪いな」
腰を落ち着けたところで、ヴォルフが神妙な顔でアリシアに言った。
アリシアはそんな彼に、小さく首を横に振る。
「この依頼を受けるって決めたのは、私だよ。依頼主のレオンにとってもまさかの結果だったとは思うけど、ヴォルフが気に病むことはないと思う」
「だが、事の発端は間違いなく俺だ。レーヴェルランドの女王を付き合わせてしまうことになったことを、元皇帝として謝罪しよう」
互いの立場を意識した、元君主としての言葉だった。
アリシアは一瞬ポカンと口を開けてヴォルフを見る。だがすぐに、クスクスと小さく笑った。
「ヴォルフって、そういうところ真面目だね。でも、良いと思う。
私も、レーヴェルランドの女王として言わせてもらうなら、力を持つ者がその能力を使って、主義主張の異なる者を抑え込むことが正しいとは思わないけど、ここは帝国内だから、ヴォルフが正義だよ。
それにこの件は、放っておくと面倒なことになりそう。あとは、私個人の理由もあるしね」
「お前個人の理由?」
アリシアの、女王としてではなく個人の理由という言葉に、ヴォルフは思わず聞き返した。女王や冒険者ではなく、アリシア自身の希望があるのなら、聞いておきたい。
「ヴォルフの命が狙われるのは嫌だから、私もあの暗部組織を排除したい。だから、謝らなくていいよってこと」
なんてことはないように続けられたその言葉に、ヴォルフはらしくもなく動揺した。
きっとアリシアは全く意識することなく口に出した一言だ。基本的に一方に肩入れしたりせず人には寛容なアリシア自身が、他人を排除しようとしてまで、ヴォルフの命を大切に思ってくれている。
「……アリシア、俺達の結界を解いてくれ」
「いいけど、寒いよ?」
ヴォルフは隣に座っていたアリシアを抱き上げ、膝の上に乗せる。
アリシアが結界を解くと、ストレージから出して羽織った外套ごと包み込むように、彼女を抱きしめた。
「これで寒くない」
「確かに。温かいね」
アリシアが微笑んで目を伏せると、力を抜いてヴォルフの胸に頭を預ける。
ヴォルフはそんなアリシアが愛おしい。
彼女は、女王である立場ゆえと、聖石から歴代女王の記憶を引き出せる為か、感情の起伏が乏しい。未発達なのか単に鈍いのかは測れないが、それは彼女の心を守るために必要なことで、いわゆる防衛機能の様なものだと、ヴォルフは思っている。
更に、通常は無表情がデフォルトだ。
そんなアリシアが、ヴォルフの前ではかなり表情豊かに過ごしているし、女王の矜持よりもヴォルフの命を優先したいと言ってくれる。
こうして、ヴォルフが触れると、安心したように身体を預けてくれるのだから、言葉なんて無くても、彼女の気持ちは伝わってくる。
この女を、ずっと側で守りたい。
慈しんで、愛して、俺の隣で穏やかに笑っていて欲しい。
女王として立つ毅然としたアリシアも好きだ。その細い肩に多くのものを背負い、誰よりも強く、レーヴェルランドの民達だけでなく、大陸に存在する弱者や、平穏の為に在ろうとする彼女の生き方にも惹かれてはいる。
だが、素のアリシアというただの女が、ヴォルフはたまらなく愛おしい。
可愛い女だ、と。
彼女の傍らにいて、ヴォルフの前では素のアリシアでいられるように守ってやりたいと思う。
その為に……彼女が女王であることを、ヴォルフが損なうことが無いようにしなければ、とも思う。
今回の件は、彼女の言うように大義名分もある。そこに彼女自身の希望がたまたま重なっただけだ。ヴォルフの命を守る為だけに、彼女が他人を害すことになったのなら、アリシアは酷く自分を責めるだろう。
アリシアの持つ力は強大だ。彼女はその力を、神の望むように正しく使いたいと思っている。
だから、そんなことにならないよう、ヴォルフは自分自身をきちんと守り、且つ彼女の心を守ってやれるように強くならなければ、と思う。
(皇帝の立場を捨てられたのは、運がよかったな)
ヴォルフは今、心底そう感じている。
帝国皇帝であったなら、女王であるアリシアの側にはいられなかった。
ヴォルフにとっての唯一は、帝国でもなく、アマリアやクラウス達でもなく、アリシアだった。そのアリシアに出会ってしまった。
以前の自分だったら、こんな生き方なんて思い浮かびもしなかっただろうが……
アリシアが女王として生きていけるように、誰よりも近くで彼女を守ることが、ヴォルフの生きる意味だったのだと、その為の力を得るためのこれまでの人生だったのだと、今ではそう思える。
ヴォルフは腕の中にいるアリシアの顎に手を伸ばし、彼女の唇に口づける。
それを素直に受け入れるアリシアに、ヴォルフは満たされる。
「アリシア、ありがとう」
いろんな意味を込めた、彼女への感謝だった。
アリシアはパチパチと瞳を瞬かせ、だが何も言わずに再びヴォルフの胸に、気持ちよさそうに頬を寄せた。
「少し眠っていいぞ?」
夜明け前にはここを出て、出勤前のフェルナンを捕まえたい。だが、まだ猶予がある。
「……ん。ちょっとだけ眠るね」
日付的には昨日の早朝から、魔法を連続多重行使しながら、アリシアは行動していた。
ヴォルフよりも疲労はかなり大きいだろう。
彼女はすぐに眠ってしまったようだ。
今、こうしてアリシアの眠りを守れることが、ヴォルフにとってささやかな幸せな一時となった。
短めですが、キリがいいので、ここで切ります。




