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ヴォルフの悪友

 

 翌朝ヴォルフとアリシアは、馬車に向かう途中のヨシュアとルイを捕まえた。「紫紅」が護衛討伐依頼を終了することは、昨晩依頼元に伝えてあったので、今朝はただ二人に別れの挨拶をするためだ。


「急な話だが、俺達は今日この町を出ることになった。お前には世話になったから、礼を言いたくて待っていた」


「……そうか、残念だな。でも、アンタ達は腕も立つ。だからこそ、ここにずっと留まってるわけにもいかないんだろう?」


 ヨシュアは、どことなくさみしげに小さく笑って言った。


「もともと旅をしながら、依頼をこなしてるからな」


 ヴォルフはそれに頷いて答える。

 ルイが二人の会話を聞いて、アリシアに駆け寄った。


「アリシア、行っちゃうの?」


 アリシアの外套の端を握って見上げたルイに、アリシアは腰を落としてルイと視線を合わせる。


「うん。ルイ、お父さん早く良くなるといいね」


 彼の頭にそっと手を置いて、アリシアは言った。


「……ありがと。でも寂しい」


 ルイは唇を噛んで、一瞬言葉に詰まりながらも、なんとか感謝の言葉を告げた。

 アリシアはそんな彼の瞳をまっすぐに見て、ゆっくりと答える。


「そうだね。でも、皆、出会って別れての繰り返しだよ。いつかまた会えるかもしれないね」


 ルイもじっとアリシアに視線を返す。だが、逡巡するように視線を落とすと、今度は恐る恐ると言ったように、アリシアをもう一度見た。


「あの、アリシアの……顔見せてもらっても、いい?」


「え?」


 瞳を瞠ったアリシアに、ルイは慌てたように続けた。


「その、嫌じゃなければ。オレ、キズとか気にしないよ。また会ったときに、ちゃんとアリシアだって、わかるように」


 アリシアがヴォルフを振り仰ぐ。ヴォルフは黙って頷いた。


「……うん、いいよ」


 そう言って、アリシアは目の下を覆う布を外した。

 現れた完璧に整った美貌に、ルイとヨシュアが息を呑む。


「アリシアは、女神さまだったの?」


「は?」


 大きく瞳を見開いて瞬きもせずアリシアに見入っていたルイの一言に、アリシアが、(さすがにそれは言い過ぎなんじゃ)と、コテンと首を傾けた。


「なるほど、そっちだったか。ガインも苦労するな」


 ヨシュアも納得したように大きく頷いて、ヴォルフを半ば同情的に見た。

 ヨシュアもルイも、アリシアに隠したい傷か痣があるのかと思っていたのだ。だが、美しさを隠すためというのもある意味苦労するよな、とヨシュアは思う。


「要らぬトラブルを招きがちではあるよな。特に治安が悪い地域だと」


 ヴォルフは苦笑して答えた。


「まあ、いい判断だったと思うぞ? この先も道中気をつけて行けよ」


「ああ、ありがとう。ヨシュアも元気でな」


 ヴォルフの言葉に、アリシアも再び布で顔半分を覆うと、立ち上がる。

 手を振るルイに二人も軽く手を上げて応えると、彼らに背を向けて歩き出した。





 町を出ると、二人は身体強化をかけて速歩き程度で街道を進んでいく。周囲の様子を見ながらの、二人にしてはゆっくりとした移動だ。

 それでも遅めの午後には、領都に到着した。鉱山町から6時間ほど。馬車よりは早い到着だった。


「さて、ここがサッシーリャ領の領都ノルド。帝国の北の国境の街だな」


「南のベルハルト側とは全然雰囲気が違うね。軍人の街って感じ」


 アリシアの言う通り、南のベルハルト側の国境のように、華やかな色合いや、多様な人々が行き交う賑やかさ、活気に溢れた商店などは皆無であり、くすんだ白、黒、灰、こげ茶といった色合いのどこか厳つい建築物が多く並んでいる。窓には格子がついているところが大半だ。


「ここから元の鉱山は近い。魔獣の襲撃があるし、稀にだが、隣国との諍いもある。住民も、帝国軍と領軍の軍人達が多いからな。さて、手っ取り早く伝手を使って情報収集するか」


 辺りを見回しアリシアに説明していたヴォルフが、少し離れた背の高い建物に視線を定めると言った。


「伝手?」


 アリシアがヴォルフの視線を追って、尋ねた。


「国境に派遣している帝国軍の司令官は、さすがに信頼のおける部下だぞ。まあ、悪友とも言うが。かなり腕も立つ。司令部をいきなり訪ねるのはさすがにこのナリじゃ無理だから、素直に面会を申し込むか」


 そう言って、何やら紙を取り出すと一言書いて、封筒に入れる。魔法で封印したそれをヒラヒラと振って、ヴォルフは帝国軍駐留基地へと歩き出した。




 基地に到着したヴォルフとアリシアは、門番に封書を渡し取り次ぎを頼むと、慌ててやってきた兵士に案内され、応接室に通された。

 そこでしばらく待つように言われ、二人は勧められるまま並んで腰を下ろす。

 ヴォルフは短く詠唱して、室内の声が漏れないような防音結界を張った。そして、隻眼偽装の布を外し、アリシアにも顔半分を覆う布を外すように言う。

 しばらくすると、表からよく通る声が聞こえてきた。


「ああ、問題ない。旧知の客だ。皆下がっていい」


 どうやら、待ち人がやってきたらしい。人払いをしているようだ。

 ヴォルフがソファーから立ち上がり、それとほぼ同時に、ノックも無しに部屋の扉が勢いよく開いた。


「久しぶりだな、フェルナン」


 銀髪蒼眼のまま、ヴォルフがのんびりと声を掛けた。フェルナンと呼ばれた赤髪淡茶眼のガタイのいい男が、扉を乱暴に閉めるなり、そんなヴォルフを睨みつけ食って掛かる。


「ヴォルフ! お前ふざけてんじゃねえぞ! どういうことか説明しやがれ!」


 この色のヴォルフを認識し、部屋の防音結界を認知した上での、このセリフ。アリシアは、ヴォルフが彼を信頼できる悪友と称したのを理解した。


「説明も何も……病気療養後退位する予定だから、アマリアが皇位を継ぐって通達しただろ?」


「そんな通達一つで、俺が納得すると思ってんのか?」


「だから、ここまで来たんだろうが。いい加減落ち着けよ」


「お前!……あ、連れがいたのか」


 まくし立てるフェルナンを、のらりくらりとヴォルフが躱していたが、ここでやっとフェルナンは、ヴォルフの後ろに腰掛けているアリシアを認識したらしい。


「今更か。アリシア」


 ため息をついたヴォルフが、アリシアの手を取り立たせると、その肩を抱いて隣に並んだ。


「⁉」


 アリシアを見たフェルナンがハッと息を呑む。一瞬呆けたようにアリシアの顔をぼーっと見た。


「フェルナン、紹介する。コイツはアリシア。俺の妻だ」


「はあ⁉」


 だがヴォルフの言葉に、声が裏返り、目をこぼれんばかりに見開いた。わかりやすい人だ、とアリシアは思う。初見の評価を下げ、こんな人が国境の軍の司令官で大丈夫か?と若干心配にもなるが、第三者がいるところでのアリシアは、彼とは対称的に無表情だ。


「で、コイツがフェルナン。ここの帝国軍司令官をやっている」


 ヴォルフが、フェルナンをアリシアにも紹介する。アリシアは軽く頭を下げた。


「よろしく」


 アリシアが発したのは一言だったが、狼狽えたフェルナンに気にする余裕はなさそうだ。


「あ、ああ。いや、ちょっと待て! 妻?妻って言ったか? お前、この間戦争に負けて頭おかしくなったんじゃ……」


 とうとうヴォルフの頭の具合を心配し始めた。


「どういう意味だよ? 別におかしいことじゃ無いだろ?」


「病気療養とか、退位とか、で、結婚だ? 俺が納得するまで説明しやがれ!」


 しれっと言ったヴォルフに、フェルナンは半ばキレ気味だ。


「いや、結婚はして……むぐ」


 アリシアは誤解を解いてやろうと口を開いたが、ヴォルフの掌に途中で塞がれた。


「まあ、順を追って説明するから、とりあえず座れ」


 ヴォルフはあからさまにため息をつくと、フェルナンに椅子を勧めた。





「……というわけで、アリシアとは夫婦ということで冒険者をやっている」


 ヴォルフは、ベルハルトとの戦争(皇都より北寄りの帝国軍は参戦していなかった)から、レーヴェルランドとの事、アリシアの立場、帝国のこれからを踏まえた譲位やその経緯、そして、現在に至るまで、順を追ってフェルナンに伝えた。


「……はあ、そういうことか。だが、病気療養とか退位には驚いたぞ? クラウスやアマリアが良く許したな。まあでも、お前が決めて、あいつらが納得したのなら、そういう流れなんだろうよ……俺はお前が皇帝で良かったと思うけどな」


 フェルナンは意外にも、一切口を挟まずヴォルフの話を最後まで聞き、そして、話が終わるとソファーに背を預けて姿勢を崩すと、ヴォルフに言った。


「悪いな。だが、アマリア達にも同様に仕えてくれると助かる」


 ヴォルフも苦笑いで答えると、フェルナンに願う。


「もちろん。俺はこの国に剣を捧げているからな。ところで、え〜と、女王陛下?暫定の奥方?」


 それに迷うことなく頷いたフェルナンは、今度は遠慮がちにアリシアを見た。彼女をなんて呼んでいいのか迷っているようだ。


「アリシアだ」


 ヴォルフが彼女の名をもう一度フェルナンに告げる。


「アリシアちゃん? 君、本当にヴォルフとやり合って勝ったの?」


 彼女の身分に物怖じせず、ちゃん付けにして呼ばれた挙句、今この状況で気になるのはそこなのか?と、アリシアは若干引く。もっとも無表情だが。


「……まあ」


「へえ」


 フェルナンの瞳が好戦的に光った。それに気がついたヴォルフが、間に入る。


「やめておけ。アリシアは次元が違う」


「ちょっと剣を合わせるくらいいいじゃないか?」


 不服そうにヴォルフに言ったフェルナンに、アリシアはなんとなく彼の人となりを察した。強者に焦がれ、自分の力をひたすら磨いてきたのだろう。これは断ってもしつこく言ってくるタイプだ。


「今回のことが終わったら、別に構わない」


「よし! じゃあ、協力するぜ。何が知りたい?」


 答えたアリシアに、フェルナンの瞳は輝いた。そして、やる気になっている。

 ヴォルフは呆れた視線を投げながらも、聞きたいことを列挙した。


「ここの領主はどうしてる? あと、元の鉱山状況と領軍の動きだな」


「ヘンリーなら、それこそ病気療養中だ。見舞いに行ったが、どうもぼんやりしていてな。ディングという男に大方の執務を任せている。息子が二人いるがその後見人ということだ。その後見人の指示で、弟の方が屋敷で領主代行、兄の方が領軍を率いて魔獣討伐を指揮しているな」


「弟が執務代行? 普通逆じゃ無いか?」


「兄の方が魔力が多くて、なんていうか脳筋というか……」


 お前が言うか、とアリシアは思ったが、表情にも口にも出さない。ヴォルフも聞き流して続ける。


「ふうん。で、元の鉱山はどうなってるんだ?」


「確か閉山したとか言ってたぞ。魔獣が強力すぎて駆除が精一杯らしい。とてもじゃないが、鉱夫の安全までは手が回らないってことだが……」


「そうか……とりあえず閉山されたその鉱山に、一度こっそり様子見に行ってくるか」


「おいおい。二人でか? 上級上位の魔獣が、わんさか出てくるって話だ。危険だぞ」


 領軍が梃子摺るほどの魔獣が出る鉱山だ。様子を見に行くだけとは言え、危険が伴う。いくら強いからと言って、二人だけで向かうのはフェルナンも心配だった。


「大丈夫だろ。アリシアは飛竜の番を一人で討伐する程度には強い」


「はあ?」


 これにはフェルナンも予想外だったようだ。

 特級魔獣の番ともなれば、領軍数百人単位での討伐になる。知能も高く、2頭いることで連携も取れる特級魔獣の脅威は、災害級だ。

 それを単独討伐とは。


「次元が違うって言っただろ? それに目立たないよう忍んで行きたい。二人でちょうどいい」


「…………」


 さすがにフェルナンも、これ以上何も言うことは無いらしい。


(まあ、本当に危険なのは、魔獣じゃないかも知れないがな)


 ヴォルフはそんな予感を感じながら、フェルナンとの話を終えた。

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