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いろいろな疑問

 

 翌朝たっぷり睡眠を取り、気分良く目覚めたアリシアは、隣のベッドに、こちらを向いて眠っているヴォルフがいることに気がついた。

 昨晩、彼の膝の上で寝落ちしたアリシアを、ちゃんとベッドに寝かせてくれたらしい。

 宿の部屋を彼と同室にするようになってまだ2日目だが、思いの外快適にストレスなく過ごせていることに、アリシアは驚いていた。宿代も割安だし、何かあればすぐに意思の疎通が出来るのは、冒険者として旅をする自分達にとってメリットしかない。


(きっと、ヴォルフがいろいろと気を遣ってくれてるんだよね)


 アリシアは戦闘力はあるが、ヴォルフが指摘するように世間知らずだ。これまでのほとんどをレーヴェルランドから出ることなく過ごしてきたアリシアは、ギルドや街中でヴォルフに助けられることも多いし、男性優位な社会で彼らの相手をしてくれるのもヴォルフだ。ディングとの交渉も、ヴォルフが話してくれたから、トラブルなく終えることが出来た。

 ヴォルフは、皇族に生まれながら何度も襲撃され、多くのものを失い、亡命先から成り上がってきた。だから、市井のことにも詳しく、違和感なく馴染めていると思う。

 それに、性別や容姿関係なく、人そのものを良く見ている気がする。アマリア皇女を優秀な政治家に育て上げ皇帝に据え、伴侶にあのレオンを選んだのも、皇帝の側近達をあのメンバーで固めたのも、彼の人を見る目があるからなのだろう。


「私もそれなりに認めてもらえているのかな?」


 なんとなく、ヴォルフに認められて、側にいるのは心地がいい。彼が、アリシアの庇護する対象ではなく、対等でいられるほどの実力者だというのも大きいのだろう。

 それぞれの得意分野で、互いをフォローしあえる。

 レーヴェルランドの女性戦士たちは、戦闘力はあるが皆アリシアの庇護下にあったから、そういう意味でも、彼の側にいることに心地よさを感じるのかも知れない。


「ヴォルフ、朝だよ。そろそろ起きて、朝ごはんを食べに行こうよ」


 隣のベッドに手を伸ばし、ヴォルフの髪に触れる。

 今は、魔道具を外している為、黒いつややかな髪がアリシアの白い指の間からスッと流れ落ちていく。

 ゆっくりと黒いまつげに縁取られた瞼が上がり、紅玉の瞳が現れた。そこに映っているのは、穏やかに微笑んでいるアリシアだ。


「…………朝から色気のない起こし方だな」


 なんとなく、寝起きの為か?やや機嫌が悪そうな声音だ。


「あれ? 一応聞くけど、ヴォルフの希望の目覚めって何?」


「…………」


 ヴォルフは黙って、アリシアの手首を捕まえると軽く引く。そして身体を起こして、ヴォルフに近づいたアリシアの耳元に唇を寄せた。


「おはよう。アリシア」


 色気を滲ませた低音に、ゾワッとアリシアの背に何かが走る。続けて耳元に落とされた口づけに、体中の血液が顔に集まったような気がして、アリシアは慌てて手を引きヴォルフから離れた。


「え……と、おはよ。私、顔、洗ってくる」


 口づけられた耳を押さえて、真っ赤になったアリシアが、身を翻して浴室に引っ込んだ。

 一方、ヴォルフも驚いていた。

 まさか、あんな反応をされるとは思わなかったのだ。

 てっきりいつもの無表情で、「ふざけてないで、さっさと行くよ」とでも言われると思っていた。


「ホント、調子狂うというか、可愛いヤツ」


 クツクツと思わず込み上げて来る笑いと、ジワリと心の奥に感じる温かさが、彼の機嫌を上昇させる。

 なかなかいい朝の目覚めだった。

 ヴォルフは上機嫌で着替えや朝の身支度を始める。

 冒険者の装いに、銀髪蒼眼、隻眼に見せる布までつけたところで、アリシアが着替えと身支度を済ませて、浴室から出てきた。


「……ちゃんと起きてた」


 アリシアは、ヴォルフが寝ぼけていて、てっきり二度寝しているだろうと思っていたらしい。


「朝から面白いものが見れたからな」


「趣味悪い」


「まあ、怒るな。お前が聞いたからだろ?」


 アリシアが頬を膨らませるのを、軽く頭をたたいて宥めながら、「飯、食いに行くぞ」とアリシアを促す。

 額のバンダナだけで素顔を出したままのアリシアが、ヴォルフに続いて部屋を出た。


 宿で朝食を済ませ、ヴォルフと今度は再び布で目の下を覆ったアリシアは、昨日の馬車の待ち合い場所へと向かう。

 しばらくは、ここの鉱夫達を護衛しながらの情報収集だ。鉱夫達の噂話、この鉱山町の様子、出てくる魔獣のランクも調査対象となる。




 護衛を始めて5日目のことだ。

 毎日同行しているヨシュア達とも気心が知れて、いろいろと話を交わすようになっていた。ルイとアリシアも打ち解けて先程まで楽しそうに話していたが、仕事帰りの馬車で、ルイは疲れて眠ってしまったらしい。ヨシュアに凭れて眠っているルイを見ながら、やや声を落としてヴォルフが口を開く。

 

「ここに来る前に、最近、魔鉱石のいい産出元が見つかったと聞いたんだが」


「最近出来た……というか整備されたのはここだ。もう半年になる。最初はいい鉱山が開拓されたと、宿舎も整えられて、支度金も用意してもらえて、ディング様主導で皆こっちに移り住んできたんだがな」


 ヨシュアは何か含みがあるように言葉を切った。


「移り住んで来たってことは、前はどこに?」


「元の鉱山からが殆どだ。ツェッタ山北側……ここから山を越えて反対側になるが、そこからだ」


「元の鉱山はどうなったんだ?」


「なんでも危険魔獣が増えてきたから閉山する予定だと聞いたが…………領主様は1年前くらいから姿を見なくなったし、ディング様は採掘以外でもこの辺りの産業に関わっているらしい」


 ヨシュアのこの話に、ヴォルフの隣で二人の話を聞いていたアリシアが、首を傾げる。


「危険魔獣が増えたってことは、質のいい魔鉱石がまだ採れるってことじゃ……」


「そうなんだが、討伐が困難になれば、俺達の命の保証は出来ないから、と。まあ、ディング様がそう言って。もとは領軍も投入されていたが、大方、護衛や討伐にかかる費用の採算が取れなくなったんだろう」


 ヨシュアは今度、アリシアに向き合って答えた。


「領主って誰?」


「ここはサッシーリャ領、領主はヘンリー・サッシーリャ様だ」


「ふうん」


 サッシーリャ領はメセナの北西隣、隣国ゼンダーンと国境を接する領地だ。山が多く人が住む地域は広くはないが、質の良い魔鉱石の産地であり、国境に位置する領地でもあるので、領軍や一部の帝国軍、そして鉱山関係者が人口のほとんどを占める。もちろんその家族や彼ら相手の商業施設はそれなりにあるが、華やかとは程遠い無骨な町が多いという印象だ。領都はこの鉱山町から馬車で約1日ほどの、ツェッタ山を麓から迂回して、更に北に行ったところにある街になる。元の鉱山町の近くだ。

 冒険者ギルドもこの領地にはない。

 領軍や帝国軍が主な人口であることもそうだが、魔獣の討伐や隣国の牽制が彼らの仕事であるため、ある意味冒険者の出番が少ないのが理由だった。

 だが半年程前からこちらの新しい鉱山が開かれ、そこの魔獣討伐にディングの雇った傭兵や冒険者の他にも、隣の領都であるメセナのギルドに正式な依頼が出されている。

 隣国との国境警戒にあたっている帝国軍はともかく、領軍は、以前の鉱山周囲の討伐を引き続き行っているということだろう。



 宿に戻ってきたヴォルフは、自分のベッドに腰掛けると何やら考え込んでいる。

 アリシアは向いに座ると、ヴォルフの顔を覗き込んだ。


「ヴォルフ?」


「……元の鉱山とやらに行かないとな」


「そうだね」


「あと、領主に会う必要もある」


「うん。ヴォルフの知ってる人?」


「ああ。国境の街だ。メセナもそうだが、サッシーリャの領主もそれなりの人物に任せてある……つもりだったが」


 皇帝時代、この地域一帯の統治にはかなり気を使っていた。それぞれの地域の出身で、帝国の方針に協力的な人物に任せてある。ここの領主ヘンリーは、バルトロメウスの信頼する部下だった者だ。

 アリシアは、考え込むヴォルフを眺めながら続ける。


「今の鉱山の魔鉱石は、元の産出地の物より質は落ちてるよね。危険魔獣が増えてるってことは、良い魔鉱石は未だ充分あるってこと。放棄するなんて考えられない」


「……ああ。だが推測の域を出ない。行って確かめるしか無いだろう」


 顔を上げてそう言ったヴォルフに、アリシアは頷いた。


「今の依頼を受けて5日だから、まあ一旦ここで止めるのもありだね」


「依頼の報酬額は、1日単位だっただろ?」


 ヴォルフが片眉を上げる。

 メセナのギルドで受けた依頼の報酬額は、一日単位で提示されていたはずだ。


「まあね、でも、5日単位でボーナスがつくでしょ?長く続けるほど報酬が良くなる仕組み。もっとも賠償金が生じると、そうでもないけどね。

 ……ねえ、よくよく考えてみると、この依頼、美味しいのはB級以上の3人までのパーティーじゃない? それ以下だとあの魔獣の数を護衛しながら捌くのって、結構大変かも。賠償金が無ければ、そこそこ利益出るけど、C級パーティーだと5人くらい必要でしょ? 人数が多いと、かかる経費や分け前もそれなりだから、そこまでお得な依頼じゃないし」


 この依頼はC級から受けられるとあり、報酬額はこのランクにしてはなかなかいい額だった。「紫紅」はS級なのであまり美味しいとは言えないが、まあ調査のために受けたようなものだ。だがこの5日間やってみて、実際にC級目線でこの依頼内容について考えると、適正ランクが合っていないのだと思う。


「確かに、B級レベルなら2、3人で対応可能だが………出てくる魔獣はC級レベル、報酬額見ると数人のパーティーで受けるよな。その人数なら、賠償金がなければいい稼ぎになる。あとは、治安の悪さに目を瞑るなら、か」


「そう、それも。この間の襲撃者みたいのがいると、事故に見せかけて消されても、ディングの庇護下にあるならギルドに正確な情報が行かない可能性もあるでしょ?」


「しかも、腕の良い冒険者には、ディングから直接、さらにいい報酬で直接契約の申し入れか……」


「直接契約は違法でもないし、犯罪に加担しなければギルドの規約違反にもならないけどね。ギルドの保証が無くなるだけで」


 依頼主との直接契約はギルドの規約違反ではないが、トラブル時にはギルドの仲介も保証も無いし、万が一依頼内容が犯罪に加担していれば、ギルドからは除名処分になるというペナルティがある。

 この制度を盾に、「紫紅」はディングの話を突っぱねたのだ。

 それにヨシュアの話だと、ここのところ領主の姿は見かけなくなり、代わりにディングがいろいろ仕切っているらしいが、それもおかしな話だ。


「一体、何が起きている?」


 ヴォルフの警戒心がジリジリと刺激される。いろいろ考えられる予測はどれも悪い予感しかしない。それは不快感を伴って、ヴォルフの腹の底に淀みのように溜まっていくようだった。

 知らず眉間にシワがより、ヴォルフは思案に沈んでいく。


「大丈夫だよ」


 その様子を見ていたアリシアが立ち上がり、ヴォルフの頭を抱え込むようにして、その腕の中に囲い込んだ。昨晩、ヴォルフがアリシアを癒してくれたように、少しでも彼の不安や苛つきが軽くなるように、と。


「⁉」


 ヴォルフは目を見開いて固まった。

 彼の頬は、アリシアの柔らかな胸に当たり、何やら甘い匂いが彼を刺激する。


「私達二人なら、大丈夫。何が起こっていても、なんとかなるよ」


 肌を通して響く優しげなアリシアの声は、きっとヴォルフを励まし、癒しているつもりなのだろう。彼女から聞こえる心音は、速くもなければ乱れてもいない。

 ヴォルフは自身の力が抜けていくのを感じた。


(この女王サマは、まったくわかっていない)


 ヴォルフの恋心とか欲とか諸々の事情とか……ただ苛つく彼に、大丈夫だと寄り添ってくれているだけなのだ。

 まあ、アリシアの柔らかな胸とかその匂いが、ヴォルフの腹の淀みをすっ飛ばしてしまったのは事実だ。代わりに湧いた欲を、浴室で処理しなければならなくなったが。


「アリシア、俺は子供じゃないから、さすがにお前の胸が顔に当たっていると、いろいろ辛いんだが」


 今度はアリシアが身体を固くする。そして次の瞬間、パッとその両腕を上げた。


「ごめん。あの……」


 オロオロとアリシアが視線を彷徨わせる。それに苦笑してヴォルフは立ち上がった。


「ありがとな。大丈夫だ。悪いが、先に湯を使わせてもらう」


 アリシアの頭を軽くポンと叩いて、ヴォルフは浴室へと移動する。

 残されたアリシアは、火照る顔を冷やすように、枕に突っ伏したのだった。


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