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レーヴェルランドの女王とベルハルト王国の第二王子 2

 

「で、お客さん来てるって?」


 今日の朝食は、スモークサーモンのエッグベネディクトだった。アリシアの大好物である。この国でスモークサーモンは超貴重な食材だ。

 女王は、半熟卵にナイフを入れてトロリと黄身がサーモンにかかる様を楽しんでから、一口分を口に入れると、幸せを噛み締めてから顔を上げた。

 周囲で朝食を共にしているメンバーの視線が何か言いたげに自分に集中しているのを敢えて無視して、さっさと用件に入れと促してみる。

 今日彼女は、食堂でレーヴェルランドの中枢メンバーと食卓を囲んでいる。所謂ブレックファーストミーティングだ。


 メンバーは、女王アリシアと側近であるセイレーン、先々代女王の側近であり現在のレーヴェルランド議会の議長であるカリーナと、議会の長老2名だ。もう一人のアリシアの側近であるミーシャは、客人一行に付いているため、ここにはいない。


「コホン……ええ、ベルハルト王国の第二王子です。親書を預かっていますよ。大きな仕事です。女王案件ですね」


 議長であるカリーナが小さく咳払いをしたあと、穏やかに答えた。彼女は先々代女王の側近を務めていた57歳の女性だ。白銀髪に赤い瞳の落ち着いた壮年の女性で、レーヴェルランドの議会長であると同時に、まだ18歳の若き女王アリシアの良き相談相手でもある。


「女王案件⁉ 私初めてですぅ」


 セイレーンが大きな仕事の予感に、上擦った声を上げた。


「だろうね。長らく成人女王が不在だったし、この28年間は、小競り合いや護衛業務、魔獣案件が多かったからね。議会で事足りた」


 長老の一人が、セイレーンに頷いて言葉を返す。

 そんな二人のやり取りを、上品に素早くエッグベネディクトを頬張りながら聞いていたアリシアが、カトラリーを一旦置いて紅茶を一口飲みこみ、カリーナに視線を向けた。


「で? 議会長であるカリーナの意見は?」


 アリシアの問いに、カリーナが真剣な表情で彼女と視線を合わせた。


「大きい仕事です。議会としては受けたいですね。もっともこれは女王の判断が最優先です。なにせ相手はベルハルトですから。先々代女王の一件もありますし、それに、戦う相手となるのはカルディスです」


「なるほど。先代女王候補の暗殺も絡んでくるわけだ」


「ええ」


 カリーナの言葉を受け、目を伏せたアリシアの額に浮かび上がったのは、濃い紫色の聖石。金の輝きが混じるその額の石が、レーヴェルランドの女王である証であり、歴代女王の記憶を受け継いでいる。そして、その色と石の色合いの濃さが、女王の力を示している。

 思考に沈む女王を邪魔しないよう、セイレーンは隣に座る長老の一人に声をかけた。


「これ受けると、報酬にミーシャ姐さん達のお願いも聞いてもらえそうかしらぁ?」


「その辺は報酬じゃなくて、個人交渉で良いんじゃないかい? お互いに利があるなら、好きにすれば良い」


 長老は肩を小さく上げてそう答えると、ヨーグルトを掬う。

 しばらくの間、それぞれが朝食を摂りながら女王の様子を伺っていると、やがて顔を上げたアリシアが静かに宣言した。


「……わかった。とりあえず親書を預かろう。謁見は1時間後。ここにいるメンバーの他に、セシルにも声を掛けてくれ。嫌じゃなければ同席すると良い。あとは議会のメンバーを何人か。選択はカリーナ達に任せる」


「御意」


 側近たちは了承の返事をすると、席を立ちそれぞれ準備に取り掛かる。

 アリシアは、若干冷めてしまった朝食を、自身の魔法で温め直しながら、しっかりと最後まで愉しむのだった。



 レーヴェルランドは、大陸中央に位置する険しい山脈に囲まれた盆地を中心に置く、小国である。

 他の国とは一線を画して発展してきたこの国は、かなり特殊で独特の文化を築いてきた。

 まずは、その人口構成である。

 この国の国民の殆どは女性であり、男性はこの国の女性の伴侶としてレーヴェルランドに移り住んだ者と、ここで生まれた5歳以下の男子のみだ。そして、その男性が住む地域も、レーヴェルランドの端に位置するエデンと呼ばれる地に限定されており、彼らが中央に出てくることはあまりない。

 理由はもちろんある。

 レーヴェルランドの血を受け継ぐ女児に現れる聖石だ。

 レーヴェルランドの女性がこの地で産む女児は、体幹のどこかに聖石を持って生まれてくる。

 聖石とは、自分の意志で顕現も出来るが、魔法を行使するときに現れる石のことで、高い魔力を内包し、訓練次第で無詠唱で魔法を自由に操ることが出来る。また、身体能力にも影響しており、レーヴェルランドの女児は幼い頃から戦闘訓練をしながら育つため、優秀な女性戦士となる者が多い。時々戦士としての適性がない者もいるが、治療や薬物の研究も盛んなこの国は、魔法を生かして優秀な治癒師として活躍していた。

 国の主な産業は、傭兵業と薬草や薬剤の輸出、そして山から採掘される希少鉱物。

 女性達は16歳で成人すると、レーヴェルランドに拠点を置くものの、外国に傭兵や冒険者として出稼ぎに行くことも多く、そこで知り合った男性と子を成したり、同意があれば伴侶として連れ帰ることもあった。

 だが多くの女性戦士は、婚姻を嫌い、気楽に恋愛を楽しみ、妊娠すればレーヴェルランドに戻り、子を産み育てる者が多い。

 それは、神との盟約のせいもあるのだが、理由の一つとして、レーヴェルランドの子育てシステムが非常に充実しているからだ。戦士を引退した女性達や、妊婦達や乳飲み子を持つ母達が、地域ごとに総出でどの子も纏めて面倒を見ている。

 男児が産まれた場合は、5歳になれば養子として外国に出されるか、レーヴェルランドの息のかかった外国の孤児院に預けられるが、聖石は持たずとも魔力に恵まれた子供が多く、成長の為の充分な支援も受けられていた。


 盟約とは、神が世界調停の為に祝福を持たせて遣わせたのが、レーヴェルランドの女性達だと言われており、聖石を持つ女性は外国の男性に嫁ぐことが出来ない。

 つまり、レーヴェルランドから出て外国に嫁ぐ者は、聖石を失うことになり、聖石の持つ力を使うことが出来なくなり、祝福を持つ女児を授かることも出来なくなるのだ。

 だからレーヴェルランドの女性達は、自由恋愛を楽しむか、相手の承諾を得てエデンに連れ帰って来るかで、女王以外は姓を持たない。


 レーヴェルランドの女王は、更に特殊である。

 女王は額に紫色の聖石を持って産まれた女児で、常に一人しか存在しない。女王が死亡、もしくはその聖石が失われた際に、血縁とは関係なく、レーヴェルランドに次に生まれてくる赤児が、女王候補として額に聖石を持って産まれてくる運命を持つ。

 額の紫色の聖石は女王の証。

 全属性の魔法を使うことが出来、歴代女王の記憶を持つ。またその色の濃淡は、女王の時代を占うとされ、淡い色であれば平穏な時代、濃い色ならば乱世の時代を生きる為、力の強弱が決まると言う。


 レーヴェルランドの現女王は、アリシア・シェリル・ラ・クィーヌ・レーヴェルランド。18年前に女王候補として生を受け、2年前の16歳の誕生日に26年ぶりの成人女王となった。

 濃い紫色に金色の輝きが混じる聖石を持つ歴代最強と言われる女王は、先代女王候補が僅か10歳でカルディス帝国の第一皇子に謀殺された後に、乱世を予言されたように誕生した。

 先々代女王は、28年前に外国に嫁いだ為聖石を失っているが、彼女の聖石は淡い紫だったと言われている。


 意識すると、聖石を通して、先々代、先代女王達の記憶がアリシアに流れ込んでくる。

 そんなとき彼女は、感情を殺し、ただの記録としてそれを眺めることにしている。


(これは、私とは関係のない、他人の人生の記録だ)


 女王案件と呼ばれる傭兵の仕事は、レーヴェルランドの現役の女性戦士半分以上の戦力を動員しての、大掛かりな依頼のことだ。与えられた祝福を正しく使い、神の期待する世界調停を為せるか、女王の判断に委ねられる案件のことで、慎重にもなる。


 そうして、一通り必要な記憶を拾い出すと、アリシアは、ベルハルト王国の第二王子との謁見の為に席を立ったのだった。

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