鉱山町の依頼
「さて、依頼だと、割り当てられた鉱夫達を護衛しながら、魔獣を狩っていくらしいが」
「そうだね。行こうか」
鉱山町から採掘場まで、鉱夫たちが10名ずつ程度の組になって毎朝馬車で向かい、採掘中彼らの周囲を護衛しながら、出てきた魔獣を討伐。その後町まで鉱夫を連れ帰るのが仕事だ。
馬車の待合所には、全部で10組ほど同じ様なグループがいる。
契約にある依頼料の他、討伐した魔獣の素材は護衛達が換金していいらしいが、鉱夫に死傷者を出すと罰金と違約金の支払い義務が生じる。
魔獣の討伐依頼というより、鉱夫の護衛依頼という感じだ。
もちろん、ヴォルフ達に異存はない。
アリシアの魔法があれば、たいして苦も無く達成可能な依頼だった。
割り当てられた馬車に乗り込むと、ヴォルフは一番端の席にアリシアを座らせた。
「お前は俺の隣な」
「うん。わかってる」
馬車は、向かい合わせに長く二列で座るような形になっており、護衛であるヴォルフ達は当然出入り口付近の端に座ることになる。
ヴォルフとアリシアが隣同士に座ると、ヴォルフの向いに座った男が話しかけてきた。
「お兄さん達、冒険者かい?」
「ああ、メセナのギルドに出ていた依頼を受けて、お前達の護衛と、採掘場周辺の魔獣を狩りに来た」
「そりゃあ、助かる。ディング様もお抱えの冒険者や傭兵を付けて討伐してくれてるが、ここのところ魔獣の数が増えていてねえ」
ヴォルフの隣にいた男も話に加わってきた。
「最近、怪我人が出ることも多いし、避難所で待機することも度々だから、思うように採掘が進まないんだよ」
向いの男がため息をつく。
その男の隣、アリシアの向いに座っていた少年が、アリシアを興味深げにしげしげと眺めながら、口を開いた。
「ねえねえ、お兄さん?それともお姉さん?」
まだ声変わりもしていない、高めの少年の声。本来なら、鉱夫の中には居ないはずの子供だった。
「お姉さんだよ」
アリシアはだが、淡々と答える。目元以外を布で覆っているため表情は伺えないが、おそらくいつも通りの無表情だろう。ヴォルフは小さく笑って、少年のおそらく聞きたかった疑問に答えてやる。
「俺の妻だ。夫婦で冒険者をやっている」
隻眼の美丈夫が、その瞳を緩ませて妻をみる様子に、少年は今までの護衛達には感じたことのない、憧憬の思いを持って、ヴォルフとアリシアを見上げた。
「すごい!かっこいいね!ねえねえ強いの?」
少年の視線に、アリシアは頷く。
「そうだね。まあ、そのへんの魔獣相手なら、負けることはないよ。大丈夫、守ってあげる」
「すごいね!」
少年は、似たような台詞はこれまで何度も聞いたし、冒険者や傭兵達はもっと粗野な感じで、偉そうだったり、面倒そうな態度だったり、時には威圧的だったりと、彼にとって怖そうな大人というイメージだったけれど、なんだかこの二人は、違う気がした。
少年には、それがなんでなのか……はっきりはわからなかったけれど、なんとなくいつもよりずっと安心できるような感じだった。
そんな少年を見ながら、ヴォルフは向いの男に尋ねる。
「見たところ結構な子供だが、あんな子供が採掘現場に出てるのか?」
男は顔を曇らせて、それに答える。
「ルイは10歳だが、先日親父さんが事故にあって、あの家は他に働き手がいないからな。俺が面倒見がてら、現場に来ている。この町は本当に貧しいんだ。ディング様は魔獣討伐の男達への金払いはいいが、俺達鉱夫への待遇はそんなに良くない。守ってもらって文句は言えないが、支度金に惹かれてこの町にああやっては来たものの、他にいい採掘場も無いし、皆なかなか逃げ出せず、ここで飼い殺されてるようなもんだ」
「俺達は昨日の夕方この町に来たが、随分と治安も悪そうだ」
「ああ。俺達鉱夫は、宿舎で生活しているものが殆どで、夜はあまり町には出ないが、日が暮れた後の町中は物騒だ。大丈夫だったか?」
男のこちらを心配するような視線に、ヴォルフは力強く頷いた。
「まあな。これでもそれなりの冒険者なんでな。俺はガインだ。お前名は?」
「ああ、ヨシュアだ。今日はよろしくな、ガイン」
二人の会話を聞いていたルイと呼ばれた少年が、今度はアリシアに視線を向ける。
「お姉さんは?なんていうの?」
「アリシアだよ。ルイ、よろしくね」
アリシアが答えてルイに手を差し出すと、彼は嬉しそうに彼女の手を握り返した。
魔鉱石の採掘は、地属性の魔力を持つものが必要だ。だから鉱夫達は多少の差はあれど地属性魔力を持っているし、ディングが鉱夫の為に護衛を付けるのも、適性者を集めるのが簡単では無いからだ。
鉱夫達は、自分の魔力に反応する場所の鉱石を採掘していく。
その作業を眺めていたヴォルフが、ふと感じた気配に顔を上げ、
「アリシア」
と小声で呼ぶ。
「うん。来たね」
アリシアも頷いて、立ち上がった。
「鉱夫達を頼む」
ヴォルフが一言残し、身を翻す。手には抜いた大剣を握っていた。
ヴォルフの後ろ姿を眺めていたアリシアは、鉱夫達を振り返ると、ヨシュアに声を掛ける。
「ヨシュア、魔獣が来た」
「またか。じゃあ皆、避難所に……」
ウンザリしたように言ったヨシュアに、アリシアは首を横に振った。
そして、彼らの頭上に向かって指をさす。
「大丈夫。ここら辺一帯を結界で覆った。可視結界にしたから、ここから外に出なければ大丈夫。作業を続けてくれていい」
確かに彼女が言う通り、ヨシュア達一同が作業している区域が、ぼんやりとした緑色の壁で覆われている。
それを見たヨシュアが、素直に感嘆の声を漏らした。
「お前さん、すごい魔法師なんだな。助かるよ」
これで、襲ってくる魔獣を気にせず作業が出来る。作業をしていた他の鉱夫達も口々に感謝して、作業を続けることにしたようだ。
それを見て、アリシアは言った。
「じゃあ、私も行ってくる」
アリシアも身を翻し双剣を抜くと、少し先で魔獣と対峙しているヴォルフに並んだ。
「お待たせ。ああ、クー・シーの群れとワーウルフ達か。確かに中級魔獣だね」
大した強さではないが、数が多い。この地形と採掘場であることを考えると大規模な魔法は崩落の危険もあり使えないので、地道に倒すしか無いのが面倒だ。
「半分位は削ったが、コイツら引く気配は無いな」
ヴォルフが面倒そうに、大剣を払った。彼に飛びかかってきた5頭が絶命する。
「ふうん。生存本能はありそうなのに。お前達、余程死にたいらしい。ヴォルフ、こっちの半分は私がやるよ」
そう言って、双剣に風の魔法を纏わせたアリシアが横に並ぶ。ヴォルフは彼女の物騒な雰囲気に苦笑すると、反対側の半数の群れに向き合った。
そこからは、早かった。彼らの容赦ない攻撃に、魔獣達はあっという間に数を減らし、やがて山の奥へと逃げ帰っていった。特にアリシアの剣戟は、ヴォルフ側にいた魔獣にも及んでいた。
「お前、実はストレス溜めてたのか?」
ヴォルフは、呆れたようにアリシアに言った。
アリシアは今度は、魔獣達の死体を処分しながら答える。
「寝不足だからね。まともな食事も食べてないし」
ヴォルフはアリシアの為に、今夜こそ安全な宿と美味い食事を用意してやらないとな、と思ったのだった。
「すごいね!ガイン!アリシアもカッコ良かった!」
採掘現場に戻ると、ルイが勢いよく駆けてくる。アリシアは結界を消し去ると、ルイの頭を撫でてやる。
「本当に強いんだなあ、お前達。ありがとな」
「結界も助かったぜ。お陰で作業も捗った」
ヨシュアや他の鉱夫達も、口々に二人に感謝を伝えた。
「そう。良かった」
アリシアの目元が柔らかく笑う。ルイが、そんなアリシアを見上げて尋ねた。
「ねえねえ、アリシア、明日も来る?」
ヴォルフとアリシアは顔を見合わせ、それに答えたのはヴォルフだった。
「そうしたいところだが……お前達、いい宿を知らないか? 昨晩、俺達が泊まった宿の部屋に賊が襲撃してきて、コイツがゆっくり休めていないんだ。今晩はゆっくり寝かせてやりたいんだが……」
「宿に襲撃? それどこだよ?」
ヨシュアが物騒な話に眉を顰める。
「ゼッダの宿だ」
「あ〜、そりゃあ気の毒だったな。あそこはいい噂聞かないからな。ナージャのところがいいぜ。飯もうまい。帰りに案内してやるよ。繁華街からは外れるが、俺達の宿舎にも近い」
どうやら、町の中心から外れたほうが、まともな宿に泊まれるということらしい。ヨシュアの推薦なら、大丈夫だろう。案内してくれるということは、ナージャという宿主とも知り合いのようだ。
「なら安心だな。明日も同行させてもらおう」
アリシアの休息と食事が満足に取れるなら、明日の依頼も問題ないはずだ。
ヨシュアに紹介されたナージャの宿は、昨晩の宿より手狭だが、一人用のベッドが二台並べてあり、浴室も付いていた。
ソファーはない代わりに、窓際に簡易の机と椅子が置いてある。夕飯もまあまあ美味しかった。宿代も、銀貨2枚と相場通りだ。
ヴォルフがアリシアの後に湯を使って出てくると、椅子の上で膝を抱えたアリシアが座り込んで、ボンヤリと窓の外を眺めていた。
「疲れたか?」
声を掛けると、アリシアはゆっくりとヴォルフを振り返る。
「なんとなく。ヴォルフは?」
「俺は大した事ないが……ま、昨日からいろいろとあったからな。だが、ヨシュア達のおかげで、まともな食事にもありつけたし、今晩はゆっくり眠れそうだ」
ヴォルフは窓側のベッドに腰掛けるついでに、アリシアが冷えないように、そばに置いてあったブランケットを彼女の肩にかけてやる。
「うん。ヴォルフありがとう」
「どうした?」
アリシアはヴォルフを見上げて、更に何か言いたげだ。ヴォルフは彼女の瞳をじっと見つめて、その先の言葉を促す。
「宿のことも、ディングの家で、ヴォルフが彼の相手をしてくれたことも」
「気にするな。そういうのは慣れてる」
「うん」
頷いて視線を下げたアリシアは、まるでその辺にいる普通の少女のようだ。
「なんだ? こうしてると年相応の女みたいだな」
「…………からかってる?」
チラッと不機嫌そうに横目でヴォルフを見たアリシアに、ヴォルフはなんだか笑いが込み上げてきた。
「いや。可愛いって言ってる。甘えてもいいぞ?」
「…………ちょっと疲れた」
無理もない。いくらレーヴェルランドの女王と言っても、深夜に襲撃された挙句に、乗り込んだ先でその男共を目の前で惨殺され、まともな睡眠や食事も取らずに、魔獣狩りだ。いくら平気そうに見えても、18歳の少女がダメージを受けていない訳がない。
「ああ。そうだな」
ヴォルフは立ち上がり、椅子の上からアリシアを抱き上げると、再びベッドの上に腰を下ろして膝の上に乗せ、そっと労わるように抱き込んでやる。
ヴォルフの胸に頭をつけたアリシアがゆっくりと目を閉じた。ヴォルフが彼女の頭を撫でてやっていると、やがて静かな寝息が聞こえてきて、その身体から力が抜ける。
「まったく。お前を狙ってる男を前に、油断しすぎじゃないか?」
ヴォルフは苦笑すると、アリシアをそっとベッドに寝かせて、布団をかけてやった。
その無防備でいつもより幼く見えるアリシアの額に、そっと口づけを落とすと、隣のベッドに横になり、彼自身も目を閉じる。
やがてヴォルフのベッドからも静かな寝息が聞こえてきたのだった。