表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/65

閑話 レーヴェルランドで

 

 ベルハルト王国のレオンハルト王子の護衛依頼が終わり、セシルがレーヴェルランドの城に戻ってきた。

 そのセシルから、女王が巡礼に出ることになったと聞いて、ミーシャとセイレーンは、その準備を整えるために女王の執務室で書類をまとめたり、方々に連絡を入れたりと、一日作業に追われていた。

 今日の分の仕事が終わって、ミーシャとセイレーンが部屋に帰ろうと廊下に出た時だった。


 セシルと一緒に見覚えのある男が立っている。

 金髪碧眼の美丈夫だ。


「なんで、リュシアンがここにいるの?」


 ミーシャは緑色の瞳を目一杯見開いて、男を凝視した。


「ミーシャ姐さ〜ん、立ち話もなんですから、こちらの部屋でどうですか〜?」


 セイレーンが身重のミーシャを気遣って、近くの応接室にと二人を案内する。


「リュシアン様、わざわざ貴女に会いに来たんだから、ちゃんと話し合うのよ?」


 セシルもそう言って、お茶を準備すると部屋を出て行った。

 残された二人に気まずい沈黙が流れる。

 先に口を開いたのは、リュシアンだった。


「とりあえず、座れば……」


 と、ミーシャをソファーに座らせる。彼女に触れる手は優しかった。


「ここに来た理由だったな。

 アンタが、じゃあね、なんていう一言で俺の前から消えたからだろうが。まさか子供まで出来ていたなんてな」


 リュシアンがミーシャを責めるような目で見て言った。


「だって、貴方、私以外にもたくさん恋人いるでしょう?」


 それを不思議そうな顔で、ミーシャは受け流す。


「はあ?いくら俺でも同時進行は無いわ!アンタとこういう関係になってからは、他の誰とも寝てないし」


「あら、それは大変ね」


 彼女がベルハルトを去ってから2ヶ月半程だ。その間この男が禁欲していたとは、ミーシャはちょっと驚いた。


「ったく。なんでそんな他人事なんだよ。俺がわざわざここまで来た意味、わかって言ってんのか?」


「わからないわよ。だから、なんでって聞いたでしょ?」


 心底疑問に思っている顔で、ミーシャが言う。リュシアンは頭を抱えたくなった。

 もしかしてミーシャは、俺があの後他の女と恋仲になったとでも思っているのか? この想いはリュシアンの一方的な気持ちなのか? 


 いや、俺はそもそもミーシャに伝えていたか?

 彼女に自分のこの気持ちを。


「ミーシャ、アンタに惚れたからだよ」


 リュシアンは、ミーシャの前に跪くと、彼女の手を取って真剣な表情で伝えた。


「…………顔と身体に?」


「あー……どうしてそうなるかな。でも、悪いのは俺か」


 ガックリと頭を落として、リュシアンが言った。


「だって、私、貴方が守ってあげたくなるような女じゃないもの」


 ミーシャの台詞に、リュシアンは大きなため息をついて、顔を上げた。

 碧眼がミーシャをじっと見つめて、やがてゆっくりと立ち上がると、今度はそっと彼女に覆いかぶさるように抱きしめた。


「悪かったよ。女に惚れるのって、好みとか理屈じゃ無いのな。

 アンタが好きだよ。顔と身体はもちろんなんだけど、アンタのことがどうしようもなく可愛くて。俺に甘えて、笑うミーシャを独り占めしたくて。

 アンタが消えてから、ずっと落ち着かなくてさ。こうやって顔見て、アンタを抱き締めるとホッとする。ここにいるアンタのことを守ってやりたい、とそう思う」


 最初緊張していたミーシャの身体から、力が抜ける。そして、甘えるように頬をリュシアンの胸につけて目を閉じた。


「バカね。でも、私も寂しかったわ。会えて嬉しい」


 その言葉にリュシアンの心が満たされる。

 ずっと、ミーシャが足りなかった。もう、この女を離したくないと、強く思う。


 リュシアンは抱擁を解くと、ミーシャの隣に腰掛けた。彼女の右手を握って、その顔を覗き込む。


「で? 選択肢があるんだろ? 言ってみろ」


「…………」


 だが、ミーシャは考え込むようにして、口を開かない。


「どうした?」


 もう一度尋ねると、軽く首を横に振ってから、リュシアンを見た。


「わかったわ。でもどちらも選ばないっていう選択肢もあるからね?」


「?……ああ」


 選択肢は3つってことか?と思いながら、リュシアンは頷く。二人が一緒にいられる未来を選びたかった。


「一つは、このレーヴェルランドにあるエデンという場所で一緒に暮らす。その場合、貴方は家や今の仕事を失うことになる。

 もう一つは、私が聖石を捨てて、貴方のもとに嫁ぐ。その場合、私はここにはもう戻れないし、魔法も身体強化しか使えなくなるわ」


 どちらかが、何かを捨てなければならない選択だった。

 2番目の選択肢は、ミーシャの負担が大きすぎる。リュシアンは出来れば選びたくなかったが、今後のために一応確認しておく。


「聖石を捨てるって、ハーミリア王妃のように記憶も無くすのか?」


「それは、女王の聖石だけね。額の聖石は特別だから、制約が多いの」


「どちらも選ばなければ?」


「今と一緒。依頼があったり、気が向いたら、ベルハルト王国に会いに行くわ」


 リュシアンの中で、これは却下となった。

 ならば、最初の選択肢が最善だが。


「エデンという場所は、どういうところなんだ?」


「レーヴェルランドの女を伴侶に選んだ男と、その子供達が暮らす地域ね。つまり、夫婦とその家族しか住んでいない」


「そこに住む男達は何してるんだ?」


「普通に仕事してるわよ。冒険者が多いかしら? あとは鍛冶職人とか、商人もいるわね」


「なんだ。普通の街と一緒だな」


「でも、貴族籍からは抜けることになるし、他国の騎士は続けられないわ」


「俺は貴族と言っても三男だし、レオン殿下は帝国で王配になるし、問題ないか」


 リュシアンの中で、一番目のエデンへの移住が決定した。

 だが、これにミーシャが反論する。


「は?何言ってるの? エデンに行けば、独身の可愛い女の子はいないし、ホイホイ浮気も出来ないわよ?」


 なんでそうなる? とリュシアンは、ガックリと肩を落とす。心配するのは、そこなのか? 俺の気持ち伝わっていなかったか?


「何も問題ないだろ? 妻がいるんだから。ああ、もちろん、アンタも浮気は無しな。

 仕事は……まあ、冒険者あたりが、手っ取り早いな。ランクが低いうちは、アンタに養ってもらうかも知れないが、俺もそこそこ蓄えはあるし、大丈夫だろう」


「ちょっと、なんでそんな簡単に決めてるのよ」


 ミーシャが慌ててリュシアンを止める。


「……簡単じゃない。アンタが居なくなってからの俺が、毎日どういう気持ちでいたのかなんて、アンタわからないだろ? ましてや子供が出来てたなんて聞かされたんだ。俺の子だぞ!俺達の子供だ!」


「リュシアン……」


 彼が怒ったように声を大きくして言った言葉に、ミーシャは驚いた。

 リュシアンはミーシャの両肩に手を伸ばすと、自分の方へと向き合わせて、視線を合わせる。


「アンタの方こそ、なんで勝手に決めて、何も言わずに俺の前から消えた?」


「それは……」


 ミーシャがグッと黙って口を噤む。


「いや、いい。それについては俺も悪かったよ。

 だからミーシャ、大人しく俺の妻になれ。俺がアンタとエデンに住むよ。で、これからは嫌ってほど、俺の気持ちを伝えてやる」


 リュシアンは、こうしてミーシャを捕まえた。





 その頃、セイレーンとセシルは、城の廊下を歩きながら話していた。


「女王サマは、帝国で変わりないですか〜?」


「先代女王候補のサーシャの記憶のこと?」


「昔、時々うなされていたことがあって〜」


 カルディス帝国は、18年前に先代女王候補を誘拐の上殺害している。

 その報復に、当時まだ現役の戦士であり先々代女王の側近だったカリーナや、その他の2人の戦士によって、帝国の第一皇子や皇帝夫妻、皇城にいた嫡子達の他、加担した側近達や皇城を護衛をしていた兵士や騎士達の一部が殺害された。後にも先にもあんな悲惨な事件は例がない。

 もちろん、報復時のことはアリシアの聖石の記憶には無いが、誘拐され殺害された時の記憶は残っているので、アリシアが幼い頃は時々うなされていたことがあるのだ。

 セシルは、セイレーンを安心させるように微笑んだ。


「それどころじゃ無いくらい、忙しそうにしてたけど。あと皇帝もアリシアを構い倒してるみたいだし」


「血濡れ皇帝が、ですかぁ?」


「あの戦場でアリシアに一目惚れしちゃったみたい。退位して女王の巡礼についていくんですって」


「え〜?」


 これにはセイレーンも驚いた。セシルも聞いたときは、レオンハルト同様に驚いてはいたのだ。


「アリシアはまったく相手にもしていなかったけど、まあ、噂と違ってなかなかいい男だったわよ?」


 皇帝は、予想外にまともだった。彼ならそう心配もないだろうと、セシルは思っている。


「大丈夫ですかね〜」


 セイレーンがう~ん……と腕を組んで考えている。


「さあ? でもアリシアがそう決めた。だから私達はそれを受け入れる」


「そうですね〜」


 結局は、そうなのだ。レーヴェルランドの女王は、神の祝福を最大限に受けている。

 神が、その資質を見定め、額に聖石を授けた者、それが女王だ。


「そうそう、アリシアが飛竜を帝国近くに待機させておきたいらしいけど、どこがいいかしらね?」


 帝国や王国との書簡や連絡事項のやり取りに必要だという。どうやら、アリシアがそれを引き受けたらしい。


「う〜ん、スーリーなら自分でなんとかすると思いますけどぉ。女王サマと意思疎通できますし〜」


 スーリーは、孵った飛竜の雛の中で、一番弱い個体だった。病弱で小さかったスーリーに、アリシアは自分の魔力を与えて成長を助けたのだ。お陰で今は、一番知性があり、強い成体になった。

 おまけに魔力を通して、なんとなく意思の疎通が出来るらしい。

 他の飛竜達にも、ミリアやセイレーンが魔力を与えてみたが、こちらの命令は理解できても、意思疎通は出来なかったので、時期とかタイミングとか魔力量の問題もあるのかも知れない。


「そうねえ。じゃあ、スーリーとアリシアに任せましょ。早速向かって貰うように、ミリアにお願いしてくるわ」


 そう言って、セシルは飛竜の飼育場へと向かっていく。

 その後間もなく、1頭の飛竜が、帝国の空に向かって飛び立っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
男主人公の作品が読みたくて検索をかけたら、この作品に出会いました とても読みやすい文章と魅力的なキャラクターで、楽しく拝読しております レオンハルトがかっこよくて、当て馬と分かっている分、私のダメー…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ