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レーヴェルランドの女王とベルハルト王国の第二王子 1

 目の前に浮かべた幻影と何度も切り結ぶ。それはかつての女王達と戦った凄腕の剣士たち。魔法で作り上げたその幻は、傷つきこそしないものの、実体を持って女王に斬り掛かってくる。その幻を今日も全て斬り捨てた女王は、いつもの日課をこなすべく、自室へと戻っていくのだった。


 



「女王サマ〜見て見て!新作ですぅ!今日はこれ着ましょ〜」


 女王アリシアの寝室に、ノックも挨拶もせずに朝から乱入してきたのは、側近であるセイレーンだ。

 肩までの薄水色の髪を揺らし、蒼色の瞳をキラキラとさせ、可愛らしい顔を目一杯笑顔にして、手には何やら新作らしき布の塊を手にしている。

 アリシアはちょうど朝の鍛錬を終えて部屋に戻り、軽く湯を浴びさっぱりしたところで、これから着替えようという絶妙なタイミング。

 まあ、このタイミングを狙って来たのだろうけど。

 チラリとセイレーンの手元に視線を流し、それを認識したアリシアは、軽く首を傾げた。


「ドレス?なんで?」


 女王は普段ドレスなんて着ない。シンプルな白いシャツに黒っぽいパンツ姿がデフォだ。

 セイレーンは、よくぞ聞いてくれました!とばかりに、にっこり笑って胸を張る。なんだかいちいち可愛らしい。彼女はアリシアよりも2歳ほど上だけど。


「朝食後に、お客様との謁見があるからですよぉ。先程到着されたんですけどね。なんかねえ、柔和な感じの美形なんですぅ。もう、ミーシャ姐さんなんか目の色変えてハンターモード。ベルハルト王国の第二王子様だそうですよぉ」


 セイレーンはそう言いながら、手元のドレスを広げて見せる。

 シンプルな形の細身のデザインながら、淡い菫色の上質なシルクに少しだけ濃いめの同色の糸で精緻な刺繍が刺され、ところどころに小さな紫水晶が散りばめられている。

 浅めに開いたデコルテは上品で、レースで作られた長袖は、女王としての品格を充分に現し、デイドレスとして謁見に相応しいものだった。

 他国の王族相手だ。少々窮屈だが仕方がない。


 アリシアは一つため息をつくと、大人しくセイレーンに手伝ってもらい、下着とドレスを身に着けていく。


(全く面倒だよなあ、女王って仕事は)


 思わず溢したくなる溜息をこらえて、鏡に向き合うと、嬉しそうなセイレーンとバッチリ目があった。

 そう、朝からこんな彼女の笑顔を見るのは嫌ではないのだ。むしろ、アリシアも何となく温かい気持ちになるから、まあ良いかとも思ってしまう。面倒なだけで。

 セイレーンは、さらにアリシアの金色の髪も複雑に編み込んで、キレイに結い上げてから、その顔に丁寧に化粧を施した。


「はぁ〜いつ見てもキレイですねぇ。惚れ惚れしちゃう。たまにしかこうやって着飾らさせてくれないのが、ホントに残念ですぅ。アクセサリーはどれにしようかな~」


 セイレーンがうっとりと呟きながら、首元や耳にいくつか首飾りや耳飾りを当てていく。アリシアは、そんな彼女にされるがままだ。


(そろそろお腹空いたなあ……今日の朝食なんだろ?)


と、身体的欲求には抗えず、割とどうでもいいことを考えているのだった。





 一方その頃、ベルハルト王国からレーヴェルランドに王国の名代としてやってきた一行は、城の一室で朝食を出され、もてなされていた。

 ベルハルト王国からこのレーヴェルランドまで、特別な早馬を飛ばして5日ほど。ほとんど休むことなく、馬を替えながらここまで駆け抜けてきた一行は、早朝の到着という非常識な訪問にも関わらず、国王からの親書のお陰で、スムーズに城に迎え入れられていた。

 正確には、国王からの親書のお陰ではなく、女王の側近の一人ミーシャの一存だったのだが。


「女王は3時間後には謁見可能ですわ。それまでは、こちらで旅の疲れを癒してくださいませ。湯を使いたいのでしたら、湯殿への案内もいたしますわ」


 緩くウエーブした濃い艷やかな赤い髪を肩の下まで伸ばし、少しつり目気味の大きな緑色の瞳を持つ妖艶な雰囲気の美女が、一行の男性達に艶やかに微笑みかける。


 だが、その笑顔に動じることなく、一行の代表であるベルハルト王国の第二王子レオンハルト・サリード・ル・ベルンハルトは、穏やかに微笑みつつも相手を踏み込ませない王族スマイルを浮かべて、感謝を述べた。


「急な訪問にも関わらず、親切な饗しに感謝する。お言葉に甘えて、こちらで女王にお会いする為に恥ずかしくない程度に整えさせて貰う。ええと、君は?」


「ミーシャと申します。私は外に控えておりますので、何かございましたらお呼びくださいませ」


 ミーシャと名乗った美女は、そう言うとあっさりと踵を返し部屋から出て行った。


 レオンハルトは、扉が閉まると同時に、一行の中の魔法師の男に軽く目配せする。


「防音結界発動」


 小さな詠唱に室内に張られた防音結界。

 そうしてやっと、男たちは朝食が用意されたテーブルを囲むように腰を下ろした。


「なんていうか……この城、全く油断ならない場所だよな」


 レオンハルトの近衛騎士であるリュシアン・ソーヴェリヌが、席につくなり、肩を回しながら言った。

 城自体は、縦にというより、低層の建物で横に広がっている印象だ。だだ、非常に入り組んでおり、似たような回廊がいくつもの分岐を経て繋がっている。お陰で自分たちのいる場所がとても認識しづらい。案内無しには、まともに目的地に行けないばかりでなく、延々と迷いそうである。

 そして、レーヴェルランドというこの小国自体も、その特殊な成り立ちから女性しか目にすることが無いため、自分達がとてつもなく視線を集めているようで、どうにも居心地が悪い。


「そうだね。でも彼女達にとって僕達は敵じゃない。商談相手だ。見極められているのかも知れないけれど、敵意は感じないよ」


 答えるレオンハルトは冷静だ。淡い栗色の髪、琥珀色の瞳の柔和な印象の美形で、緩く浮かべる微笑みは人の油断を誘うが、王国でも三本の指に入る魔法師であり、知略や商才に長けている男だ。この第二王子は、外交面でも高く評価されている。


「そうなんですけどね。なんていうかキレイだったり、可愛かったりの女の子たちがいっぱいなのに、全然隙がなくて、勝てる気がしないのが、ちょっと怖くて。殿下、あのミーシャっていう彼女、めちゃくちゃ強いですよ? 今回の依頼内容を考えれば、当然というかありがたいんですけど、近寄りたくないなあ」


 普段は金髪碧眼の整った容姿を活かして、女性達と多くの浮名を流しているリュシアンらしくない一言に、レオンハルトは思わず苦笑する。


「そうだね。まあ、とりあえずはありがたく食事をいただこう。毒は心配しなくて良さそうだ。それから、謁見で失礼のない程度に身嗜みを整えるよ」


 テーブルに並べられた料理を一通り感知魔法で調べたレオンハルトは、早速紅茶を口にする。

 疲労困憊の体を癒すような、爽やかな香りが素晴らしい。


(本当は一刻も早く女王に謁見して、商談をまとめたいところだけど、焦りは禁物だしね。父上いわく、女王は要注意だってことだし……とりあえず腹が減っては戦はできぬ、って言うからね)


 と、レオンハルトはトーストにバターと蜂蜜をたっぷり乗せると、それに齧り付いた。

 それを見た王子の護衛である4人の男達も、息をついて食事に手を伸ばすのだった。



 そして、廊下に出て応接室の部屋の扉をきっちり閉じたミーシャは、


「う〜ん……王子様はちょっとまだ若いなあ。あと2、3年育った方がいいかも。58点。青田買いもありかしら? この際セイレーンかアリシアにどうだろ? 

 あの、近衛のお兄さんは、見た目と年齢はどストライクなんだけどなあ。でも、ちょっと怖がられちゃったかしら? 76点ってところ? う〜ん、猫被って頑張ってみようかな? それとも下僕にしちゃおうかしら?」


 室内で防音結界が張られたのをいいことに、好き勝手な事をブツブツと口に出しているのだった。


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